冒険の始まり
「おつかれさまです」
ぼーっと月を眺めていた俺の前にリリスが現れる。
俺と三好さんはとっさに身構える。
「うふふ。そんな身構えなくても何もしませんよ。私はあなた達の案内役なんですから」
「もう1人、もう1人の人はどうなったんだ」
そう言うとリリスは不思議そうに首をかしげる。
「最初に説明したとおり、存在ごと消えてなくなりましたよ」
「お前はもう1人の事を覚えているのか?何があったのかも。教えてくれよ」
リリスはくすくす笑いながら答える。
「もちろん私達は知っていますけど、そんな事を聞いてどうするのですか?あなた達の脳にはもうその人物についての記憶が一切残っていないわけなのですから、私がその人物の話をしようが、あなた達の記憶が呼び覚まされるわけでもないし、あなた達の記憶に単純に私の説明が残るだけですよ。そんな事に何か意味はありますか?」
「それでも知りたいんだよ」
俺は語気を荒げて言う。
「教えません。そもそも私があなた達に嘘を教えたとしたらどうするのですか?それを信じて生きていく滑稽なあなた達を見て行くのもなかなか楽しそうではありますが、そもそも私にそんな事の説明義務はありません」
「そんな事だと・・・」
「さて、時間の無駄なので私が何をしに来たのか説明させていただきますね。とは言っても大した用事ではないのですが」
俺を無視してリリスは続ける。
「チュートリアルを終えたあなた達にはこの世界での名前を決めてもらいます。プレイヤーネームと言うやつですね」
「え、それは現実世界の名前を使うわけじゃないのか」
「別にそれでも構わないのですけど、神様がこうしたいと決めたので・・・。後この世界には色んな言語を使う人間が混じっているので、できれば漢字みたいな面倒な名前はやめていただきたいのです」
「えっと・・・英語はともかく、それ以外の言語はほとんど俺しゃべれないぞ。どうやってコミュニケーションとっていけばいいんだ?」
「ご心配なく。この世界では全ての言語が自動で翻訳されます。ただその過程で漢字は面倒なので、できればカタカナかアルファベットで統一していただいています」
「なるほど。それなら俺も安心だ」
ここまでずっと黙っていた三好さんが頷く。言っちゃ悪いが確かに外国語を話せるって感じではない。
「と言うことで名前を決めてください」
「え、今すぐか?」
「はい。今すぐです」
リリスはにっこり微笑む。
名前・・・。名前っていざ決めると悩むな・・・。ゲームでつけてるようなハンドルネームでもいいが、さすがに面と向かって人と話すこの世界でそう言う名前をつけるのは恥ずかしい。
「明は昔こう言うゲームをしてたんだろ?その時の名前でいいじゃないか」
三好さんがアドバイスをくれる。確かに三好さんの言うことはもっともなのだが、俺がゲームをしていた時の名前は『ポテト』だ。たまたまファーストフード店で買ったポテトを食べていたから、特に何も考えずにポテトってつけてしまった。
画面越しにポテトと呼ばれるのは特に気にならないが・・・。正直面と向かって『ポテトさん』って呼ばれる勇気はない。ポテトさんってなんだよ。芋野郎じゃねえか。
「くすくす」
俺の事を知っているのかわからないが、リリスが、悩む俺を見て笑う。
「なんだ、そんな恥ずかしい名前なのか?」
三好さんも追い込んでくる。
「うふふおかしい。でもあまり時間があるわけでもないので、早めに決めていただけると助かるのですが」
「じゃあ俺はミヨシでいい。みんな呼びやすいだろうし、俺も呼ばれ慣れてる」
あ、そうか。それでいいじゃん。
「じゃあ俺はアキラで」
続けて俺も言う。確かにこれがベストかもしれない。
「はい。それでは承りました。少しつまらない気もしますけどね。ポテトって名前も私は好きですよ」
リリスは意地の悪い顔をしながら言う。
「うるせえよ。言わなくていいだろそれ」
怒る俺の横で三好さんも笑いを堪えている。
「うふふ。失礼しました。私とした事が余計な事を言いましたね。それではアキラとミヨシ、このヘルブレスの世界でアレスデンを勝利に導くために存分に戦ってください。生き抜いていればまた会う事もあるかもしれませんね」
そう言うとリリスはにっこり笑って消えて行った。
「やる事やったらあっさり帰ったな」
「ですね」
消えた1人の事を聞こうとしていたのに、流されるままにリリスに仕事をされ、俺達は呆然と立ちすくむ。
「それで、どうすんだアキラ」
空気を切り替えようと三好さん、いやミヨシさんが話しかける。
「ああ、とりあえずそこの訓練所でレベルを上げないといけなさそうですね。その為の装備をそこの武具屋で買いましょう」
そう言うと俺とミヨシさんは目の前の武具屋に入る。
「いらっしゃい」
武具屋に入ったミヨシさんと俺を見ると、そこの店主と思われるおじさんがそう言って迎えてくれた。
この人はゲームで言うNPCと言うやつなのだろうか、ぱっと見普通の人間と変わらないが、生きている人だったのだろうか。
「なんだよ兄ちゃん。不思議そうな顔して。俺はちゃんとした生きた人間だぞ」
じろじろ見る俺に気づいてそのおじさんは唐突に話し出した。
「え、あ、はい!すみません」
俺は心を読まれたと思い、びっくりして思わず謝ってしまう。
「生きたって言うのもおかしいな。生きていたって言うのか?俺は兄ちゃん達とは違って、現世では死んだ人間なんだ。そしたら無理やりここに連れて来られて、武具屋の店主として生活してるってわけよ」
「なるほど・・・そういう人もいるんですね」
プレイヤー、つまり俺達のような人が集められる前に神様が死んだ人間を集めてNPC役としてあてがったと言うわけか。本当に人を物としか思ってないんだな。
「まあ気にするな。ここに来たやつらはほとんどが兄ちゃんと同じような考えをする。だから俺も兄ちゃんが不思議そうにしてるのにすぐに気づいたってことよ」
そう言っておじさんはガッハッハと笑う。本当に漫画に出てくる武具屋の店主みたいなおじさんだ。
むしろそういう人を選んだんだな。
「そんでアキラ、武具屋に来たのはいいが、俺ら金持ってないぞ」
「あ」
ほんとだ。何も考えてなかった。
「心配すんな」
どうしようか考えている俺に武具屋のおじさんが声をかける。
「兄ちゃん達、チュートリアルっての終わらしたんだろ?そしたらプレイヤーには1万ゴールドまで支給していいらしいぞ。だからまず兄ちゃん達には俺から1万ゴールドずつプレゼントだ」
そう言うとおじさんは俺とミヨシさんに1万ゴールドずつ渡す。
「あ、ありがとうございます」
「いいってことよ。ちゃんとその分は俺もお上からもらえるからよ」
そう言うとおじさんはまたガッハッハと笑う。




