第4話 戦争の理由と言いますが、そんな訳が無いと思います
少し心の距離が縮まったかと思い、戦争の原因などを確認していく。どうも春蒔き小麦の不作の為、飢饉が広がっているらしい。アルトの国『タルリタ』でも生存ぎりぎりの小麦しか収穫出来ず、農家の人は税を納める事も出来ない状態だそうだ。戦争を起こそうとしている隣国『バーシェン』も場所的に大きく離れている訳ではなく、同じく不作。その為に略奪を企てているというのが国王側からの見解のようだ。また『タルリタ』領地の農村では、ある限りの作物が召し上げられたらしい。王都に立て籠もる前提なら分からなくもない。先に農村への略奪を恐れるのも分かる。ただ、農村の民はそのまま置き去りになっているそうだ。王都に収容するならまだ分かる。食料も無く、置き去りにされた農村の民は飢え死にするしかないのだろうか……。
「あ、見えました。あれが一番南の農村です」
そろそろ八十キロを超えたかと思った辺りで、アルトが地表を指さす。見ると、粗末な掘っ立て小屋が数軒に茶色い畑が周囲に広がっている。細い川が村の端に流れているが、水遣りにも苦労するだろう。薄く茶色く見える部分に緑がほのかに浮かんでいる。野菜関係なのだろうが、それで食つなぐのも難しいと考える。何人かの農家の男性が棒状の物を持って、近くの林に分け入ろうとしているのが微かに見える。専業の猟師でもない人間が、獲物を得るのは難しい。操縦桿を握る手が、現状に対する憤りで若干固くなるのが分かる。
徐々に、道は太くなり、点々と村が見えてくるが、どこも同じような惨状だ。人権なんて概念が存在するかは分からない。それでも、この状況は看過するには、辛い。
「あぁ、見えました。王都『タルリタ』です!!」
アルトが指さす先には、比較的大きな集落が見える。上空でホバリングしながら下を覗くと中心に大きな石造りの建物があり、その周囲を比較的小奇麗な木造住宅が囲んで広がっている。あれが、王城なのだろう。ざっと数えて、四百軒程の町。六人家族と考えても二千四百人か。到底二千の兵力が維持出来るとは思わないのだが……。東西南北それぞれに門があり、比較的大きな建造物が門の内側に建っている。あれが兵舎なのかな?町の周囲は何層かの石壁で覆われている。拡張の度に壁を建設したのだろう。町の周辺には広く畑が広がっている。現在は刈り取りが終って茶色だが、もう少し前ならば黄金色の絨毯だったのだろう。一部は緑に覆われている。あの辺りは野菜関係かな。
「では、このまま北西に進みます」
こまめに『ほきゅう』しながら、先に進む。どうも交易か何かで往来はあるのか、はっきりとした道が続いているので、そのままそれに沿って飛び続ける。
「あぁ、村です!!」
指さされた場所でホバリングを始めて観察するが、どう見ても先程の農村と文明度が違う。しっかりした建物に縦横に引かれた灌漑用水。畑の方も小麦が終わってすぐと言うのに、緑に埋め尽くされている。大麦かマメ科の植物だろうか……。
そのまま先に進んで分かるのだが、どの農村も手厚く設備対応されており、次の収獲に向けての動きが進んでいる。王都と思われる方面に進めば進む程、豊かで規模の大きな農村が広がっているが、荒んだ様子は皆無だ。
「王都『バーシェン』は、あの辺りでしょうか……」
アルトが指さした先に、小さく見え始める町。近付いてみると、その差は歴然だった。建物の数は、ざっと二千軒は下らないだろう。川の傍に建てられた一際大きな建物が国王の居城なのだろう。町の全周を緩やかに木造の柵や壁で覆っている。その上、王城の周囲が大規模な公園になっており、その周囲が石積みの壁で覆われている。一万や二万の民衆が避難する事は容易いだろう。
ここで違和感が頂点に達する。この国が飢饉を理由に攻め込む? 意味が無い。既に次の収獲に向けて動いている。飢饉が発生したとしても、そこから立ち直る事が出来るだけのインフラが整っている。王城の周辺には味気の無い真四角の建物が建っているが、あれは穀倉だろう。そこまで考えている国がたった一度の飢饉で賭けに出る訳は無い。
五千人からの兵士の輜重と消費を考えると、戦争に討って出るより、耐え凌いだ方がまだ先につなげる。乾坤一擲なんて、国の方針として落第点だ。人が動けば、その分必要のない食料と出費が嵩む。その上、勝てるか勝てないか分からない賭けに出る理由が謎だ。アルトの国『タルリタ』だって二千の兵はいる前提だ。拠点で防戦に集中出来れば、五千でも損害は出るだろう。
『とけい』で確認すると、十月十日。収穫が終わって暫く程度か……。間違い無く、『タルリタ』側に何か裏がある。その確信を抱き、暗澹たる気持ちを胸に、進路を帰路に向ける。
「現状は確認出来ました。一旦祭壇まで戻りましょう」
「はい、アキ様」
「様はいらないです。ただの老人ですから」
「では、アキさん」
「慣れるまではそれで結構です」
心の中をひた隠しに、微笑みを返す。アルトは向こうの状況を見ても特に何も感じてはいないようだ。中世レベルの文明レベルでも権謀術数は確と存在するのか。あぁ、色々と策を練らないと駄目だろうな。そう思いながら、進路を南東に向け、直進を始めた。