魂のない体
「ほんと、なんなんだ、こいつら」
ユアンは疲れ切った表情で大きな穴の中を覗き込む。
瑠璃はびくびくと怯えながら穴の中でもがく人々を見下ろした。
深い穴だが、出てこないかと冷や冷やする。
セレスティンなどは見たくないと言って少し離れたところから様子を窺っている。
「ねえ、この人達が生き返ったっていう村人達?」
「恐らくそうだろうな。今、他に人がいないかヨシュアが村を捜索しているが、こいつら以外のまともな人はいなさそうだな」
「生き返ったって話だけど、首を切っても生きてるなんて、これじゃあゾンビじゃない。言葉もしゃべれてないし、意思の疎通なんてできてないみたい」
「話を聞くなんて無理そうだな」
言葉にもなっていない奇声しか発しない彼らから話を聞くのは不可能だろう。
「この人達を見たって人はこの人達に襲われなかったのかな?」
「見た奴ってのは、村で金目の物を漁ろうとした物盗りだろ。それなら村に人がいると思った時点で止めて、村の中までは入ってなかったんじゃないか?」
もし入っていたら結界により外にも出られず、この人達に襲われていたかもしれない。噂も流れてこなかっただろう。
「っていうか、なんか私ばっかり狙われてたような気がするんだけど気のせい?」
穴の中にいる今も、人々はユアンの方ではなく瑠璃を見て呻いている。
周りには瑠璃の他に沢山人がいたにも関わらず、まるで瑠璃以外見えていないかのように瑠璃にのみ襲い掛かってきていた。
「お前何かしたんじゃないのか?」
「してないし!一緒にいたんだから分かるでしょうに」
「ふむ、愛し子だからっていう線もなさそうだしな」
隣にいたセレスティンには襲い掛かっていないことを考えてもそうだろう。
他に瑠璃と他者の相違点は……。
そう考えながらユアンが瑠璃の姿をじっと見ていると目に入ってきたのは、村に入る時に転んでできた手の平と膝にある傷の治療跡。
まさかなと思いつつも、ユアンは確認するために剣を手に取る。
そして手のひらに剣を滑らせると、そこから血が溢れ出す。
傷の治りの早い竜族なのでこの程度の傷かすり傷にもならないが、突然手を切ったユアンに瑠璃はぎょっとする。
「ちょっと、ユアン何してるの!?」
「確認だ」
ぽたぽたと手から滴り落ちる赤い血。
すると、それまで瑠璃にしか注意を向けていなかった穴の人達がユアンにも注意を向け、奇声を上げながらユアンに必死で手を伸ばし始めた。
「やっぱりな」
一人納得するユアンだが瑠璃にはユアンの行動の意味が理解できず首を傾げる。
「やっぱりってどういうこと?」
「こいつらは血に反応しているんだ。
お前は怪我していただろう。だからお前だけに群がっていっていたんだ」
「なんで?」
「知るかそんなこと」
聞かれてもユアンに答えるだけの判断材料がない。
「村の結界はこの人達を出さないためかな?」
「だろうな。だが、誰がなんのためにこいつらを閉じ込めていたのかは分からない。神光教か、はたまたそれ以外の誰かなのか……」
そもそも、生き返ったという人達がこんな状態になっているかも不思議だ。
血に反応して襲い掛かってくるなど普通の人とは思えない。
「この人達って、人で良いんだよね?」
瑠璃の問いに対する答えに困り、ユアンは口をつぐんだ。
とてもじゃないが、人と言い切れない。がりがりの体、皮膚は枯れた木のように水分がなく、死んだ魚のような目。常人とは似ても似つかず魔獣だと言われた方がまだ納得できる。
だが、見た目は人の姿。
『いや、この者達は人ではない。それどころか生き物ですらない』
考え込む瑠璃とユアンにそう告げたのはコタロウだ。
穴で蠢く人々を見下ろしながらどこか険しい顔をしている。
「コタロウ、どういうこと?」
『この世界に生きる全ての生物は魂を持っている。それは人も魔獣も精霊も同じ。
魂は死と共に体から抜け、次の輪廻の輪に乗る。
この者達の魂はすでに体から抜けている。
ここにいるのは魂のない体だけの存在。それは生きているとは言わない』
「じゃあ、この人達は一度死んで、体だけ生き返ったってこと?」
『生き返ったというより、何らかの要因で死体が動いていると言った方が良い』
「それって完璧ゾンビじゃない。
もしかして他の村でも聞いた生き返ったっていう人の話も……」
『同じように生き返ったのではなく死体が動いていると思うべきだ』
他の村で人を生き返らせたのは神光教の教主だという村人の証言。
ならばこの村の死体を動かしたのも神光教の教主だと思って良いかもしれない。
「これを神光教の教主がやったとして、死体を動かすなんてどうやって?」
『そこまでは我にも分からない』
分からなくて申し訳ないと思っているのか、しゅんと尻尾を下げるコタロウに、気にするなというように頭を撫でる。
少しすると村の中を見回っていたヨシュアが戻ってきた。
「村の中には他に人はいないな。こいつらだけだ」
「そう……。何か神光教に関する手掛かりあった?」
「いや、全く。だが、他の村で生き返らせたのが神光教だと聞いたから、この村をこんな状態にしたのも神光教が関わりあると思うんだがな」
「外の結界も神光教が張ったのかな?」
「多分な。だがあくまで予想の範疇だ。確証はない」
ここならば何か掴めるかと思ったが、見つかったのはゾンビだけ。
これも十分手掛かりではあるが、神光教に繋がる物が何もないのではこれ以上ここにいても意味はない。
「これからどうする?」
「そうだな。一旦城に帰って獣王に報告するか。
もうここらの村はほとんど回ったし、神光教に関する手掛かりはこれ以上見つからないだろ。
王都からも近い村がこんな状態になっているって知らせておいた方が良い」
「このゾンビ達はどうするの?」
穴の中の人々は村の結界で村より外に出ることができなかったのだろう。
だがその結界はヨシュアが壊してしまった。
このまま放っておいては村の外に出てきてしまう可能性がある。
「できれば証拠のためにもこいつらも連れて行きたいが、どうやって連れて行くかなぁ」
凶暴過ぎて、ただ縄で縛るだけでは危ないだろう。
かといってこんな状況は予想になかったので彼らを護送する馬車もない。
ヨシュアは困ったように頭を押さえる。
そんなヨシュアに瑠璃が何てことのないように告げる。
「檻ならあるよ」
「それってこいつら全員入れられるほど大きさのか?」
「うん。空間の中に入ってる」
「なんでそんなの持ってるんだよ」
「リディアがありとあらゆる物集めるから空間の中には大概の物揃ってるんだよね。
それにさこの人達は動いてるけど、ようは死体なんでしょう?
だったらさ空間の中に入れても平気なんじゃない?」
空間の中に生き物が居続けると発狂したり精神に異常をきたすとリディアから注意を受けている。
だが彼らは心を持たない動いているだけの死体。精神に異常をきたす心配をする必要はない。
「おー、その手があったか」
「ならさっさとやろう。俺は早く帰りたい」
ユアンも得体の知れないゾンビとはあまり一緒にいたくないようだ。
瑠璃もユアンに同感なので、さくさくと空間から大きな檻を出す。
「おーい、こいつら檻の中に入れるから手伝ってくれ」
竜族の兵だけでは手が足りないので、少し離れた所からこちらを窺っているセレスティンの側にいる獣王国の兵にも助力を求める。
こちらに向かってくる兵士の代わりに瑠璃はそこを離れセレスティンの元へ行く。
また瑠璃に襲い掛かっては大変なので、コタロウがセレスティンと共に結界を張った。
カイに穴を戻すようにヨシュアが頼んでいる。
陥没した穴が今度は隆起し始め、元のフラットな状態へと戻った。
そうすると当然だがゾンビ達が解き放たれることになるのだが、どこかに行かないようユアンが自ら傷付けてゾンビ達をおびき寄せる。
ゾンビ達は血に反応しているからなのかユアンに向かっていくが、怪我をしていない他の兵には目もくれない。
「ああぁぁ」
「うあぁぁ」
「ほらほら、こっちだ」
ユアンが引き付けている間にすきだらけの背後からゾンビを掴み上げ檻の中にどんどんと詰め込んでいく。
その様子を顔を歪めて見ている瑠璃とセレスティン。
離れてはいても怖いものは怖いのだ。
とてもではないがあんなのに触りたくない。それを行っているヨシュア達が気の毒になってくる。
瑠璃はあまり幽霊とかゾンビとかは得意ではない。ホラー映画を見たことはあるが、あれは映像の中だと分かっているから安心して見られるのだ。
実体験などしたくはない。
しかも襲われ役という体験をしてしまった。
今日はきっとゾンビに追われる夢を見るに違いないと、夜が来るのが怖くなってきた。
「今日寝られるかな……」
『安心しろ、ルリ。我がずっと側にいる』
男前なコタロウに感動していると、その言葉にピクリと反応したのはセレスティンだ。
「ルリさん、私とっても美味しい秘蔵のお酒があるんです。
ぜひ今夜は一緒に飲み明かしましょう」
どうやらセレスティンも夜寝るのが怖いようだ。
目を見合わせ、無言で手を握り合う。
言葉に出さすとも二人の心は通じ合っていた。
この時ばかりは互いが持つジェイドによる複雑な感情はどこかに吹き飛んでいったようだ。




