第23話 小物の正体
「あい分かった。では、実戦でその実力を証明せよ」
宰相に軽く頷きかけると、国王は一人退室していく。腰を抜かしていた宰相が侍従に支えられて、何とか立ち上がる。
「戦争の終了条件に関する詳細の策定に関しては、いつ行いますか?」
そう問うと、あわあわしていた宰相がやや落ち着きを取り戻し、口を開く。
「これより国王陛下と打ち合わせを行う。明朝に話し合いの席を設ける。それで良いな?」
「分かりました」
四十五度に腰を曲げ、宰相に優美と思われる礼を行い、再度主のいない玉座に九十度のお辞儀を行う。
「では、退室します」
そう告げて、謁見室を出て、侍従に誘導してもらい、自室に戻る。世話は必要ないと告げたが、世話役は扉前で待機するようだった。また、面倒な。私は、盗聴器の受信機のアンテナをアラートの赤い点に向けて音量を調整し始める。まだ、カタカタと音が鳴っているので、移動中なのだろう。あの手の人間だ、絶対に自分の手に舞い込んできた望外の品は愛でる。確信している。それを見越して、箱の底は二重底になっているし、盗聴器も仕込んでいる。構造上寄木細工が分からなければ開ける事も出来ないし、そもそも中布を取り出して調べるという事もしないだろう。
楽しみに、受信機から流れる音をイヤフォンで聞いていると、ノックの音が聞こえたので、机の上を布で隠す。
「はい、何でしょうか?」
「レーディル様、アルト様がお越しです」
「通して下さい」
かなりくぐもっているのを聞いている限りは防音は問題無いか。周囲を確認する限り、諜報員の姿も確認出来ない。余程この老人の姿は油断を誘うらしいな。
「お疲れ様です。して、会見の結果はいかがですか?」
レーディルが口を開くのに対して、私は自分の口に人差し指をそっと立てる。
「お声を小さく。軽い罠を仕掛けました。黒幕の本音を確認するとしましょう」
密やかに告げて、机の上の布を取り払う。レーディルは首を傾げるが、アルトはスピーカーを見ているので、音が鳴る物だというのは理解している。
「何かの音楽などを鳴らすのですか?」
アルトが問うてくるので、二人に席を進める。
「えぇ。黒幕という鳥が囀るのを楽しむ事にしましょう」
そう、害意というアラートを向けてくれた、国王のお言葉と言うやつを存分に聞かせてもらおう。
受信機の音量を調整し、三人がぎりぎり聞こえる程度の音量に調整する。周囲は『ちず』で警戒しているので、人が接近すれば分かる。移動中のカタカタと言う音が止み、ホワイトノイズが続く。レーディルは皆目見当のつかない顔で、アルトの方を見るが、アルトも実際に何が起こるかは分かっていない。双方共に首を傾げた瞬間に、くぱっという、空気の流入音がスピーカーから発せられる。
「ほぉ……。あの愚か者が持っていた物にしては、存外に美しいな……」
若干ノイズが混じるが聞く人間が聞けばすぐに分かる。
「こ……国王陛下!? これは?」
「静かに。国王陛下の部屋の音をここに誘う魔法を使いました」
「それは……越権行為ではないかな?」
レーディルが若干不機嫌そうに言うが、私は目を見開き、首を傾ける。
「現状は無位無官。権利も義務もございません。ただ、今後雇い主となる方がどのような考えを持っているかは知りたく思いますが?」
そう告げると、レーディルも黙る。本人自身も、現状は無位無官のただのアルトの後見人だ。国王に対しての忠誠という意味での義務はあるだろうが、アルトからある程度の話は聞いているのか、特に邪魔する気配はない。拳銃は出そうと思えば出せるし、無手の相手でテーブルを挟んでいるので、そこまで危険も感じない。
「そうですな。この箱の細工といい、逸品と言えるでしょう……」
この声は、宰相か……。
「あの物知らずめが、自らが生贄に呼び出されたとも知らず、私に媚びを売るとはな。笑いを抑えるのに精いっぱいだったぞ……」
「ほんに。しかし、あの魔法は侮れませんな……」
「うむ。『バーシェン』との契約では、向こうの兵が王都周辺を取り囲んだ時点で、無血開城という流れだったな」
「はい。徒に兵の消耗を望まぬ慈悲高き国王陛下が、交渉の末、この地を辺境伯として納めるという流れでございます。それに際し、進軍を邪魔したあの老人は消されるでしょうし、それを計画したレーディルと娘も処刑ですな」
その瞬間、二人が驚きに声を上げそうになるが、手を差し出し、抑えてもらう。
「このようなどうしようもない土地はくれてやればよい。民の指導も『バーシェン』が行うと言うではないか。儂は上がってくる税収から必要な分を抜いて、渡せば良いだけ。税率もこちらで融通を利かせて良いという話だしな。この箱でも献上すれば覚えもめでたくなろう」
「そうですな。飢饉という名目で集めた穀物も国王陛下の財として認められます。併合後は倉を開けて高値でばらまけば、農奴の出来上がりですな……」
「うむ。生かさず、殺さずだな。反乱を企てるのなら『バーシェン』に出張ってもらえばよい。父上は何故このような民を見捨て、隣国に下らなかったのか全く理解に苦しむ」
「矜持で物は食えませぬ。あの愚物はどうしましょうか……」
「軍監という名目で何名か付けよ。書状は儂が書く。『バーシェン』の軍が見えた段階で殺害するように指示をすればよかろう。帰ってきたら、口を封じる」
「なるほど。それは名案ですな」
そこからは聞くに堪えない、四方山話が続く。
「さて、お二人共、これが現実です」
私は受信機のスイッチを切り、にこりと微笑み、二人に告げた。