噴火
ゾンビとの追いかけっこを終えた瑠璃はぐったりとしながら置いてきたユアンと合流した。
「お前勝手にどっか行くなよ!」
「文句ならひー様に言って。私は被害者よ」
「何かあったらどうする……」
よくよく瑠璃の姿を見てみると、赤いシミが服や顔にべったりとついており、ユアンはぎょっとする。
「どうしたんだそれ!?」
「ひー様にやられたの。私をゾンビの餌にしたのよ、あの鬼畜!
いつか泣かしてやるわ」
「そうか、まあ、頑張れ」
瑠璃が無事なら特に興味はないのか、ぞんざいな言葉が返ってくる。
巻き込まれたくないというのもあるのかもしれない。
「それより洞窟内の制圧が完了した。もう入っても良いぞ」
瑠璃がゾンビ達と追いかけっこをしている間に全て終わってしまったようだ。
洞窟の前には山の外で待機していた兵も加わり、多くの兵の姿がある。
「神光教の信者は?」
「洞窟内にいた信者は全て捕らえた。神光教の教主もな。
精霊殺しの影響で魔法は使えなかったが、ほとんど戦闘のできない一般人だったようで、さほど苦労はしなかったようだ。
というか呆気なかったと言っていたな」
「精霊殺しで吸い取った力で攻撃されたりしなかったの?」
ナダーシャは精霊殺しで爆発を起こす魔法具を作っていた。
それ故、今回もその可能性が不安視されていた。
「いや、精霊殺しで奪った力を何に使っていたかは調査中だが、そんな激しい抵抗はなかったようだぞ。
口では散々喚いていたようだがな」
「捕まっていた竜族の人は見つかったの?」
「ああ、血をたくさん抜かれていたようだから衰弱しているが、命に別状はない。受け答えもできるそうだ」
「そう、良かった」
兵の無事を聞き安堵する。
「兵士は治療のためすでに城に連れて行った。元気になり次第話を聞く予定だ。
まあ、竜族だからな。体は頑丈にできているからすぐに良くなるだろう」
「じゃあこれで問題解決ってことね」
「いや、ヨシュアが瑠璃のことを探していたぞ。
中にも死人がいるから火の精霊に弔ってやって欲しいとか言ってた」
「そうなの、分かった」
あんまりゾンビのいるところには行きたくなかったが、仕方なくひー様とコタロウを連れ洞窟の中に入った。
岩でできた洞窟の内部は思っていたより広く入り組んでいるが、まるで人工的に作ったように綺麗に整えられている。
兵が持ってきた明かりも設置されたため、中は非常に明るく、至る所に兵が立っているので迷いはしなかった。
同じローブを着た人を幾人も見かけ、その全員が後ろ手に縛られているのを見る。
彼らが神光教の信者なのだろう。
老若男女、特に信者となるに決まりはないようだ。
そのまま歩いていくと、広く開けた場所に出た。
ここが中心となる部屋なのかもしれない。
これまで見た中で一番捕まっている信者の数が多い。
中央にまとめられた信者は数十人。ここに来るまでに見た人を入れれば百人は越えているかもしれない。
信者の周りには兵が見張っており、その奥には大きな檻と、檻の中に人が入れられているのが見えた。
その檻の前にいたヨシュアに声を掛ける。
「ヨシュア、探してるってユアンから聞いたけど」
「おお、来たか。って、どうしたその格好!怪我してるのか!?」
ユアンと同じように、血まみれの瑠璃の姿を見たヨシュアはぎょっとする。
それと共に血に反応したのか、檻の中の人達が騒ぎ始めた。
「大丈夫怪我はしてないから」
そうしてゾンビ達との追いかけっこを説明すると、なんとも気の毒そうな、同情の眼差しを瑠璃に向けた。
「まあ、怪我はなくて良かった」
「それより、私に反応するってことは、この檻の中の人達もゾンビなの?
なんだか外のゾンビより人間っぽいけど」
外のゾンビは虚ろな目にガリガリの手足、汚れた服装をして全体的に水分のないかさかさな印象だが、この檻の中にいる人は、虚ろな目つきで顔色が悪いことこそ同じものの、体つきはふっくらと瑞々しく身綺麗で、生きた人間とあまり変わりないように見える。
「この檻の中の奴らはまだ死んで日が経っていないらしい。そのせいだろ。
だが、外の奴らと同じで、生きてはいない」
「そっか、じゃあこの人達も燃やしちゃうの?」
「ああ、死者をこのままにはしておけないからな。ちゃんと弔ってやらないと」
「そうだね。ひー様、お願い」
ひー様は私に命令するなと言わんばかりにふんっと鼻を鳴らし檻の前に立った。
檻の中の一人が突然火に包まれたかと思うと、次々に火が燃え移っていく。
例え死者と言えど人が燃える姿は見るに耐えなくて、視線を逸らした瑠璃に悲痛な声が聞こえてきた。
「いやー、止めてー!」
「火を消してくれぇぇ」
「その人は生きてるのよ!」
声のした先には既に捕らえられた信者達がおり、口々に燃やさないでくれと涙ながらに訴えている。
恐らくこの檻の中の人達は何らかの理由で亡くなった大切な人達に違いない。
その人達を生き返らせるという話を神光教から聞き、藁にも縋る思いで信者となったのだろう。
「なんかあんまり彼らを責められないね」
彼らはただ大切な人を生き返らせたかっただけなのだ。
「だな。悪いのは教主と元々の信者だろう。
話を聞いたが、生き返らせるための引き替えに信者となった人達はほとんど内情を知らない。
計画犯と実行犯は教主と昔からいる信者のようだ」
「いったい何がしたかったの?」
「今取調中。血の使い方もそうだし、精霊殺しを何に使ってたかも明らかにしないとだしな」
神光教はこの精霊信仰の厚い獣王国で愛し子であるセレスティンを襲ったのだ。
生半可な取り調べの仕方はしないだろうと思われる。
しかし自業自得だ。
ノアのことにしても、あんな子供をだまし暗殺者としたのだから瑠璃としても、もの申したい気持ちがある。
「そう言えばリンとカイは?
先頭を切って中に入って行ってたよね」
「ああ、精霊殺しが使われたって言ってたからな。精霊のためにも早く処理したいんだが、奴らが中々場所を吐かないから探しに行ってるはずだ」
そんな話をしていると、洞窟の奥からリンとカイが姿を見せた。
どうやら見つけたらしい。
リンとカイに案内され向かったのは洞窟のさらに奥。
行き止まりとなったそこに案内されたが、そこには何もない。
「どこにあるの?」
『ここよ、ここ』
リンが示すのは何もない壁。
首を傾げながら壁に手を置き少し押すと、ゆっくと壁が奥へと動いた。
「おぉ、隠し部屋」
「ちょっと待て、ルリ。俺が先に入る」
先に入ろうとした瑠璃を止め、ヨシュアが先に入り中を確認した後、瑠璃も中へと入っていく。
それ程広くはない一室は、まるで研究室のように器具が置いてあった。
試験管のような物がずらりと並び、中には赤い液体が入っている。
「何これ」
「竜の血で作った薬みたいな色だな。なあ、見て見ろ」
ヨシュアが見ていたのは、床に描かれた魔方陣。そのちょうど真上の天井にはレンズのような大きな石がある。
そして魔方陣の上には試験管の中にあるものよりも赤い、液体が入ったグラスが置いてあった。
ヨシュアが気を付けながらそのグラスを手に取り匂いを嗅ぐ。
「血だな。恐らく捕らえていた竜族の兵士から抜いた物だろう。もしかしたらこれが死人を生き返らせる正体かもしれないな。
だが、この魔方陣は……」
分かるか?と問うようにリン達に視線を向ける。
『天井にある石が精霊殺しを施された魔法具ね。それを使って山の力をこの魔方陣に流し、その上の血に力を注いでいる。
それが何らかの作用を起こし、死者を生き返らせるなんて物を作っているんじゃないかしら』
「詳細は奴らに聞くしかないか。とりあえず証拠として保管しとかないとな。
物が多いから人を呼んでくる」
そう言って一旦部屋を出て行ったヨシュアはすぐに複数の兵を連れて戻ってきた。
証拠となる液体や器具を慎重に集めていく。
しかしそこで問題となったのが、天井にある大きな石だ。
今も山から力を奪っているこの石をどうすべきか。
「これごと空間の中に入れちゃう?
前もそうだったし」
以前にナダーシャで使われた石もそのままでは爆発してしまうからと空間の中に収めた。
そうすれば力を奪えなくなるからと。
この石も下手に壊して爆発などされては困るので、空間の中に放り込むのが安全だろう。
「そうだな、壊して何かあったらまずいしな。
けど、この魔方陣作動してるんじゃないのか?
このまま外して大丈夫か?」
問われても瑠璃には分からないので、リン達を見る。
『魔方陣さえ壊せば山から奪った力が流れるのを止められると思うわ』
『じゃあ俺が壊す!』
カイが挙手をして、名乗りを上げる。
地面に描かれた魔方陣を地の力を使って地面をボコボコと動かし、魔方陣の形を崩した。
『魔方陣を壊して流れは止められたけど、石が力を奪うのは止められないから早く空間の中に入れちゃって』
「分かった」
兵達にも手伝ってもらいながら素早く石を空間の中へと放り込んだ。
精霊殺しがなくなったことで魔法も使えるようになったと安堵したそこへ、ゾンビ達を葬り終えたひー様が姿を見せた。
「精霊殺しを見つけたそうだが、壊してはいないだろうな?」
「えっ、今壊しちゃったよ。魔方陣の方だけど……。精霊殺しは空間の中に入れたんだけど、駄目だった?」
はぁと、溜息を吐くひー様に瑠璃は不安な顔をする。
「どうなってもしらないぞ」
「なに、その不安を煽る言葉。どういうこと?」
「この山は精霊殺しによって何年も力を奪われていたせいでこの場は力のバランスを崩していた。
しかしそれは最高位精霊である私が眠っていたことで調整が取れていたんだ。
だが、私が目覚めて調整をする者がいなくなった。その上で力を奪っていた精霊殺しを突然壊せば、精霊殺しによって奪われていた力が急激に山に返る」
「そうすると、どうなるの?」
そう問い掛けたその時、最近の中で一番大きな地震が起きた。
そして直後、何かが爆発するような轟音と振動が瑠璃達を襲った。
「何何!?」
「今言っただろう。山に返った力が爆発したんだ。つまり噴火だな」
「噴火ぁ!?」




