宴会
神光教の問題も片付き、城の改修も終わって、竜王国へ帰ることとなった日の前日。
ひー様待望の美女百人を集めた宴が行われた。
美女達は城で働く女性達で構成されている。
瑠璃が城内を歩き回って美女を厳選。アルマンの妃達からも参加したいという言葉があり、彼女達も参加してなんとか百人集められた。
やはり亜人の国でペンギンの姿の反応はあまりぱっとしなかったのか、今は新しい服をもらって人の姿になっている。
でれでれと表情を緩めている所を見ると、集めた女性に文句はないようだ。至極ご満悦の様子。
その横では瑠璃達を見送る宴を開いている。
今回は竜王国から来た者を見送るための宴とあって、ヨシュアやユアン達も並べられた食事や酒の前に座っていた。
時折隣の方からひー様の高笑いが聞こえる中、各々食事や酒を楽しんでいる。
瑠璃は前回の失敗を起こさないよう、セレスティンが用意した飲みやすいお酒には手を出さなかったのだが、それに気付いたセレスティンがにじり寄ってきた。
どことなく顔が赤いように感じるのだが、もしかしたらすでに酔っているのかもしれない。
酔うと絡むというセレスティン。嫌な予感がする。
「全然飲んでいないようですね。ルリさんのためにたくさん用意したのですよ」
「それは有り難いんですが、また二日酔いになりたくないので」
「二日酔いがなんです!
せっかくルリさんを見送るために開いた宴ですのに主役が飲まなくてどうするんです!」
「いや、でも……」
瑠璃が躊躇っていると、セレスティンの目が据わる。これは確実に酔っ払っているようだ。
「私が用意したお酒が飲めないというのですか!?」
「いや、そういうわけじゃ……」
「じゃあ、飲みなさい!」
「はい……」
完全に絡み酒に突入している様子のセレスティンに嫌とは言えず、セレスティンが差し出したグラスを受け取る。
酒を飲むとセレスティンのキャラが変わる。
こうなる前に誰が止めなかったのかと思ったが、唯一止められるアルマンはジェイドとお酒を飲みながら談笑しており、こちらには気付いていない。
仕方なくグラスに入ったお酒をちびちびと飲む。たくさん飲まなければ大丈夫だろう。味は甘くて美味しいので飲みすぎないように気を付ける。
瑠璃が口をつけたことでセレスティンは満足そうだ。
すると、今度は矛先をジェイドへと向け始めた。
「ジェイド様」
セレスティン以はジェイドの隣に座ると、するりとジェイドの腕に自らの腕を絡ませ身を寄せる。
ジェイドは特に抵抗する様子はないが、困ったように苦笑する。
「セレスティン、また酔ってるのか」
「なんだ、もう酔ったのか?お前酒に弱いくせに飲みたがるんだからよ」
ジェイドもアルマンもまたかと言った様子。
しかし瑠璃はセレスティンが酔っていることより、酔っているセレスティンが掴んでいるジェイドの方が気になる。
ぴたりと身を寄せているのに嫌がる様子もなくされるがままになっているのはどういうことなのか。側に瑠璃という番いがいるというのに。
「……ジェイド様、浮気ですか?」
じとっとした眼差しを向ける瑠璃。
冷め切った瑠璃の眼差しが寄り添う自分達に向けられていると気付いたジェイドは慌てて弁明する。
ひー様の時とは立場が逆転だ。
「あっ、いや。違う、勘違いしないでくれ、ルリ」
ジェイドはセレスティンの手を離そうと試みるが、がっちりと掴まれていて中々離れない。
セレスティンと「離してくれ」「嫌です」といったやり取りをしているが、セレスティンはうふふと笑いながらさらにジェイドにしがみつく。その姿はいちゃついているようにしか見えず、益々瑠璃の機嫌は悪くなる。
「そのわりには随分楽しそうなことで」
「あら、だってジェイド様も肉体的に魅力的な方が良いと言っています」
「言ってない!決して言ってないぞ」
瑠璃に誤解されないようにジェイドは必死で首を横に振る。
「アルマン様はいつも言ってます。男というのはそういう生き物だと」
今度はアルマンへと瑠璃から冷たい視線が向けられる。
「俺を巻き込むなよ」
ジェイドから余計なことを言うなといった目を向けられたアルマンはとんだとばっちりである。
「セレスティン、私は別に見た目で相手を決めたりしない。ルリだからいいのだ。どんなに美しかろうと他の女は必要ない」
はっきりと告げたジェイドだったが、セレスティンはとたんに瞳を潤ませ今にも泣きそうに。たじろぐジェイドを前にセレスティンはうわあぁぁんと両手で顔を覆う。
「ひどいっ!こんなにジェイド様を愛していますのにー!」
『ひどーい』
『鬼畜ー』
『人でなしー』
セレスティンの側にいつもいる精霊達も参戦し、方々から罵声が投げ掛けられる。
「精霊まで……。アルマン……」
ジェイドはアルマンへ助けてくれと切に訴えるが、アルマンにもどうしようもない。
「酒でも飲ませて酔い潰しとけ」
その言葉を素直に遂行しようと、ジェイドはぐすぐす泣くセレスティンに強めの酒を入れたグラスを差し出す。
嗚咽をこぼしながらごくごくと飲んでいくセレスティンはしばらくすると夢の中に旅立っていった。
ほっとするジェイドに苦笑するアルマンは、眠ってしまったセレスティンの頭を膝の上に乗せ自らのマントをセレスティンの体に掛けた。
そうした姿は、まるで妹を甲斐甲斐しく世話する兄のようだ。
実際セレスティンは幼い頃からこの城で暮らしていたので、アルマンとは兄妹のようなものなのだろう。
ひー様に負けず劣らずの女好きなアルマンだが、アルマンがセレスティンを見る目は異性というより保護者というのが強いように思える。
グラスの酒をあおり一息吐いたジェイドが瑠璃へと視線を向けると顔を見合わせながらやれやれというように笑みを向け合った。
瑠璃とて本気で浮気だと言ったわけではない。
ジェイドがセレスティンに向ける眼差しはアルマンがむけるものとよく似ている。
それとは逆にセレスティンに熱い眼差しを向けている者がいることに瑠璃は気が付いた。
それに気付いたのはもう一人。
そのもう一人であるヨシュアと顔を見合わせにやりと笑った。
そしてじりじりと熱い視線を投げ掛けているユアンへ近付いていく。
その顔はからかってやろうという気持ちでいっぱいだ。
「ねえ、ユアン」
「なんだ?」
「ユアンってばフィンさんと離れてまで獣王国に付いて来たけど、その後どうなのよ」
「どうって何がだ?」
瑠璃の言わんとしていることに気付いていない様子のユアン。
「何って、なあ、ルリ」
「そうそう」
ヨシュアがユアンの背をばんばんと叩き瑠璃が含み笑いをするが、当の本人はきょとんとしている。
「もう、セレスティンさんのことよ。気になってるんじゃないの?」
そう問うと、ユアンは恥ずかしそうに頬を染めた。
近くにいたフィンは弟の恋バナにそれとなく耳を傾けている。
おそらくフィンも気になっていたことだろう。
「話す機会はたくさんあったでしょう?どうなの?」
興味津々に身を乗り出し問い掛ける。
ブラコンが大好きな兄と長期間離れてまで付いて来たのだ。生半可な気持ちではないはず。
「ああ、何度か話をさせてもらった。それに彼女の周りの幾人かに聞き込みも行った」
「えっ、聞き込み?」
「その結果、やはり俺の目に狂いはなかった!」
ぐっと拳を握りこむユアン。
「兄さんの隣に立つに遜色ない方だ!俺の姉さんになるのは彼女しかいない!!」
「えっ、姉さん?」
ぽかんとする瑠璃、ヨシュア、フィンをよそに、ユアンは力説する。
「気高く品があり、美しく、誰に聞いても素晴らしい人柄だと絶賛されている。少し気が強いが、気の弱い者では兄さんを支えることなどできないからな。ねえ、兄さん!」
きらきらとした眼差しでフィンに訴えかけるが、当のフィンは困惑している。
まさか自分が関わってくるとは思ってもいなかったのだろう。
「いや、ねえって言われてもフィンさんも困ると思うけど。ねえ、フィンさん?」
「……ユアンはセレスティン殿に懸想していたのではなかったのか?そのために獣王国に来たのだろう?」
「いいえ、俺ではなく、兄さんのためです。
彼女ほど揃った方なら、兄さんの番いとなるに相応しいと竜王国でお会いした時に思い、確かめに来たんです!」
自分に間違ったことなど一切ないと信じ切った顔のユアンに、瑠璃、ヨシュア、フィンは何とも言えない顔をした。
「あのさ、それはお前の希望であって、フィンさんの意思はどこ行った。
一度でもフィンさんが、番いにしたいとか言ったのかよ」
「まったく」
最もな突っ込みをするヨシュアに瑠璃は頷く。
「フィンさん、はっきり言わないと良さそうな人見つける度に暴走しますよ、このブラコン」
フィンは深い溜息を吐いた。
やっとブラコン卒業かと思われ、フィンも少し期待していたことだろう。
それがどうだ。やっぱりブラコンな理由だった。
「……ユアン、セレスティン殿は陛下に懸想されているんだぞ」
「大丈夫です、きっと彼女も兄さんの魅力にすぐ気付くはずです」
その自信はどこから来るのか。ブラコンとは厄介な生き物である。
「セレスティン殿は勿論だが、そもそも私はセレスティン殿のことを何とも思っていないんだ。だから彼女が番いになることなどあり得ない」
「ですが、あんなに素晴らしい方ですよ。兄さんとお似合いだと思います」
まだ納得のいっていなさそうなユアンに、フィンは現実的な問題を伝える。
「そもそも獣王国はセレスティン殿を手放さないだろう。ただ一人の愛し子なのだから。
愛し子がこの国に与えている益は、しばらくこの国にいたお前なら分かるだろう?」
「そうそう。だから、万が一二人が番いになったとしたら、フィンさんが獣王国に来ることになるぞ。いいのか?フィンさんと離ればなれになって」
「えっ、それは嫌だ……」
そのことには考えがいっていなかったのか、ヨシュアの言葉に激しくショックを受けるユアン。
兄大好きなユアンがフィンと離れ離れで暮らすことを容認するはずがない。
「諦めろ。フィンさんを竜王国に残したいなら新しい愛し子でも連れて来ない限り無理だ。
ってか、本人がそもそも乗り気じゃねえだろ」
「ユアンがフィンさんのことになると暴走するのはいつものことだけど、フィンさんにだって好みの女性像はあるんだからね。
まあ、もう少ししたらお母さん達来るから、お母さん達が獣王国に住むって言ったら、セレスティンさんが竜王国に来ても問題ないだろうけど」
「こら、ルリ。せっかく諦めされる方向に持って行ってるのに余計なことを言うなよ」
「ごめんごめん」
瑠璃はヨシュアに向かって手を合わせる。
そしてユアンに聞こえないよう瑠璃とヨシュアは声を潜めて話し始めた。
「でもさ、フィンさんにとか言ってるけど、ようはユアンがセレスティンさんを好みだってだけじゃないの?」
「だな。そこを姉に欲しいってのがユアンらしいというかなんというか。なんで自分の番いにってならねぇんだか」
「……発展すると思う?」
「今のままじゃ、無理じゃねぇか」
今後そのことにユアンが気付くかどうかは分からないが、セレスティンを気になっていることは確かだ。
例えユアンが気付いても、相手は中々の強敵だ。攻略は難しいかもしれない。
「そう言えば、ルリの家族はいつ来るんだ?」
どうやらフィンはそちらの方が気になったようだ。
「うーん。あれから大分経ってるし、そろそろ来てもおかしくなさそうだけど」
「連絡ないのか?」
「全く。まだ仕事が片付いてないのかも」
そんな話をしていると、精霊の一人が声を掛けてきた。
『ルリ、ルリ』
「なぁに?」
『あのね、本当はもっと前に伝えてって言われたんだけど、その時はあの死神でルリ忙しかったから』
「何?」
『リシアのこと思い出したの』
「お母さん?お母さんがどうしたの?」
『うん、あのね……』
「小娘!どういうことだ!?」
精霊が何かを話そうとしたその時、精霊の言葉を遮るようにひー様の怒声が響いた。
突然響いた大きな声にびくりと体を震わせ、声の発生源を探すと、ひー様が怒りを滲ませながら瑠璃の元へと向かってきた。
「どうしたの、ひー様。突然大声なんか出して。
美女と楽しく飲んでたんじゃないの?」
「約束が違うぞ!」
「約束?」
「百人だと言っていたのに、何度数えても九十八人しかいないではないか。後二人はどうした!?」
あの人数きっちり数えたのか……。
呆れと共に、女性への執念に凄まじいものを感じる。
九十八人もいれば二人ぐらい良いだろうと思うのだが、一人でも誤魔化したら許さないと言った言葉通りのようだ。
しかし、数が足りないと分かったら騒ぎ出すことは目に見えていたので、人数はしっかり百人いる。
「何言ってるのよ。ちゃんと百人いるって。ちゃんと数えた?」
「何度も数えた。しかし二人足りん」
瑠璃はひー様の座っていた場所に固まる女性達に視線を向けた後、眠っているセレスティンを見た。
「セレスティンさんは入れた?」
「何?」
「セレスティンさんだって綺麗な女性でしょう」
「ふむ、確かに。これは盲点だったな。だが、もう一人は……」
瑠璃はにっこりと微笑みちょいちょいと自分を指差す。
「わ・た・し」
「なんだと?」
「だから、私が百人目」
途端にひー様はこれでもかと顔を歪めて嫌そうな顔をしながら、瑠璃にガンを飛ばした。
「ああん!?私が言ったのは美女だぞ。お前は含まれないだろうが!」
「失礼ね。これでも美人って評判のお母さんに似てるって言われるんだからね!」
「ふんっ。お前の親などたかがしれているわ」
「あー!親の悪口言ったわね。お母さんは間違いなく美人なんだから」
「ならばお前が似ているというのはお世辞だろう。人間というものは何でもお世辞を言うからな」
「くう、まだ言うか」
ばちばちとやり合う瑠璃とひー様に周囲ははらはらと見守る。
そんな中ジェイドが立ち上がり瑠璃の肩に手を置く。
「大丈夫だ、ルリ。ルリはここにいるどんな女性より愛らしい」
「ジェイド様……」
ぱぁと表情を明るくし、ジェイドに抱き付く。そしてキッとひー様を睨み付ける。
「ひー様もジェイド様のジェントルマンなところ見習ったらどうです」
「お前を選ぶ目の腐った男を例に出すな。そいつは少数派だ。
いいから今すぐもう一人美女を連れて来い」
「無茶言わないでよ。これだけ集めるのも苦労したのに、急に言って連れて来られるわけないじゃない」
「ふむ、では、竜王国に行ったら美女を紹介しろ。それで帳消しにしてやる」
「一緒に竜王国来るの!?」
「ああ」
それが当然の流れのようについてこようとするひー様に瑠璃は驚愕する。
セレスティンを気に入っていたので、てっきりこのまま獣王国に残ると思っていたのだ。それが……。
「反対反対!断固反対」
主に自身の心の平穏のために竜王国には来てほしくないと瑠璃は強く反対する。
「お前に反対されようが関係ない。私は行きたいところに行く」
「だって、セレスティンさんは?城の女性達のことも気に入ってたんじゃないの?」
「ここの女性とはあらかた話した。だから次だ。
竜王国は見目の良い者が揃った種族だからな。今度は竜王国の女性達と知り合いになるのだ」
「ええー」
ひー様が出て行くと知り、妃達を取られていたアルマンはほっとした表情だが、竜族達は揃って顔を引きつらせた。
これが国に来る。
どんな騒ぎを城で起こすか分かったものではない。
来てほしくないが、瑠璃のように最高位精霊に来るなと面と向かって言える猛者はいなかった。
助けを求めてコタロウとリンに視線を向けたが、揃って首を横に振られた。
そもそも精霊は言いだしたら聞かない。
同胞といえど言ったところで聞きはしないだろう。
ひー様の来訪が決定したようなものだった。
がっくりと肩を落とす瑠璃。
そのことに意識がいき、先ほど精霊が話そうとしていた母の話は忘却の彼方へと飛んで行ってしまった。
この時、精霊の話をきちんと聞かなかったことを後々後悔することになる。
***
翌日、竜王国へと帰る日。
朝早くから帰る準備を行っている中、二日酔いで具合の悪そうなセレスティンからたくさんのお酒をお土産にもらった。
「ありがとうございます、セレスティンさん」
「一度にたくさん飲んではいけませんよ」
二日酔いの人には言われたくない。
それは自分だろうと思ったが、殊勝に頷いた。
すると、おもむろにセレスティンが握手を求めて手を差し伸べてきた。
躊躇いがちにそれを握ると、強すぎるほど握られ目を見張る。
「駄目ですね。ジェイド様を前にしてしまうと気持ちが抑えきれなくて。
やはり当分諦められそうにはありません。
今も何故私ではないのかと」
「ははは……」
さらに強く握られた手から若干の敵意が見える気がする。
どう返答して良いのか迷い乾いた愛想笑いが口から出る。
「こうなったら、限界まで足掻いてみようかと思います。
せいぜい私にかすめ取られないよう頑張って下さい」
正々堂々とした宣戦布告だった。
プライドの高いセレスティンらしい。
飾ることなく瑠璃に強い眼差しを向けてくる。
気圧されないよう負けじと瑠璃も瞳に力を入れる。
「なら、そうならないように頑張ります」
瑠璃もセレスティンも、ふっと不敵に笑い会う。
ジェイドのことがなければ、二人は存外気が合う仲になるのかもしれない。
「ルリ、そろそろ出発だ」
「はーい。
では、セレスティンさんまた」
「ええ、道中お気を付けて。またお会いしましょう、ルリさん」
セレスティンに一礼して瑠璃はジェイドの元へと走り寄る。
コタロウに乗ろうとしたが、あいにくひー様とカイが乗っている。
これ以上乗るのはコタロウが可哀想に思える。
「ジェイド様の方に乗って良いですか?」
「ああ、構わない」
むしろ瑠璃が来て嬉しそうだ。
ジェイドや他の竜族が次々に竜体へと変化していく。
黒い竜へと変化したジェイドの頭の上に乗る。ジェイドが空へ飛び立ったのを合図に他の竜達も後に続く。
眼下で手を振るセレスティンやアルマンに大きく手を振り、瑠璃は獣王国を後にした。




