水着は刺激が強い
瑠璃達が竜王国に戻ってきてから早数日。
新しくなった第一区で、各々以前のような生活が戻ってきていた。
壊れた家具も一新された執務室で仕事を行っていたジェイド。
そんな執務室の外で誰かが慌ただしく走る足音がしてくる。
段々と近付いてくる足音はそのまま執務室の前まで来ると、ノックすらなく激しく扉が開かれた。
「大変ですぞ、陛下!」
「騒がしいぞ、アゲット」
もう歳だというのに若者より元気なのではないかと思うアゲット。
衰えるどころか年々パワーアップしているような気さえする。
さすがにノックもなく王の執務室に入ってきた礼儀の悪いアゲットを咎めるジェイドだったが、次のアゲットの言葉にペンを持つ手も止まる。
「申し訳ありません。ですが、それどころではありませんぞ。クォーツ様がお戻りになったのです!」
目を大きく見開くジェイド。
「クォーツ様が?本当か!?」
「はい。先ほどテラスに下り立たれまして、今ユークレースが対応を……あっ、陛下!」
ジェイドはアゲットの言葉を聞き終える前に部屋から飛び出した。
廊下を爆走するジェイドを、道行く人は何ごとかと見送ったが、構わず走り抜けた。
テラスには人が集まっていた。
その集まりの中心に、アゲットが言っていた人物がユークレースと談笑しているのを確認して、ジェイドの表情に喜色が浮かぶ。
「クォーツ様!」
名を呼ばれた人物は、ジェイドを見ると破顔一笑した。
「やあ、ジェイド。久しぶり」
嬉しそうにしていたジェイドは、少し不満げな顔をする。
「やあ、久しぶり、じゃないですよ、クォーツ様。何十年も連絡もなくどこをほっついていたのか。
文の一つぐらい書けたでしょうに。皆どうしているかと心配していたのですよ」
ジェイドがここぞとばかりに不満を告げるが、相手がこたえた様子はなく、あははっと笑っている。
「まあまあ、こうして帰ってきたんだから良いじゃないか。
そんなことより、ジェイドに番いができたそうだね」
「ええ」
「各地を旅をしてたらさ、なんとあのジェイドに番いができたって小耳に挟んでね。
慌てて帰ってきたんだよ」
「そんな理由で帰ってこられたんですか?
今まで全然帰ってこなかったのに」
「何を言ってるんだい。大事なことじゃないか。
可愛い弟分の番いを一目見ておかなくてはね」
「とりあえず部屋へ行きましょう。
ゆっくりお話も聞きたいので」
「そうだね、そうしよう」
***
瑠璃は家庭科の時間が嫌いだ。
料理も掃除も問題なくできるのだが、ただ一つ裁縫だけはあまり得意ではない。
できることなら、いや、その機会があったとしても断固拒否したい。
しかし、今瑠璃はその裁縫に挑んでいた。
ちくちくちくと、時折針で指を指し、痛みに顔を歪めながらも根気よく縫い続ける。そして……。
「できた~!」
縫い始めて早三日。
苦手にしてはちゃんと形になった。
『あら、やっとできたの?』
パタパタと飛んできたリンは完成した物を眺め、首を傾げる。
『ねえルリ、なにこれ。下着?
服を作ってるんだと思ったけど全然違うじゃない』
「下着じゃなくて水着。
まさかこんな小さい物にこれほど苦労するとは」
己の才能のなさが悲しい。
しかし、時間は掛かったが何とかできた。
瑠璃が作っていたのは、上下に分かれた水着。
本当はフリルの付いた可愛いものが作りたかったのだが、瑠璃の技術が追い付かないので断念した。
上はスポーツブラのような形に、下は短パンといった、シンプルでビキニに比べたら露出は抑えめな水着ができあがった。
このままではシンプルすぎるので飾りのお花を不器用ながら作って、それを縫い付けた。
「うん、可愛くなった」
別に裁縫が苦手ならお店で買えば済む話だったのだが、どうも竜王国に水着というものはないようなのだ。
なら、海は近くにあるこの国で、皆は海で泳ぐ時どうしているのかと聞くと、普通に服を着て泳ぐらしい。
なので瑠璃が、水に入る時に着る物だと説明をしても普通の服を勧められてしまう。
それなら、自分が作ってこの国に浸透させようと考えたのだ。
できたら、それを店に持っていって新しく作ってもらうことだってできる。
そもそも何故瑠璃がこんな物を作っているのかというと、かねてより考えていた温泉のため。
本当はいつでも温泉に入れるように、この第一区に温泉を引きたかったのだが、ここは山の頂上。
てっぺんまで温泉を引いてくるのは無理だとなり、それならばと裏庭に露天風呂を作ることにしたのだ。
裏庭ならそれほど人も通らないし、ゆっくりと浸かれるだろうと、精霊達に手伝ってもらい、檜風呂を想像して木の浴槽を作った。
十人は入れるほど大きめの浴槽なので、ジェイドやユークレースやアゲットも誘って、露天風呂に浸かりながら夜空に上がる月を見上げて月見酒をするなんて風流で良いじゃないかと思ってたりする。
しかし混浴するには水着は必須だ。バスタオル一枚巻いて男性と入る度胸はない。
なので自分の水着を用意してみたのだ。
男性用水着は短パンなので、これなら店に頼めば買えるだろう。
問題はユークレース用の水着をどうするかだ。
男性用か女性用か……。判断に迷う。
まあ、ユークレースには後で聞くとして、自分の水着の試着だ。
いそいそと着替え始めた瑠璃。
鏡の前に立ち水着を着た自分の姿を確認してみる。
「うん、いい感じ。ちょっとサイズ大きかったみたいだけど素人が作ったにしては上出来よね」
自作のできに満足していると、リンからは別の反応が。
『ねえ、ルリ。その服?……は止めておいた方が良いと思うけど』
「どうして?」
『だってそれを人前で着るんでしょう?
あなた獣王国の服は露出が高いとかいって着たがらないのに、その服はもっとひどいじゃない』
「そう?
水着だもん、こんなものだと思うけど?私の世界じゃ、水に入る時には一般的な服装だけど」
『私達は別に気にしないんだけど、この世界でその格好は受け入れられないかも』
竜王国には水着がないと言っていたので、リンは珍しいということを言っているのかもしれないと瑠璃は考えた。
「大丈夫よ。温泉も水着もないならこれから浸透させていけば良いんだし。
最初は珍しいかもしれないけど、愛し子が着てれば皆も真似したがるでしょ」
『……そういうことじゃないんだけど』
リンの呟きは、「じゃあ、早速露天風呂に入ろー」と言ってコタロウとカイを誘っている瑠璃には届かなかった。
水着の上に丈の長い上着を羽織り、バスグッズを持つ。コタロウ達を引き連れて裏庭に行くと、そこにはどどーんと鎮座する浴槽がある。
裏庭はあまり人は通らないが、綺麗に整えられており、イングリッシュガーデンのような雰囲気がある。
綺麗な景色を見ながらお風呂に入れるので、設置場所をここにして良かった。
「皆。お湯入れてくれる?」
『はーい』
精霊達に頼むと快く引き受けてくれ、火と水の精霊によって木の浴槽がほどよいお湯で満たされる。
時を待たずして、どぼんと水しぶきを上げていの一番にカイが飛び込んだ。
『おー、良い湯加減だぞ』
他の精霊達も後を追うようにお湯に突入していく。
『ルリも入ろー』
『気持ちいいよー』
瑠璃は嬉々として、上着を脱ぎ捨て水着になると、そっと湯の中に入った。
丁度良い湯加減に、綺麗な景色。瑠璃の顔をも綻ぶ。
「温泉じゃないのは残念だけど、これはこれで気持ちいい」
ふふーんと鼻歌交じりでのんびり浸かる。
この気持ち良さを知らないとは竜王国の人々は絶対に損している。
竜王国に温泉を普及させたい。
そのためなら愛し子の名を利用するのもやぶさかではないと思っている。
そのための第一歩として。
「まずは土地を買わないと駄目だよね」
瑠璃も利用したい温泉。
城には作れないから、できるだけ城に近い場所に作りたい。
そして普及するためにはできるだけ人が集まる場所がいい。そうなると、王都の中心地。
しかし、そこは人も集まるがそれだけ土地が高いというデメリットもある。
「また、リディアの所に行って売れそうな物持ってくるか」
初代竜王の時代に使われていた、貴重だという古いお金をユークレースに買ってもらうという方法もあるが、その手はあまり使いたくなかった。
初代竜王ヴァイトに関係する物はできるだけ残しておきたいのだ、リディアのために。
リディアは使っても構わないと言っているが、リディアがヴァイトのことを今も大事に思っていることは言葉の端々から窺い知ることができる。
そんなヴァイトを思い出させる物にはどうしても手を出しづらい。
「どうしたものかな……あっ、ジェイド様だ」
廊下の向こうから歩いてくるジェイドの姿が見えた。
他にも誰か一緒にいたが、気にしてはいなかった。
それよりも、是非とも力作した水着をジェイドに披露しようと、立ち上がった。
「ジェイド様ぁー!」
気付いてもらおうと腕を大きく振ってジェイドを呼ぶ。
すぐに気づいたジェイドがこちらを向く。
その途端、ジェイドがぎょっとした顔をしたかと思うと、慌てたように駆けてきた。
そして自身の着ていたマントを乱暴に脱ぐと、それで瑠璃の体をぐるぐると巻いた。
瑠璃がえっと困惑している間に簀巻状態の出来上がりだ。
「何をしているんだ!!」
瑠璃には何を怒られているのか分からない。
「何って、見ての通り露天風呂に入ってたんですよ。ちゃんと作ってもいいって許可取りましたよね?」
「そうじゃない。なんて格好をしているんだ」
「格好?」
別に普通の水着だがと思ったが、どうやらジェイドにはそうではないらしい。
「そんな下着で、いつ誰が通るとも分からない外にいるなんて、何を考えているんだ」
「いや、ジェイド様。これは下着じゃなくて水着って言って……」
「どっちでもいい。私だからいいようなものを、そんなはしたない姿を誰かに見られでもしたら……。まさか見られたりしてないだろうな!?」
もし見られていたら相手を射殺しそうな眼差しで問い掛けられ、瑠璃はぶんぶんと首を横に振った。
ジェイドは一瞬ほっとしたように表情を緩めたが、すぐにまた目をつり上げ、ぐるぐる巻きで身動きの取れない瑠璃を抱き上げる。
そのまま連れて行かれた先は瑠璃の部屋。
「すぐに着替えるんだ。後、こんな格好をするなら露天風呂は禁止だ!」
激しく扉が閉じられた音が虚しく響く。
ぱたぱたと飛んできたリンが、呆然としている瑠璃の前に止まった。
『だから言ったじゃない。この世界でその格好は受け入れられないだろうって。
どっからどう見ても下着で歩いてるようにしか見えないもの。
そんな服で人前に出るなんて露出狂ぐらいよ』
「そういう意味だったのね。ジェイド様の反応を見るに水着の普及は難しそう。異文化って難しい……」
言われてみればこちらの世界の人々はあまり露出しない。
露出多めのセレスティンでも、スカートは膝下だし、ミニスカートを履いている女性は見たことがない。
リン曰く、女性が足をあそこまで出すのははしたないことらしい。
まさか水着であそこまで拒否反応を示されるとは思いもしなかった。
瑠璃にとっては普通なのだが、露出狂とまで言われては水着は断念せざるを得ないようだ。
露天風呂まで禁止され、瑠璃はがっくりと肩を落とした。
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