貫く刃
「大・・・丈夫ですか?」
俺と三好さんはリスポーン地点に戻り亜美さんと合流するも、なんて声をかけたらいいかわからない俺は間抜けな言葉をかける。大丈夫なはずがない。
「うん。大丈夫」
しかし俺の予想に反して、亜美さんは俺を見てニコっと笑って答えた。
「私もごめんなさい。足ひっぱってばかりで・・・。こんなんじゃ勝てるわけないよね」
「そんなこと・・・」
フォローしようと何かを言いかける俺の言葉を遮って、亜美さんは続ける。
「ううん。わかってるの。あのミカって子の言うとおり。何の苦労も知らない子に、なんでそんな事言われなきゃいけないのって思ったけど、でもあたし男の人に尽くす事くらいしかできる事ないし、結局肝心なことはいつも男の人に頼ってたもの」
「女ってのはそういうもんだろう。男もそういうもんだ」
三好さんが珍しくフォローに入る。
「三好さん。でもその考え方、今の社会じゃ性差とか言われますよ」
「お前、人がフォローしてるのにそこで水をさす必要あるか?」
「三好さん、ちゃんとツッコミとかできる人だったんですね」
「当たり前だ。人をなんだと思ってんだ」
「いや、もうそれはもうお堅いおじさんだと」
「ふふ。それは間違ってなさそうだけど」
亜美さんも笑って同調する。
「お前らは年上をもっと敬え」
三好さんは少し怒ったふりをして言う。
さっきまでの殺伐とした空気からの反動か、俺たちはそんなやりとりがおかしくて、3人で大笑いする。
しかし3人とも内心はわかっていた、こんな時間は今の絶望的な状況から一時的に逃避しているだけに過ぎないと言う事を。でも、それだからこそ今のこの時間はすごく幸せで、大切な時間であるようにも思えた。
「こんな風に」
俺は思わずつぶやく。
「こんな風に何でもないような話を人とする時間。もっと大事にして生きてきたらよかった。こんな、今すぐ生きるか死ぬかの世界じゃなくて、毎日当たり前のように生きていた俺たちの世界でも。こういう時間は確実にあったし、それらはやっぱり本当にかけがえのないものだったんでしょうね」
三好さんと亜美さんも黙ってうなずく。
「まあ、ここで生き残ればいいだけの話だろ。そして戦争にも勝てば現実世界に戻れるんだろ?いくらでもあるぞ。こんな時間は」
三好さんは優しい人だ。
「そうですね。さっきの上位魔法も亜美さんのAMPで防げますし、実際タクマもミカも一度は俺たちでやれたんだ。やれますよ」
俺の言葉に亜美さんも笑顔で黙ってうなずく。
「3人で生きて帰りましょう!」
俺は笑って2人の顔を見て言う。
2人も笑顔でうなずく。
でも違う。3人ともそんな事、全く思えてない。思うこともできない。
もうわかってる。あの2人にはおそらく勝てない。もうどうやっても。いや、やり方次第ではいくらでも勝ち筋はあるのかもしれない。
でももうだめだ。俺たちの心は完全に折れていた。2人の強さにもだが、そもそもあの2人は俺たちと人間としてのモノが違う。それはあいつらが俺たちに比べて勝っているとか、優れているとか、そう言う問題じゃない。このゲーム、この世界において、適正ってものがある。この世界で生き残れるのは間違いなくあいつらのような人間だ。
俺たちはこの世界での自分たちの全ての行動にも、現実世界での倫理観や常識がつきまとってしまう、この世界ではやっていい事を、俺たちはそれらを切り離して行うことができない。タクマを刺した時も、ミカを斬った時も、なんとか俺は自分のすべきことをしようとし、実行する事ができた。
三好さんもそうだろう。自分自身を守るため、仲間を守るため、自分が今しなくてはいけないことだから、あの行動をとることができたんだ。俺たちはそう言う言い訳とか、理由がないと行動できない。怖いんだ。今まで生きてきた現実の社会に反する行動と言うものが。本能的にそういう行動をとることを恐れてしまっている。
でもあいつらは違う。あいつらは馬鹿じゃないし、完全にイカれてるわけでもない。恐らく現実世界では一定の倫理観も常識もあるのだろう。だがあいつらはそんなものには捉われない。この世界ではこうしてもいい。それならばこういう行動をとる。といった風に、完全に割り切ってしまっている。
一度死んでも死なない。それなら一度試しに死んでみよう。こんな事を考えられる奴なんて普通いない。俺も一度タクマに殺されたが、絶対に死にたくなかったし、あんな痛みも感じたくなかった。例え生き返られるとわかっていても、痛みも傷も消えるとわかっていてもだ。そしてその気持ちは今も変わらない。
勝てるわけがない。わかっている。でもそんな事誰も言えない。
この中で1人が死に、消える。そして恐らく、あいつらの行動からしてそれは亜美さんになるのだろう。それは亜美さん自身もわかってる。
俺はどんな顔して、どんな風に亜美さんと接すればいいのだろう。特に打開策も何も出せない。何の作戦もなしに今、リスポーン地点を出ようとしている。亜美さんもわかっているんだ。今から自分が死ぬ。消えることを。三好さんもそれがわかってる。
だが俺たち3人は持ってもいないのに希望を持ったふりをして、勝てるとも思ってないのに勝とうなんて言って、そうやってその瞬間までの時間をやり過ごそうとしている。
「あれ、案外出てくるの早かった」
俺たちが出てくると、ミカは本当に驚いたと言った顔をして言った。
「死ぬ決心はついたか?」
タクマはニヤニヤ笑いながらこちらを見て言う。
特に何もプランはない。先ほどと同じ事をやるしかない。
「三好さん。行きましょう。亜美さん、俺たちにAMPを・・・・。・・・・え?」
何がなんだかわからなかった。いや本当に。何が起きているのかはスローモーションで見ているかのようにはっきりと見えていたが、全く状況に脳が追いついていかなかった。
何が起きたんだろう。何でこうなったんだろう。どうしてこうなったんだろう。どうにかできたのだろうか。こんな事にならないために。俺は何かできただろうか。俺が間違えたのだろうか。どうすればよかったんだ。わからない。どうすれば、何が違っていればこうならなかったのか、何が起きているのかも、何もわからない。俺がどうなるのかも。
俺の背中に刺さった短刀は、俺の身体を貫き、腹から俺の血で汚れた刃先が出ていた。
その短刀の柄を握っていたのは、亜美さんだった。