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事件の顛末

 何とかジェイドの誤解を解くと、目を覚ましたひー様へと怒りをぶつけた。

 悪びれた様子もなく、裸にシーツを引っ掛けただけの危なげな格好で欠伸をしている。



「なんでひー様は裸で私と一緒に寝てたのよ。おかげでとんだ誤解が生まれちゃったじゃない」


「仕方なかろう。火口に飛び込んだはいいが、服が全て燃えてしまったのだ」


「まさか山からここまで裸で帰ってきたの!?」


「そんなわけなかろう。神光教のアジトの中にシーツがあったのでそれを拝借したのだ」



 露出狂のようなまねはしていなかったようでほっと安堵する。

 さすがのひー様でも裸で外を歩いてはいけない分別はあるようだ。



「それで、なんで私の横で眠ってたのよ?」


「帰ってきてみればずいぶんと気持ち良さそうに眠っているのでな。

 私も眠くなってきたのでそのまま眠ったのだ。

 本当は美女の隣が良かったが眠気には勝てなかった。私と閨を共にできたことを光栄に思え」


「思うわけないでしょう。おかげでジェイド様に誤解されちゃったじゃない。解けたからいいようなものを」



 その誤解を解くのもかなり苦労した。

 裸の男とベッドの上で抱き合っていれば当然だろう。瑠璃が逆の立場でも簡単には信用しない。

 誤解が解けた今ですら、どことなくジェイドがひー様を警戒したように見ているのは気のせいではない。

 先ほどから瑠璃を後ろから抱き締めるように膝の上に乗せ、離そうとしない。

 コタロウ達のように動物の姿なら問題なかったのだが、中身は同じ精霊でも見た目が人というだけで受ける印象は大いに違う。



「そいつはお前の恋人か?

 なんと奇っ怪な。世にたくさんの美女がいる中、あえて小娘を選ぶその勇気は賞賛通り越して趣味を疑う。

 良かったな小娘。しっかり捕まえておけよ。でなければ二度と男なんぞできないだろうからな」


「余計なお世話よ。いつも一言も二言も多いのよ、ひー様は!」



 妙に瑠璃にだけ当たりが強いのは気のせいなのか。



「それよりジェイド様はどうしてここに?

 竜王国はいいんですか?」


「ああ、後始末も終わり、城の改修も終わったのでルリを迎えに来たんだ。

 ついでに神光教が捕まったと聞いたのでアルマンとその話をしにな」


「ついでが多分逆だと思うんですけど……」


「何を言っている。私にルリ以上に優先すべきことなどない」



 恥ずかしげもなく言ってのけるジェイド。

 特に意識した様子もなく言えるのは番い至上主義である竜族ならではだろう。



「いちゃつくな小娘。

 そんなことより私の美しい女性達はどうした?約束を忘れてはいないだろうな」


「大丈夫、ちゃんと準備してるから」



 美女達との宴会の件はすでにアルマンに伝えている。それで噴火を止められるのならとアルマンとしても否やはなかったようだ。

 


「そうか、それならいい」



 口元を緩ませるひー様は、恐らく美女達に囲まれている自分でも想像しているのだろう。



「ひー様、早く服何とかしてよ。そのままじゃ露出狂よ」


「ふむ、美女達と会うのに裸というわけにもいくまいな。仕方がない、新しい服を用意するまであちらの姿でいるか」


「あちら?」



 疑問に思っている瑠璃の目の前でひー様の姿が突然消えた。

 驚いているとひー様が使っていたシーツがもぞもぞと動き出し、そこからひょっこりと姿を見せたのペンギンだった。



「へっ、ペンギン……?」 


『ふむ、やはりこの愉快な体は好かないな』


「ひー様なの?」


『私以外に誰がいる。ボケるには早いぞ』



 可愛らしい見た目だが、小憎たらしい言い方は変わらないようだ。

 それで彼であると確信できた。



『この姿ならば裸でも問題なかろう』


「いやまあ、確かにそうだけど。……その体、亜人だったのね」



 人の姿で接していたので、いざ動物の姿になられると違和感が尋常ではない。

 円らな瞳の可愛いペンギンとひー様ではイメージが違いすぎる。



『人の姿は良いのだが、こちらの姿は私には合わない愉快な見た目なので、あまり好きではないのだ』


「でも、女性受けは良さそうだけど」


『なんだ、女性とはこういうのが好きなのか?』


「まあ、可愛いものは大抵の女の人は好きだと思うけど?」


『ふむ、そうなのか。では確かめてこよう!』



 ひー様はベッドから飛び降りると、何とも可愛らしいよちよち歩きで部屋を出て行った。

 女性捜しの旅に出たのだろう。

 女性受けは良いとは言ったものの、正直亜人の国で獣に馴染みのあるこの国で受けが良いとは断言できない。


 だが、竜族には女性だけでなく男性からも受けは良いだろう。

 なにせジェイドを筆頭にああいう動物には縁のない種族だ。

 竜王国の城で、あのよちよち歩きで城内を練り歩けば、間違いなく女性達から黄色い悲鳴を浴びることができるはず。



 部屋を出て行ったひー様と入れ違いにフィンが姿を見せた。



「あっ、フィンさんも来てたんですね」


「ああ、陛下と一緒に今朝着いた。久しぶりだな、ルリ。

 陛下、獣王が朝食一緒にどうかと」


「そうか、分かった」



***



 身支度を整え瑠璃とジェイドは朝食の場へ向かう。

 朝食と言っているが、本来の目的は神光教についての話し合いの場だろう。

 神光教を捕らえてから三日。こうして話し合いの場を設けるということは、ある程度話を聞き出せたのかもしれない。


 食事が運ばれきてまずは食事を始める。

 椅子ではなく絨毯の敷かれた床に座るスタイルの獣王国。

 しばらくの間滞在していた瑠璃はここでの食事の仕方にも慣れたものだが、特に躊躇いもなく絨毯の上に胡坐をかくジェイドの姿には、慣れないものを見たような、わずかな違和感を覚えてしまう。

 

 食事中だから気を使っているのか、話す内容は世間話のような軽いものだ。

 食事が不味くなるような血なまぐさい内容が一切出てこないのは瑠璃を気遣ってなのか。

 しかし食事を終えると、二人の王の顔が真剣みを帯びる。



「竜王国はどうなった?」


「こちらは問題ない。城も直したし賊を捕まえた後は平和そのものだ。消えた兵士以外はな。

 代わりにこちらは大変だったようだな」


「ああ。まさか獣王国内で神光教が暗躍していたなんてな。それも何年も前からときた。」


「目的は何だったんだ?」



 それは瑠璃も一番気になっていたことだ。

 愛し子を暗殺しようとし、兵士を浚い、死体を動かす。他にも何かしていたのかもしれないが。


 

「この事件の首謀者は教主と古参の一部の信者だ。あれだけのことをしておきながらちょっと強く取り調べればペラペラとしゃべったぞ」



 ちょっと強いとはどれの程度のものなのかは、にやりと笑ったアルマンが怖くて聞けない。



「奴らの目的は神光教の再興。

 信者が減って廃れた神光教に信者を増やし活気を取り戻す。愛し子の暗殺も死者の蘇生も兵士の誘拐もその目的のための行いだ」


「そんなことのために……」



 命を狙われた身としてはそんなことと呆れと怒りが湧いてくる。

 再興したいなら勝手に信者を集めれば良いだろうにと思う。



「信者を集めるため、死者の蘇生を触れ回ってそれを信じた者に蘇生を引き替えに信者に勧誘する。

 洞窟で捕まえた信者のほとんどが、そういう者達だった。

 本気で信じて教主へ心酔していた者もいたが、半信半疑という者もいて様々だな。

 だが同じなのは大事な者を亡くして、藁にも縋る思いだったということだ」


「そんな人達の思いを利用するなんて、最低」



 両親を生き返らせたいと願っていたノア。

 同じように利用されていた人はまだいたはずだ。

 教主達に対して強い憤りを感じる。



「兵士の誘拐は死者蘇生のために竜の血が必要だったので、愛し子暗殺の混乱に乗じて薬を入れ弱っていた兵士を攫ったようだ。

 獣王国やセルランダでの愛し子暗殺は異教徒に対する粛清のようなものだったが、竜王国での愛し子暗殺や他の騒動は兵士を攫うためのものだったらしい」



 町での火事に城内の爆発、食事の毒混入、混乱させるためにとりあえず思い付いたことをやったのだろう。

 目的は竜族。ノアも偽死神も、そのためのおとりだったにすぎなかったということだ。



「死者の蘇生とはどういうものなんだ。

 竜族の血を必要とするようだが、何故その方法をその者達が知っている?

 それについては話したか?」



 そう問うジェイドにとって、それは今回起きた件で特に気になることの一つだろう。

 それにより兵が一人攫われたのだから。竜族全員の問題にも繋がってくる。



「竜族の血にウラーン山からの力を注いでとある薬に加工するらしい。

 それによりできた薬は、死んだ細胞までをも活性化させる効果を持つ薬ができると。

 それにより魂はない動く死体というものを作り上げた。だが、奴らによるとそれはまだ不完全の物らしい。

 そのための実験を全滅した村などで行っていたようだ」


「じゃあ、完成すれば本当に死者を生き返らせることができるんでしょうか?」


「さあ、それは分からないが、精霊達は不可能だと言っているんだろう?」


「はい」


「精霊がそう言うなら不可能だろうな」



 魂がなければ生き返ったとは言わない。

 そして、魂は最高位精霊の力でもどうすることもできないのだという。



「神光教はどうやってそんな薬を作る方法を知ったんだ?

 それに話を聞くと兵士がいなくなる前より死者を生き返らせていたそうじゃないか。

 竜族の血が必要ならどこで手に入れた」



 そのジェイドの疑問はもっともというものだ。

 村人が全滅したというのは数年前のこと。

 その時既に神光教は動いていたというなら誰の血で、そしてどうやって竜の血を使う薬の作り方を知ったのか。

 竜族の血を使った薬の作り方は秘技。竜族ですら知らない加工方法など誰もができることではない。



「魔女だそうだ」


「魔女?」


「神光教の教主達に血を使ったその薬の作り方を教えたのは魔女と名乗ったようだ」



 魔女というと、瑠璃の頭にヤダカインの国が真っ先に浮かんだ。



「それってヤダカインの?」


「それは分からない。深くフードを被っていたので顔は分からないが、声と背格好から男だったと。

 その男に血と作り方、例の腕輪をもらったらしい」



 例の腕輪というと、ネズミに変化するノアと偽死神が持っていた腕輪だ。



「腕輪は他にあるんですか?」


「ああ、だがそれは全てこちらで回収してある」


「それなら、安心ですね。あっ、でもその魔女が他にも持っていたら、また厄介な人の手に渡る可能性はなくはないですけど。

 というか、男なのに魔女なんですか?」



 その疑問にはジェイドが答える。



「男でも呪術を使う者は魔女と呼ばれることもある。その者が本当に魔女だったかは別として。

 それに魔女がいるのはヤダカインだけじゃない。どこの国にも属さず隠れて生きている魔女はたくさんいる。そういうのをはぐれ魔女というのだが、誰が神光教と接触した魔女かを特定するのは難しいかもしれないな」



 ジェイドがアルマンに視線を向けると、アルマンがこくりと頷く。



「ああ、それにその魔女は血と腕輪、薬の作り方を教えただけだから、何か罪を犯したわけじゃない。

 それを悪用したのは神光教だからな。捕まえる理由がない」

 


 今回悪いのは全面的に神光教だ。



「神光教はどうなるんですか?」


「捕まえた信者のほとんどは入信しただけで、神光教が行ってきたことを何も知らず関わりがない。

 罪を犯したわけではないから事情聴取の後、それぞれの家に帰される」



 教主が捕まり、やっと見つけた信者も帰されるとなれば神光教はこれで完全に潰えたことになるのだろう。

 再興どころの話ではない。



「だが、死者蘇生を信じ切り教主に心酔していた一部には教主達の行いに手を貸していた者もいる。

 それらは教主や古参の信者と共に裁かれることになる。

 それに関してジェイドとは決めておきたいんだが、こちらの方で裁いても良いのか?

 神光教に手を出されたのはそちらも同じだろう?」



 神光教は竜王国でも獣王国でも犯罪を犯している。どちらの法で裁くかを決めておく必要がある。



「構わない。竜王国で裁くより獣王国の方が厳しく罰せられるだろうからな」


「そうなんですか?」



 法律には疎い瑠璃が問い掛ける。

 瑠璃もようやく文字を覚える程度には勉強が進んでいるが、まだ法律にまで手を伸ばすほど進んでいるわけではなかった。

 それなのに他国との違いまで分かるはずがない。



「獣王国では愛し子暗殺は例外なく死罪だ。

 他も竜王国より獣王国の方が罰が厳しい。

 竜王国でも今回の瑠璃の件を受けて、今後愛し子暗殺は教唆も実行も未遂関係なく死罪とすることが決まった」



 そのことに瑠璃は驚いたが、アルマンは納得した様子だ。



「むしろ遅すぎたぐらいだな。とっとと法を決めていれば先の奴らも裁けたのに」


「竜王国は獣王国と違って愛し子がいなかったからな。法が整備されていなかったのは仕方ない」



 獣王国には時折愛し子が生まれたが、竜王国に愛し子が現れたのは初代以来だと言われている。

 最も力が強かったとされる初代竜王ヴァイト。

 愛し子であり最強の竜王。そんな者に喧嘩を売る愚か者もいなかっただろう。それ故害された場合の法が作られていなかったのだ。

 ヴァイト本人が大ざっぱな性格をしていたせいもあるかもしれない。


 アルマンは遅いと言うが、もし先にその法ができていれば、ノアも死刑になっていたことになるので、良かったと瑠璃は密かに思った。



「せっかくだから愛し子に暗殺を企てたと触れ回って、町中でも練り歩かせるか」



 はははっと豪快にアルマンは笑うが、教主達からすれば笑い事では済まないだろう。

 信仰心の厚い獣王国の国民だ。

 愛し子に手を出した者を許すはずがない。

 それはもう石やら何やら飛び交うことだろう。

 今後神光教は愛し子暗殺を企てた極悪人として人々の中に刻まれる。

 神光教を探していた町の人も落ち着くはずだ。



「神光教についてはこんなもんだな」


「そうか。すまないが後始末は頼む。

 城も直ったし私はルリと共に帰ることにするがいいか?」


「ああ、早く連れて帰ってくれ。

 こいつがいるとセレスティン以上に厄介だ。

 最高位精霊は尊いが、ずっと近くにいるのは勘弁だ。気を使う」



 気持ちは分かるというように苦笑を浮かべるジェイドだが、その言いようには瑠璃は異を唱える。



「失礼な。コタロウもリンも可愛いじゃないですか。カイはちょっと目つき悪いですけど」



 大事な友人だ。邪険にしないでもらいたい。



「何かある度に凄まれたんじゃあ、堪ったもんじゃない。お前のように気安くなど接せられるか。相手は最高位の精霊なんだぞ。

 何かあったら愛し子であるセレスティンでも止められないんだ」


「別に理不尽な要求なんてしませんよ。ちょっと好奇心旺盛で自由人なだけです」


「そのちょっとが問題なんだが……。

 まあ、いい。帰るならその前に盛大に宴を開こう」


「あっ、ひー様のお願い忘れないで下さいね」



 忘れると後で大変なことになるので、きっちりと言っておく。

 一人でも少なければぐちぐちと延々文句を言われそうだ。何があっても手は抜けない。

 


「分かっている。ちゃんと手配してある」



 こうして、神光教によって引き起こされた騒動は一応の終息を見せた。







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