第28話 ハンバーグの肉汁が溢れるのが好きです
テーブルに皿を並べるまでに暫しの時間があったが、レーディルに諭されるようにアルトが別れてからの話を始めたようだった。空を飛ぶ魔法なんて話が出ていたので、そういう内容なのだろうなと。丁度、王都に着いた辺りの話が繰り広げられていたタイミングで静かに皿を並べる。
「あぁぁぁぁ……。この香りです……。お肉ですけど……。なんだか、可愛らしい形ですね」
アルトが小首を傾げながら、お皿の上の楕円形に目を奪われる。
「粉々に潰したお肉を固めて焼いた物です。歯が無くても食べやすいので、子供でも安心してお肉を楽しめます」
エプロンを外し、椅子に座りながら説明する。香りに瞳をキラキラしているアルトもそうだが、レーディルも興味深そうに皿を眺めている。
「肉を潰す……ですか。見ただけでは何の肉かは分かりませんし、何よりこのように細かく潰せるものなのですね」
「専用の器具がありますから。牛と豚を半々で合わせています」
「面白い物ですね」
そんな話をしながら、カトラリーを渡すとアルトの持ち方を見よう見まねにレーディルがハンバーグを切る。その瞬間、とぷりと流れる透明な肉汁。
「うわっ。どうしましょう。油が流れてきました!!」
アルトがオロオロとこちらを見てくるが、ソースと混ぜて塗して食べるように指示する。小さく口を開けてぱくりと口に含んだ瞬間、キラキラの瞳が大きく開かれ陶酔した色を浮かべる。
「ふわぁ……。ふわっふわです。それに、かかっているのも美味しいです。うわぁ、美味しい、あぁ、言葉が浮かばない……。贅沢です」
にへらというのが近い満面の笑顔で食べ進める横で、興味深そうに見守っていたレーディルも小さく一口頬張る。
「ん……ん? ほろりと崩れる。それに肉の味が濃い……。甘みはネギのようですが、このかかっているものも甘い……。ワインの香りは感じますが複雑すぎて、何が材料かが分かりません」
スープの時とは違い呆然という表情で、ナイフとフォークを持ったまま、挽肉の塊を凝視している。
「ソースは数多の野菜や仔牛の骨などを煮出して、ワインと一緒に煮詰めています」
そう告げると、レーディルがまじまじとソースの方に視線を向ける。
「しかし、この短時間でこのように豊かな味わいが出るものですか? それほど手間をかけられていたようには見えませんでしたが」
「そうですね。先程のスープのように保存する技術が発達しているので、魔法で持ち運びも可能です。楽しんでもらえれば幸いです」
そう告げながら、ふつりとハンバーグを真ん中で割ってみる。肉汁でソースを延ばし、切り分けたブロックを口に運ぶ。噛み締めた瞬間、カプセルがぱつりと弾けたように溢れる肉汁。その肉汁と香辛料、そしてソースが渾然一体となり、口の中を蹂躙する。濃い旨味の後に、鮮烈に走る肉の旨味。そして熱した玉ねぎから溢れる野菜の甘みが舌の上で踊る。その香りと味が残るままに、バゲットを割り、頬張る。練りこまれたバターと小麦の香ばしい香りが牛肉の脂の香気と豚肉の脂の甘さと馴染み、複雑な重奏を楽しませる。
「このように口どけのよい柔らかなパンは初めてです」
レーディルの言葉に私は少し疑問を感じる。
「アルトさんは特に疑問を持たずパンを食べていたようですが……」
そう告げると、夢中でフォークを操っていたアルトがきょとんとこちらを見つめる。
「小麦の香りが強かったので、小麦のパンと称しました。ただ、あんなに柔らかくてもふもふする物は初めて食べました」
レーディルに詳細を聞いてみると、週に一度まとめて焼かれる乾パンのようなカチコチのパンが庶民の主食だそうだ。城内では薪が比較的豊富に使えるのでチャパティに近いクレープ生地のようなパンを毎日焼いているようだ。
「よくパンと気付きましたね」
「香りは小麦でした。ただ、こんなに分厚くて焼けるのかと思いましたが、割るとふわふわしていましたし。甘かったので、あぁ、美味しいなと」
アルトに聞いてみると途中から支離滅裂な話になったが、美味しかったから気にしなかったが結論らしい。
「パンの種を発酵させたりはしないのですか? えぇと、練ってから時間をおく事は無いですか?」
「あぁ、あります。ただ、それでここまで膨らむものなのでしょうか?」
あぁ、明確に酵母を使う事は無いのか。ワインの値段を考えても、主食に混ぜられる価格でも無かった。乾物の果物などは保存食として売られていないのかな。そうなると、発酵するための種が無いという話か。
「また時間が空いたらお教えします。歯応えという意味では少し物足りないかもしれませんが、いかがでしょうか?」
「いえいえ。歯が悪いもので、このような柔らかな肉はありがたいです。しかも、考えられる限りを越えて美味しい。塩気もふんだんですし体が喜ぶ味ですね」
そう言いながら、素早く食べ進めていく。私も負けじと食べながら、和やかな夕食の時間は温かな雰囲気のまま過ぎていった。




