第19話 トンカツで勝つ
バットに卵と水を溶いて小麦粉を加えたもの、それとバゲットをフードプロセッサーで砕いたパン粉を用意する。興味津々なのかアルトがレティを抱いて後ろから覗いてくる。
「これは……。何を作られるんですか?」
「揚げ物を作ろうかと思っています」
「揚げ物? 油で何かを作るんですか?」
聞くと、油そのものが高価で、揚げ物は食べた事が無いらしい。楽しみに待っていて欲しいと告げると、嬉しそうにソファーでレティと遊び始める。
少し分厚い豚のロース肉を出して、筋を切り、ミートハンマーで叩く。とにかく叩く。十分に叩いた後に下味をつけて溶き卵をたっぷり絡めて、パン粉を満遍なく、みっちりと着けて形を整える。フライパンに衣をつけたお肉を乗せて、火を点けて、ゆっくりと油を上から注いでいく。ちゅりちゅりと鳴り始めたら、注ぐ勢いを強め、ひたひたを超える程度に注ぎ終えたら待つ。その間に、パックの野菜を用意して、パンを焼き始める。カツの上部から血合いが染み出し、それが固まるまで待ったら裏返す。油温計を見て、百度程度まで上がったら、一旦バットに上げて油を切りつつ余熱で内部を温める。その間に油の温度を上げて、百八十度を超える辺りまで待つ。超えたら、先程取り出したカツを投入する。大きな泡が小さくなり表面の水分が無くなって、外側がきつね色になったところで、フライ用のバットに上げて油を切る。食卓にパンやサラダ、飲み物を準備しながら、肉汁が落ち着くのを待つ。湯気が薄くなった辺りで、切り分けて皿にのせる。小皿にトンカツ用のソースを入れて、食卓に並べる。
「じゃあ、食べましょうか」
そう告げると、アルトの目が輝く。くぅとお腹の音の方が返事をしてくれるが、真っ赤な顔をしながら小さな声で食べますと聞こえる。早速、真ん中の一切れをソースに浸けて口に頬張る。かしゅりと衣が割れ砕ける感触を感じた後に柔らかな弾力が歯先に感じられて、そのまま力を加えると、じゅわりと肉汁があふれ出し、舌の上を蹂躙する。サクサクとした食感と、柔らかな触感。香ばしい衣の香りと、濃厚で旨味に満ちた肉汁の味。混然一体を感じながら、咀嚼を進める。こくりと飲み干して、若干放心していると、目の前では、何故かアルトが口を押えて、じたばたしていた。
「大丈夫ですか?」
そう聞くと、こくこくと頷きが返るのだが、やっぱりじたばたが続く。暫く見つめていると、こくりと飲み干し、少し寂しそうな表情を浮かべる。
「無くなってしまいました……」
どうもあまりにも美味しすぎて、とにかく噛んでいたのだが、少しずつ無くなってしまって悲しいらしい。
「さぁ、まだありますし。また機会があれば作りますよ」
そう伝えて、食べるのを促すと嬉しそうに頬張る。これでソースに浸してしんなりしたのを挟んだカツサンドとか用意したらどうなるのだろう。そんな事を考えながら、食べ進めた。
食事を終えたら、シャワーを浴びて眠りに就く。私はレティにミルクをあげながら、明日以降の事を考える。ティロと話した事が確かならば、思いの外確度の高い情報を得られた。少なくとも、何らかの戦争行為が発生する度に使っていた雑用係を使わないというのは考えにくいだろう。と言う事は、本気で兵が用意をしていないか、極々少数での打開を狙っているかだ……。私を、一騎当千を呼び込んだというなら後者の可能性も高いが、町の噂を考えるなら、そのような性格の王ではないだろう……。勝つ気がないか、逆に少数で勝算があるか……。この二択を持って、明日に臨むとしよう。
けぷりとげっぷをしたのを確認し、毛布をかけてあげる。軽く体を動かして、良い位置になったのか、目を瞑り、寝息を立て始める。私も明日の夕方からは本気で動かなければならないので、シャワーを浴びて寝る事にする。
異世界四日目は生憎の雨だ。昨日の晩は月も出ておらず、降るかと思った雨も降らなかった。窓を叩く冷たい雨。町でこれ以上顔を見せるのもまずいと考え、今日は城の詳細に関してアルトに確認する事にした。朝食を終え、その旨を伝えると、映画の続きを見る事が出来ない事に愕然としているアルトの顔が見れた。何とか宥めて、日常的に使っている経路や人物に関して話を確認していく。どうも義理の父親が昔、軍にいたらしいので、その人から話を聞ければなと考えつつ、昼を済ませ、夕方まで約束の映画を上映する。私はソファーにかけて、得た情報を元に動きを想定していく。まぁ、愚王の評価が妥当ならばやりようは幾らでもあるかと思い、時計を確認する。そろそろかと窓の外を眺めると、細い雨に変わっていた。二人でキャンピングカーから出て、全てを片付ける。痕跡を消している間に、体全体が雨に濡れる。膝下から上がってくる冷気に震えながら、唇を少し紫に染めたアルトと一緒に宿を目指す。折角昨晩は験を担いでカツを食べたのだ。出来れば簡単に交渉で勝利となればと考えるが、難しいだろうなと嘆息しながら、王都の門を潜った。