第35話 十分に食事を取り、訓練を行う事
「辛い!?」
取り敢えず一口とナンを頬張ったティロが目を白黒させながら叫んだ瞬間、知らない食事という事で固唾を飲んで見守っていた周囲が若干引き気味に後退る。しかし、叫んだ後も黙々と食べ続けるティロの姿に脱力して笑いかけている。
「お頭、そりゃねぇですよ」
「うっさい、無くなんぞ!!」
短い応答すら煩わしいのか、ぶつりと断ち切り、一気呵成の勢いで食べ進めるティロの姿に呑まれたように皆がナンを千切り、食べ始める。
「確かに……辛いな……」
「でも、うめぇ。癖になんな……」
ざわつく周囲も一瞬で、そこからは欠食児童の如き勢いでナンが消えていく。
「皆さん、まだありますから、落ち着いてー」
アルトが立ち上る食欲という煩悩のオーラに怯えながらも声をかけると、ぐりんっと皆の顔が向き、ひぃっという悲鳴を漏らす。
「まだ……あるのか?」
「はい……まだ、あり……ます」
ティロの問いに、引き攣りながらもアルトが答えると、皆が破顔する。
「なんだよ、急いで損したよ。こんなに旨い物、量があると思わねえしな」
ティロが叫ぶと、皆がこくこくと必死な勢いで頷く。戻ってきた荒々しくもアットホームな雰囲気の中で、レーディルがこちらに向かってくる。
「確かに美味しいですな。肉は牛だと思いますが、筋も感じない。それに、このスープがまた香辛料がふんだんに使われている。これだけの調合ならば、かなりの値になりそうですが……」
「それも魔法です」
にこりと微笑みそう答えると、レーディルが一瞬虚を突かれたような表情を浮かべ、苦笑になる。
「そうですか。いや、物もそうですが、調合も……ですな。どうにもまだまだ知識の部分での格差を理解されていないのでしょう。これは、生涯をかけて作っても追いつけない味だと、そう思います」
微笑みになったレーディルが、必死にスプーンでカレーを掬うアルトの頭を撫でる。
「このような穏やかな時間を持つ事が出来るとは……」
「持つだけでは意味はありません。これからも……です」
そう伝えると、レーディルが一瞬目を見張り、優し気な表情に変わる。
「そうですな。そうお願いした身です。そうなればと願います」
そんな話をしていると、欠食児童達からお代わりの声が響き出す。わたわたと立ち上がるアルトを押さえ、私がお玉を掬う。
「このような枯れた爺さんの配膳で済まないね」
冗談じみてそう言うと、ティロが好戦的に唇を上げる。
「馬鹿言うな。金払いの件もそうだが、後の件も話はしている。これからのケツを持ってもらうんだ、皆感謝してんぞ」
ティロの声に後ろを覗くと、皆が照れながらもにこやかな良い表情を浮かべている。
「良い子……達ですね」
「あぁ、馬鹿ばっかりだが……自慢の奴らだ。裏切んなよ」
そっと呟かれた言葉に、胸を正す。今はまだ報酬の話をして、若干の援助をしているだけの身だ。この雰囲気を作り出しているのはティロのお蔭だと肝に銘じて、配膳と交流を深める。
深夜にまで続く特訓、仕事が終わった者から順次交代し、練度を上げていく。人は出来る事しか出来ない。本番の雰囲気の中で出来る事は、訓練した事だけだ。大戦の時を思い出し、誰も失わないようにと、願いを込めて、訓練を進めていく。ある程度形になったのは、戦が始まるほんの三日前。移動を始めなければならない日の早朝だった。
「さぁ、本番だね……」
軍時代に支給されたテントの中で眠りにつく皆を見渡しながら、独り言ちる。死なない訓練はした。後は結果だけだ。
「終わりの始まりってやつを実行しようか」
そう呟き、コンロに火を入れた。




