第27話 子供が好きと言えばハンバーグかなと
熱いシャワーで体の芯まで温まった後にガウンを羽織り、夕食の準備を進める事にした。ステーキというのもレーディルの年齢を考えると噛みにくいだろうか。
この世界、やはり歯の問題は深刻なのだろう。レーディルは今の私より若いはずだが、残っている歯の数はかなり少ない。肉体労働の人は噛み締める機会が多いので、適切なケアをしないと歯がボロボロになる。そうなると踏ん張る事が出来なくなる。そういう経緯で引退した可能性はあるかもしれないなと意識を飛ばす。戦争の形態も将が前線に出て士気を上げないと駄目だろうし、指揮も目が届く範囲でしか取れないだろう。
そんな事を考えながら『せいぞう』の食材欄を見ていると、中間製造物というタブがあったので見てみる。中には餃子のタネなどが見つかる。うーん、機能に慣れると詳細情報が解放されていくんだろうけど、通知は欲しい気がするかな。何が変わったのか分からない。でも、そういうのを気にせずいつの間にか使いこなせるようになるインターフェースを目指しているんだろうか。
インターフェースの重要性は非常に高く、現役の時も口が酸っぱくなるほど顧客と打ち合わして共通意識になるまで作り込めって話をしていたなと。導入以後の作業効率に如実に表れるので、ここだけは譲る事が出来ない。
ふと目が留まったところにハンバーグのタネが見つかったので、夕食はこれで良いかな。アルトもお肉は好きだろうし。今まで作ってきたハンバーグのタネがメニューにずらりと並ぶ。ある程度内容物が似ている物はスタックされているので、そこまで種類は多くない。スタンダードな牛豚の合挽肉と玉ねぎのレシピのタネを三つ生み出し皿に乗せる。
フライパンに牛脂を軽く塗ってからタネを置く。その後に火を点ける。カンカンになるまで熱してから肉を置く人がいるが、あまり急激に肉を熱すると固くなるし、焦げの元になる。早く周りを焼き固めないと肉汁が逃げると強迫観念にかられるかもしれないが、肉汁が出始めるのは中心まで熱が通ってからだ。ゆっくりと火を通しても、中まで熱が通る頃には周りは固まる。焦げてガリガリのハンバーグを食べたくはないので、弱火でじっくり周囲を熱していく。肉が白く変化し、軽く焼き色が付いたところで、裏返し再度弱火で焼き進める。両面に焼き色が付いたら何度かひっくり返し、赤ワインを回しかけてフォン・ド・ボーの缶詰を投入後蓋を被せて、蒸し焼きにする。
並行して付け合わせに蒸し野菜を作る。これに関しては、冷凍の温野菜をレンジで温めるだけで良いだろう。念のため、パック入りのサラダもボウルに盛り付けてオリーブオイルベースのドレッシングを注ぐ。酒場でオリーブの油漬けがあったので、こちらでもきっとポピュラーな味なのだろう。
温野菜が温もったところでバゲットをトーストしはじめる。ぐつぐつと煮えていたハンバーグも十分に中まで火が通ったようなので、蓋を開けてソースをスプーンでかけながら水分を飛ばす。ドロドロと濃厚になってきたなと思ったところで、ドアがノックされる。
声をかけると、アルトのようだ。扉を開くとさっぱりした様子のアルトと見違えるほど若々しくなったレーディルが若干雨に濡れた姿で表れる。タオルを差し出しながら聞いてみると。
「どこからともなく美味しそうな匂いが漂ってきて……。我慢出来ませんでした……」
アルトがしょぼんと表現出来そうな表情を浮かべながら、上目遣いで謝ってくる。そのアルトの頭を撫でながらレーディルも弁護に入る。
「用意の途中にお邪魔をするのはと思いましたが、確かに良い香りで。作り方などを見てみたく思いました」
「なるほど。しかし、もう出来上がります。ソファーでおかけになってお待ち下さい。アルトさんはお話は出来たかな?」
そう問うと、きょろきょろと視線を左右にし始めるのを見て、苦笑が漏れてしまう。キャンピングカーの紹介でいっぱいいっぱいだったのだろう。
「もう少しソースの水分を飛ばしたら完成です。それまでゆっくりご歓談下さい」
そう告げて、奥へと導く。もう日も落ちている。お腹も空いているかと、乾燥スープの素からジャガイモのポタージュを選び、カップに入れてポットからお湯を注ぐ。ゆっくりと粉が無くなるまで混ぜて、先に二人に差し出す。
「何か粉のようなものを入れていましたが……。これは?」
「芋のスープです。食べる前に温かいものを入れていると、内臓の負担が減りますよ」
その言葉で、レーディルとアルトが匙で掬い、そっと口に運ぶ。
「うぅー!!」
アルトが頬を押さえて、ぱたぱたと顔を左右に振る。レーディルも一瞬目を見開いたと思うと、黙って少し性急かと思うほどの勢いで匙を上下し始める。
「ふぅ……。これは……。あんなに簡単に作っていた物とは思えません。芋の種類は分かりませんが、何とも優しい味ですね」
レーディルが額に浮いた汗を拭いながら、キッチンの私に声をかけてくる。
「なるほど。じゃが芋はこの辺りではまだありませんか。栄養もありますし、増える量も多いので救荒作物として優秀です。ただ、地力を持っていくので、きちんと手を加えてやらないと、土地が荒れますね」
「そうですか。救荒作物など旨味の無い、味気無い物ばかりですが、このように洗練された物が扱われていたのですね」
そんな会話をしている内にフライパンの中のソースも粘度が上がり、くつくつと美味しそうな音を奏でだした。さて、夕食といこうか。




