消えた兵士
本日二話目
無事に城へと戻ってきた瑠璃は報告と先ほどのリンの話をするためにアルマンの元に主立った人達を集めてもらった。
ハーレムを築いていたひー様を引き剝がすのは苦労したが、その役目はコタロウが請け負ってくれ、なんとか連れてきた。
「で、どうだった?」
先に口を開いたのはアルマン。
一刻も早くこの問題を解決したいアルマンの口調は厳しい。
自国でゾンビなどという得体の知れないものが作られていっているのだから当然だろう。
「アジトは見つけました。入り口に警備が二人いて、ゾンビが周囲にうろうろしていましたが、アジトである洞窟には侵入者を防ぐ結界が張ってありました」
「壊せそうか?」
「えっと……」
瑠璃ではあの結界が壊せるものなのか分からない。リンが普通に入っていった所を見ると、リンの方が魔力が強いということ。
まあ、最高位精霊なのだからそれも当然だ。
答えを求めるようにコタロウを見れば肯定するようにこくんと頷いた。
「できるみたいです」
「分かった。襲撃を行うなら気付かれない夜が良いな。できるだけ早い内に行おう。
奴らがどれぐらいの数いるかは分かればいいんだが……。後構造とかな」
「それならリンがこっそり中を見てきたのである程度なら。
でも問題があるらしくて」
「なんだ?」
リンがパタパタと羽ばたき、全員に聞かせようとするように瑠璃達の中心へと飛ぶ。
『洞窟の中に竜族の兵士がいたわ』
「竜族の兵士だと!?間違いないのか?」
『ええ。服は竜族の兵士の物だったし、気配も間違いないわ』
同じ竜王国の兵士でも、竜族の兵士とは分けるように服が違うので、服を見ただけでそれがただの兵士なのか竜族の兵士なのかがすぐに分かるのだ。
「リンはこう言うんだけど、それって……。ねえ、ヨシュア?」
「ああ、もしかして竜王国でいなくなった奴のことかもしれない」
先頃竜王国で神光教と偽死神が起こした騒動。
その渦中で一人の竜族の兵が行方不明となっていた。
もしも神光教のアジトにいるのが本当に竜族だったとすれば、まず間違いなく消えた兵士であるだろう。
「どんな様子だった?そいつはそこで何をしていたんだ?」
険しい顔で問い質すヨシュアがこれほど真剣なのは、あまりにもタイミング良く消えたその兵士には、裏切りという疑惑が掛けられているせいでもある。
しかしリンから出てきた答えはそれを一蹴するものだった。
『体調が悪いのか、薬で眠らされているのか、青白い顔でぐったり寝ていたわ。
両手足を枷で繋がれ、彼らに捕らえられているという感じだったわね』
「まじか……」
当時その兵士は毒によって体調を崩していたとされている。
だが例え体調を崩していたとしても竜族を連れ去るなど難しい。そう思って裏で神光教と繋がっていたのではと言う疑惑が掛けられていたのだが、リンから聞く様子は連れ去られたという方を証明するような話だった。
『血を抜かれているみたいよ』
「血を?」
『中の人が話しているのを聞いたのよ。
死者を生き返らせるのに竜の血が必要なんですって』
「竜の血で生き返らせる?
いや、実際には死体を動かしているだけだから違うのだろうが、それは可能なのか?」
そうアルマンがヨシュアに問い掛ける。
瑠璃だけでなくユアンまでもがヨシュアに伺うように視線を向けるのは、ユアンには竜の血に関することを詳しく教えられていないからだ。
「いや、そんな話聞いたことない。
確かに竜の血には細胞を活性化させ傷を癒す効果があるが、死体を動かすなんて……。
例えそんな方法があるとして、神光教はどうやってそれを知ったんだ?
竜の血は簡単に手に入る物じゃないぞ」
それに死者が生き返ったという話は数年前からある。
兵士が消えたのはつい最近。
竜の血で生き返らせているというなら、数年前では辻褄が合わなくなる。
そんな前から彼らは竜の血を手に入れていたということだ。
「分からないか……。
とりあえずヨシュアは竜王国にこのことを報告してくれ。
消えた兵士のことはジェイドも捜索しているだろう。
死者を生き返らせる方法は奴らを捕まえて直接問い質せば良い」
アルマンはアジトへの襲撃に向け、周囲に指示を出していく。
そんな中でヨシュアが手を上げた。
「襲撃には竜族も参加したい。
捕らわれているのは俺達の仲間だ。俺達の手で助けてやりたい。
それに精霊殺しが使われているとなると周囲で魔法が使えない恐れがある。
そうなると竜族の力は必要になるはずだ」
神光教がどれだけの戦力を持っているかは分からない。
その上精霊殺し。しかも山から吸収した力を何に使っているかも不明だ。
戦力は多いに越したことはない。アルマンも頷いた。
「こちらの指示に従うなら構わない。
念のためジェイドにも伺いを立てておけよ」
「分かった」
リンから洞窟の中の様子を聞きながら今後の作戦を話し合い、話がまとまったところで瑠璃が「はいっ」と手を上げる。
「私も何か手伝いたいです!」
「お前は待機だっ!」
「ええー」
愛し子をそんな危ない場所に突入させるわけにはいかないと、あえなく却下された。
***
決行当日の夜。
生温かい風の吹く、月の光もない暗闇に支配された森の中。
夜の森は不気味さに拍車が掛かり、この暗闇のどこかにゾンビ達が練り歩いているのかと思うと背筋にぞくりとしたものが走る。
時折聞こえる不気味な奇声に怯える兵達を、臆病者と言うことはとてもできない。
血に反応するゾンビに襲われないよう、向かう兵達に怪我がないかは入念にチェックがされた。
道中、枝などで怪我をしないよう気を付けながら、息も足音も殺し瑠璃達が見つけた洞窟の周囲を包囲していく。
洞窟の入り口の左右に篝火があり、ゆらゆらと照らしていた。
暗闇に紛れたリンは小さな袋を持ち、篝火の中に放り込む。
暗い中での小さなリンの行動は気付かれていないようだ。
火にくべた袋の中には眠り薬が入っている。
火に焼かれ煙となった薬が、入り口に立つ警備の者を眠りへと誘う。
コタロウが洞窟に張られた結界を壊すと、意識をなくした警備の者を縄で縛り、合図と共に兵士が雪崩れ込んでいった。
カイも嬉々としながら一緒になって中に入っていったので、変なことをしないようにリンに監視を頼む。
その様子を木の上から見ている瑠璃。
本当はセレスティンと共に城で留守番だと言われたのだが、カイが行きたいと駄々をこねたため、ストッパー役としてついてきた。
最高位精霊相手には誰もが遠慮してしまいずけずけと物を言えるのは瑠璃だけなのだ。
アルマンですらカイ達には一歩引いた態度でいるのだから、無理難題を言った時の仲裁は瑠璃にしかできない。
ただし、洞窟の中に入るのは全て片付いてからだと厳命されているので、大人しく待っている。
一緒に待っているユアンは、瑠璃の警護で突入部隊に入れなくなったので不満げだが、城で留守番していた場合でも警護の者は置く必要があったので、どっちにしろユアンは行けなかっただろう。
不満そうにしているのはもう一人。
ハーレムから引き離され強制的に連れて来られたひー様が、木にもたれかかり不満そうに洞窟の方向を眺めていた。
「何故私まで来なければならないんだ」
「仕方ないじゃない。
ゾンビ達は水も風も効かなくて、火で燃やすしか倒す方法がないんだもん。
他の火の精霊は精霊殺しのせいで山に入れないから、ひー様の力が必要なのよ」
「まったく、人の身で私を顎で使おうとは良い度胸だ」
「そんなこと言って、セレスティンさんの一言で快く了承してたじゃない」
最初はアルマンや瑠璃が頼んでも、行かないと断固拒否の姿勢を崩さなかったひー様だったが、セレスティンがお願いしますと殊勝にお願いすると、一転して「私に任せろ!」と引き受けていた。
「美しい女性の頼みだ、無下にできまい」
「それは暗に私は美しくないって言ってるのよね?」
「ふん、言わずもがなだ、小娘」
いつか殴ってやると、瑠璃は心の中で誓った。
「それにしても、この時間がもったいないな。私は早く美しい妃達の元に帰らねばならんというのに」
「ひー様、言っとくけどあの人達は獣王様の奧さん達だからね」
まるで自分のもののように言っているので訂正するが、彼女達はアルマンのお妃達だ。
「そんな些末なこと私には関係ない。
風のちょっと来い」
呼ばれてコタロウが近付いていくと、ひょいと軽々コタロウに跨がった。そして瑠璃の手を引き同じようにコタロウの上に乗せる。
「急に何?」
「先に死人を片付ける」
「ええー」
本来なら洞窟の制圧が全て終わって日が明けてからの予定だったのだが、こっちの事情などお構いなしに勝手に予定を変えてしまう。
自分勝手な彼に物申したい気持ちになったが、どうせ言ったところで止めることはないだろう。
一を言えば十の文句が返ってくるはずだ。
後ろでユアンが何か言っているが、ひー様が止まるはずもなく。しばらくコタロウに乗って移動すると「この辺りでいい」と動きを止めた。
こんな真っ暗な中でどうやってゾンビを探して燃やすのかと不思議に思っていると、突然どんと肩を押され、瑠璃はコタロウから地面に落とされた。
「痛っ」
大した高さではなかったので怪我はなかったが、痛いものは痛い。
「なにす……冷たっ」
文句を言ってやろうと上を見上げると、今度は何か液体を掛けられた。
「何これ」
暗くてよく見えない代わりに、手に付いた液体を鼻に寄せて嗅いでみると、鉄臭い匂いがした。
「ひー様、何これ?」
怒りを滲ませ問いかければ、淡々とした答えが頭上から返ってくる。
「獣の血だ」
「何でそんなものを」
不思議そうにしている瑠璃はまだ気付いていない。ここがどこなのか、周囲に何がいるのか、自分に掛けられたのが血なのだということを。
「小娘、問う前に早く逃げた方が良いぞ」
「はっ?何言って……」
その時、近くの草むらががさがさと動いた。
びくっと振り返ると、そこからゾンビが獣のような唸り声を上げて出てきた。
虚ろながらも瑠璃に狙いを定めた目で、瑠璃に飛び掛かってきた。
「ううおぉぉ」
「ひいぃぃぃ」
「そら、早く走れ。でないと死ぬぞ」
「うきゃあぁぁぁぁ!」
瑠璃は弾かれたように立ち上がりゾンビから逃げるために足を動かした。
「お前にはこいつらを集めるおとりになってもらう。しっかり走れよ」
光のない暗闇の中を、闇になれた目を頼りに疾走する。
後ろからは奇声を上げながらゾンビが追っ掛けてきており、そればかりか血の匂いに誘われて数が次第に増えていっている。
後ろを振り返って確認してみるが、暗くてよく見えない。
だが、聞こえてくる声の多さを聞くに、相当な数が集まってきているようだ。
あんなのに囲まれでもしたら……。
考えるだけでも恐ろしい。
ひー様はコタロウに乗って安全な空から悠々と眺めている。
「鬼ぃ!悪魔ぁ!この俺様めぇぇ!!」
「それだけ元気があれば問題ないだろ、さあ走れ」
「鬼畜の所業だあぁぁ!!」
ふざけんなぁ!と叫びながら足を動かす。
止まれば終わりだ。
「あああぁぁ」
「ぎぃあぁぁぁ」
「あがっあがっっ」
不気味な声を発しながら追い掛けてくるゾンビ達に瑠璃の恐怖心は最高潮。
周囲がよく見えず、声だけが頼りなのがさらに恐怖を増長する。
瑠璃の危機になればすぐに助けてくれるはずのコタロウが何故か助けてくれないことにも気が回らず、半泣きで走った。
しかし竜族でもないただの人間の瑠璃の体力が長く保つはずもなく、すぐに息は切れる。
向こうも疲れを感じてくれれば良いが、死体なだけに疲れを感じているのかは良く分からない。
しかし段々距離を詰められているのを見るに、疲れは感じていないのかもしれない。
そしてとうとうついに、瑠璃の足は止まり、ゾンビ達に周囲を囲まれてしまった。
結構な数がいる。
これらをすり抜けて逃げるのは難しいだろう。
「こ、コタロウ」
いつの間にかコタロウの姿も見えない。
じりじりと間を詰められてゾンビ達はもう間近。
そして、瑠璃に大勢のゾンビが飛び掛かってきた。
逃げ場もなく頭を抱えてその場にうずくまるしかできない。
襲い来る痛みと衝撃に身を固めた直後、ゾンビ達が火に巻かれた。
「へっ?」
ごうごうと燃え盛り、闇を切り裂くほど辺りを明るく照らす。
それによりどれだけゾンビがいたのかということをその時初めて知った。
百には届かないだろうが、数十のゾンビが燃えながら奇声を発している。
それはそれで恐怖を煽る光景だが、不思議なことにこんな間近で燃え盛っているのに全く熱さというものを感じない。
不思議に思っていると、火が周囲を照らしたことで空中にいるコタロウとひー様がいるのが見えた。
この火はひー様のものなのだろう。
色々と言いたいことはあったが、怒りも湧かないほど安堵の気持ちの方が強い。
しばらくすると火も落ち着き、ゾンビのなれの果てだけが残された。
コタロウ達がゆっくりと下りてくる。
「良い働きだったぞ、小娘」
「ああ、そうですか……」
満足そうに口角を上げるひー様にイラッときたが、なんにせよ疲れた……。
とりあえず疲れたとしか思えなかった瑠璃には、ひー様への文句の言葉が浮かんでくる余裕はなかった。
『大丈夫か、ルリ?』
心配そうにコタロウが瑠璃の顔を窺う。
「コタロウひどい、どうして助けてくれなかったの?」
『火のに必要ないだろうと止められたのだ。
ルリの周囲には結界を張っているから、奴らはルリに指一本触れられぬし』
「あ、そう言えば……」
獣王国に来てからは四六時中常にコタロウが結界を張り続けている。
きっとひー様が何もしなかったとしても、ゾンビ達が瑠璃を傷付けることはできなかっただろう。
すっかり忘れていた瑠璃はがっくりと肩を落とした。
ひー様も瑠璃に結界が張られていることに気付いていたのだ。瑠璃が襲われたりしないことを。
その上で、逃げなければ死ぬぞと脅す辺り性格が悪い。
あんなに走る必要はなかったのだ。
しかし例え結界が張られていると知っていたとしても、あのゾンビの集団に追い掛けられたら自然と足は動いていたかもしれない。
「今日も絶対寝られない……」
間違いなくゾンビが夢に出てくることだろう。
迷わず自分をおとりに使ったひー様を、瑠璃は恨めしく思った。
コミカライズ掲載スタート。
詳細は活動報告にて。




