第10話 通貨偽造と缶詰の偉大さ
「そろそろ南端の村が近付いてきました」
アルトも初めは、馬車と同じように視界が低い状態でスピードが出る事に恐怖を抱いていたようだが、途中からは楽しそうしている。凸凹でサスペンションが殺し切れず飛び跳ねた瞬間も、絶叫マシンに乗っているかのように歓声とも悲鳴ともつかない叫びをあげていた。
「では、馬車に乗り換えましょうか。後、その前に、ここで衣服を揃えたいです。流通貨幣はお持ちですか?」
そう訊ねると、アルトが馬車に乗せていた荷物をごそごそと漁り、巾着袋を取り出す。振るとカラカラと軽い音が響く。ダッシュボードにばら撒くと、木製の小さな木簡のようなものと、丸く抜かれた物が転がる。それぞれ表に数字と裏には紋章のようなものが焼印で押されている。数字は指の数が十本なので十進数かと思っていたが、予想通り、十を区切りに増えている。
「これが一番小さい単位の、一タルです。これが、十、百タルですね。千タルからはこちらの札になります。一万タルまでは持っていますが、その上に十万タルがあります。それは日常で使う事はほぼありません」
通貨名はタルか。国の名前から取られたのかな。丸く抜かれた物が百タルまで。千と万が木簡のようだ。『せいぞう』で通貨を探すと、タルの項目が増えていた。
「大体、価値としてはどの程度なのでしょうか。例えば果物一つ。中古の服を一式で買った場合など教えて下さい」
「そうですね。旬の果物が一つで二タル程度です。服は作る人によってかなり差が出ますが、四百タル程度とみて下さい」
それから何種類か実例を挙げてもらったが、大体日本の物価の五十分の一程度だと把握出来た。
「ちなみに偽造などは起こらないのですか?」
「木材は王様が直接管理しています。建築や薪など、分配の必要がありますから。偽造は難しいです。それに見つかった場合は、親族を含めて罰を受けます。貿易の際にも基本的には物々交換と聞いています」
罰の部分で顔が曇ったのは、死罪相当の重い罰だからだろうか。
『せいぞう』で百タルと千タルをざらりと作り、差し出すと、アルトが呆けた顔になる。
「全く同じ物を作りました。偽造とは、ばれないでしょう。お手数ですが、衣服の調達をお願い出来ますか?」
アルトが、呆けたまま、手元の貨幣を見下ろす。
「あの!! 偽造は……」
「その場合は、私が責任を負います。私を差し出して下さい」
そう告げると、アルトが複雑そうな表情を浮かべながら、ざらりと巾着袋に仕舞う。
少なくとも、この国に長居をするつもりはない。アルトには呼び出された分の借りは返す。ただ、国の問題に長々と付き合うつもりはない。それに何かあったとしても、全力でアルトだけを守る事は可能だろう。自分の責任で出来る範囲でしか動く気は無い。そのライン上に、彼女は乗っている。
アルトと協力して、トラックから、馬と馬車を降ろす。二匹は狭い場所から広い場所に出たのを喜んでか、アルトの顔を頻りに舐めている。
「あん、こら。くすぐったいよ……」
そのまま革紐で馬と馬車をつなぎ、乗り込む。トラックを片付け、馬車での移動が始まる。しかし、すぐにへこたれた。お尻が痛い。低反発クッションと板状のクッションを『せいぞう』で出して、アルトにも差し出す。
「うわぁ。ふわふわです。え、これ、お尻に敷くんですか? うわ、うわ。柔らかいです!!」
何とか、耐えられる程度の状況になったので、そのまま村近くまで移動する。流石にスリーピースのスーツ姿で動き回る訳にもいかないので、私が馬車の番をしている間に村に入ってもらう。
馬の方は昨日の事を覚えてくれているのか、親しそうに頬を擦り付けてくる。飼料と水をバケツで用意すると、二匹仲良く食べ始める。食べ終わった辺りで、用意したブラシで体を擦っていくと、大きくしっぽを揺らし、体を押し付けてくる。二匹のブラシをかけ終わる頃に、アルトが走って戻ってくる。
「あの……。すみません……。どうも、食料も余裕も無いようで、お金ではこの程度の物しか交換出来ませんでした……」
結構パンパンになっていた巾着袋が小さくなっているのに、手にはぼろきれのような何かが折りたたまれており、その上に革製のサンダルが一つ乗っているだけだった。ふむ、大分ぼったくられたか。上空から見ても、かなり貧しい村だった。一気に稼いでなんとか村人全員分の食料を手に入れたいと考えているのだろうなとは分かる。
「それで結構ですよ」
布を預かると、解れの状態から、羊毛などの毛を紡いだ織物だと気付く。アルトのポンチョは麻っぽかった。まだ綿の量産は始まっていないのかと検討をつける。預かった布の塊を『せいぞう』でコピーすると、粗い織りだが、裾が長めの貫頭衣に変わる。ぼろきれの方は『かくのう』で仕舞っておく。物陰で着替え、コンパクトミラーで見てみると、よく漫画などで出てくるローマ人のような姿になった。
「うーん、うん。違和感は無いですね。ふふ、良くお似合いだと思います」
アルトの太鼓判も貰えた。元々母方の祖父が貿易商をやっていたイギリス人なので、クォーターになる。子供の頃や戦時中はいじめられる原因になったが、この時代で身長が百七十近くあるのと髪の毛の遺伝はありがたく思った。社長時代にも押しが利くので、便利だった。
改めて、馬車に乗り先に進む。スーツの際は気付かなかったが、秋口の風は冷たく、裾の方から容赦なく体を冷やす。気が利かなかったなと大判のブランケットを『せいぞう』で取り出し、アルトに渡す。
「え? 膝にかけるんですか? 柔らかいし、軽い……。それに温かい……。ありがとうございます」
アルトが大事そうに、馬車の床に着けないように浮かしているブランケットをそっと下げる。
「風邪は辛いですよ?」
微笑みながらそう告げて、ゆったりと馬車の揺れに身を任せる。
「村から離れた場所まで移動したら、お昼にしましょう。休憩も必要でしょうから」
村から外れ、ある程度進んだところで平地が広がっていたので、そちらに馬車を向ける。
キャンピングカーを出そうかと一瞬考えたが、ここまで来れば人の往来もあるかもしれない。目立つ事は避けるかと、キャンプ用のガスバーナーを取り出す。鍋にお湯を生み、バーナーに乗せる。沸々と気泡が上がってきたところで、自衛隊の戦闘糧食を取り出す。会社で若い子が参加していたサバイバルゲームに参加した時に合流した軍事系に詳しい人が持ち込んでいたのを分けてもらった。レトルトパウチの物もあったが、今回は缶詰の鶏めしとソーセージ。二つをカランと沸騰している鍋に入れる。
屋外用の青銅製のテーブルと椅子を取り出し、アルトに進めると、ちょこんと座る。馬車の裏で隠れるように作業を行っているので、馬達は放している。
「何だか、硬そうな物を煮るんですね……」
アルトが手持無沙汰そうに鍋の方にとことこと歩いて行って、覗き込みながら呟く。鍋の底でかつんかつんと揺れていれば、気にはなるか。
「出来てからのお楽しみです」
さーっと『せいぞう』の食料品関係を覗いていたら、パック入りのサラダが見つかったので、先に皿の上に盛り付ける。ドレッシングは……。あぁ、一覧が面倒臭い、タグ分けやソート出来ないかなと思った瞬間、一覧が一瞬消えて、タグに分かれる。はぁぁ、つっちゃん、初めから実装してくれても良いと思う……。食料品の調味料のドレッシングのタグを開くと、ざらっと数多の種類が出てくる。ふぅむ。イタリアンドレッシングぐらいで良いかな。取り出したドレッシングを振って、野菜に軽くかける。そろそろ良いかなと、トングで鍋から缶詰を取り出し、缶切りで缶を最後まで開ける。きりきりと開け切って蓋を取り外した瞬間、ふわりと湯気が流れた。夢中でこちらを覗き込んでいたアルトの方に湯気が届いた瞬間、ごくりと言う生唾を飲み込む音が聞こえる。もう一つのソーセージ缶も開けて、皿に盛りつける。量が多いので、四分の三はアルト用の皿に盛って、そっとアルトの前に皿を置く。スプーンと、フォークを渡すと、きらきらした瞳でこちらにまだかなまだかなと言う表情を向ける。
「では、食べましょうか」
そう告げるが早いか、アルトがスプーンで鶏めしを掬い、口に運ぶ。一瞬きゅうっと目を瞑って肩を竦めたと思うと、もきゅもきゅと咀嚼を始める。
「これ……!! これ、鶏です!! 収穫祭の時に食べました。うわぁ……いいのかな、食べても。それに大麦かと思っていましたが、匂いも感触も違います。ぷちぷちともちょっと違う、柔らかな、でも歯応えはあって、美味しいです!!」
はしゃいだアルトがソーセージを見つめて、はむっと口に運ぶ。再度きゅっとなって、ぱぁっと表情が明るくなる。
「ふわぁ……。これ、腸詰めですよね!! でも、複雑な味がします。はぁぁぁぁ、贅沢ですぅ……」
笑み崩れて、頬を押さえながら、首を振る。
「贅沢と言うのはどう言う事なのでしょうか?」
何を食べても贅沢と言うが、何を指して贅沢と言っているかが分からない。
「あ、はい。塩辛いですよね。岩塩は配給なので、中々味を濃くする事が難しいです。でも、アキさんが作る料理は全て味がはっきりしているので、贅沢です」
食べながら聞いていると、塩は岩塩を採掘して分けているため、採掘量に比例して、配給が決まるらしい。それは確かに、塩辛いと贅沢か……。若干濃い目の味付けに、一瞬うっと感じるが、流動食の前から長くお粥生活だったため、久々の米の感触に体が喜ぶ。出汁の香りと肉の旨味を楽しみながら、食事を進めていった。