第17話 真実の開示
怒号の方を見ると、ティロが酷い剣幕でこちらを見つめている。特に恨みを買うような事はしていない……筈だ。何をここまで怒っているのか。首を傾げて様子を見ていると、つかつか近付いてきて、耳元に口を寄せると周囲には聞こえない程度だが、怒りを孕んだ様子で呟いてくる。
「城の輜重部隊の隊長にそれとなく裏を取った。向こうはそんな事実は無い、出まかせを流言するなら罪人として捕らえるとまで言われた。爺さん、あんた私達を騙して、何を企んでやがる?」
ふむ。軍関係者とも接点がきちんとあるのか。裏取りと言っていたがきちんと関係者に接触して確認するんだから、伝手もあるし、仕事はきちんとする人間なのだろう。その慎重な姿勢は好感が持てる。きちんと話を伝えて、完全にこちら側に引き込むかな……。
「爺さん、何笑ってやがる」
「いえ、きちんとお話がしたいです。良いですか?」
逆にこちらが耳元に顔を寄せて、囁く。
「きちんと……? 隠してた事があるってぇのか?」
「それは、こちらにも事情があります」
短く会話を済ませて、マスターの方に向く。
「ちょっと込み入った話をしたいのですが、話が出来る場所はありますか?」
「二階は物置だ。下まで声は響かんよ」
店の奥側に見えないように階段が設置されているのを親指で指す。
「では、『宵闇の刃』の皆さんは昨日と同じく奢りです。楽しんで下さい」
歓声を上げる集団の真ん中を突っ切って、マスターから燭台を借りて階段を上る。二階は物置と言っていたが、テーブルや椅子の予備や野菜などの食材が並べられていた。私はテーブルを立てて、ランタンを置く。積んであった椅子の埃を払い、胸元からハンカチを取り出し敷いて、椅子の背後に立つ。怪訝な顔をしていたティロがおずおずと座るのに合わせて、椅子を調整する。向かって正面に椅子を置いて、私も座る。
「あたしは商売女じゃねえぞ……」
「私も孫と同じくらいの女性に何かを考えたりはしません。ご安心下さい」
一番下の孫が確か高校に入ったばかりだった筈だ。同じような年頃のティロに色を感じる事は無い。
「じゃあ、話せ」
むすっと座った目でティロがじっとこちらを見てくる。
「慌てずに」
そう告げて、ナプキンにフォーク、小皿を生み出し、並べていく。大皿にビーフジャーキーを並べ、野菜の塩漬けも並べる。
「な……何を……。物を引き寄せているってぇのか? そんな魔法あんのか……」
驚くティロの前に、グラスを置き、手のひらにほのかに冷えたワインボトルを出す。
「はい、魔法使いですから」
ソムリエナイフでキャップを外し、スクリューをコルクに差し込む。キュルキュルという音が遠い喧騒の中静かに響く。レバーをかけて引き抜き、最後にコルクを持ってゆっくりと引き出す。栓が外れた瞬間、空気を飲み込む微かな音を感じた。コルクを確認すると、濃い葡萄の馥郁たる香りが広がる。コッコッとリズミカルな音を奏でながら、グラスに赤い水面が揺蕩う。
「改めて、出会いに」
グラスを掲げると、ティロも空気に呑まれたようにおずおずとグラスを掲げる。ワインを口に含むと、赤のフルボディらしくどっしりとした粘度すら感じさせる暴力的なまでの香りの奔流。軽く息を吸い込むと、空気と反応し淡く変わりゆく香りが鼻腔で悦楽を感じさせる。
「美味い……な」
同じくグラスを傾けたティロが陶然とも呆然ともつかない表情で、言葉を漏らす。
「楽しんでもらえて、幸いです」
微笑みそう告げると、はっと気付いたようにティロが顔を朱に染める。
「うー……。きちんと話してもらうぞ?」
恥ずかし気に唸るようにティロが口を開く。
「では、結論から。私は英霊として、戦争に従事するために呼び出された過去の人間です」
驚愕の顔を浮かべるティロに向かって、私は知る限りの情報を開示する事にした。
「英霊……? 母ちゃんから聞いた事がある……。各国の癒し手が、呼び出すという、死んだ英雄か?」
「はい。王は明確に戦争があると考え、私を呼び出しました。ただ、私もどのような戦争か分からないため、少し調査を行っている状況です」
虚実を織り交ぜながら、話を進める。
「何故、あたし達に声をかけた。英雄様なら、どうとでもするだろう? 城には兵もいる」
「私は見ての通りの老体です。魔法使いですが、運動は出来ません。人手が必要というのは、そういう意味です。城の兵に関しては、その通りですが、その前に自由になる手足が必要でした。先程の話だと、その兵にも情報はいっていないようですね……」
「つぅことは、何か? 戦争は始まるが、何の用意もしていないって事か? そんなに先の話なのか?」
「詳しくは分かりません。ただ、そう遠く無い話だとは考えています。それなのに、一番最初に動くべき輜重が動いていないというのが胡散臭いですね」
「具体的に、あたし達に何をやらせるつもりなんだ?」
「まだはっきりとは決まっていません。ただ、自由になる手足が欲しかったというのは先程の言葉の通りです」
そう告げるとティロががしがしと頭をかく。
「あぁぁぁ。じれったい……。しかし、戦争ってなると、命を張る話になる。それをなぜ黙っていた。隠して矢面にでも立たせるつもりだったのか?」
「隠すも何も戦争に従事するとは明言しています。その上で、命に危険が無いように調整するとも言っています」
そう告げると、ティロがあっという顔になる。
「信じて……良いのか?」
「現状で私が信頼出来るのはお金だけです。またマスターの話ではあなたが信用のおける人間だとお聞きしています。私もお話をした後に慎重に行動されたあなたに対して高い評価を感じています。出来れば、一緒に仕事がしたいと思います」
瞳を見つめて、そう告げると、ティロが赤い顔でそっぽを向く。がしっとグラスを持って、呷る。
「命の……。仲間の命に危険が無いなら……受けてやる……」
ぼそぼそとティロが呟く。
「でしたら」
「だけどな!! きちんと金は払ってもらうぞ!! それに英雄様なんだろ? もし何かあったら、国からの圧力がこないようにしてくれ。仕事でやったのに国から恨みを買うような状況はごめんだ」
あぁ、きちんと先を見ているか。
「分かりました。あなた方の将来を含めて考えます。それでよろしいですか?」
「おぅ!!」
ティロがこくりと頷くと、皿に手を伸ばし始めたので、グラスにワインを注ぐ事にした。




