第2話 状況が分からない? はい、ヘリコプター
ふと、意識が戻ると、薄暗い中で立っていると言う事を理解した。もう半年ほどはベッドで寝た切りだったはずだが……。目が慣れてくるにつれて、周囲の様子がはっきりと見えてくる。視力が戻っている……。ふと掌を見つめると、皺が随分減っていた。その瞬間、肩口からはらりと髪の毛が垂れてくる。髪の毛が長かった時代なんて、代表取締役時代か? あの頃は忙しくて髪を切る暇もなかった。しょうがなく伸ばしていたけど……。
そんな事を考えながら、ふと人の気配を感じて正面を向くと、中学生か高校生くらいの少女が、仰々しい装飾を着けたポンチョみたいな恰好で立っている。その顔は驚愕で満ちていた。
「あの……失礼」
声をかけた瞬間、びくりと飛び上がると、滂沱と泣き出す。何故に。
「どうして……成功したのに。若返りの宝玉を六つも使ったのに……。どうして、こんなお爺ちゃんなの!!」
全く意味が分からない。周囲を見渡すと、何かの祭壇のようになっている。ひゃんと言う声が聞こえるので、足元を見ると子犬が一匹。シベリアンハスキーみたいだけど、まだまだ鼻先が丸い。これがつっちゃんが言っていた神使なのかな。拾い上げると、くんくんと手の匂いを嗅いで、頬をすりすりと擦り付けてくる。
「あのぅ……。こちらの話を聞いてもらっても良いですか?」
目の前の少女が恨めしそうに言うので顔を上げる。その瞬間流れる、銀髪。髪が鬱陶しい。
「申し訳無いのですが、紐と鏡をお借り出来ますか?」
「すぐにいりますか? それとも私の話を聞いてくれますか?」
少女の恨めしさに拍車がかかるが、こちらとしても状況を確認したい。
「何故、私がここにいるかは知りたいです。ただ、自身の姿に変化があるようなので、確認をしたいのです」
そう告げると、少女が溜息を吐き、祭壇に上がる。奥側から磨いた銅板のような物を持って来る。
そこに映っている姿は、正に社長時代の自分だった。服も千沙が選んでくれたスリーピースのスーツ姿。顔は……かなり肉が戻っている。触るとほのかな弾力。あぁ、若返っている。ぺたぺたと体中を触っていると、少女が紐を差し出してくる。素材は不明だが、紡いだ中にフワフワとした物が混じっているところを見ると綿なのかな。そう思いながら、鏡を置き、髪の毛をオールバックにして、根本で結ぶ。背中を触ると、腰の辺りまで届いている。あぁ、これは、六十歳頃の長さだ。
「気は済みましたか?」
地獄の底から響くような陰気な声。
「ありがとう、可愛らしいお嬢さん。名前を伺ってもよろしいですか?」
そう問うと、再度の溜息。
「アルトです」
「それは姓ですか? 名前ですか?」
「私はただの臣民です。姓なんてありません」
ふんっと言った感じで、横を向く。ふむ、姓は特殊な世界なのか。
「アルトさん、失礼しました。私はトシアキです。発音は出来ますか?」
「トスィァキー?」
あぁ、日本語の発音だと駄目か。
「アキで結構です。先程、泣かれていたようですが、事情を説明してもらえますか?」
そう聞くと、興奮したように捲し立て始める。どうも、この少女、アルトは祭祀を司る家に生まれたらしい。で、生まれ故郷の国が戦争に巻き込まれると言う事で、国王の命令により神に祈り、過去の英霊を呼び出そうとしていたらしい。この世界の平均寿命が五十歳にも満たない。老衰で死んだ相手でも、若返りの宝玉と言うもので若返らせれば戦力になると。若返りの宝玉って、何だ……。神様絡みの物なのかな……。ちなみに、一つで五歳は若返るらしい。そりゃ、五十歳で三十若返れば、二十歳だ。戦力になるのはなるだろうが……。あぁ、それで九十歳から六十歳と言う訳か。
「戦争……ですよね? 一人呼び出したとして、戦況が変わるのでしょうか?」
「言い伝えでは、一人で千人を相手にして引かないと言う戦士はいました。それに百人を刹那に滅ぼす魔法使いも。そう言う人間を求めていたんです」
必死に言い募るが、疑問が浮かぶ。
「あの、戦争と仰いましたが、相手の数はどの程度なのですか?」
「隣国の兵、五千程です」
その時点で、心の中でツッコミを入れそうになった。一騎当千の戦士を呼び出しても、五千は相手に出来ないだろう。この指示を出した人間の真意が分からない。
「その相手を……呼び出した人間に対抗させると言うのですか? 数が合いませんが……」
「それでも!! 私は国王様にそう命ぜられたんです。それが、こんな奇妙な服を着たお爺ちゃんなんて……。何て説明したら良いのか……」
そう言って、また泣き崩れ始める。はぁぁ。つっちゃん、ちょっとハードだよ、この状況。心の中で嘆息しながら、何とか少女を宥め始めた。
暫く、ぐしぐしと嘆いていたが、まずはやるべき事をやっていこうと慰めていると、少しずつお落ち着きを取り戻す。
「すん、すん……。ありがとうございます」
「いいえ。まずは、状況を確認したいのですが……」
取り敢えず、王国の首都らしき場所は、馬車に乗って三日と言う話を聞けた。と言う事は、大体百キロ程の場所か……。
「地図は分かりますか?」
そう問うと、荷物の中から木の板を取り出してくる。紙も羊皮紙も無いのか……。地図も物凄く縮尺が曖昧で方角くらいしか分からない。そう言えばと置きっぱなしにしていた書類を確認すると、『ちず』とか言うコマンドがある。思い浮かべると、視界の端に世界地図が浮かぶ。地球のあの地図だ。そこに黄色い光点が浮かんでいるので拡大したいなと思うと、ズームしていく。現在地はスペインの南部、セビーリャ辺りか。で、地図を見ると王都がメリダ辺りと。
「外に出てもよろしいですか?」
そう聞くと、アルトが泣き腫らした顔で頷く。扉を抜けると、一面の草原だった。道らしきものは続いているが、こんな所に祭壇を建てた意味が分からない。でもそう言う事を聞くと、また泣きそうなのでぐっと堪える。
「隣国と仰るのは、地図のどこですか?」
そう聞くと、メリダの北西、アルカンタラ辺りを指す。水源近くに国を築くのは基本かと思いながら、どうするか考える。もう少し詳しい事情は聞かないと駄目だろうし、こちらもつっちゃんからもらった能力の把握もしたい。
「馬はこのままでどの程度持ちますか?」
「夕方までは大丈夫です」
時間と考えると、『とけい』のコマンドをふと思い出す。デジタル時計を思い浮かべると、視界に現地時間が表示される。 取り敢えず、今は十三時か……。
『ちず』に関しては、マークを付けて目的地を保存出来るようなので、現在地に馬車とマークを付ける。これで帰りは大丈夫と。後はメリダ辺りに王都とマークを付ける。
『せいぞう』の仕様を確認すると、今まで関与した物と設計・製造に関わった物は何でも生み出せるようだ。確かに一部部品を納品したけど、原子力発電所とかどうしろと言うんだろう。『せいぞう』と『ほきゅう』は適当な星から素材を集めるから気にするなと丸文字の癖字で注釈が書かれている。こんなお茶目をと、若干脱力した。
『ほきゅう』があるなら、燃料切れの心配はいらないか。ざらっとリストを確認していると、仕事で使っていたヘリコプターを発見した。操縦は可能だし、往復で二時間もかからないはず……。相手側の様子も見るなら、三時間ちょっとかな。
ふむ。この世界の事が全然分からないと言うのは問題だ。まずの方針としては、出来れば彼女を懐柔しつつ、周辺地域の状況を確認する。呼び出された理由をこなして信用を得る。その上で今後の方針を定められるだけの情報を得る事かな。よし、そうと決まれば。
「少し下がってもらえますか?」
そう告げて、『せいぞう』で対象のヘリコプターを考えると、ふわっと立体映像のように表示される。自由に動かせるようなので、接地するように座標ずらして、良いかなと思った瞬間、ずさっと言う音と共にヘリコプターが出現する。若干まだ浮いていたか……。
「え、何? 何です、これ……」
アルトがきょろきょろとヘリと私の方を交互に見つめる。
「乗り物です。失礼、お嬢さん」
左手を取り、アルトを座席に押し込んでシートベルトを留める。ヘルメットを被せバイザーを降ろすと、固まってしまった。
計器の確認をしながら、こちらもヘルメットを被り、バイザーを降ろす。子犬は股の間に置いているが、大人しく丸まっている。
「これから、空を飛びます。少し怖いかもしれませんが、無理なら、無理と仰って下さい」
そう告げて、ローターを始動させる。大きな音に驚いたような声が、イヤフォンから聞こえてくるが、恐怖では無いので、一旦無視する。そのまま出力を上げて、ふわりと垂直に浮かせる。徐々に高度を上げると、アルトが叫び始める。
「ちょ……浮いてます。空を飛んでいます。なんです、これ!! 魔法ですか!! 見た事無いです!!」
どうもこちらに掴みかかりたそうだが、シートベルトが邪魔でこちらまで手が届かないようだ。
「怖くはないですか?」
「それは……大丈夫です」
思った以上に、肝が据わっている。と言うより、空から落ちる恐怖が想像出来ないという感じだろうか。そんな事を考えながら、高度を上げていく。
「一旦、王国と仰っていた場所、そして敵国の状況を確認します」
そう告げて、蒼穹へと飛び立った。




