火の精霊
城へと戻ってきた瑠璃達。
しかしどうも城内が騒がしく、兵が慌ただしく行き交っている。
「何かあったのかな?」
様子を見に騒がしい方向へと向かっていくと、廊下に兵が倒れているのが見えた。
一人二人ではない。
まるで道ができるように廊下に沿って兵が至る所に倒れている。
近くにいた兵の様子を窺うと、ちゃんと息はしており、気絶しただけのようだ。
そして何故か服や髪の毛が焼かれたように焦げている。
「何があったの?」
ヨシュアとユアンを問うように見るが、一緒に出掛けていた二人にも当然分からない。
その横でリンが何かに気付いたようにコタロウとカイを見た。
『ねえ、この気配……』
『うむ、あの者の気配だ』
『みたいだな』
何やら三人だけで納得している。
それに気付かず、瑠璃達は倒れた兵の道を辿っていく。
この先にあるのは玉座のある広間だ。
普段そこでアルマンが側近達に指示を出している。
先に行くべきか少し悩む。
兵達の様子から察するに、彼らをこんな状態にした何らかの問題が発生したのは考えるまでもない。
そんな危険な場所に近付いて良いものか。だが、このままアルマンを放っておいていいものか。
判断に悩んでいると瑠璃達を尻目にコタロウ達がずんずん進んでいく。
『何してるの、置いてくわよ、ルリ』
「えっ、行くの!?」
後に付いてこない瑠璃達に気付いたリンが声を掛けてくる。
慌てて後を追う。
飛び込んだ広間。奥には玉座がありアルマンの姿が見える。
その手前には多くの兵が剣を構え円になっていた。
その中心には一人の長身の男がいる。
腰まである真っ赤な長い髪と意志の強そうな金色の目をした男は、これだけ多くの兵に囲まれ威嚇されているというのに、楽しそうに口角を上げている。
男は兵には目もくれず、玉座に座るアルマンだけを見据えている。
「お前が王か?」
「何をしている、侵入者を捕らえろ!!」
アルマンは男の問いには答えず、周囲の兵へと命じる。
その声と共に兵が一斉に間合いを詰める。
袋の鼠だ。人一人がこれだけ多くの相手にするには竜族でもなければ抵抗は難しいだろう。
しかし、兵が男に触れようとしたその時、男を包むように炎が燃え上がり、兵との間を隔てる壁を作った。
天上を突くような火柱は離れたところにいる瑠璃にも肌を焦がすような熱気を届け、周囲に火の粉をまき散らす。
服などに飛び火した兵達が火を消そうとし、その場は騒然とする。
「火がっ!」
「消してくれー!」
「リン!!」
火には水。水の精霊であるリンに助けを求めて瑠璃は叫ぶ。
直後、頭上から滝のように水が落ちてきて、広間に飛び散った火を鎮火していく。
ほっと一息吐いたのも束の間、いつの間に近付いてきていたのか、男がリンを鷲掴みにした。
「うん?お前……」
リンを見つめ目を細める男。
リンは何故か抵抗する気配がなかった。
「ちょっと、リンを離して!」
瑠璃が声を上げると、男の視線が瑠璃へと向く。
城に侵入してきた者らしいが、その目には敵意も殺意も一切なく、純粋に瑠璃を見極めようとしている目だった。
一瞬たじろぐも、鋭く男を睨み付ける。
「なんだ、小娘?」
「いいからリンを離してってば」
「リン?」
男は不思議そうにしながら手の中のリンに窺うような視線を向ける。
『ええ、そうよ、私の名前。いいでしょう。ルリにつけてもらったの』
「ルリ?ルリというのはそこのちんくしゃな小娘のことか?」
「ちんくしゃ……」
男の言いようにムカッときたが、それよりやけにリンが普通に男と会話していることが気になった。
そうこうしていると、コタロウとカイまでもが男に気安く声を掛ける。
『久しいな』
『よう』
警戒もなく男に近付いていくコタロウと、前足を上げ旧友のように挨拶をするカイ。
そんな二人に男は驚いたように目を丸くする。
「なんだお前達もいたのか。揃って珍妙な姿をしているな。それに地のなら分かるが風のがこんな人の中にいるとは珍しい」
『違う。我はコタロウだ』
「……人に名を付けさせたのか?」
酷く驚く男に対し、コタロウは自慢気に頷く。
『うむ、よい名であろう。ルリが付けたのだ』
「ルリ……」
それまで特に興味をなさそうにしていた男が初めて別の感情を持って瑠璃を見据えた。
その目に含まれるのは興味。
一直線に瑠璃の元へ歩いてくるが、どんな存在か分からない相手を瑠璃に近付けるわけにはいかないと、ユアンとヨシュアが守るように瑠璃の前に立った。
「そこをどけ」
「どくわけないだろ。何者だ、お前!?」
男を睨み付けてこでもどくまいと行く手を阻む二人に、男は不快そうに眉を上げると、手を横に一閃した。
直後、爆発音と共に吹き飛ばされ壁に強く打ち付けられた二人は、顔を歪めうずくまった。
「ヨシュア!ユアン!」
戦闘に優れた竜族が二人も呆気なく倒されたことに、誰もが目を見張り、恐れを含んだ眼差しを男へと向ける。
邪魔者をどかした男は瑠璃の前に立つ。
自然と見下ろされる形となり、威圧されているように感じてしまう。
「お前が二人に名を付けたのか?」
「そうよ、何か文句ある!?」
強気に言い返す瑠璃だが、内心では何をされるのかとびくびくとしていた。
そんな感情を感じ取ったように、コタロウが甘えるように瑠璃にすり寄る。
『大丈夫だルリ。怖がらなくても、この者はルリに興味があるだけだ』
『あんたが二人を吹き飛ばすからルリが怖がっちゃったじゃない!』
「何を言う、ちゃんと手加減はした。殺してはいないだろう」
男の手から抜け出し男を眼前で怒鳴り付けるリン。
言い合いをするリンと男は親しげで、コタロウの言葉の端からも気安さを感じられる。
「もしかして知り合いなの?」
『うむ、この者は我らの同胞。火の最高位精霊だ』
「えっ!?」
コタロウの声が静まり返った広間に響いた。
驚いたのは瑠璃だけではない。
壁に打ち付けられたユアンとヨシュアも玉座にいるアルマンも目を丸くし、兵に至っては顔面蒼白になっていく。
それはそうだろう。彼らの信仰の対象となっている精霊のそれも最高位の精霊に刃を向けていたのだから。
誰からともなく剣を下ろし、その場に膝を突いていく。
「火の最高位精霊がなんでこんな所に……」
「っていうか、いてっ」
よろよろと立ち上がったユアンとヨシュアに瑠璃が駆け寄る。
「二人共大丈夫?」
「さすが最高位精霊……。こんな手も足も出せないでこてんぱんにやられたの初めてかも」
「俺は兄さんぐらいだ」
城に仕えている者の中では若い方になるが、二人共実力は折り紙付きだ。それは愛し子である瑠璃の護衛として最も側にいることからも分かる。
その二人があっさりとやられてしまったのだ。本人達はそうは見せないもののショックだっただろう。
痛そうにしているものの、頑丈な竜族の体のおかげで動けないほどではないようだ。
「人ごときが私の邪魔をするのがいけない」
悪びれた様子もなくしれっと言い放つ男に瑠璃はイラッときたが、簡単に人を攻撃するような奴だ。人となりもよく知らないので下手に文句は言わない方が懸命だろうとぐっと堪えた。
内心では盛大に罵声を浴びせてはいたが。
「お前達はあの小娘と契約しているのか?」
『おう、今はな』
『我らだけではない、時のも契約している』
「時のともか?何者だあの小娘」
『なんであなた知らないのよ。他の精霊から聞いてないの?』
実際にリンとカイも他の精霊から話を聞いて瑠璃に会いに来た口だ。
精霊には独自の意思の疎通ができるので、離れていたとしてもその声を聞くことができる。
なので、男が火の最高位精霊だというならなにかしらの話を聞いているはずだ。
最高位四精霊と契約している瑠璃は、精霊の中では知らぬ者のいない有名人となっているのだから。
「ここ千年ほど寝ていたからな。起きたのはつい最近だ」
『随分お寝坊だこと』
大して驚いてないリンを見ると、さほど珍しいことではないのだろう。
そこから世間話が始まり、盛り上がっている様子の四精霊。
積もる話もあるのだろうが、時と場合を考えて欲しい。
アルマンや兵が声を掛けたいが掛けられずに困惑している。
彼らに最高位精霊の会話を遮る勇気はないようだ。
それができるとすればコタロウ達と契約している瑠璃だけ。
アルマンからのどうにかしろという無言の圧力がかけられる。
声を掛けづらいのは瑠璃も同じなのだが、仕方なく声を挟む。
「盛り上がってるところ悪いんだけど、ちょっといい?」
ぴたりと会話を止め、瑠璃に視線が集まる。
「なんだ小娘。人の身で我らの会話を遮るとは良い度胸だ」
「その小娘っての止めてよ。私には瑠璃って名前があるんだから」
「小娘を小娘と言って何が悪い」
「リン、何とかしてよー」
何を言っても無駄の様子の男に、リンへと助けを求める。
『あら、あなた女好きだったじゃない。
ルリは女なのに随分辛辣ね』
「ふんっ、私にも好みというものがある。
こんな小娘私の好みから遠く離れたところにいる。私はもっと女性らしい美しい女性が好みなのだ。
私に優しくされたければもっと女を磨け、小娘。お前では力不足だ」
そろそろ怒っても良いだろうかと、拳を握る。
一発殴ってやらなければ気がすまない。
相当人相が悪かったのだろう。ユアンが後ろから羽交い締めして瑠璃の動きを止める。
「我慢しろルリ。相手は最高位精霊だぞ。下手なことをしたら後で何をされるか」
「最高位精霊だろうがなんだろうが、我慢の限界よ!」
「そんな顔をしていると男が逃げていくぞ、小娘。まあ、お前を選ぶ奇異な男がいればの話だが」
瑠璃の堪忍袋がぶちりと切れたその時。
ようやくアルマンが男の前に現れた。
ここに来るまで兵を何人も倒し侵入してきた火の精霊だ。アルマンも少し緊張した顔をしている。
「私は獣王アルマンと申します。
火の精霊殿には刃を向ける無礼をお詫び致します。
ですが、何故の我が城にいらしたのか、その目的をお教え願いたい」
「ああ、そうだったな。お前達に神光教を排除してもらいたい」
思ってもみなかった言葉が飛び出し、瑠璃達は目を見張った。




