表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/46

第11話 野盗との一幕

 サラダに入っている野菜に関して、ニンジンとタマネギは食べた事があるらしい。レタスは似た食感の葉野菜は食べた事があるような無いようなと言う話だった。調理器材を片付けて、ティーバッグで入れた紅茶で食後のお茶を楽しむ。私は食事中に湯煎(ゆせん)していた犬用ミルクをレティにあげる。夢中で頬張(ほおば)って飲んでいる姿をアルトが(うらや)ましそうに眺めている。


「あのぅ……」


「先を急ぐ旅です。夜はお願いしても良いですか?」


「はい!!」


 一瞬暗くなりそうだったアルトの顔が、一転明るくなる。けぷりとしたレティがもぞもぞとベッドに潜り込んで方向転換。鼻で毛布を押し広げて、ぷはーみたいな感じで頭だけ出してくる。


『ぬくぬく』


 レティが機嫌良さそうな思考を送ってくると、微睡(まどろ)み始める。お茶を飲み終わり、全てを片付けて馬車に乗り込む。ベッドは膝の上に乗せてがたがたと馬車が走り出す。小一時間ほど走り、後一時間もしない内に王都に到着するかと言うところで大きな『ちず』の方に赤い光点が出現したので、アルトに声をかけて馬車を停めてもらう。(ゆる)やかに速度を落としながら停車するまでに光点は近付いてくる。『ちず』を拡大していくと百メートルほど先に纏まった光点が二つ、道から外れた林の中に光点が一つ。離れた光点は大分こちらに近い。


「前方に敵らしき対象がいます。この辺りで盗賊の噂はありますか?」


「王都周辺から離れると、そう言う人間が出ると言う噂はあります。行きは護衛(ごえい)が付いていましたが、帰りは呼び出した人間に守ってもらえとの事でした……」


 呼び出した人間がそれを拒否(きょひ)した場合はどうするつもりなのか……。指示した側は何も考えていないな。アルトも少し浮世離(うきよば)れしている。何と言うか、深窓(しんそう)令嬢(れいじょう)と言う感じだろうか。

 取り敢えず、眼前の脅威(きょうい)の対処が先決と。林の中で動かないのは弓か何かで狙っているのだろう。猟師が肉の供給(きょうきゅう)をしていると言うのはアルトから確認した。罠猟(わなりょう)が中心でも大物は遠距離から止めを刺さなくては危険だ。それに鳥などであれば、弓で狩る事もあるだろう。


「もし盗賊に会った場合の対処は、どうしていますか?」


「基本的には、逃げます。逃げられないのであれば、殺してしまって構いません」


「殺すのが許されるのですか……?」


「町の中であれば、まだ犯人を(さが)す事も出来ますが、移動中ではそれも難しいです。なので、町を出るという事はその覚悟をするという事になります」


 アルトが眉根(まゆね)(しわ)を寄せて呟く。私は心の中で溜息を吐きながら、頭を(かか)える。平和な日本と違う環境。分かっていたつもりだが、ここまで文化が隔絶(かくぜつ)しているとは。


 感情を切り替えて、『せいぞう』から十四年式拳銃を取り出し、弾倉(だんそう)を確認すると八発が装填されていた。スライドを引き薬室(やくしつ)に弾を送る。安全栓を「安」から「火」へと百八十度回転させてトリガーガードの部分に人差し指を乗せる。元々は借り物だったのになと思いながら、前方に構えながら、馬車を走らせるように告げる。


「賊らしき対象が……後三十秒ほどで出てきます。慌てず、馬車を止めて下さい」


 そう伝えると、アルトが一瞬、眉を(しか)怪訝(けげん)な顔をするが、こくりと頷く。かぽりかぽりと馬車が進む中、赤い光点がじりじりと林の端に近づき、十メートルほど離れた場所でばさりと音を立てながら出てくる。林の中の光点はじりじりと林を移動していたが、三十メートルほど後方で止まる。あちらは弓で威嚇(いかく)担当かな……。


「おい、てめぇら、動くな!! 動けば……」


 目前の小汚い男が口上(こうじょう)()べ始めた段階で、引き金を引く。バツンと言う破裂音と共に、口上を述べていた男が殴られたように、後方に倒れる。


「おい、どうしたよ。晩の事でも考えて興奮したか……おい!! どうした!!」


 もう一人の愚鈍(ぐどん)そうな顔の男がニヤニヤしながら、倒れた男の方を見下ろしていたが、胸から流れる血と、地面に広がる血に気付いたのか、必死に叫ぶ。


「動くな。動けば何が起こるか分からないぞ」


 静かにそう告げると、はっとこちらを向き直った男がにやりと笑って、口を開こうとするのを見て、右太ももに向かって発砲する。再度(ひび)く破裂音。馬の方は驚かないかなと思っていたが、車で()れたのか大人しく、アルトの指示に従っている。


 膝をついて、(うめ)き声を上げたかと思うと、地面を転がり、嗚咽(おえつ)()らす。


「林の人間、大人(おとな)しく出てこい。所在(しょざい)は分かっている。もし出てこない場合は、殺す。時間を稼ごうとしても殺す。弓を使おうとした瞬間に殺す。三つ数える。それまでに走ってこい。いーち……」


 (しばし)しの逡巡(しゅんじゅん)の後、ガサガサと音を鳴らしながら森から出てくる弓を持った男。姿は他の二人よりもみすぼらしく、着ている服もアルトが交換してきた服よりも襤褸(ぼろ)だ。弓を持った手はおろし、矢は腰に(くく)った矢筒(やづつ)仕舞(しま)っている。


「見つかったからには、もう(おそ)う気は()ぇ!!」


 じりじりと大回りに近づいてくる男、馬車の横に弓手(ゆみて)が立った瞬間、転がっていた男の頭に向けて、発砲(はっぽう)する。破裂音と共に、嗚咽(おえつ)途絶(とだ)える。


「おい、魔法使いだろ、あんた!! やつは、もう動けなかった。どうして殺した!?」


 どうしても何も害意(がいい)が消えないからだ。どうせ(すき)を見せれば、懐に持っている投げナイフを投げてくるのは分かっている。そういう意味では、非難しているこの男も、ちらちらとアルトの挙動を確認している。『しらべる』で装備(そうび)を見れば、投げナイフが三本、襤褸(ぼろ)の裏側に仕込まれている。何よりも、胸元が微妙に垂れ下がっているのはきちんと観察していれば分かる。


「そちらに何らの権利はない。私の質問に答えろ」


「おい!! どうして殺したと……」


 (なお)も叫ぼうとした男の耳元近くに発砲(はっぽう)する。衝撃波(しょうげきは)を感じたのか、驚愕(きょうがく)に目を見開いた後、ガタガタと(ふる)えだす。


「繰り返す、私の質問に答えろ、良いか?」


「わ……分かった」


 ガクガクと震える(あご)から絞り出すように声を発する。


「なぜ、襲おうなんて考えた?」


「村でえらい金を持っていた女が()ったって話をしていた。聞けば、爺と娘の二人組じゃねえか。金を奪おうと、村の馬で先回りした」


 ふむ……。『ちず』の馬っぽい光点は乗ってきた馬か。動き回っているので、固定はしていない……と。二匹なので、片方は二人乗りか。良く乗馬の技術なんてあるなと思ったが、この手の仕事を定期的にやっていれば()れるか……。常習犯(じょうしゅうはん)の可能性が高いな。それに先程の話なら、金だけが目的ではないだろう……。下賤(げせん)な。


「金はもう無い。先程の村で使い果たした。それならば大人(おとな)しく引き下がるか?」


「そりゃあな。金が無いなら、用は()ぇ……」


 男が卑屈(ひくつ)に笑いながら、馬車から一歩一歩下がるのに向かって銃口(じゅうこう)を向けて、引き金を引く。再度の破裂音と、どさりと倒れる音。


「もう……用は無いと言っていましたが?」


 若干非難(ひなん)する口調でアルトが呟く。


「見てみますか?」


 アルトをエスコートして馬車から降ろし、弓手(ゆみて)が手を差し込んだ(ふところ)を開けると、薄い刃の小さな投げナイフが三本、革の(さや)と一緒に()い付けられていた。


「他の二人も同じです。こちらが進み始めたら、改めて襲撃(しゅうげき)するつもりだったのでしょう」


 それを見たアルトが息を()み、謝罪(しゃざい)のため口を開こうとする。それを右手を差し出し、(せい)する。

 

「お気になさらず。何も言わずに処理したのは私です。残酷(ざんこく)な物をお見せしました」


「いえ、町を出れば、こういう事もあるだろうとは思っていました。助けて頂きまして、ありがとうございます。アキさん」


 深々と頭を下げようとするアルトの肩をそっと支え、首を横に振る。


「お互い様です。では、先に進みましょうか」


 そう告げると、アルトが馬車をそろそろと進め始める。地面に打ち捨てられた三人の男に軽く黙祷(もくとう)(ささ)げる。ただ、人を手にかけた事は従軍中にもあった。そういう意味で、何かの感慨(かんがい)は無い。最低限の祈りを捧げた後は路傍(ろぼう)の石と変わらぬと思いながら、先を急いだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブックマーク、感想、評価を頂きまして、ありがとうございます。孤独な作品作成の中で皆様の思いが指針となり、モチベーション維持となっております。これからも末永いお付き合いのほど宜しくお願い申し上げます。 twitterでつぶやいて下さる方もいらっしゃるのでアカウント(@n0885dc)を作りました。もしよろしければそちらでもコンタクトして下さい。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ