セレスティンの想い
竜王国王都の城の第二区。
臨時の執務室となっている部屋で、ジェイドは膨大な書類の山と格闘していた。
先頃起こった事件の後始末に加え、獣王国で起こった報告書がヨシュアから送られてきたので忙しい。
「生き返った死人か……」
「神光教は何がしたいのでしょうね?」
報告書をジェイドから渡され目を通しながら、クラウスは眉を寄せる。
「それに魔女との関わりも気になるな」
「魔女というとヤダカインですが、あそことは長く国交がありませんからね」
「まあ、まだ決まったわけではない。
神光教は獣王国にいるようだし、アルマンに任せるしかないだろ」
「そうですね。
後、早速血を使ったようですよ。言い出しっぺはユアンだとか」
報告書に目を向けながら壁際に立つフィンへ聞かせるように話すと、フィンが眉根を寄せる。
ジェイドもあまりいい顔はしなかった。
「あれほど使い方には気を付けるように言っていたんだがな。
何事もなければ良いが」
「ユアンには戻ってきたらもう一度教育し直します」
フィンが申し訳ないというように一礼すると、ジェイドはこくりと頷く。
「どうやらユアンにはまだ秘技を教えるのは早いようですね」
「そのようだな」
竜の血を使った薬は竜族の秘技。
竜族なら誰でも知っているというものではなく、教わるにはいくつかの条件があった。
その条件をまだ満たしていなかったユアンは、竜族の秘技をまだ教わっていないのだ。
そして今回の件で、その機会が延びてしまったようだ。
神光教に生き返る死人。
城で行方不明となった竜族もまだ見つかっておらず、問題は山積みだ。
こう頭の痛くなる問題が多いと、どうしても癒しが欲しくなる。
あの真っ白でふわふわな毛が恋しくなる。
「はぁ、ルリに会いたい……。
まだ城の改修は終わらないのか?」
「皆が頑張ってくれていますが、まだ当分先ですよ」
がっくりと肩を落とすジェイド。
仕事を放り出して行きたいのをぐっと堪え、ペンを手に取った。
「セレスティンと上手くやっていると良いんだが……」
***
セレスティンと飲み明かした翌朝、酷い頭痛と共に目が覚めた。
「うぅ~、頭が割れるぅ~」
起き上がることもできず、ベッドの上で頭を押さえる。
『飲みすぎよ』
『ルリ、大丈夫か?』
リンが瑠璃の元へとぱたぱたと飛んでくる。
その声には呆れが交じり、コタロウは心配そうに瑠璃の顔を覗き込む。
いつの間に部屋に戻ってきたのか、途中からの記憶が全くない。
セレスティンと激しい舌戦を繰り広げた後、何故かどっちが多く飲めるかの競争が始まり、セレスティンと競っていた所までは覚えているが、その後がさっぱり思い出せない。
恐らく途中で力尽きた瑠璃を誰かが部屋に運んだのだろう。
どうやらお酒の飲み過ぎで二日酔いになってしまったらしい。
頭痛だけでなく気分も悪い。
ただでさえほとんど飲んだことのない人間が自身の限界も知らず大量に飲んだのだ、二日酔いは仕方がない。
あまりの痛みと気持ち悪さに、もうお酒なんて絶対飲むかと心に誓う。
二日酔いの薬を飲んだが中々ベッドから離れられず、ようやくベッドから起き上がったのは午後になってからだった。
食欲も湧かず、胃に優しいスープだけを飲んで一息吐くと、気分を変えるために温泉へと向かった。
脱衣所で服を脱いで中に入る。すると、そこにはセレスティンの姿があった。
お互いの顔を見合わせわずかに時が止まる。
顔色が悪いように見えるセレスティンは、瑠璃と同じく二日酔いになってしまったのかもしれない。
なんとなく昨夜の舌戦の記憶もあり、気まずさを感じたものの、ここまで来て出て行くのもなんだなと思った瑠璃は、そのまま入浴した。
同じ湯の中といっても、浴槽は銭湯のようにとても広いのでセレスティンとは少し離れている。
沈黙が落ち、微妙な空気が居たたまれなくなってきたので、早々に湯から上がろうとした。
しかし、そこにセレスティンの声が落ちる。
「……ルリさんはいつからジェイド様のことを好きになられたんですか?」
突然の問い掛け。少し言葉に詰まったが、やけにセレスティンの声が真剣だったので、瑠璃は真面目に答える。
今はセレスティンと向き合うべき時だと何となく思った。
「いつからと言われても、そもそもジェイド様と会ってからそんなに時は経っていないので、恐らくセレスティンさんと比べれば最近としか言えないと思います。
それにいつの間にか自然にそう思うようになったので、いつとははっきりしません」
「そう……。私は子供の時よ。
初めて会ったジェイド様に一目惚れして、それから気持ちは変わっていません。
最初は悩んだこともあります。ジェイド様は竜王、私は獣王国の愛し子。結ばれるのは相当な困難がありますから」
荒野が多く農作地が少ない獣王国は愛し子の存在に大きく収穫量が左右されてしまう。
その上、観光地として愛し子の商品を大々的に売っているその売上も相当なものだ。
セレスティンがジェイドと結ばれ竜王国へ輿入れしてしまえば、獣王国に大きな影響を与えてしまうだろう。
竜王国としても、そんな愛し子を奪い、獣王国との関係を悪くするの避けたい。
双方から望まれない組み合わせなのだ。
「それでも、分かってはいても、私の気持ちは変わりませんでした。
私、頑張ったのですよ。肌のお手入れも身嗜みにも気を付け、美しい立ち居振る舞いを身に付けて、ジェイド様に選んで頂けるように、隣に立てるようにと。
それなのに……それなのに、ぽっとでの女にかっ攫われるなんてっ」
ギッと、射殺しそうな眼差しで睨まれ、瑠璃は頬を引きつらせる。
ごめんなさいと謝るのもおかしいし、何と言って良いか分からない。
いや、気分的には思わず謝りそうになったが、そんなことをすればプライドを傷付けて余計に怒らせそうだ。
「これまでジェイド様の周りを彷徨いていた女達は愛し子の立場を大いに利用して排除してきましたが、相手が同じ愛し子ではそうもいきません。
愛し子でなかったらとっくに手を打っていたというのに」
口惜しやと語るセレスティンの瞳。
内心冷や汗の瑠璃は、愛し子で良かったと心から思った。
そして、どうやって排除してきたのかと、少し怖くなった。
興奮した気持ちを落ち着けるように、ふうっと息を吐いたセレスティンは瑠璃から視線を離す。
「……分かっています。
ジェイド様が私のことは友人、もしくは妹のようにしか思っていないということは。
でも、いつも困ったように断りながらも、拒絶はしないジェイド様の優しさに甘えていたんです」
「セレスティンさん……」
強気なセレスティンが見せる、弱気な表情。
本当にジェイドのことが好きなのだろう。
苦しいほどの恋情が伝わってくるようだ。
「潮時なのかもしれませんね。
ジェイド様があなたを見る時の目は、私に見せるものとは全然違う。
あれが番いとそれ以外との差なのでしょうね」
セレスティンは今にも溢れ出してしまいそうな感情を抑えるようにぐっと目を瞑る。
「あなたが悪い人でないことは分かります。
そんな方と精霊様方が契約するはずがありませんから。
ですが、簡単に割り切れるようなものではないんです。ずっと好きだったんですから」
「はい」
「あなたがちゃんとジェイド様に相応しいということを見せて下さい。
そしたらきっと、私も諦めが付くと思いますから」
「どうしたら良いのかは分からないけど、セレスティンさんに認められるよう頑張ります。
私だってセレスティンさんに負けないぐらいジェイド様のこと好きですから」
「私のジェイド様への思いと比べようなんて十年早いですわ。年季が違うんです」
セレスティンはくすりと笑い堂々と言い放つ。
その笑顔はどこかすっきりしたようにも見えた。




