恐怖
「では今からあなた達を一時的にレベル100にします。プレイヤーは1レベルで3ポイント付与されるので、あなた達には300ポイントが付与されます。この300ポイントを自由に振り分け、ステータスを決めてください」
動揺する俺たちの事を気にすることもなく、リリスは淡々と話を進める。
神様から話を聞いたときから、漠然と死ぬ、いや自分が消える事になるのかもしれないと言う恐怖は感じていた。しかしなんとなくそれは近い将来ではなくて、漠然とした遠い未来の事かのように思っていて、俺はまだ自分が消えると言う事実にちゃんと向き合えていなかった。
向き合う時間も余裕もなかったが。
「いくらなんでも、その、急展開すぎやしませんか?俺達この世界に呼ばれて数時間ですよ?それでいきなり、まだ始まってもいないのに消されるなんて・・・」
俺の弱音を聞くとリリスはふふっと笑った。
「本当にあなた達人間は面白いですね。そもそもあなた達の命はあなた達のものですらないって事にすら気づいていないなんて」
「はぁ?俺達の命は俺達のものだろ。生きているのは俺達自身だ」
「いいえ、あなた達の命は神様のものです。あなた達の存在なんて、神様が気まぐれに創ったゲームの中のコマの一つにしか過ぎないのです」
女神は笑顔のまま続ける。
「そんなちっぽけで、本当に些細で小さな小さな存在のあなた達の世界を救うために、神様はわざわざこの世界を創ったのです。更にあなた達には勝利すれば生き残ることができると言う特典までついているじゃないですか。そんな世界で消えたくないと主張するなんて、宇宙のチリにも満たない存在が、ふふ。おかしい」
女神はクスクスと笑う。いや、こいつは女神なんてもんじゃねえ。こんな状況じゃもはや死神だ。
「じゃあなんで俺達なんだよ。この世界に来るのは俺達じゃなくてもいいだろう。勝手に連れて来られて、そんな事言われて、納得できるわけがないだろう。わからないのか」
そう俺が言うとリリスは「はぁ」とため息をつく。
「あなた達覚えていないんですか?ここに呼ばれる前に何を考えていたか」
「ここに呼ばれる前って、俺は寝ていたはずだが」
「この世界には『死にたい』と一度でも思ってしまった人間だけが呼ばれています。愚かにも、あなた達人間は神様からせっかく与えられた命を、まるでその命が自分達のものであるかのように、些細な事で平気で投げ捨てようとしてしまいます。だから、ここに呼ばれたのはあなた達の意思のようなものなんですよ。現世で死にたいだなんて考えていたのに、今になって消えたくないとおっしゃられても・・・。私としてはおかしくて、笑ってしまう事くらいしかできません」
そう言うと女神はまたにっこりと笑った。
俺ははっと気がつく。そうだ。俺は寝る前に確かに考えていた。もう死んでしまいたい、消えてしまいたいと。なのになぜだろう。俺はここに来てから消えたくないと考えてしまっている。もうあんな現世に残っていても何の意味もないのに。
「さて、蛆虫なりに覚悟はできましたでしょうか」
リリスはもう遠慮する気もないと言った様子で、どんどん口が悪くなる。恐らくこれがこいつの素なんだろう。
「やだ、やだよ・・・。死にたくない・・・」
隣で亜美さんが震えている。さっきのリリスの話からすると、亜美さんも現世で死にたいと考えていたと言う事だ。こんな美人で巨乳でも、そんな事考えたりするものなんだな。女はルックスさえよければ人生イージーモードなんて思ってたが、誰にでもそれなりの苦労があるんだ。
「では、30分後に戦闘が始まるので、それまでにステータスを振り、装備と魔法を整えておいてください。それでは健闘を祈ります」
リリスは亜美さんの言葉等聞こえなかったかのように言う。
「あ、言い忘れてましたが、リスポーン地点は一応無敵状態ですが、そこに引きこもり続けるなど、ゲームの進行を妨害するような事があった場合、私の裁量で3人とも消してしまいますので、ご注意くださいませ」
後ろを向いてどこかへ行こうとしていたリリスは、どうでもいい事を思い出したといった具合にこちらを振り返ってそう言い残し、ニコっと笑ってからそのままどこかに消えてしまった。
「だ、大丈夫ですよ。亜美さん。こっちは3人で相手は3人。人数差がある以上、こっちの方が圧倒的に有利です。なんとかして勝って3人で生き残りましょう」
俺はなんとか励まそうと声をかける。
「俺達が勝つと言う事は、あいつらのうちのどちらかが消えると言う事か」
わかってはいたが、考えたくなかった事を三好さんが言う。
「確かにそうですけど、そうじゃなきゃ俺達が消えちゃうんですよ。あいつらの事を考えている余裕なんてないじゃないですか!」
少し興奮して俺は言う。
「俺みたいなおっさんが生き残って、まだ若い少年少女のどちらかを殺す。そんな現世が嫌だったのに、結局この世界に来ても同じ事なのか」
そうか、三好さんも現世で死にたいって考えた事があるのか。何があったのか聞こうとも思ったが、今は話をしている時間がない。
「ほら、亜美さんも。こうなったら腹くくってやりましょう。死ななければいいんですよ。こうしていても何も進みませんし、がんばって勝ち残りましょうよ」
今度は俺は精一杯明るく振舞う。
しかし亜美さんは変わらず少し震えながら、座り込んで下を見ながら話し出す。
「私ね、あのリリスって人が言った通り現実で死にたいって思ってた。でも実際に死ぬとか存在が消えるとか言われて、いざそれが目の前に迫ってきた時にわかったの。私が現実で死にたいって言ってたのは、ただ現実から逃げ出したかっただけ。死にたいんじゃなくて、ただ今の現実から逃げたくて、でも逃げるには死ぬしか選択肢が思いつかなくて、だから死ぬって事がどう言う事かも考えもせずに死にたいだなんて簡単に思ってたの」
亜美さんは立ち上がってこっちを見る。
「こっちの世界に来た時うれしかったの。どんな世界でもいい。あの現実から逃げられるならなんでもいいって思ってたから。でもそれで満足してたから、本当に死ぬ、存在が消されるって言われて、今度はすごく怖くなったの。私、死ぬって事全然わかってなかった。ただ現実から逃げる手段がそれしか考えられなくて、死ぬことがどんな事かも理解せずに簡単に口に出してた」
何かを決意したかのように亜美さんは語る。
「そうですね。俺も同じですよ。死ぬって事がどんな事かもわからずに、ただ逃げ出してくて、その方法がほかに思いつかないからって簡単に考えてた」
そんな亜美さんに俺は同調する。実際俺もそう思っていた。
「私、最初にリリスさんの話聞いたときは怖くて仕方がないだけだったけど、おかげで死ぬって事の意味とか生きる事とか、少しわかった気がする。だから私、この戦いに生き残って現実世界もやり直すって決めたよ」
「ほう」
三好さんが感嘆する。
「よかった。俺も同じ気持ちです。このよくわからない戦争で勝ち残って、現実世界をやり直しましょう!」
さっきまでずっと震えてて、もうだめだと思っていた亜美さんがこんなに早く立ち直るなんて、女の人は男が思ってるよりずっと強いのかもしれない。
「じゃあ、俺もがんばらないとな」
三好さんがうれしそうに言う。俺達と会ってから、この人が感情を表に出したのはこれが初めてかもしれない。
「ごめんなさい。時間ないのに、私のせいで無駄な時間使っちゃって・・・」
「いいんですよ。こう言う戦いの前に士気をあげるのは大事だと思います」
実際にそう思う。
「じゃあ。行きましょうか!まずは最初の難関を3人で超えましょう!」
この3人ならなんとかなる。俺は本当にそんな気がしてきていた。