第11話 野盗との一幕
サラダに入っている野菜に関して、ニンジンとタマネギは食べた事があるらしい。レタスは似た食感の葉野菜は食べた事があるような無いようなと言う話だった。調理器材を片付けて、ティーバッグで入れた紅茶で食後のお茶を楽しむ。私は食事中に湯煎していた犬用ミルクをレティにあげる。夢中で頬張って飲んでいる姿をアルトが羨ましそうに眺めている。
「あのぅ……」
「先を急ぐ旅です。夜はお願いしても良いですか?」
「はい!!」
一瞬暗くなりそうだったアルトの顔が、一転明るくなる。けぷりとしたレティがもぞもぞとベッドに潜り込んで方向転換。鼻で毛布を押し広げて、ぷはーみたいな感じで頭だけ出してくる。
『ぬくぬく』
レティが機嫌良さそうな思考を送ってくると、微睡み始める。お茶を飲み終わり、全てを片付けて馬車に乗り込む。ベッドは膝の上に乗せてがたがたと馬車が走り出す。小一時間ほど走り、後一時間もしない内に王都に到着するかと言うところで大きな『ちず』の方に赤い光点が出現したので、アルトに声をかけて馬車を停めてもらう。緩やかに速度を落としながら停車するまでに光点は近付いてくる。『ちず』を拡大していくと百メートルほど先に纏まった光点が二つ、道から外れた林の中に光点が一つ。離れた光点は大分こちらに近い。
「前方に敵らしき対象がいます。この辺りで盗賊の噂はありますか?」
「王都周辺から離れると、そう言う人間が出ると言う噂はあります。行きは護衛が付いていましたが、帰りは呼び出した人間に守ってもらえとの事でした……」
呼び出した人間がそれを拒否した場合はどうするつもりなのか……。指示した側は何も考えていないな。アルトも少し浮世離れしている。何と言うか、深窓の令嬢と言う感じだろうか。
取り敢えず、眼前の脅威の対処が先決と。林の中で動かないのは弓か何かで狙っているのだろう。猟師が肉の供給をしていると言うのはアルトから確認した。罠猟が中心でも大物は遠距離から止めを刺さなくては危険だ。それに鳥などであれば、弓で狩る事もあるだろう。
「もし盗賊に会った場合の対処は、どうしていますか?」
「基本的には、逃げます。逃げられないのであれば、殺してしまって構いません」
「殺すのが許されるのですか……?」
「町の中であれば、まだ犯人を捜す事も出来ますが、移動中ではそれも難しいです。なので、町を出るという事はその覚悟をするという事になります」
アルトが眉根に皺を寄せて呟く。私は心の中で溜息を吐きながら、頭を抱える。平和な日本と違う環境。分かっていたつもりだが、ここまで文化が隔絶しているとは。
感情を切り替えて、『せいぞう』から十四年式拳銃を取り出し、弾倉を確認すると八発が装填されていた。スライドを引き薬室に弾を送る。安全栓を「安」から「火」へと百八十度回転させてトリガーガードの部分に人差し指を乗せる。元々は借り物だったのになと思いながら、前方に構えながら、馬車を走らせるように告げる。
「賊らしき対象が……後三十秒ほどで出てきます。慌てず、馬車を止めて下さい」
そう伝えると、アルトが一瞬、眉を顰め怪訝な顔をするが、こくりと頷く。かぽりかぽりと馬車が進む中、赤い光点がじりじりと林の端に近づき、十メートルほど離れた場所でばさりと音を立てながら出てくる。林の中の光点はじりじりと林を移動していたが、三十メートルほど後方で止まる。あちらは弓で威嚇担当かな……。
「おい、てめぇら、動くな!! 動けば……」
目前の小汚い男が口上を述べ始めた段階で、引き金を引く。バツンと言う破裂音と共に、口上を述べていた男が殴られたように、後方に倒れる。
「おい、どうしたよ。晩の事でも考えて興奮したか……おい!! どうした!!」
もう一人の愚鈍そうな顔の男がニヤニヤしながら、倒れた男の方を見下ろしていたが、胸から流れる血と、地面に広がる血に気付いたのか、必死に叫ぶ。
「動くな。動けば何が起こるか分からないぞ」
静かにそう告げると、はっとこちらを向き直った男がにやりと笑って、口を開こうとするのを見て、右太ももに向かって発砲する。再度響く破裂音。馬の方は驚かないかなと思っていたが、車で慣れたのか大人しく、アルトの指示に従っている。
膝をついて、呻き声を上げたかと思うと、地面を転がり、嗚咽を漏らす。
「林の人間、大人しく出てこい。所在は分かっている。もし出てこない場合は、殺す。時間を稼ごうとしても殺す。弓を使おうとした瞬間に殺す。三つ数える。それまでに走ってこい。いーち……」
暫しの逡巡の後、ガサガサと音を鳴らしながら森から出てくる弓を持った男。姿は他の二人よりもみすぼらしく、着ている服もアルトが交換してきた服よりも襤褸だ。弓を持った手はおろし、矢は腰に括った矢筒に仕舞っている。
「見つかったからには、もう襲う気は無ぇ!!」
じりじりと大回りに近づいてくる男、馬車の横に弓手が立った瞬間、転がっていた男の頭に向けて、発砲する。破裂音と共に、嗚咽が途絶える。
「おい、魔法使いだろ、あんた!! やつは、もう動けなかった。どうして殺した!?」
どうしても何も害意が消えないからだ。どうせ隙を見せれば、懐に持っている投げナイフを投げてくるのは分かっている。そういう意味では、非難しているこの男も、ちらちらとアルトの挙動を確認している。『しらべる』で装備を見れば、投げナイフが三本、襤褸の裏側に仕込まれている。何よりも、胸元が微妙に垂れ下がっているのはきちんと観察していれば分かる。
「そちらに何らの権利はない。私の質問に答えろ」
「おい!! どうして殺したと……」
尚も叫ぼうとした男の耳元近くに発砲する。衝撃波を感じたのか、驚愕に目を見開いた後、ガタガタと震えだす。
「繰り返す、私の質問に答えろ、良いか?」
「わ……分かった」
ガクガクと震える顎から絞り出すように声を発する。
「なぜ、襲おうなんて考えた?」
「村でえらい金を持っていた女が寄ったって話をしていた。聞けば、爺と娘の二人組じゃねえか。金を奪おうと、村の馬で先回りした」
ふむ……。『ちず』の馬っぽい光点は乗ってきた馬か。動き回っているので、固定はしていない……と。二匹なので、片方は二人乗りか。良く乗馬の技術なんてあるなと思ったが、この手の仕事を定期的にやっていれば慣れるか……。常習犯の可能性が高いな。それに先程の話なら、金だけが目的ではないだろう……。下賤な。
「金はもう無い。先程の村で使い果たした。それならば大人しく引き下がるか?」
「そりゃあな。金が無いなら、用は無ぇ……」
男が卑屈に笑いながら、馬車から一歩一歩下がるのに向かって銃口を向けて、引き金を引く。再度の破裂音と、どさりと倒れる音。
「もう……用は無いと言っていましたが?」
若干非難する口調でアルトが呟く。
「見てみますか?」
アルトをエスコートして馬車から降ろし、弓手が手を差し込んだ懐を開けると、薄い刃の小さな投げナイフが三本、革の鞘と一緒に縫い付けられていた。
「他の二人も同じです。こちらが進み始めたら、改めて襲撃するつもりだったのでしょう」
それを見たアルトが息を呑み、謝罪のため口を開こうとする。それを右手を差し出し、制する。
「お気になさらず。何も言わずに処理したのは私です。残酷な物をお見せしました」
「いえ、町を出れば、こういう事もあるだろうとは思っていました。助けて頂きまして、ありがとうございます。アキさん」
深々と頭を下げようとするアルトの肩をそっと支え、首を横に振る。
「お互い様です。では、先に進みましょうか」
そう告げると、アルトが馬車をそろそろと進め始める。地面に打ち捨てられた三人の男に軽く黙祷を捧げる。ただ、人を手にかけた事は従軍中にもあった。そういう意味で、何かの感慨は無い。最低限の祈りを捧げた後は路傍の石と変わらぬと思いながら、先を急いだ。