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出会い

 早いもので、チェルシーと暮らすようになって二年の月日が流れた。


 チェルシーにこの世界の常識を学びながら、森で薬草や果物を拾って来ては市場へ売りに行き、町では顔見知りが出来るようにもなった。

 

 そして時々リディアの元へ遊びに行き、消滅させる部屋の整理を手伝ったり。

 精霊達と魔法の限界に挑戦してみたり、コタロウに芸を教えてみたりと。


 もう、あさひや同級生達を思い出す事が少なくなるほど、表向きは充実して穏やかな毎日を送っていた。



 そんなある日、チェルシーが切り出した。



「ルリ、あんたはこれからの事をどう思っているんだい?」


「どうって?」


「ここに来て二年になる。

 復讐だなんだと言っていたけど、その気配もないし、そろそろこの世界でどう生きていくか決めた方が良いだろう?」


「でも、まだ帰れないと決まった訳じゃ………」


「なら、何故精霊達に聞かないんだい。

 帰る方法があるのかは、原初からこの世界のありとあらゆる場所に存在する精霊に聞くのが一番じゃないか。

 いい加減、現実を受け止めても良い頃合いじゃないのかい?」



 痛いところを突かれ、瑠璃はばつが悪そうに視線を逸らす。


 精霊達に聞こうとしなかった訳ではない。

 だが、どうしても聞けなかった。

 精霊から答えを聞き、それが帰れないというものだったら……。


 あちらの世界に帰れるかもしれない、という僅かな希望をまだ持っていたかった。



「何となく分かっているんだろう?」


「…………」



 瑠璃が帰りたがっている事を精霊達は知っている。

 しかし、いつだって瑠璃に協力的な精霊達が、その事には何も触れない。

 つまりは、そういう事なのだろう。


 だが、瑠璃は気付かないようにしていた。


 あちらには家族がいる。

 必死に勉強して入れた大学、まだ少ないがあさひから離れた事で漸く出来た大学の友人。

 二年程度で簡単に諦められる生活ではない。


 まだここは夢の中の世界だと、現実逃避していたいのだ。


 でも、それではいけない事も分かっている。

 このままチェルシーの好意に甘えてばかりはいられない。



「このままじゃ駄目だって事は分かってます。 チェルシーさんにお世話になったままじゃ駄目だって」


「私は別に構わないよ。

 気ままなひとり暮らし、ルリがいてくれた方が生活は楽になるからね。

 ただね、ルリが心配なんだよ。

 現実から逃げたまま、森に引き籠もっていて本当に良いのか」



 その声色からは心から瑠璃を心配している事が分かり、瑠璃の心の奥に温かいものが灯る。


 こうして真剣に瑠璃を心配してくれるチェルシーがいたからこそ、この二年もの間、絶望に彩られる事なく穏やかに生活できたのだろう。



「………でも、どうしたら良いか分からないです」


「なら、おつかいにでも行って貰おうかね」


「町にですか?」


「いいや、王都にだよ」



 予想外の答えに瑠璃は目をぱちくりさせる。



「丁度息子から薬草を送ってくれと言われていたからね。

 それを持って行ってもらおうかね。

 ついでに暫く王都を見て回ってくるといいよ」


「一人でですか?」


「ああ、そうだ。息子の所で世話になるよう話をしておこう。

 暫く王都に行って、沢山の人の色々な生き方を見ておいで。

 そうして自分の生活の基盤を見つけられたら、いずれ心の整理がつけられるかもしれないよ」

 



***



 そうして、チェルシーから薬草と息子に当てた手紙を持ち、チェルシーとしばしのお別れをする。



「気を付けて行ってきな」


「はーい」


「ぶもぶもぅ」



 自分も付いて行きたいと言わんばかりに、大きな体を縮め、鼻先を瑠璃に擦りつけるコタロウ。



「残念だけど、こんな大きな体のコタロウを王都には連れて行けないのよ。大騒ぎになっちゃう。

 ちゃんと帰ってくるから、それまで私の代わりにチェルシーさんのお手伝い宜しくね」


「ぶもうぅ」



 淋しそうに一鳴きして、瑠璃から離れチェルシーの側に行くコタロウを見てから、瑠璃は空へと舞う。



「じゃあ、行ってきます」



 大きく手を振り、王都を目指した。



 最初はおぼつかなかった空を飛ぶ事も、二年も経てば慣れたもので、最近は町へ行くときもチェルシーには乗らず一人で飛んで行くようになっていた。


 かなりのスピードが出せるようになった瑠璃でも、王都までは遠く、途中でいくつかの町で休憩しながら数日掛けて到着。


 特に急いでいるわけではないので、のんびりと旅行気分だ。

 王都は西洋風の町並みで、石畳の道を歩いていると、尚更外国に旅行に来たように感じてしまう。


 もし、そこに歩いている道行く人々が全員人の姿をした亜人だけであったなら、本気で勘違いしてしまったかもしれないが、耳や尻尾、獣や爬虫類の顔をした人を見かける度、嫌でも地球ではない事を知らしめられる。



 王都は瑠璃がこの世界に来て見たどの町より、人の数も広さも規模が大きかった。

 そんな場所で精霊達を連れていれば、最初に町であった騒ぎどころではなくなると思い、精霊達には離れて付いてくるようにと言ってある。


 だが、予想以上の不満の声が上がり、仕方なく瑠璃はゆったりとしたローブを着て、ジャンケンで勝った数人の精霊を中に入れ、外から見えないようにすることにした。

 かつらは、あまりに寂しがるコタロウに貸している為、ローブのフードを目深に被り髪を見えないようにする。



 王都で暮らすには何かとお金が掛かるので、王都に着いた瑠璃は、まず始めに換金に向かった。


 売るのはリディアの前契約者から譲り受けた遺産の中から、リディアの思い入れもなく売っても良いと言われた槍。

 武器など使った事がない上、瑠璃の体には大きすぎる槍は必要がないので、有難くお金に換えさせて貰う。


 

 亜人は感覚が鋭いので、精霊達に気配を消すように言い、チェルシーから紹介された武器屋に入っていく。



「いらっしゃい、ご用は?」


「売りたい物があって。チェルシーさんから、このお店が信用出来るって聞いて」


「なんだ、チェルシーの知り合いか。

 最近見ないが、あのばばあ元気にしているか?」


「ええ、ぴんぴんしていますよ」


「そりゃあ、何よりだ」



 早速、空間から槍を出しカウンターに置くと、槍を一目見た店主が大きく目を見開き驚きを顕わにした。



「こりゃたまげた。相当昔の槍だな。

 だが、保存状態も良いし細工も一品だな。

 どうやってこれほどの品を手に入れたんだ」



 時の精霊と契約して貰いましたとは言えず、言い辛そうにしていると、店主はその様子をどう取ったのか、納得したようにうんうんと頷いた。



「もしかして、精霊の悪戯にでもあったんだろう」


「精霊の悪戯?」


「ある日突然、空間に入れた覚えのない品物が入っている事だよ。

 国宝級の一品からゴミまで様々な物が見付かるが、大昔に持ち主が空間に入れたまま亡くなったせいで消えてしまった品が出て来たりするんで、何かしらの精霊が悪戯しているんじゃないかって言い伝えだ」



 そう言えば、リディアが消滅させる空間にあった物を別の人の空間に放り込んでいた気がする。

 きっとそれが、外の世界では精霊の悪戯と言われているのだろう。



(リディアったら、昔からそんな事してたのね………)


「運が良いな、嬢ちゃん。

 俺も一度は精霊の悪戯にあいたいものだ」


「あはは」



 勘違いしているようなので、そのまま笑って誤魔化す。



「だが困ったなあ。ばばあの知り合いなら買ってやりたいんだが………」


「駄目なんですか?」


「この槍は売るとなったら相当な値段が付く。

 あいにく、この槍を買い取るだけの大金は、この小さな店じゃあ置いてないんだよなあ」



 すると店主は店じまいを始め、瑠璃を連れて王都でも大きい商店へ訪れる。

 そこからは凄まじいの一言だった。


 少しでも安く買いたい商人と、これでもかと高く値段をせびる武器屋の店主の攻防。

 最終的には、「なら別の店で売る」という店主の一言が決め手となり、数年は豪遊出来るほどの値段で取引が成立した。

 


「ほらよ。どうだ、俺にかかればこんなもんだ」


「あ、ありがとうございます!」



 店主は会心の笑みで、ずしりと重い大金の入った巾着を渡してくれた。


 瑠璃なら間違いなく買い叩かれていただろう事を考えて、一部を支払おうとしたが断られ、代わりに店主の店で商品を沢山買うという事で落ち着き、深々と頭を下げ店主と別れた。




 ………と、そこまでは良かったのだが、店主と別れて僅かだというのに、何故か瑠璃は破落戸(ごろつき)二名に絡まれていた。



「ようよう、お嬢ちゃん。俺達今、懐が淋しいんだよなあ」


「お嬢ちゃんは沢山お金持っているようじゃないか、俺達恵んでくれよ」



 どうやら店主と商人のやり取りを聞いていたらしく、それが店主ではなく弱そうな瑠璃に渡ったのを見て後を付いてきたようだ。

 まあ、あれだけ盛大に値段の交渉をしていれば、人目を引くのは当然かもしれない。


 王都を知る店主だったのなら、こんな状況になる危険性に気付いた筈なのだが、如何せん、商人の戦いに勝った余韻で彼はすっかり忘れていた。



 下卑た笑みの破落戸(ごろつき)から逃げようとじりじり後退りしていたが、いつの間にか人気の居ない方へと追い詰められていた。


 

(あ、やばいかも………)



 恐らくチェルシーに拾われてから初めて感じる身の危険に冷や汗が流れたが、ローブの中でもぞもぞと動き始める精霊達に、別の意味で冷や汗をかく。


 

(わあー、ちょっと待ってー)



 咄嗟にローブの中の精霊を掴み、行動を抑えると破落戸(ごろつき)の後方を見て「あっ」と驚いた顔をする。

 古典的な罠に嵌まって後ろを振り返った破落戸(ごろつき)の隙を突き、反対の方向へ全力疾走した。



「あっ、待てこの野郎!」


「待てと言われて誰が待つかぁぁ!」



 人気の無い道を、曲がり角を使いながら逃げる間、穏やかで無い言葉がずっとローブの中から聞こえていた。



『ルリの敵は僕らの敵だよね?』


『再起不能にしよう』


『やっちゃおう!』


「駄目ったら駄目!」



 王都出発前にチェルシーから忠告された言葉が脳裏を過ぎる。

 「精霊達は己の感情に素直だから、ルリの為なら過剰に攻撃をしかねない。王都は危険も多いから、そんな事にならないようくれぐれもあんたが抑えるんだよ」と。



( 抑えるの無理かもです、チェルシーさん!!)



 ローブの中に居る精霊達だけでなく、リディアと契約したおかげで感じ取る事が出来るようになった精霊の気配が、沢山集まって来るのを感じた。



「やばいやばいやばい」



 しかも、王都初日で地理が分からない瑠璃は、今何処を走っているかも分からず迷子状態。

 人気のある大通りへ行くつもりが、段々薄暗い路地裏に入り込んでいた。



 一方、地理を知り尽くす破落戸(ごろつき)との追いかけっこは体力的にも、もう限界。


 かくなる上はと、瑠璃は空間から片手で掴める程の大きさのボールのような玉を取り出し、角を曲がって直ぐ、後ろに迫っていた破落戸(ごろつき)のいる通路に向かって放り投げた。


 同時に目を閉じ鼻を押さえると、直後破落戸(ごろつき)の通路から激しい閃光と煙が発生する。


 少しして通路に戻ってみると、そこには気絶した二人と、辺りを漂う何とも言えない異臭。



「うっ……」



 思わず顔を逸らしたのは瑠璃だけでなかった。精霊達にも被害が及んだらしく、集まりつつあった精霊達の気配が一斉に散っていくのを感じた。



 王都で身を守る時に使ってとリディアから渡された、投げると破裂して異臭と光を発する玉は、感覚が敏感な亜人には効果てきめんだったようだ。


 だが、効果があり過ぎて使用者である瑠璃も被害が甚大だった。



「吐きそう……」



 結界を張っておけば良かったと後悔するが、後の祭り。

 ご近所に迷惑にならないよう、直ぐに風で異臭を吹き飛ばし漸く一息つく。



「まさか、死んでないよね………」



 臭いで死ぬとは思えなかったが、倒れた二人はぴくりとも動かず、心配になる。

 その時、瑠璃の後ろから「くっくっくっ」と低い男性の笑い声が聞こえ、振り返る。



 全身黒い服で、顔面も目元以外布で被われ、唯一見えている深い緑青色の目だけが印象的に輝いていた。

 そして腰には長剣を挿し、どこからどう見ても不審者にしか見えない人物がそこにいた。



「誰?」


「誰かが破落戸(ごろつき)達に追い掛けられていたようで追ってきた」



 その答えに、警戒を露わにしていた瑠璃は、僅かに気を緩ませた。



「助けてくれようとしたの?」


「不要だったがな」



 男はちらりと、瑠璃の足元でのびている男達を見た。


 助けようとしてくれた人に、こう思うのもなんだが、もう少し早く助けてくれれば良かったのにと微妙な気分になる。

 それぐらい強烈な臭いだった。



「………見事だな」


「それは、どうも」



 てっきり、破落戸(ごろつき)を倒した事かと思ったのだが、目の前まで近付いてきた男が瑠璃の髪を一房手に取った事で、瑠璃の髪の事を言っているのだと分かった。


 それと同時に、逃げている内にフードが脱げて瑠璃の特徴的な髪の色が露わになっている事に漸く気が付く。


 これは非常にまずい。


 瑠璃の頭の中には、人身売買、誘拐、目の前の不審人物という言葉が回り、一気に危機感が押し寄せてきた。


 すでに襲われかけた後だ、目の前の人物が安全とは限らない。

 人気の無い路地裏にいる、目元だけしか出ていない人物を信用する方が難しい。



「わ、私急いでいるので、失礼します!!」


「あっ待て………」



 後ろで呼び止める声が聞こえたが、無視だ。

 追ってくる気配は無かったが、瑠璃は急いで不審な男から離れた。




***



 一方その頃、瑠璃を送り出したチェルシーはというと。



「ルリは大丈夫かねぇ………」



 本日何度目かの溜め息をついていた。



「やっぱりクラウスの所までは一緒について行くべきだったかね。

 あの子はしっかりしているようで、どこか抜けているから……」



 自分で言い出しておきながら、一人で行かせてしまった事を早くも後悔していた。


 瑠璃と暮らして二年、気分はもう母親同然といった所だ。

 チェルシーの子は皆男で、竜族となると幼い頃から丈夫な体を持つので、放任主義が一般的だ。


 だが、瑠璃は竜族とは比べものにならないほど弱い。

 我が子にも感じた事が無いほど、心配で仕方がなかった。

 魔力は高いし精霊達が側にいるが、それがより一層不安を掻き立てる。



 チェルシーは、本当は瑠璃を追い出すような事をしたくは無かった。

 故郷への僅かな希望を抱いていたいと言うなら、自然と落ち着くまで待っていても良かったのだ。


 竜族の寿命は長い、そして多く魔力を保有する瑠璃もまた、普通の人間より遙かに長いはず。

 ゆっくりと心の整理をする時間はたっぷりとあった。




 だが、ナダーシャで情報を集めていた孫のヨシュアからの定期連絡があり、これまでに………。


 ナダーシャに召喚された巫女姫が、友人を探している。

 友人が竜王国に誘拐され嘆いている。

 ナダーシャは真実を隠し、巫女姫の名を利用しようとしている等々。

 今回の内容は、巫女姫は友人を助ける為に、ナダーシャはそれを使い竜王国への戦争の準備を始めているというもの。



「ナダーシャは、懲りないねえ。

 …………それにしても、このあさひって子は単純というか馬鹿というか、ちやほやされ続けていたから、周囲が自分に不利な行いをすると思っていないのだろうね」



 周囲が見えていないのか、自分の信じたい事だけ信じる傾向にあるようだ。

 突然友人が居なくなったら、一番先に疑うのはその国の者だろうに。


 報告によると勉強嫌いなのか、竜王国の事どころかナダーシャという国の事もよく知ろうとしていないそうな。

 それで良く竜王国が犯人だと断定したものだ。

 竜王国に属するチェルシーとしては腹立たしくてならない。



 事実を知っているチェルシーから見れば茶番でしかない内容だった。

 良く言えば素直に受け止める純粋なあさひは、ナダーシャにとったら良い傀儡だろう。



 この事はまだ瑠璃は知らされていなかった。

 話をしたら、激怒してナダーシャへ抗議をしに行きかねないからという理由でだ。

 


 いずれは竜王国への馬鹿馬鹿しい冤罪を晴らすために、あさひと会ってもらいたいとは思っている。

 だがその前に、心の整理も勿論そうだが、瑠璃自身の行動がどれだけ周囲を動かすのか知っておく必要がある。



 瑠璃自身の魔力の大きさ、側にいる精霊達がどれだけの影響を持っているのか、森と町の往復だけでは分からない事を知るには、無害な庶民だけでなく、為政者や腹に一物抱えた者と話をしたり反応を実際に見るのが一番早い。



 知らないまま、感情に走って精霊達が暴走という事態だけは避けたい。


 でもそれには危険も伴う訳で………。



「やっぱり様子ぐらいは時々見に行こうかね」



 悩むチェルシーだった。





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― 新着の感想 ―
コタロウに猫化の腕輪つけて連れてくのかと思ってた
[一言] チェルシー、本当にお母さんみたい。出会えて良かったね!
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