温泉作り
温泉費用捻出のため自分の空間の中にある物を売ろうと整理していた瑠璃。
初代竜王の時代に使われていた、貴重だという古いお金をユークレースに買ってもらうという方法のが早いのだが、初代竜王ヴァイトに関係する物はリディアのためにできるだけ残しておきたい。
まあ、ヴァイトに関しない物は幸いこの部屋にたくさんある。主にリディアが他の部屋から持ってきた物だが、瑠璃が持ってきた物も結構増えている。
そんな中から売れる物を探していた瑠璃だが、どれが高く売れるのかさっぱり分からない。
買い取り業者をここに連れてくるのが一番早いがそんなことができるはずもなく、どれを売ろうかと頭を悩ませていた。
いや、あからさまに高値で売れそうなものはあるにはあるのだが、売った時にどこで手に入れたのかと出自を問われないだろうか?まさか他の空間から取ってきたなどと言えるはずもない。
以前に槍を売った時のように、精霊のいたずらですませられればいいが、王都で土地を買うとなったらここにあるものを一個二個持って行っただけでは足りない。
さすがに何個も精霊のいたずらで手に入れたとは思われないだろう。
いや、ユークレース経由で売ればそんなこと問われないで売れるはず。
瑠璃は適当にその辺にあった、小物入れのような箱を取った。それは最近リディアが持ってきた物の一つで、中にはいくつかの指輪が入っていて、全て売ればそれなりになるだろう。
「じゃあ、これもらってくね」
『ええ、いいわよ』
小物入れをもって外に出てユークレースの執務室へと向かっている途中、庭で精霊達が集まっているのを発見した。
なんだろうかと庭に確認しに行くと、ぐるぐる回っているカイの姿の他に、コタロウとひー様の姿も発見した。
「何してるの、三人とも?」
『おう、ルリか。火の奴が宝石を欲しいって言うからよ』
「ひー様が?」
精霊であるひー様がいったい宝石など何に使うのか。ひー様はそんな物に興味はなさそうな気がするのに。
ぐるぐると回っていたカイが止まると、ひー様がコタロウに指示を出す。
「よし、風の、掘れ!」
『うむ』
自分が欲しいのだから自分で掘れば良いのにと瑠璃は思ったが、口にはしなかった。
ここ掘れワンワンのように前足で土を掘っていくと、ごろごろとたくさんの宝石が出てきた。
その中で一番輝きの良い宝石を手に取ったひー様は、満足そうに口角を上げる。
「ひー様、その宝石どうするの?」
「私はこれからデートだ。麗しい女性に贈り物の一つも必要だろう」
「ああ、そうですか……」
どうやらひー様は竜王国の生活を満喫しているようだ。まだ数日しか経ってないのにもうデートをする女性を見つけたらしい。ユークレースはどうしたのかと問いたい。
目的を果たしたひー様はご機嫌で去って行った。
『ルリ、残ったの持って行っていいぞ。女は好きだろう、こういうの』
「ありがとう、カイ」
ありがたく宝石を拾っていく。これも温泉資金にでもしよう。
「ユークレースさん、ちょっといいですか?売りたい物があるんですけど」
「いいわよ、ちょっと待って」
机の上に散らばった書類の山を片付け、大小様々な大きさの宝石を机の上にごろごろと転がす。キラキラと輝くそれらに目の色を変えたユークレースは、プロの鑑定士のような鋭い眼差しで宝石を見ていく。
「良い石だわ。これどうしたのよ」
「カイにもらったんです。ひー様が宝石を欲しがったみたいで、作った残りをもらってきたんです。売れますか?」
「勿論よ!とっても良い品物だわ」
「じゃあ、ついでにこれも売りたいんですけど、いくらぐらいになります?」
宝石にうっとりとしているユークレースに、今度は小物入れを差し出す。
「あら、これも綺麗ね」
手のひらサイズの小物入れをくるくると回してじっくりと調べていく。そして裏を見たユークレースが大きく目を見開いた。
次に中を開け、入っていた指輪を瞬きも忘れて丁寧に見ていくユークレースの様子はどこかおかしい。
そして、見終えるやいなや、瑠璃に詰め寄った。
「あなた、これどうしたのよ!」
「確か数日前に整理した空間の中にあったのを、リディアがいつものように持ってきたんですけど、何かおかしなものでしたか?売れないとか?」
「売る売れないの問題じゃないわ。これよく見てみなさい!」
小物入れの底と、指輪の内側には同じ紋章が掘られていた。
しかしそれを見せられたところで瑠璃には何の印か分からない。
「これは数百年前に滅んだ、王朝の王の紋章よ。歴史的価値でいったらとんでもないわよ。その王家の宝は未だに見つかっていなくて、行方不明なのよ」
瑠璃の頬が引き攣る。
「もしかして他にもあるの?」
そう言えばリディアが今日は大漁だったと小物入れの他にも大量に持ってきていて、満足そうにしていたのを思い出した。あれらはきっと、行方不明の王の遺産……。
「ははははっ」
もう、笑って誤魔化すしかない。
「う、売れますか……?」
とんでもない物だったのは分かった。問題は売れるかだが、
「あんたこんなの普通に売ったら、どこで手に入れたのかと大問題になるわよ」
「ですよねー」
瑠璃はがっくりと肩を落とした。
「もう、それならユークレースさん一緒に来て、売っても問題のないもの見繕って下さいよ。私には物の価値なんて分からないんですもん」
「そうね。確かにこんなの流通されたんじゃ、たまったものじゃないわ」
残念ながら小物入れは封印することになり、いくつかユークレースに選んでもらった物をお金に換金してもらった。
そうしてお金を持って、ユアンを護衛に町に繰り出した瑠璃。
さすがに護衛がユアンだけでは心許ないと数名の兵も付いてきている。
それというのも、町に行く時は大抵変装している瑠璃だが、今日は素顔のまま、その珍しい白金色の髪を隠すことなく精霊も引き連れ、全面的に愛し子と触れ回っているせいでもある。
そんなことをしたら騒ぎになるだろうと思うが、むしろ騒ぎになってほしいと瑠璃はそうしている。
愛し子が何かをしようと動き回っている。
それは良い宣伝になることだろう。
愛し子の作る温泉。開店前から噂になり、それは多くの人が入りに来てくれると目論んでいる。
「まずはどこに行くんだ?」
ユアンの問い掛けに瑠璃はテンションアゲアゲの状態で答えた。
「まずは不動産屋!」
あまり王都のお店に詳しくない瑠璃は、ユアンや付いてきた兵に話を聞きながら、王都でも多くの物件を扱っている店に案内してもらった。
「これはこれは、ようこそお越し下さいました。愛し子様に当店をご利用いただけるなど光栄の至り。どのような物件をお探しで?」
店に入ってきたのが愛し子であると分かると唖然としたように驚いた顔をしていたが、上客であると判断するやいなや、表情を取り繕う様はさすがユアン達が勧める店なだけある。
「王都の中心部、できるだけ人通りの多い所に大きな土地が欲しいの」
「別宅をご所望で?」
「いいえ、温泉を作りたいんです」
「温泉でございますか?」
困惑した表情をする店員。しかしそれも無理はない。この竜王国に温泉が湧くなどといった話しは聞いたことがないのだろうから。まさか店員も温泉を源泉から作るとは思いもしないだろう。
「そう、温泉。獣王国の温泉に倣って大衆浴場を作って、誰でも入れるようにしたいんです。それだけじゃなくて、娯楽施設も併設できたらなって思ってて」
理想は温泉アミューズメントパークのような施設だ。
瑠璃の要望を聞いた店員は奥に行き、棚から、おそらく物件の内容が書かれているだろう紙の束を持ち出し、希望に添った物件を探していく。
「そうしますと、これは少し狭いか、これは少し中心部から離れているし、これは……」
少しして店員は束の中から数枚の紙を持って戻ってきた。
「ご紹介できるのはこちらの三件でございますね。これから見にいかれますか?」
「お願いします」
案内された一件目は王都の中心部も中心部、最も人通りが多い通りの土地で立地は文句なし。だが、かなり土地が狭い。銭湯位は作れるだろうが、瑠璃の思う施設までは作れないだろう。
二件目は中心部からは結構離れているが、瑠璃の思うアミューズメントパークを作るには十分すぎる広い土地がある。だが、人通りが少ない。
三件目は二件目よりは中心部に近く、土地の広さは若干狭め。でも一件目ほど狭くはない。人通りもある。
「うーん」
三つの物件を見学し終えた瑠璃はうなり声を上げた。
やはり全てを希望通りにとはいかないようだ。広さを取るか、人の多さを取るか、どちらを優先させるかは決めなければいけないようだ。
まず、狭いのは駄目だ。この世界は娯楽が圧倒的に少ない。そこで娯楽施設を作りたいというのは瑠璃にとって優先度が高い。
温泉に娯楽施設を併設するのは絶対に欠かせない。そのためにはある程度の広さがいる。
となると、二件目か三件目。広さで言えば二件目。だが、二件目には立派な豪邸がすでに建っており、温泉を作ろうと思ったらその豪邸をまず取り壊す必要がある。
それはちょっともったいない。
一方、三件目は瑠璃の理想より少し狭いが、更地で新しい建物を作りやすい。
「よし、決めた! 三件目にする」
「ありがとうございます。では契約のお手続きをさせていただきますね」
店員に渡された紙にサインをし、次に料金の支払いになるが、やはり王都の中心部に近い物件。広さもそれなりにあり、かなりの金額となった。
瑠璃は店員に宝石がたくさん入った袋を差し出す。
「料金はこれで足りますか?」
渡された袋の中身を覗き込んだ店員は、目を見張る。即金で支払われるとは思わなかったのだろう。
「確かにちょうだいいたしました」
これで無事に土地をゲットした。
しかしこれはまだ序盤。ここからが始まりだ。
続いて瑠璃が向かったのは工務店。
建物は魔法で作れなくはないのだが、作るのは大きな建物だ。
魔法で物を作るには想像力の豊かさが必須。思い描いた物を精霊に伝え魔法を発動させるのが精霊魔法だからだ。
小さな小屋なら瑠璃でも作れるが、大きく広い物を作るには瑠璃の想像力が追いつかない。
細部まで納得した物を作るには、まず設計図を作ってから、本職の人に作ってもらう方が確実だと判断した。
そのために利用する工務店は、できるだけ温泉のことが分からない者より分かる者に作ってもらった方が満足のいくできになるのではとユアンにお願いしたところ、獣王国の者が営んでいる工務店があるということで、そこに連れて行ってもらう。
獣王国出身だという工務店の者に温泉を作ることを伝えると、感激のあまり打ち震えた。
「なんと、この国に温泉!?そのような夢の出来事が現実に起ころうとは。ああ、この国に来て温泉どころが風呂にも入らない生活に愕然としたものです。
温泉が湧かないならと自宅にお風呂を自力で作りはしたのですが、なかなかお湯に浸かることを理解してくれる者がいなくて悲しかったものです。ええ、ええ、母国に帰らずとも温泉に入れるというのであれば、温泉を作るという愛し子様に全力でお力添えいたしますよ。
完成した折には是非とも私に優先的にお知らせ下されば、布教活動にも尽力いたしましょう」
よほど温泉に飢えていたのだろう。弾丸トークで温泉を語る口が止まらない。
だが、これだけ温泉好きならば手を抜くことなく全力で設計をしてくれるだろう。
早速瑠璃の要望を聞きながら設計を始めた店員と、どんな温泉施設にするかで盛り上がる。
「岩風呂は絶対外せない。あと、木とか植えて外から見えないようにしつつ自然の中の露天風呂を演出して……」
「それは素晴らしい。では、こちらには木で作った浴槽なんてのもいいですな」
温泉作りに並々ならぬ闘志を燃やす瑠璃と、温泉に飢えていた設計者。お互い大いに自分の好みを反映した要望が次々に出てくる出てくる。
後ろではユアンと兵が呆れたようにしていたが、瑠璃はやりきった感で満足していた。
「では、これらの要望をきちんと設計図にいたしますので一週間ほどお時間を下さい。必ずや、満足していただける物を作って見せますので」
「よろしくお願いします」
あまりに話が盛り上がりすぎ、外も暗くなってきたので一週間後にまた来ると約束し、その日はそのまま帰ることにした。