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第15話 赤身肉のステーキ

「おぉ、良かった。そろそろ閉めるぞ」


「ありがとうございます。このくらいの時間なんですね」


「日が落ちるか落ちないか辺りで辿り着くのもいるんでな。女の子一人だろう、さっさとお弟子さんの所に帰ってやんな」


 完全に善意で言っている警護の兵に軽く頭を下げて、門から出る。薄闇を越え、星明りが見え始めた空の下、薄く浮かぶ小道に沿って歩を進める。王都から十分に離れてから懐中電灯を生み出し、足元を照らす。辺りは伐採され残った林しかないため、動物の声は聞こえない。虫もこの時期では鳴く類の種類もいないのだろう。偶に灯りに驚いてか飛び立つ鳥の羽音が響くだけだった。

 記憶を頼りにこんもりしたカモフラージュに近づき、ノックの後、鍵を開ける。中を覗くと、アルトがぱぁっと明るい顔でこちらを見ていた。


「ただいま戻りました」


「お帰りなさい。良かったです……。見捨てられたらどうしようかと、少し怖かったです」


 孫娘が祖父に甘えるように、てとてとと走ってきたかと思うと、きゅっと抱き着いてくる。


「少し話をするまでに手間取りました。お腹が空いたでしょう?」


 そう聞きながら、頭を軽く撫でて、腕を解いてもらい、モニターを仕舞う。レティはアルトが立ち上がる時に転がされたのか、床にぽてっと落ちている。


『おなか……すいたー』


 顔を上げて、きゅーんみたいな鳴き声を上げる。こっちの方が先か。


「えと、甘い物を飲んでいたので、大丈夫です!」


 アルトがにっと笑いながら言うが、くぅっと言う音が響くと、顔を真っ赤にする。軽く微笑みを浮かべ、先にレティのミルクの湯煎を始める。部屋に広がるほのかに甘い香りにアルトの空腹が刺激されたのか、可愛らしいお腹の音が鳴る度に赤面し、諦めて梯子(はしご)で上に逃げていった。湯煎用に沸かしたお湯をそのまま沸騰させて、コーンポタージュのインスタントスープをカップで作る。


「すみません、スープを作ったので、先に食べて下さい」


 開口部は開いていたので声をかけると、ひょこっと顔を出す。


「良いん……ですか?」


「はい。もう作りましたから」


 そう告げると、とんとんと降りてくる。カップを渡すと、熱さに注意しながらこくりとカップを傾け、目を見張る。


「ふわぁ……。甘い。うーん、食べた事があると思うんですが……。野菜のスープですよね。でも、ぽってりしてて、濃厚……。トロトロしていて、温かい」


 アルトがぽけーっとお姉さん座りでニコニコとカップを傾けているのを見ながら、エアコンの温度を少し上げる。出ていく時は丁度良かったが、確かに日が落ちた後だと少し冷えている。レティも空腹と合わせて冷えているのか、ベッドに乗せると、毛布に包まってうとうとしていた。

 アルトが飲み終わって、ほへーっと放心し始めた頃に、湯煎が終わったので、レティの授乳をお願いする。私は、フライパンに牛脂を落として、溶かした後に一気に火を強めて、煙が上がるのを待つ。煙が上がったら、下拵えしてすじ切りした肉の塊を乗せる。

 今日はがっつり牛ステーキにしよう。もう何年も食べていないので、肉が焼けた香りだけで頭がクラクラしてくる。接待で食べていた頃は、あの脂肪に負けて胸やけしか感じなかったが、今回は赤身主体のお肉だ。

 ジューという音に耳を傾けながら、音の変化を楽しむ。徐々に沈んでいく響きを感じ、チリチリという脂の音が強まり、表面に艶やかな肉汁が浮いてきたタイミングでひっくり返す。強い水飛沫のような音が奏でられる中、フルボディの赤ワインを回しかけて、フランベした。ボッと上がった炎に後ろからひゃっという驚いたような声が上がるが、気にせず踊る火を眺める。フランベの炎が静まりふわりと消えたタイミングで湯煎して温めたバットに乗せてアルミホイルで蓋をして五徳(ごとく)の上に置く。付け合わせ用にレンジで温めたレトルトパウチのニンジンのグラッセを皿に並べる。交代に白パンをトーストしつつ、サラダを大皿に盛る。ふわふわと踊っていたアルミホイルが落ち着き、移してから三分ほどして肉汁が戻った肉をざくりとまな板で切っていく。ナイフが使えるかが分からないので、フォークだけで食べられるように少し細かめに切って、皿に並べる。テーブルに皿を置いたタイミングで、トースト完了の音が鳴り響くので、小皿に移し、バターを添える。


「さて、食事にしましょうか?」


 ミルクを飲み終わったレティに毛布をかけて、撫でていたアルトが匂いだけでキラキラしていた目を見開きながらこくこくと頷き、いそいそと椅子に座る。


「では、いただきます」


 そう告げて、サラダを取り分けていると、レティがまだ赤い肉に少し警戒しながらも、ぱくりと頬張る。その瞬間ぎゅっと力強く閉じられる(まなこ)


「ふわぁぁぁ!! 柔らかいです。何ですか、これ? お肉ですよね!! うわぁ、食べた事が無いです!!」


「牛のお肉ですが、食べた事は無いですか? そもそも牛がいないのかな?」


「いえ。収穫祭の時に神に捧げるという事で丸焼きにします。でも、硬いですし、筋張っていますし、こんなに甘くないです!! ふわふわで、甘くて、塩味もして、香りも良い……。幸せです……」


 一頻(ひとしき)り叫ぶと、手を合わせて神への感謝を祈り始めたので、そっとしておく。取り分けたサラダを差し出して、私も肉を頬張る。さくりとした歯応えを感じたと思った瞬間、ふわりとした感触に歯が包まれる。レアのように見えるが、落ち着かせる際にも熱が通っているのでミディアムレアからミディアムに近い焼き加減だ。ふわふわを嚙み締めた瞬間、弾けて(ほとばし)るように肉汁が口の中いっぱいに広がる。臭みなど一切感じず、ただただ旨味と脂の甘さを純粋に抽出したような錯覚を覚える。その後から、コショウの香りが抜け、ワインの豊潤な香りとコク、そして塩味が舌の上を踊る。


「うん、美味しいですね」


 久方(ひさかた)ぶりの牛、それも最上級の赤身肉に思わず、笑みが零れる。アルトは一心不乱にぱくぱくと食べ進めて、お肉が無くなった瞬間に正気に戻ったのか、悲しそうな顔をする。私が皿から何切れか渡すと輝かんばかりの笑みで、お礼を言い続ける。


 その後はシャワーを浴びて、就寝となったが、延々ステーキがどれだけ素敵なのかを演説し続けていたアルトの目の色は一生忘れない気がした。

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