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先代竜王

 着替えを終えた瑠璃はジェイドの部屋へと向かう。

 そうとうおかんむりだったので、まだ怒ってるんじゃないかと思うと入りづらい。

 そーっと扉を開ける。といっても先にノックしているので誰か来ることは伝わっているだろう。

 部屋の中に入ると、ジェイドは瑠璃の格好を上から下へと確認して、納得したようだ。



「あんな格好は二度とするな」


「はーい」



 さすがに瑠璃もあれだけ怒られてしようとは思わない。リンにも露出狂とまで言われたのだ。だが、何となく不服ではある。

 露天風呂に入る方法を考えなくてはならないなと思っていると、そこでようやくジェイドの向かいに見知らぬ男性が座っているのに気が付いた。

 肩の辺りで切り揃えられたキラキラと輝くような白銀の髪。瞳は吸い込まれるような深い紫色。その色合いがさらに人外の美しさを際立たせている。



(うっわあ、ジェイド様に負けず劣らずの美形。誰だろ)



 目が合い、にこりと柔らかく目元を緩ますその顔はまるで天使の微笑み。

 返事をするように軽く頭を下げる瑠璃はドキドキと胸が高鳴った。

 おもむろに立ち上がった男性は瑠璃の手を取り、手の甲に口付けを落とした。



「初めまして。ルリと言うのかな? 君が愛し子かい?」



 言葉が出ず頬を染めながらこくこくと頷く瑠璃。完全に目の前の男性に見惚れている瑠璃を気に食わないとでも言いたげに眉をしかめ、「クォーツ様!」と抗議の声を上げ椅子から立ち上がるジェイド。

 しかし全く意に介していない男性は茶目っ気のある笑みを浮かべる。



「なんだい、別に良いじゃないか。減るものじゃなし」



 減ろうが減るまいが、他の男が瑠璃に触れるのは気に食わないジェイドは、男へ反抗の意味も込めて瑠璃の手の甲をごしごしと拭う。

 その様子を至極楽しそうに見つめている男性は、肩をすくめる。



「ほんと竜族の男の嫉妬はどうしようもないね。でもあのジェイドに番いかぁ。いやあ、ついこの前まで小さかったのに成長したねぇ」


「小さかったっていつの話ですか」



 その話題を今は避けたい瑠璃は慌てて口を開く。



「あ、あの! どちら様ですか?」



 割って入った瑠璃に二人の視線が集まる。



「自己紹介がまだだったね。私はクォーツ。よろしくね」



 そう言って、一撃で世の女性を虜にするような天使の微笑みを浮かべて握手を求められ、反射的に手を握る。

 顔面偏差値からいって竜族と思われるが、分かったのはそれと名前だけ。補足するように続けたジェイドの言葉に、瑠璃は目を丸くした。



「クォーツ様は私の前の竜王だ」


「ええ! 竜王様ですか!?」


「先代のね。しばらく竜王国を離れていたんだけど、ジェイドの番いの話を聞いて帰ってきたんだ。しばらく滞在することにするよ」


「えっ、本当ですか!?」


 しばらく居ると聞いて、ジェイドはやけに嬉しそうだ。まるで飼い主に懐く子犬のような無邪気さがある。

 クォーツに対してはいつものジェイドとは少し態度が違うなと瑠璃も気付いた。

 そう、誰かを連想させられる。



「うん、しばらくよろしくね」



 瑠璃からジェイドへとそれぞれに視線を向けたクォーツは、楽しげにウインクした。



「あっそうだ、ジェイド様。町に出る許可が欲しいんですけど、行ってきてもいいですか?」


「買い物か?」


「買い物っていったら買い物ですね。温泉を作る土地を買いに行こうと思いまして」



 口先だけではなく本当に温泉作りを実行し始めた瑠璃に、ジェイドの顔には呆れが。



「本当に作る気だったのか」


「もっちろんです! 竜王国に温泉を普及させてみせますよ!」


「温泉かぁ。私も獣王国で入ったことがあるけど、あれはいいね。とても気持ちが良くて。でも竜王国に温泉なんて湧くのかい?」 



 竜族で初めて温泉に良い反応を見せたクォーツに同志を得られたようで嬉しい。何せ竜王国の人に温泉の素晴らしさを説いてもいまいち理解してくれないのだ。

 魔法で綺麗にした方が簡単だろうと。

 そんな国で温泉を作っても受け入れられるか心配ではあるが、クォーツのように温泉の虜になってしまう人もきっといるはずだ。



「精霊達の力があればできるみたいです。皆が入れるように町の一番良い所に作りたいんですよね」



 あまり温泉の魅力が伝わっていないジェイドはどっちでもいいという様子だ。



「まあ、悪いことではないし別にかまわないが、町に行くなら護衛はつけるぞ」



 いくらコタロウの結界が張られていると言っても一人でほいほいと歩き回るのはさすがに避けねばならない。瑠璃もそこは分かっているので否やはない。



「じゃあ、ヨシュアにでも頼もうかな」



 ヨシュアならば護衛だからと堅苦しく感じないので、瑠璃もあまり気を遣わなくていい。と思っていたが、ジェイドが反対する。



「いや、ヨシュアは駄目だ」


「どうしてですか?」


「ヨシュアには別の仕事に向かっている。今はもう竜王国内にはいない。頼むならユアンにすると良い。フィンは今大会のことで手が離せないだろうから」


「ヨシュアいないんだ」



 竜王国に帰ったら休むぞと宣言していたが、もう別の仕事に向かわされたのか。グチグチと文句を言って回避しようとしてもできず、騒いで喚いて最終的に落ち込むヨシュアの姿が目に浮かぶ。

 哀れだ。



「じゃあ、ユアンに頼みます」


「ああ、そうすると良い」


「温泉が湧いたら教えて。入りに行くから」


「はい」



 ジェイドとクォーツのいる部屋を後にした瑠璃は、ユアンに会いに第五区に向かった。

 第五区の訓練場は普段よりも気迫に満ちているような気がする。いつも以上に血飛沫が舞っているのは瑠璃の気のせいではないと思う。竜族の訓練風景に馴れてきていた瑠璃も、思わず回れ右をして帰りたくなった。

 訓練場の辺りを見回しユアンの姿を見つけ近付いていく。



「ユアン、ちょっとお願いがあるんだけどいい?」


「なんだ急に。俺だって忙しいんだぞ」


「あんまりそうには見えないけど」



 特に何かをしている様子はなく、訓練をしている兵を眺めているだけ。



「監視だ。あいつら大会が近くて気が高ぶりすぎてるんだ。本気

で暴れたら城が壊れるから止めに入る奴が必要なんだよ」


「大会?」


「ああ、お前は知らないのか。近々竜王を決める大会があるんだよ」


「竜王ってその大会で決めるの?」


「竜王は最も強い者がなる。その大会で戦い、一番強い竜族を決めるんだ。その戦いに向けて訓練してる兵達が血眼になってるから抑えるのに大変なんだよ」



 訓練場には瑠璃も納得の光景が広がっている。



「それってジェイド様も出るの?」


「当然だろう。竜王の参加は義務だからな」


「へえ」


「で、お願いってなんだ?」


「町に行きたいの。ジェイド様が護衛を付けるなら良いって言うからユアンに付いてきて欲しいのよ」


「ヨシュアにでも頼めばいいだろ」


「外出中。仕事で今は竜王国にいないらしくて」


「あいつも忙しないな。今度はどこだ?」


「さあ?」



 瑠璃もそこまでは聞いていない。すると、ユアンと同じように

訓練場を監視していたフィンが。



「ヨシュアなら、ヤダカインに向かった」


「ヤダカイン?あの魔女の国とか言う?」


「ああ、先の神光教の件で魔女が関わっているという証言があっただろう。それで陛下はヤダカインとの関連性を危惧しておられる。それ故ヨシュアが調査に行くことになったんだ」


 ヨシュアは獣王国での事件のことも実際に目にしてよく分かっているので、ヤダカインの調査を任命されたらしい。



「しかし兄さん、ヨシュアは大丈夫でしょうか。あのヤダカインで満足に諜報活動ができるとは思いませんが」


「何か心配なの?」


「以前は竜王国もヤダカインと頻繁に国交を持っていたが、精霊殺しの件以降、ヤダカインも鎖国を始め、竜王国も積極的に関わろうとしなくなったので、今では絶縁状態だ。

 諜報員が何度かヤダカインに向かったが、長く鎖国しているせいか見知らぬ者への警戒心が強くて、あまり情報を得られなかったと奴らが文句を言ってたな。

 だから今のヤダカインがどんな国かはほとんど分かっていない」 


「それじゃあ、よそ者のヨシュアが見つかったら警戒されるんじゃないの?

 それって大丈夫なの?ヨシュアの身になにかあったり……」



 ヨシュアのことだからうまく立ち回るだろうが、絶対とは言えない。何せ精霊殺しの魔法を作るような危ない国だ。あの神光教と繋がりがあるかもしれないとなるとなおのこと。情報がないのでどんな国かも分からないというのが、さらに不安に拍車を掛ける。



「大丈夫だ。ヨシュアは優秀な諜報員だからな。すぐにひょうひょうとした顔で帰ってくるだろう」



 瑠璃を安心させるようにフィンは頭をぽんぽんと軽く叩く。



「それより町に行くのだろう? ユアン、しっかりルリを守るんだぞ」


「勿論です、兄さん。俺がいる限り手は出させません!」


「ああ、頼りにしている」



 フィンの言葉に、ブラコンなユアンは見えない尻尾をぶんぶんと振って嬉しそうだ。

 その顔に既視感を覚え首を捻った瑠璃は、つい先ほど見た顔だと納得した。



「ああ、ジェイド様だ」


「なんだ突然。陛下がどうかしたか?」


「いや、さっき先代の竜王のクォーツ様と会ったんだけど、そのクォーツ様と話しているジェイド様の反応が、フィンさんと接するユアンみたいな反応だったから」



 こう、相手を信頼しきっているという感じが態度に表れすぎている。



「先代の竜王陛下か。今戻られてるらしいな、俺はお会いしたことはないが」



 ユアンはあまりクォーツのことを知らないようだが、逆にフィンはクォーツのこともよく知っているのか瑠璃の言葉に苦笑を浮かべる。



「陛下がユアンのようか。それは仕方がない。陛下にとってのクォーツ様は、ユアンにとっての私のような存在だからな。

 陛下は幼少期その魔力の強さから力の制御が上手くなかったんだ。逆にクォーツ様は魔力の制御が得意ということで、陛下の面倒を見ておられた。それ故、陛下はクォーツ様のことを兄のように慕っておられる」


「へえ」



 それならば納得だ。

 ジェイドもブラコンなユアンに例えられたら微妙な顔をするだろうが、クォーツに向けている表情は正しくブラコンな弟と評するのが相応しいような顔をしていた。



「クォーツ様が先代で今の竜王がジェイド様ってことは、大会でジェイド様はクォーツ様に勝ったってことですよね」



 その時の戦いを見てみたかったなと瑠璃は思う。しかし……。



「いや、お二人は戦ってはいない」


「えっ、そうなんですか?でもユアンが竜王の参加は義務だって言ってましたけど?」



 そう問うと表情を曇らせるフィン。ユアンはそれに気付いていない。



「先王陛下は任期半ばで退位されたんだ。だから大会には出席せず、お二人は戦わないままで陛下が優勝し竜王となられたんだ。その後先王陛下は国を出て、これまで行方知れずだったらしい」


「なんで退位したの?」


「さあ、俺は当時まだ城に上がっていなかったからな。兄さんなら知っているんじゃないですか?」



 フィンに視線を向け、ようやくユアンもフィンが浮かない表情をしているのに気が付いた。



「兄さん?」


「いや、クォーツ様にも色々あったんだ、色々とな」



 瑠璃とユアンは顔を見合わせる。

 言いづらい何かがあったのだろうことが察せられ、それ以上は聞きづらい雰囲気に、二人は口をつぐんだ。





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