表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
39/46

第39話 音は時として圧力にもなりえます

「おはようございます。日柄も良く、会戦日和ですね」


 颯爽と差し出した手を、何か異物を見るような目でまじまじと見つめている正面の将軍らしき若者。襲撃の晩、夕食が終わった後は皆で本日の準備を済ませ、残りの時間をゆっくりと休息に費やした。今は会戦当日。戦争の前の挨拶と言う事で、中心地に両国の代表として将が集まり面会を行っている。


「そうですね。勝った後は同じ国民。礼節を持っての対応も必要ですね」


 苦笑を浮かべこちらの手を握る将軍。その顔色は悪く、目の下にはありありと隈が浮かんでいる。昨日一日は後始末に追われ、碌に食事も摂れていないのだろう。遠く見える兵達も肩を落とし、戦争が始まる前から敗残兵のような有様だ。これで厭戦気分も頂点に達したと思えば、夜襲の効果は十分に成果を上げている。糧食の再配分で指導層の業務を超過させ、こちらの動きに対応させる余裕を持たせないというミッションも達成出来た。相手の将軍も襲撃の件を持ち出さないと言う事は弱みを隠せる、またはそれを織り込んで戦えるだけの判断が出来る相手なのだろう。あまりに愚かな相手では策が無駄になる可能性もあったが、この将軍、この兵を相手にするのなら、問題は無いだろう。

 にこやかに握手を交わした後はそれぞれの陣地に戻る。後は両国から選出した合図の者の、鐘の音が響けば会戦だ。


 所々に木々や藪が茂る沼沢地。足元は最悪だ。この中をこれから運動する皆には悪いが、ここが正念場。なるべく犠牲者の少ない戦争の為には、この一手しか無いだろう。そんな事を考えていると、早朝の朝靄が濃く漂う晩秋の風に乗り、澄んだ音が響き渡る。会戦だ。

 そう認識した瞬間、前方から五千の兵の轟くような叫びが響き始める。私はそっと手元のリモコンの再生ボタンを押下する。ロータリーエンコーダーを回すにつれ、戦場に響き始める法螺貝の音。異音に前方の兵達の叫びが訝しむように収まる中、弾けんばかりの勢いで発せられる鬨の声が戦場を響き渡る。沼沢地全体を揺るがさんばかりの爆音は相手の士気を圧倒したのか、美しい横陣の先頭が剣を取り落とし口を呆然と開けているのが双眼鏡の先に朝靄の中、微かに映っている。


「ふむ。まずは一手。成功ですね」


 そっと呟き、ロータリーエンコーダーを更に回していく。鼓膜をつんざくような鬨の声と甲冑の擦れる音は物理的な衝撃を以って、戦場を揺るがす。そこここで鳥達が驚きで飛び出し、相手側はその度に驚きの悲鳴を上げているのが分かる。大音声の中、ひときわ目立つ笛のような音。鏑矢が空を切り裂く音色が響き渡った瞬間、戦況は大きく変化した。

 木々の下で藪を背負い掩蔽して埋伏していたティロ達が固まり、討って出たのだ。徐々に歩み寄る私の視界にもはっきりと映り始める。両翼の端を攻撃された横陣が伝令により、一気にその形を失い混乱の極致へと陥っている様が。


「こーげきー、こーげきー!! 右陣せってーき!!」


 鎧袖一触と考えたのか、伝令も含んで分厚い皮革の鎧兜に身を包んだ伝令が必死で沼地に足を取られる中、ティロ達は碌な抵抗も受けず、中央に向けて先頭の兵を食い千切っているようだ。相手の士気はこの鬨の声でどん底まで落ちている。その上、伝令は動脈硬化を起こした血管のようにそこかしこで詰まり情報が流れない。たった五十程度とは言え、正面の敵と接敵する限りは一対一だ。幾ら装備が良いといっても身軽さを信条にしたティロ達が運動戦に徹する限り機敏に追う事も出来ない。指示も碌に出せない状況では多数で囲む事も難しいだろう。そもそも鬨の声はまだまだ轟々と響き渡っている。その場から動けるような豪胆な兵士がいるとも思えない。


「先鋒隊と思われる敵と接敵!! これより本体の突入と考えられる!!」


 近付けば近づくほど、音声(おんじょう)は高らかに響き渡る。人とは思えぬほどの高まりの中、がちがちと歯の根も合わぬ程に恐慌状態に陥った兵が一人、遂に悲鳴を上げながら後退り、力の限り逃走を始める。そこからは櫛の歯が抜け落ちるようにばらばらと次々に逃走者が雪崩を打ち始める。


「それを……待っていました」


 もう相手の陣の目と鼻の先まで辿り着いた私は、そっと右手を高らかに上げ、ぱちりと指を鳴らす。その瞬間、炎が全天を覆う。徐々に落下してくる火勢に気付いた兵達は一瞬唖然と空を見上げ、その次の瞬間、踵を返す。


「にげろー!!」


 ティロ達が叫ぶと、泡を食って残っていた兵達も我先にと逃げ出す。奥側に微かに見える本陣らしき天幕は踏み潰されて行くのが見て取れる。


「勝ったな、爺さん」


 先程まで戦っていたとは思えない程あっけらかんとしたティロが剣を拭い、話しかけてくる。私は微笑みを返し、空の炎を消す。自陣の奥側に新たに炎を一瞬出すと、暫くして鬨の声は勝利の掛け声に変わる。エイエイオー、エイエイオー。意味は通じなくても、それが何を表すかは、誰もが理解出来るだろう。


「勝利、ですね」


 私が呟くと、欠ける事の無かったティロの仲間達が一斉に喜びを爆発させた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、感想、評価を頂きまして、ありがとうございます。孤独な作品作成の中で皆様の思いが指針となり、モチベーション維持となっております。これからも末永いお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。 twitterでつぶやいて下さる方もいらっしゃるのでアカウント(@n0885dc)を作りました。もしよろしければそちらでもコンタクトして下さい。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ