第30話 朝の支度
アルトが起きている間は世話をしてくれていたが、夜中に何度か起きてレティのご飯をあげる。うまうまと飲んでは寝る繰り返しだが、体重は如実に増えている。それに足が大きいので、体格は良くなる可能性は高いだろう。若干アルコールを残しつつ、夜明け前には完全に目を覚ます。異世界生活五日目。若干残った酒精は熱いシャワーを浴びて洗い流した。
「ふぅ……」
脱ぎ捨てたガウンを何となく畳み、新しく出した下着と貫頭衣を着つける。レーディルとアルトの分は昨日の晩シャワーを浴びる前に渡している。こくりこくりと水を飲むと、全身の細胞に水分が行き渡るのを感じる。完全に二日酔いも抜けたところで、ミルクを温めて、レティの元に向かう。まだ毛布に包まり眠っていたが、哺乳瓶を近付けると、無意識の内に銜える。
『ぬくー、うまー』
ほわっと細く目を開けて、至福の表情を浮かべながら飲み干し始める。出来ればもう少し大きく成長したのが欲しかったが、躾をするには小さい頃からの方が良いのかなとは考える。こくこくと哺乳瓶を空にすると、また眠り始める。もうしばらく経つと、立ち上がって走り回り始めるだろう。その辺りはアルトに任せてしまおう。
どの程度食べるのかが分からなかったので、バターロールを数個ずつ当たるようにトースターに入れて、フライパンでベーコンを炒める。両面に脂が浮いた程度で卵を割り入れて蒸し焼きにする。蓋を閉めたところでノックが響く。声をかけると、すっきりした顔のレーディルと眠そうなアルトが入ってくる。
「昨晩は眠れましたか?」
声をかけると、レーディルを残し、アルトはぴゅーっとレティの元に向かう。
「はい。ベッドも快適ですし、部屋の中は別世界のような暖かさでした。火も焚いていないのに驚きました」
「魔法のようなものと考えて下さい。さぁ、朝食の準備がそろそろ出来ます。おかけ下さい」
そう伝えて、じぶじぶと鳴っている蓋を外して、火力を高めて水分を飛ばす。厚めのベーコンなので外側はかりっと中まで火が通った感じに。卵はほのかに黄身が柔らかい程度に。塩と胡椒を軽く振って、サラダボウルと一緒にテーブルに並べる。
「ほぉ、立派なベーコンですね。これも?」
「魔法ですね。そろそろ冬支度の時期でしょうか」
「そうですね。新物が出始める時期です」
そんな話をしながら、エプロンを外して、椅子にかける。
「では、食べましょうか」
食事の匂いに釣られて、レティと一緒にやってきたアルトが席に着いたところで食事となる。
「ふわ。このベーコン、柔らかい……」
「ふむ。塩気もそこまで強くない。塩抜きをしたらボケた味になるが、しっかりと薫香もする。これは旨い」
ベーコンを楽しみながら、バターロールを食べ進めていくが、二人はバターの香りと柔らかさに魅了されたように数をこなしていく。小山の様に盛っていたバターロールが凄い勢いで無くなっていった。個人的に仕事柄夜間の移動が多かったので、東京駅からそのまま向かえる帝国ホテルは便利使いしていた。ガルガンチュワのバターロールはシンプルだが、飽きのこない魅力が詰まっている。はむりと頬張ると、ほの香るバターと小麦が口の中で蕩ける。塩気と合わせても甘味と合わせても主張せず、かといって存在感はきちんと感じさせる逸品だ。
「柔らかい食べ物などなかなか食べられないせいか、朝から食べ過ぎましたな……。軽さに騙されましたが、水分を含むと重い、重い」
レーディルが少し膨らんだ腹をさすりながら苦笑を浮かべる。アルトはオレンジジュースを飲みながらレティのミルクを聞いてきたが、もうあげたと答えるとしょんぼりしていた。
「お二人は日中、どうしますか?」
そう聞くと、二人が顔を見合わせる。
「基本は城で待機ですが、あの話の後では……」
まぁ、暗殺を示唆された上で、普通に生活なんて出来ないか。
「分かりました。私の手伝いをしてもらうという形で話はしておきます。こちらでお休み下さい。獲物もいない林ですし、人が来ることも無いでしょう。昼には食事の準備に来ます」
そう告げて、私は車の外に出る。さて、宰相との打ち合わせに向かうとしよう。




