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第33話 五千を五十で撃退するレクチャー

「馬鹿な……。こっちは五十人程度だぞ!! 百人からの相手をさせるつもりか!! 盾にもなるかよ!!」


 ティロがばたりと椅子を蹴倒し、捲りたてる。それも計算の内だ。交渉は取り敢えず、ふかしから入る。到底実現不可能な条件を先に提示し、衝撃を受けて冷静な判断力を失っている間に畳みかけるのが、スマートだ。


「それは存じております」


「なら!!」


「別に、直接戦う必要はありません」


「……なん……だと?」


 表情を崩さず告げると、ぐっと息を呑み、ティロがぷるぷると震えて、何かを堪える。


「まず、地図を見て下さい。五千からの兵がこう、移動してきます。となると大きな問題が発生するのが分かります」


 地図を指さし、ずずっと指を動かしていく。その姿を怪訝な表情でティロが見つめる。


「何が言いたい?」


「いつもお手伝いされていますよね。軍に、人の集団に欠かせないものと言えば?」


「輜重……食料と、水だ……」


 ふわっと何かに気付いたようにティロが表情を変える。


「ご名答です。今回、国よりの依頼は殲滅ではなく、撃退です。軍を退かせる条件は皆殺しではない。そこは非常に重要です。では質問です。森の中で五千からの兵の水と食料を得る事は、まず不可能です。輜重を殲滅した場合、兵は、人間はどの程度活動出来るでしょうか?」


 そう告げると、一瞬荒んだ目を浮かべるティロ。


「水も食料も無ければ、人は三日もあれば……。そうだ、そうだよ。あいつらも、そうやって死んでいった……」


 町の中の仲間を思い出しているのか、表情を消し、静かに呟くティロ。安静状態でも人間は水も食料も無ければ三日程度で動けなくなる。水があれば、一週間程度は何とかなるだろうが、煮沸消毒するための薪も輜重の管轄だ。


「そうですね。ただ、兵は防具もあれば、槍剣や荷物もある。もっと条件は悪くなりますね」


「だが、どうやって輜重を潰す? 手段はあるのか?」


 まだ、疑惑に満ちた瞳でティロが聞いてくる。しかし、手段を聞くと言う事は乗り気になってきた事でもある。


「前にお話ししましたね。手段はこちらで用意すると」


 そう告げて、今回の作戦を説明する。こちらの装備の問題もあるので、怪訝そうな表情は完全には拭えなかった。だが、実施可能そうな話だというのは理解してもらえたようだ。


「それで報酬の話だが……」


「お金に関してもそうですが、出来れば今後を考えて合わせて色々やってもらいたいです。町に溶け込んでらっしゃる方もいるでしょうし」


 そう告げて、もう一点を話し始める。内容に関しては、ティロの予想を遥かに超えていたのか首を傾げていたが、取り敢えずの了承をもらう。


「そりゃ……。現物混じりの報酬というのは分からなくもないが……。上手くいくのか?」


「上手くいきます。住民にも出来れば負担をかけたくは無いですから」


 そう告げると、やや逡巡していたティロの表情が決心に変わる。


「爺さん、いやアキさんだったか? 分かった、乗る」


「爺さんで結構です。呼び方は気にはしません」


 そう告げて、握手を交わす。この世界でも握手という文化はあったのかと思っていると、ティロが握手した手を胸の真ん中、自らの心臓辺りにどんと叩きつける。


「爺さんの思いは、今私の思いと混じり合った。この誓いは私が生きている限り、有効だ」


 あぁ、心、思いは胸から生じるという文化なのかと得心する。私も同じく、とんと胸を叩く。


「ティロさん及びお仲間には助けてもらいます。どうか上手くいくよう、お互いに頑張りましょう」


 そう告げて、訓練の日程などを調整して、分かれる。私は、キャンピングカーに戻り、待機していたアルトとレーディルに顛末を伝える。人員が揃った事により、実施出来る算段が付いたので、計画を述べると、レーディルが半信半疑の表情を浮かべる。


「実施出来れば、それは効果が大きいですが……」


「今回は、観戦武官が王から付けられます。撃退を報告させなければならないので、少し回り道ですが、この辺りが落としどころでしょう。殺してしまえば禍根が残って無茶をするかもしれませんが、相手も人間なので、無理でしょうね」


 そう告げると、レーディルが苦笑を浮かべる。


「あなたは敵にしたくありませんな。魔法使いという力以上に、周囲を見抜くその目と考え方が怖く思います」


「ふふ。ただの老人ですよ。さぁ、今日はゆっくり休みましょう。明日からは忙しくなります」


 そう告げて、食事を用意し、ゆっくりと休む。さて、訓練と実施。難しい綱渡りだが、後腐れなくするためにはしょうがない。気を引き締めて頑張ろうか。

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