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温泉建設

「ほんとに湧いたぁ」



 地面から次々に湧き出てくる水。そこから上がる湯気が、その水が温かいことを示していた。


 希望通り娼館へと連れて行った後、ひー様はちゃんと約束を守ってくれた。

 よほど娼館が楽しかったのだろう。女性達に囲まれお酒を飲んでいた時から機嫌は良かったが、帰ってからもその余韻に浸って上機嫌。

 約束通り温泉を作ってくれと頼むと、尊大な態度は崩さないものの、素直に了承してくれた。



 正直に言うと、本当に温泉など湧くのかと疑いの気持ちがなかったわけではないが、やはり精霊は人の枠にははめられない生き物だったようだ。


 地面からもくもくと湯気を立ち上げながら吹き出す温泉に、驚きとともに感動を覚える。

 周囲には施設の建設作業員や、愛し子が何かやらかそうとしていると聞きつけた観衆がいたが、皆一様に温泉が湧いたことを驚きの目で見ている。


 中でも獣王国出身の工務店の店員が瑠璃よりも喜んでいるのが印象的だった。きっと彼はこの温泉の常連になることだろう。

 さらに、この光景を見た人々の口から口へ温泉の噂は回っていくはずだ。いい宣伝になった。


 最も重要な温泉が湧いたことで、やる気をみなぎらせた工務店の店員が建設作業員をせっついている。この分では予定より完成は早まるかもしれない。


 瑠璃も遅れないように、次の準備を始めなければならない。

 瑠璃は商業地区へ向かった。

 ここのところ毎日のように町に来ているので、町の人達も大分瑠璃の姿に慣れたのか、当初の頃のような騒ぎにはならなくなってきた。ユアン達兵も警護がしやすいようだ。

 瑠璃は商業地区を回りながら何かを探すようにきょろきょろとしながら歩き回る。



「もしかして、まだ帰ってきてないのかな」



 なかなか発見できずにいたが、しばらくして目的の人物を見つけた。



「アマルナさん」



 どうやら開店作業をしていた様子のアマルナは、名前を呼ばれ顔を上げた。



「愛し子様じゃないですか、こんにちはー」


「こんにちは。そろそろ帰ってくる頃だと思ったんです。帰ってきてて良かった」



 瑠璃と同じ時期に獣王国に行っていたアマルナ。獣王国で会った時にもう少ししたら帰るという話をしていたので、そろそろ帰ってきていると思ったのだ。



「何か私にご用でも?」


「そう、アマルナさんに手伝ってもらいたいことがあるの!」


「お手伝いですか? ですが、私は自分の仕事もありますのでー」



 守銭奴のアマルナにとって金にならない仕事などしたくはないのだろう。面倒臭そうな顔を隠そうともしない。

 しかし守銭奴だからこそ、この話に乗ると瑠璃は確信していた。



「一緒に温泉経営しませんか?」


「温泉経営ですか?」


「はい。今温泉施設を作ってるんです」



 瑠璃はアマルナに建設中の温泉施設のことを熱く語った。



「……なるほど、温泉と娯楽の複合施設ですか。温泉はどうか分かりませんが、娯楽の方には人がたくさん来そうですね。娯楽は貴重ですから」


「そうですそうです。でも私一人で経営するのはなかなか大変なんです。護衛がなきゃ町を歩かせてもらえませんから、いつもいることはできないんです。

 そこでアマルナさんの登場です。

 私はオーナー、アマルナさんには雇われ店長をして欲しいんです」


「何故また私に?」


「他に知ってる商売人の方がいないってのもありますが、獣王国にしばらくいたアマルナさんなら、温泉のこともよく分かってるかなと思いまして」


「まあ、確かにしばらくいましたから、多少のことは。観光客を集めるあの温泉という存在には目を引かれる物はありましたね」



 金儲けのためにわざわざ獣王国に行くほどのアマルナだ。人を集める温泉の集客力にも気が付いているようだ。

 だからこそ、アマルナなのだ。竜王国の人にはまだ浸透していない温泉のことは任せにくい。ある程度温泉のことを知っている人に手伝って欲しいのだ。



「ちなみに給料はこれぐらい」



 紙に値段を書いてこっそりアマルナに見せると、目を見張った。



「売り上げに応じてボーナスも出しますよ。それに施設の中でアマルナさんの商品を売っても良いです。その売り上げは全部アマルナさんのものってことで」



 商売人の目がギラリと光り、アマルナは勢いよく瑠璃の手を握った。その動きに迷いはない。



「これからよろしくお願いします、オーナー。精一杯店長を務めさせていただきますー」



 瑠璃もまたアマルナの手を握り返した。



「一緒に温泉を竜王国に広めましょう!」


「がっぽがっぽ稼ぎますよー」



 少々金にがめつい店長を確保した瑠璃は、早速アマルナと温泉施設運営について話し合った。



「温泉の他に娯楽施設も併設されるのですよね?

 そうなるとかなりの広さだと思うのですが、人を雇う予定ですか?」


「それは必要だと思ってます。でも温泉なんて馴染みのないところで働きたいっていう人がいますかね?」


「いえいえ、愛し子様がなさるという点で、争奪戦が起こる可能性の方が高いです」



 愛し子自らが経営する施設だ。愛し子とお近づきになることができるという利点があれば、多少怪しげな店だったとしても働きたいと手を上げる者は多いだろう。

 暴動が起きます。というアマルナ。働き手に事欠かないというのは嬉しいが、それで変な諍いが起こるのは困る。



「でも店員は他に必要だし」



 アマルナ一人で店の全てを見るのは難しいだろう。

 すると、アマルナが改まったように口を開く。



「愛し子様、スラムの人間を雇うつもりはありませんか?」


「スラム?この王都にもスラムがあるの?」


「ええ勿論です。大都市になるほど貧富の差は激しくなりますから。国も色々と対策は取っているようですが、一度貧困に陥ると中々そこから抜け出すことはできません。

 かくいう私も元はスラムの出身でして、今でこそ普通の暮らしができていますが、そんなのはほんの一握りの者だけです」



 アマルナが金にがめつい理由の一端を見た気がする。

 貧困層から抜け出すのにはかなりの苦労を有したのだろう。



「もし愛し子様がスラムの者に差別意識を持っていらっしゃらないのなら、どうか彼らが上に這い上がるチャンスを与えては頂けませんか?」


「それはかまわないけど、スラムの人だとか関係なく、ちゃんと誠実に働いてくれる人じゃないと困るから面接はしたいかな」


「そうですね、では私が何人か良さそうな人を探してきます。これでもスラムでは顔がきくんですよ。ですから連れてくる人と会ってみて下さい」


「うん、分かりました。じゃあ、そういうことで」



 その日はそのまま別れ、後日会う約束をした。

 そうして、面接を行う日。

 アマルナは数人の男女を連れてやってきていた。

 思ったよりも低年齢、というか、半数はまだ子供にしか見えず、瑠璃も目を丸くする。



「アマルナさん、この子達が?」


「はいそうですー」


「でも、まだ子供ですよね?

 この子達ぐらいの年齢なら学校に行っているんじゃないんですか?働くなんて……」



 温泉は基本日中に開くつもりだ。しかしどう見ても日中は学校に行っていそうな彼らに働けるとは思えない。



「いえ、この子達は普段学校には行かず働いているので」



 よくよく話を聞いてみると、貧困層の現実的な話に頭を抱えたくなった。

 親が貧困だと、子供は家計を助けようと幼い頃から仕事をする。そのせいで学校には通うことができずまともな教育を受けられない。

 教養がないので、子供達が大人になった時まともな職には就くことができず彼らもまた貧困から抜け出せないと言う悪循環に陥るのだ。


 でももし愛し子の側で働くことができたら箔が付く。将来まともな職に就くことができる可能性が高くなるので、彼らを雇って欲しいとアマルナは言う。

 話を聞いてみると、どの子も仕事には真面目で、一生懸命さが伝わってくる。


 しかし問題は教育を受けていないということ。簡単な足し算でももたつくほどだった。

 これではお金の計算などは任せられない。接客にも少々難あり。


 どうしたものかと頭を悩ませたが、アマルナにお願いしますと頭を下げられては断りづらい。

 子供達自身はやる気はあるし、瑠璃としても雇ってあげたい思いがある。しばらく悩んだ末、教養がないのなら教育すれば良いじゃないかと思い至る。

 まだ建築中の温泉。幸いもう少し時間は掛かるのだから、完成するまでの間に客の前に出しても問題ないように教育すればいいのだ。



 まずはお金の計算ができるように算数を。そして文字も書けるようにして、接客の仕方はアマルナに教えてもらう。

 そうすれば彼らが別の場所で働こうとなった時にも、次の職を見つけやすいだろう。


 そのためにはまず身なりからだ。

 服を買う金も惜しいのか、繕った跡が残るぼろぼろの服を身に付けている。

 やるからには中途半端に関わるのではなく、徹底的に彼らを改革してやろうと、心に決めた。




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