チュートリアルの終わり
「なん・・・で、亜美さん・・・」
振り返った明君は悲しそうな顔をして私を見る。
なんでだろう。私は何をしているんだろう。どうして死にたくないと思っているんだろう。生きて、もしも現実世界に戻ったとしても、私はどうするつもりなんだろう。
「うわぁ・・・。あたしが思ってたよりずっとクズだねおばさん。うける」
ミカが私の事を、ゴミを見るような目で見て笑う。
「あ、あんたみたいな何の苦労も知らない子供に私の何がわかるのよ。私だって、私にはもうこれしか考えられなかったのよ」
「はぁ?あんたがあたしの何を知ってるのよ。馬鹿じゃないの?うける。ほんとうける」
「・・・」
こんな子供に何がわかるのよ。
『この世界からも、現実世界からも存在が無かった事になる』
あの神様と言う少年の言葉が蘇る。存在が無かった事になると言う事は、圭太もめぐみもあの日の事どころか、私の事、私がいた事すら思い出せない、知らないと言う事になるのだろうか。正直神様の言葉はよくわかっていなかったけど、直感的にそんな恐怖だけは芽生えた。
死にたくない。でも生きていたいわけじゃない。ただあの2人が私の事も知らないで、私のいない世界で平然と暮らすのが許せない。私がいなかったとしたら2人は付き合っていたのだろうか。いや、めぐみは人の物が好きなだけだ。昔からそうだった。圭太も私の彼氏だったから奪ったのだろう。
・・・。何を考えているんだろう。そんな下らない事のために、何の役にも立てない私を助けようとしてがんばっていた明君を私は殺そうとしている。彼の人生の事なんて何も知らないのに、彼の存在が消えてでも、私はあの2人への私怨を消さないためだけのために、最低の事をしている。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
ミカは何も言わなくなり、亜美は沈黙の中で耐えられずにただそうつぶやく。
この空気の中、明君を直視することができない。ミカに罵倒され続けている方がまだマシだ。明君は後悔しているだろうか。こんな女のために必死になっていたのに、こんな形で恩を仇で返された。私が憎くて憎くて仕方がないだろう。私が圭太やめぐみに対する憎悪とは比べ物にならない程に。
ああ、やっぱり私が消えてしまいたい・・・。ごめんなさい。明君。
明君はどんな目で私を見ているのだろう。憎くて憎くて仕方がないだろう。せめて憎悪くらいは、ちゃんと受け止めよう。
勇気を振り絞って亜美は明を見る。
「・・・。う・・・ん。俺が亜美さんでもそうしたかもしれない」
え?
「な、なにを言っているの?」
明から出た信じられない言葉に、亜美は心底驚き、目を見開き、彼の目を見る。
「いや・・・。最初は驚いたけど、でも・・・ぐっ・・・、うん。よく考えたらそうするしかないかもしれないって、思いました」
「そんなわけないじゃん。最低だよ私のやってる事は。何の力にもなれない私が、私を助けてくれようとしていた明君を殺して、自分だけ助かろうとしてる」
私がこんな言葉を言える立場じゃないのに、私は怒りをまじえて言う。どうせなら、せめて憎んで欲しかった。憎まれて、それをせめてもの贖罪として受け入れたかった。
「はぁ、はぁ・・・。でもさっきポータルを出た時点から亜美さんだけじゃなく、きっと三好さんも・・・俺も気づいてました。もうこのゲームは亜美さんが死ぬしかない。・・・っそれ以外にはもうどうにもできないって。それなのに俺は、まだ希望があるみたいに振舞って、ここに出てきてしまった。亜美さんが死ぬ未来を受け入れながら、俺はここにいたんだ」
「それはでも明君が悪いわけじゃない。どうして、どうしてそんな風に考えられるの?なんでそんな風に人を許せるの?あなたまだ私よりずっと若いのよ。ちゃんと素直に私を憎んで、恨み言でも言ってよ」
明君は苦しそうに顔を歪めて私を見つめる。
「だって、そう言うものじゃないですか。人って。だから、もう俺にはどうにもできない。俺には亜美さんがこう言う人間だったら、なんて望んだとしても、そんなのどうにもならないし、意味がない。はぁ・・・。だから俺がもっとうまくやれれば、こんな事にはならなかったのかなって、ただそう言う後悔だけが・・・」
「ふん!」
突然三好さんが大きな声を出し、そちらを見ると、三好さんは自分で自分の首を斧で切りつけていた。斧の刃が食い込んだ首からは大量の血が噴き出す。
「ぐぅ・・・っく・・・。っがぁ・・・。俺が死ねばいいんだ。・・・お前らみたいな若いやつが死ぬ必要はない。こんなものを見なきゃいけないくらいなら、俺が死ぬ。こんな世界、俺のほうから消えてやる」
そう言って三好さんは再び自分の斧で自分の首を斬りつける。
「おいおいなんだこりゃ。面白すぎんだろ。わけわかんねえおまえら。でもめっちゃおもしれえ」
「あはははは。もうだめ。あたしおかしすぎて、もうお腹よじれそうだよ。こいつら馬鹿だよ。あはは。こんな馬鹿見たことないよ」
タクマとミカがこちらを見て笑い転げている。そもそも原因はこいつらなのに、いやこの子達も自分達の存在がかかってるんだ。当たり前なんだ。こうやって自分が助かるためにできる事をするのは。
私だけだ。この中で私だけ何もしてない。ただ流れに身を任せて、明君と三好さんに守られて、言われた事もちゃんとできずに、でも守られてるのが当たり前みたいに思って、挙句の果てにはその明君を殺して私だけ助かろうとまでしてる。
ミカって子の言うとおりだ。私が一番クズなんだ。私が一番醜い人間なんだ。圭太、めぐみ。大事な恋人と大事な親友だと思っていた2人も結局私を裏切っていた。結局そうなんだ。私がこんな人間だから、あんな事になったんだ。
全部私が悪いんじゃないか。
「・・・」
力尽きてしまった明君と三好さんが少しずつ消えていってしまう。
1人残された私をタクマとミカがニヤニヤ笑いながら見下ろす。
「よかったな。ほっといたらあのおっさんが勝手に死んでくれそうだし。助かった、ラッキーって感じか?」
「いや、その前にあたしが殺すけど。このままあたし達が見逃してくれるとでも思ってたの?ほんと馬鹿だよね、おばさん」
そんなタクマとミカの嘲笑う声を無視して、亜美は明に刺していた短刀を自分の胸に突き刺す。
「・・・っくぅ・・・」
心臓を一突きにでもできればすぐに死ねるかと思ったが、骨が邪魔して上手く刺さらず、ただ鈍い痛みが全身に響き渡る。
「おいおい。どう言う事?マジでついていけねぇ。何でこの流れで自殺しようとしてんの?俺らを笑い死にさせにきてんのか?マジでシャレにならねえよ。死んじまう。俺VIT低いしすぐ死んじまうよ勘弁してくれ」
タクマはこれでもかと言うほどに私を見て笑う。
憎い。こいつも憎いけど、ただただ私が憎い。この身体も心も何もかも嫌いだ。こんな人間は消えるべきなんだ。
「くっ・・・うん!」
気合を入れてもう一度腹を刺す。痛みで頭がおかしくなりそうだ。まだ死ねないのか。
もう一度・・・。
そう思って亜美は短刀を引き抜き、胸に刺そうとする。
「Bllizard」
ミカの声が聞こえた。なんだろう。ブリザード?確か魔法リストの一番最後に載っていた魔法だ。恐らく一番強い魔法。
その直後、亜美の頭上に無数の巨大な氷柱が降り注ぐ。
「あんたみたいなクズ。大嫌いだし最悪で最低な死に方をすればいいって思ってたけど、最期はまあいいんじゃない。ここに来てやっとその決断できたなら、そこは嫌いじゃなかった。だから介錯してやるよ。それに」
そんなミカの声が聞こえたのか聞こえなかったのかわからないが、亜美は氷柱が何度も何度も地面に突き刺さる音と共に、その下敷きになって即死した。
「それにあんたは絶対あたしの手で殺すって決めてたしね」
静かになった空間で、ミカはそうつぶやいた。




