第3話 キャンピングカーは文明の利器だと思います
暫く飛んでいると、音にも慣れたのか、アルトが大地を見つめながら感嘆の声をあげる。
「鳥、みたいです……」
「喜んでもらえて、嬉しいです」
声を返しながら、眼下を覗くと思った以上に大自然だ。『ちず』と照らし合わしながら、進んでいるが、眼下には細い道と手付かずの自然だけが見える。何故あの場所に祭壇を築いたのか、さっぱり分からない。これだけの道を伸ばすのもそれなりの労力だろうに……。見覚えのありそうな獣達が闊歩する上空を勢い良く通り過ぎていく。
ふと、声が無くなったので隣を見ると、ほんの少し紅潮した顔でもじもじしている。あぁ、色々とあってそのまま連れて来たからか。そう思い当り、岩が無い平野を探す。丁度ぽっかりと空間があったので、そのまま着陸する。ローターの回転を止めて、ヘルメットを脱ぎベルトを外す。アルトのヘルメットとベルトも外す。
「何でしょうか?」
「少し、休憩です」
そう告げて、扉を開き、逆サイドに回ってアルトをそっと抱えて、地面に降ろす。一瞬ふらりとしたが手を支えると、にこやかにそのまま立つ。
『せいぞう』で探すと工事現場の仮設トイレもあったが、余りにもそのまま過ぎてレディには失礼かと思い、旅行に使っていたキャンピングカーを選択して、ぽこりと生み出す。座標の指定に慣れたのか、今度は音一つしなかった。
「これは?」
「動く家のようなものです。どうぞ、お入り下さい」
鍵を開けて、後部の扉を開く。
「そちらが、シャワールーム。こちらの扉がトイレです」
シャワーと言う言葉には首を傾げていたが、トイレと聞くと目を見開く。ビンゴ……か。使い方を簡単に説明し、飲み物を用意する旨を伝えると、こくこくと頷きが返り、慌てるそぶりは見せないまでも可及的速やかに突進して、ぱたりと扉が閉じられた。
簡易冷蔵庫を開くと冷えた飲み物がぎっしりと詰まっている。最後に使った状態を再現しているっぽいのかな。消費した分がどうなるのか、少し気になる。棚を開けると、缶詰やパスタの乾麺などもそのまま残っていた。運転席に座り、エンジンをかけると、燃料は満タン、水、電気、ガス圧もフルになっている。どこまでが『ほきゅう』の対象かは分からないが、有機物まで補給されるのなら、食料や水には困らないか。念の為キッチンのシンクの蛇口から水を出してみると、懐かしい水道水の味がして、苦笑が浮かぶ。
資料の方をぱらぱらとめくっていると、『せいぞう』と『ほきゅう』の近くに、『かくのう』と『もどす』のコマンドがあった。『かくのう』は状況を保持したまま対象を別の空間に移動させるようで、『もどす』は文字通り元の状態に戻すようだ。新しく追加された糞便などがどうなるのかは気になるが、試してみれば良いか。神様の行いなんて、良く分からない。
ふと足元をくすぐる感覚に気付く。子犬がすりすりとパンツの裾に顔を擦り付けている。少し深めの皿に水を汲んで床に置くと、嬉しそうにぺしゃぺしゃと舐めだす。頭を軽く撫でると、人懐っこいのか、笑顔でひゃうと鳴き、そのまま水に戻る。
トイレ用擬音装置のメロディーが途絶えると、水が流れる音が響き、扉からほっとした顔のアルトがちょこりと顔を出す。
「あの、ありがとうございました」
「いえ、無粋なもので気付かず、ご迷惑をおかけしました」
そう告げると、ほのかに顔が赤らむ。冷蔵庫からカクテル用の生オレンジジュースを取り出し、グラスに注ぎ渡す。アルトが目を瞬きながら、受け取り、匂いを嗅ぐ。
「綺麗……。こんなに綺麗な器、初めて見ました」
潤んだ瞳でグラスを見つめているのを横目に先に飲んで毒では無い事をアピールする。
「緊張して、喉も乾かれたかと。どうぞ」
にこりと微笑み伝えると、こくこくと頷き、可愛らしくグラスを傾け、目を見張る。
「やっぱり……。もっと冬の果実なのに……。でも、美味しい」
驚きよりも、味に負けたのか、少女らしく、コクコクと飲み干すと、ほっと息を吐く。
「あの……。このような魔法など見た事がありません。伝承でも聞いた事は無いです。さぞ高名な魔法使い様だったのですか?」
口調が改まっているのを聞き、少し苦笑が浮かんでしまう。
「そう言う訳ではないです。ちなみに、魔法と言うものが全く理解出来ません。どういう事を指すのでしょう。教えて頂いてもよろしいですか?」
尋ねると、刃物を貸して欲しいと言う。キッチンの棚を開けて果物ナイフを渡すと、刃の美しさに驚いていたが、決心したように指先で刃を引く。つぷと膨れる赤玉の塊。私が慌ててティッシュを数枚取り近付こうとすると、手で制される。何かを念じるような素振りを見せると、指先が淡く輝く。すっと指先を出してくるので拭ってみると、傷は跡形もない。
「私は癒しの魔法を使います。ただ、あまり大きな傷を対処する事は出来ません。慣れていけば成長するようですが、中々機会が無いのです」
少し苦い笑みを浮かべる。
「癒しの聖女……ですか。素晴らしいですね」
微笑み呟くと、ぽっと頬が紅潮する。若干照れながら、キャンピングカーの中をきょろきょろと興味深そうに見回すので、自由に見て良いと伝えると、瞳を輝かせる。ててっと棚に近付いては開いて、驚くのを繰り返している。
それを横目に頭の中で魔法について考える。そのものずばり、『まほう』と言うコマンドはあった。ただ、『ほのお』とか『みず』とかは理解出来るのだが、『めてお』はやり過ぎだと思うし、『ころにーおとし』は魔法じゃない。コロニーがあるのか? どう考えても突っ込んだら負けなんだろう。これは封印しておこう。
指先に蝋燭大の大きさの炎を思い浮かべると、空間が淡く輝き、ぽっと丸い炎が浮かぶ。はぁ、魔法使いか……。その辺りの路線で弁明して信用してもらうか……。少し素性に関して考えていく。
車内の様子を確認して満足したのか、キラキラと輝く笑顔でアルトが梯子を降りてくる。私はチェアーに膝を組んで、眺めていたが、そろそろ先に進まないと祭壇近くで置いている馬車の馬達が可哀想だなと、出立を告げる。こくりとした頷きに合わせて、立ち上がり、先にタラップを降りて、エスコートする。
扉を閉じた段階で、キャンピングカーを対象に『もどす』と考えると、ふわりとその場から消える。糞便もその辺りに撒き散らされている訳でもない。後で汚水タンクの確認だけしておこう。
そう思いながら、再度ヘリコプターへの搭乗を手伝い、空へと舞い上がった。