表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/46

第12話 王都の状況

 そこからの襲撃(しゅうげき)は無く、小一時間ほど馬車を走らせると、無事に王都の壁が見えてきた。盗賊も待ち受けるのにコストがかかる。獲物を吟味(ぎんみ)した上で先回りして確実に襲撃(しゅうげき)した方が飢饉(ききん)の際には有効だろう。ちなみに馬に関しては、知らない馬でしかもこの馬車では御しきれないと言う事で、そのままにしておいた。留めてはいなかったようなので、野生で生きていくだろう。

 また、アルトは(ほとんど)ど顔を知られていない、というよりも城の中でしか生活していないと言っていたので、少しキャラクターを作ってもらって王都に入り込む事にした。


「そこの馬車、ここで止まれ」


 門の前では、何組かの旅人が並んでおり、その最後尾に付いていたが、一時間もしない内に順番が回ってきた。


「こんにちは。初めまして。魔法使いのアキと弟子のアリーと申します」


「ふむ。馬車も立派だし、えらく小奇麗だな。歳を見ても高名な魔法使いなのか?」


 他の旅人には居丈高(いたけだか)に振舞っていた警護の兵が比較的ましな口調で聞いてくる。


「高名と言う訳では無いですが、年齢が年齢です。一通りは何でも出来ます」


「ふむ、身分を証明出来る物の提示と来訪理由を聞いても良いかな?」


「元々は東のテーユエイアより旅を続けておりましたが、二月程前の村の宿で油断しまして。荷物を盗まれました。旅の目的は、元々どこか住みやすい場所での定住を考えていましたので、その調査です」


「またえらく遠いな。しかしそうか、それは災難だったな。定住を目的をしていると言う事はどこかで魔法使いとして働くのか……。水は使えるのか?」


 水? アルトとの想定問答でも無かったな……。身分を証明するものが無くても、保証金を支払えば、通してもらえるという話だったが……。まぁ、有用な人材と言うのは見せておいた方が良いか。


「はい。可能です」


 そう告げて、左手を馬車の外に差し出し、『まほう』で水を()めどなく生み出す。


「おぉぉぉ。もう良い。勿体無い。いや、最近この都の水脈が汚れたようでな。井戸が濁っている。真水を生み出せる魔法使いはどこも求められているのでな。王城への仕官も今なら比較的容易だと思うぞ」


 先程までの少し慇懃(いんぎん)な笑みから、柔和な笑みに変わると、嬉しそうに言う。


「いえ。宮仕えは()()りです。酒場か食堂で水を生んだり、火種を管理している方が楽でしょう」


「そうか……。まぁ、歳が歳か。弟子の方は何か出来るのか?」


 そう聞かれた瞬間、アルトが小さくびくっと震えるが、笑顔で馬車で隠れた場所から手を握る。


「いえ。まだ何も。どちらかと言えば、身の回りの世話をしてもらっています」


「なるほど。まぁ、未来の魔法使いも一緒ならば、町としてもありがたかろう。今回は保証金で良い、文字は書けるか?」


「はい。大丈夫です」


 翻訳(ほんやく)は読みだけではなく、書く方にも適用されているのはアルトと確認した。


「では、保証金は一人五千タルなので、二人で一万タルだな。また、旅立つ際に今回の保証書と引き換えに返却する。もし町で問題を起こした場合は、保証金の方から補填(ほてん)するのでそのつもりで」


 ふーむ、物価差を考えれば日本円で五十万円か……。まぁ、信用が無い状況ならしょうがないかな。そう思いながら、偽造した千タルの札をざらりと十枚手渡す。向こうの保管用と私の分の保証書にサインをして、保管用を渡すと警護兵が確認を始める。


「ふむ、アキとアリーだな。通って良し」


 馬車の前を(ふさ)いでいた兵士が退くと、アルトがゆるりと馬車を走らせ始める。壁の奥に進んだ瞬間の印象は、(よど)んだ空気と排泄物(はいせつぶつ)の匂いだ。(かろ)うじて馬車が行き交う道幅はあるが、舗装(ほそう)はされていない。また、建物の前には糞尿(ふんにょう)堆積(たいせき)している。建物の壁にでろりと糞尿(ふんにょう)が流れた(あと)が見えるので、おまるか何かで排泄(はいせつ)をした後は、そのまま道路に投げ捨てているのだろう。絶対に町中では怪我は出来ないな……。破傷風(はしょうふう)になりそうだ。抗生物質は一通り『せいぞう』で生み出せるので、感染しても心配は無いが、潜伏期間と予後に動けない状況を作るのは望ましくない。


「では、宿に向かいます。馬車が預けられる一番ましな宿で良いんですね?」


「はい。お願い出来ますか?」


 馬も馬車も身分を特定出来る物ではないらしい。そこまでして徹底的に身分を隠すというのも変な話だとは思っている。そのまま大通りを真っ直ぐ進み、城と呼ばれる建物が見えそうな場所まで来ると、比較的太い道を曲がり、大きな建物の前で速度を落とす。建物の横の通路を馬車のまま進むと、草が生えただけの庭に出る。片隅に厩舎(きゅうしゃ)と思われる建物が建っており、そこの横に馬車を停めた。


「では、馬を外します」


 アルトが言うので、その前にひょいと飛び降り、アルトをエスコートする。その姿を見たアルトが若干頬を赤らめていたが、こういう行為が恥ずかしい年頃なのかと思いながら、体重を支えた。馬の手綱を厩舎(きゅうしゃ)(さく)に縛り、横に置いていた(おけ)に水を生んで(すす)ぎ、馬の前に置いてなみなみと水を生むと、嬉しそうに二匹が飲み始めた。


「餌も自分で購入してきて世話をします」


 宿が貸すのは場所だけかと思いながら見ていると、アルトが布で馬の体を拭き始めた。私は、昨晩見つけた飼料を『せいぞう』で生み出し、違う桶に入れて渡すと嬉しそうに食べ始めた。


「ふふ。良かったねタルト、ディン。今日はご苦労様」


 アルトが微笑みながら、揉むように体を体を(ぬぐ)っていると馬達がぶふるんと嬉しそうに(いなな)き首を回して舐めようとするが、ひゃーっと叫んでアルトが逃げる。そんな仲の良い風景を暫し眺めていた。


「では、宿に向かいますか」


 アルトの言葉に頷き、庭を抜けて、正面に出る。扉の上にはベッドのような意匠(いしょう)の看板が飾られている。扉を押し開けると、すぐにフロントが見える。横は食堂と厨房(ちゅうぼう)になっているのか、ほのかに調理している香りが漂ってくる。


「お泊りですか?」


 フロントの人間が、聞いてくるので、保証書を差し出す。


「三日ほどの宿泊を考えています。一番良い部屋でお幾らですか?」


「アキ様とアリー様ですね。一番良い二人部屋となると、食事無しで一泊四百タルですね。三泊なら千二百タルになります。夕食を付ける場合は一泊お二人で百タル増しです」


 ツインで一泊二万円か。良い宿で一番ましな部屋だとしょうがないのか。食事が二千五百円。ちょっとしたコース並みか……。


「食事は後でお願いしても良いですか?」


「はい。ただ、厨房(ちゅうぼう)も閉めますので、日が暮れる前にお教え下さい」


「分かりました。では、三泊分前払いで」


 そう告げて、千二百タル分の木貨(もくか)を支払い、保証書を返してもらう。鍵を預かり、階段を登って部屋番号を探す。扉の前に南京錠(なんきんじょう)が付いており、それを開けて部屋に入って後悔した。


「ん……」


 アルトでさえ顔を(しか)めるすえた匂い。一見、ベッドは清潔なシーツを敷いているようだが、下の布団を()がすと、腐った藁から若干水分が出ている。また、トイレも無く、部屋の隅に置かれたおまる。これが一番ましな部屋か……。扉の方も内側に南京錠を付ける場所はあるが、とてもじゃないが心許(こころもと)ない。


「アルトさん、この宿は信用出来ますか?」


「はい。大きな商人が使っている宿なので、信用は出来ると思います」


 しかし、このベッドで眠るのはちょっと嫌かな。


「王都の周辺で、隠れる場所はありますか?」


「少し歩けば、東側に林があります。動物も住まないと聞いていますので、人は寄りません。木々ももう(まば)らになっていますので、ある程度の場所もあるでしょう」


 どうも薪炭木(しんたんぼく)として伐採(ばっさい)していたが、若木ばかりになったので、放置されている林らしい。主要道路は一旦南に下らないと無いので、人の出入りは無いらしい。


「ふむ……。そこに昨日のキャンピングカーを出して寝ますか。形跡(けいせき)を残すのと、馬を泊めるためにここはこのまま支払っておきます」


「分かりました」


「では、向かいましょうか」


 そう告げて、徒歩で門の方に向かう事にする。健康な時にジョギングを欠かさなかったので、別に歩く事に苦労はない。そのまま三十分ほど歩いて門まで辿(たど)り着いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、感想、評価を頂きまして、ありがとうございます。孤独な作品作成の中で皆様の思いが指針となり、モチベーション維持となっております。これからも末永いお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。 twitterでつぶやいて下さる方もいらっしゃるのでアカウント(@n0885dc)を作りました。もしよろしければそちらでもコンタクトして下さい。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ