第14話 もしもの人手
クルミは香ばしく、椎の実はさくっとした表面からもっちりとした中身が気持ち良い。ただ、若干アクが強くえぐみを感じる。それも味の内だと思いながら、カップを傾ける。ほのかな塩味で浮き上がる素朴な甘みを楽しみながら、ゆっくりマスターと町の様子や世間話をしていると、徐々に客が増えてくる。
「あぁ、あれだ」
マスターがくいっと顎を上げると、若い女性を先頭にした集団が楽しそうに店に入ってくる。リーダーが女性と言うのには少し驚いたが、男性も女性も関係無く仕事が忙しいのがこの世界らしい。実力があれば、どんどんと社会に出ていくのが普通だと言う。ただ、高校生か、いっても大学生くらいの女の子に率いられる集団が信頼されているという事実に少し驚いた。マスターに軽く頭を下げて、席に座った女の子に近づく。
「初めまして、アキと申します。少しお話をしたく思います。出来ればお近づきの印に、皆さんに一杯奢らせて下さい」
表情を固め、背筋を伸ばし、誠実に話しかける。
「あーん? 見ねえ爺さんだな。奢られる謂れはねぇぞ」
口調は少し悪いが、表情には警戒の色が濃い。すんなりと話に乗ってこないのは好印象だ。
「お頭、良いんじゃないですか? ただ酒っすよ?」
周囲は嬉しそうに何を頼むか相談し始めている。
「馬鹿野郎、ただってのは怖えんだよ。爺さん、酔狂な話だが、何を企んでいる?」
女の子が顎で席を指すので、カップと皿と荷物を持って移動する。席にかけるまでの動きを追っていたのは視線で分かる。
「商人……。軍人っぽさもあるか……。分かんねぇな。こんなしがない何でも屋に何の用だ」
「私は魔法使いです。お店のマスターに信用出来る方をお聞きしたら、貴方を紹介されました。さぁ、お好きな物を頼んで下さい」
給仕の子を呼ぶと、手下達が銘々に好き勝手注文を始める。高めの酒を頼んでいるようで、目の前の女の子は大きく溜息を吐く。
「たぁぁぁ。警戒心の欠片もねぇな。しゃぁねぇ。あたしん名前はティロ。『宵闇の刃』のティロだ」
この集団は『宵闇の刃』と言う名前なのか。少し後ろ暗そうな名前だが、殺人や盗み、犯罪行為には手を染めていないらしい。この町を根城にして護衛や猟の手伝い、その他専門職の手伝いをしているという話だった。元々色々な職種のあぶれた人間が集まって出来た集団らしく、元農家や元鍛冶屋、元商人など出来る事の範囲は広いし、仕事もきちんとやり遂げるので町の中では便利屋として名高いというのがマスターの言だ。
「で、爺さんは何を企んでいるんだよ。あたしらに出来る事なんて、町中の話程度だぞ?」
訝し気に聞いてくるティロ。
「企むというほどの事でもないです。ただ、近い内に少し人手が必要になりそうなので、信用が出来る人間を探していました」
「人手?」
ティロの眉根に皺が寄ったタイミングで、酒が届く。改めて、皆で杯を上げて乾杯を叫ぶ。周りの人間は素直に喜んでいるようなので、話はしやすいかな。
「はぁぁぁ。欲の皮ばっかりつっぱりやがる。爺さん、犯罪には手を染めねえぞ? 官憲の厄介になる気はねぇ」
じっと座った目で見つめられるが、ほのかに微笑みを浮かべて首を振っておく。
「犯罪を手伝って欲しい訳では無いです。まだ先がどうなるかが不明ですが、確実にそれなりの人数の手を借りる必要が出てきそうなので、先んじてお話だけでもとは考えています」
そう答えると、ティロが腕を組み、瞑目する。
「どのくらいの期間、どんだけの人数を拘束するってんだ?」
「長くて一月ほどです。人数は何名程ですか?」
「二十五人」
ふむ……。二十五人では出来無さそうな仕事もマスターの話では有った。その人数で回すと大分ブラックな感じだが、過少申告かな。
「そうですか? 聞いていた話だと、もう少し人数は多そうでしたが?」
「あんにゃろ……。実際は四十人。だけど、五人は他の仕事と掛け持ちだ」
ティロがマスターをねめつけながら、言葉に出す。
「分かりました。そのくらいの人数がいれば取り合えず大丈夫でしょう」
「おい。仕事の内容は言えねぇのか?」
「まだ確実では無いので。ただ、今の予想では戦争従事の可能性があります。その手伝いをお願いしたいと考えています」
「戦争? どことの話だ。何も聞いてねえぞ……。つか、爺さん、他所もんだろ? 何でそんな話に絡んでる」
座った目に尚力が籠められる。
「まだ確実では無いと言いました。ただ、拘束期間の最低代金は支払いますし、もし予想通りなら別途支払います。そういう条件ではどうでしょう」
「矢除けに使うつもりか?」
「いえ。安全には配慮します。不慮の事故が無いとは言いませんが、その場合は別途補償します。まずは話だけでもというところですね。他の仕事が無ければ、お願いしたいとは考えています」
そう告げると、ぐむむと言った様子で唸りながら、ワインのカップを空ける。
「微妙に町の様子がおかしいから何かあんのかと思っていたが……。しゃーねぇ。飯のタネだ。少し裏を取る。明日、また会えるか?」
「はい、では同じ時間にここで」
そう告げて、私もカップを空ける。ではと告げて、カウンターに赴き、二千タルをマスターに渡す。
「これは?」
「『宵闇の刃』の皆さんの飲み代と食事代です。足りそうですか?」
「あぁ、釣りが出る」
「では、明日も来ます。ご馳走様でした」
支払いと挨拶を済ませ、店を出る。待っている間に日は大きく傾き、宵闇が迫ってきている。風が尚冷ややかになっている。夕飯を早く作らないと、アルトが待っているかもしれない。そう思いながら、門の方に向かって歩き出した。