証言
城に戻ってすぐアルマンへ報告に向かった。
アルマンは訝しげな顔をして、瑠璃達の話に耳を傾けている。
「死者が生き返った村だと?」
その表情からは、アルマンが一切信じていないことが窺える。
まあ、当然だろう。瑠璃達も半信半疑、いや、どちらかと言えば疑いの方が大きいのだから。
「らしいです。聞いたことありませんか?」
「ないな。麓近くの村が疫病で全滅したって話は何年か前に聞いたが、その後のことは報告にない」
「竜王国で捕まえたノア君も教主が生き返らせてくれるとかなんてことを話していましたから何か関わりがあるかも。
見に行ってきて良いですか?」
「待て待て早まるな。
神光教と関わりがあるかもしれんのに、そんな危険な所に行かせられるか」
「でも、気になります。死者が生き返るとか」
精霊達が生き返りを否定しているので嘘っぱちであることは間違いないとは思うが、では何故そんな噂が立ったのか確認したい。
「お前は殺されかけたこと忘れたのか!?
何呑気に言ってる、好奇心を満たすことを優先させるな!
それに本当に疫病で村人が亡くなっていた場合、もし感染でもしたらどうする!?
興味本位で行って何かあっては、ジェイドに顔向けできなくなるだろ」
「勿論忘れてませんよ。
でも今では殺されそうになった恐怖より、怒りが勝ってるんです。いたいけな子供を騙して私を殺そうとした神光教に対して。
早くあいつらを捕まえたい。できることなら私もそれを手伝いたいです。それが神光教への私の復讐でもあります」
「その気持ちも分からなくはないが」
「もしその噂の先に神光教がいるなら、なおさら私が行った方が良いと思いますよ。
私が行くと、もれなくコタロウ達最高位精霊が付いてくるんですから。
感染の危険も大丈夫です。結界を張ってもらえばこれ以上なく安全に調べられます」
「まあ、それはそうだが」
アルマンとしてもそんな話が出ているのなら調べないわけにはいかない。
王として兵を派遣しなくてはならないが、瑠璃の言う通り瑠璃が行けば安全面でも捜索面でも大いに助かるだろう。
精霊達がいればその力を借りて捜索もしやすい。
だが、竜王国から預かっている瑠璃にそんな危険なことをされるわけにはいかないという葛藤がある。
「というか、カイが行く気満々なので、獣王様が駄目って言っても行くことになると思います。
カイだけで行かせると何しでかすか分からないから止められる人が行かないといけないかと」
アルマンは足下にいるカイに視線を向ける。
キラキラとした眼差しで見上げ、早く行こうと訴えるカイに行くなとは言いづらい。
行くなと言ったところで、また眼力で凄まれ許可を出すことになってしまうだろう。
精霊への信仰心に厚い獣王国の獣王がそれに否やを言えるはずがない。
こればっかりは瑠璃もカイを抑える術を持たない。
頭を抱えたアルマンは観念したように深く溜息を吐いた。
「分かった分かった。だが、お前達だけでは行かせられない。兵を一団準備するから出発は明日だ。
これは絶対だ。危険かもしれない場所に行かせるのに守りが少ないのはまずい。
神光教も信者が何人いるか分からないしな」
「分かりました。いいよね、カイ?」
『おー、本当は今すぐ行きたかったけどしゃーねぇな』
「……まったく、セレスティンもそうとうだが、こいつもそれなりに厄介だな。なんだってこう愛し子は行動的なんだ?慎ましやかな奴はいないのか」
それは聞き捨てならない。
基本なにか行動を起こそうとしてるのはカイ達精霊だ。
自身はそれほど積極的に何かをしたりはしていないはずだというのが瑠璃自身の評価だった。
***
翌朝、出発する兵達が隊列する中、アルマンと共にセレスティンの姿があった。
「セレスティンさん?」
何故ここに?と瑠璃は首を傾げる。
「こいつも同行させてくれないか?」
「それは構いませんけど、危ないかもしれませんよ」
「それはお前もだろ。悪いが頼む。
どうしても行くって聞かないんだよ。その分兵の数も増やしてあるから」
セレスティンの同行を頼むアルマンだが、アルマン自身はあまり歓迎ではない様子。
恐らくセレスティンがなにかしらの我が儘を言ったのだろう。
「大丈夫だと言うなら私が言うことはありませんけど、何でまた突然行くことに?」
セレスティンに問い掛けると……。
「神光教を捕まえるために私も何かお手伝いをしたいんです。
捕まえるための労力は惜しまないので連れて行って下さい」
「まっ、こいつも危険だからと出掛けられずに城に詰めてる状態だから鬱憤が溜まってるんだよ。
無茶はするなと言ってあるからちょっと気晴らしのつもりで連れて行ってやってくれ」
コタロウ達がいるので安全は確保されたようなものだから連れて行くのは構わないのだが、面倒なことにならないかとちょっと心配な瑠璃だった。
何せ相手はジェイドに懸想しているというセレスティン。
番いである瑠璃にどこまで悪感情を抱いているのか、セレスティンの態度では全く分からないのだ。
あまり行動を共にしたくない相手ではある。
しかしアルマンにこう頼まれて拒否もできず、共に行くこととなった。
まず最初に向かったのは、ウラーン山の麓にあるいくつかの村の内の一つ。
噂の出所は全て麓の村であるという話だが、村人が全滅したという村以外、その中のどの村で噂が出たのか分かっていないので一先ず村に行き片っ端から聞き込み調査を行う。
小さな村なので聞くのは早いと思っていたが、ここで一つ問題が。
閉鎖的な村のため、外からやって来た部外者への警戒心が強すぎで話を聞くどころか近付くことすらできないのだ。
特に竜王国の服装をした瑠璃や竜族へ向ける目は敵意すら感じているレベル。
そんな状況の中、大いに活躍したのがセレスティンだった。
獣王国の愛し子というのは、こんな警戒心の強い閉鎖的な村でも、神の使いのごとく崇拝と尊敬を集めるようだ。
セレスティンが問い掛ければペラペラと口が軽くなる村人達。
その眼差しには隠しようもない敬愛の念が表れており、同じ愛し子だからいけると思って瑠璃が口を挟んだのだが、開いた村人の心の扉はぱたんと閉じてしまった。
私も愛し子なのにとちょっといじける瑠璃だったが、明らかに異国人の格好が問題のようだ。
着がえてくれば良かったと後悔する。
聞き取り調査はセレスティンにお任せすることとなり、瑠璃には役立たずの烙印が押されつつある。
一つ目、二つ目と村を回ったが、思ったような収穫はなかった。
何処の村も閉鎖的故に、隣の村でも情報を知らないような状態。
この近辺で数年前に村ごと人が亡くなったことすら知らないようだった。
こう手掛かり一つないと、村を一つ一つ回って潰していくしか方法がない。
そうしていくつか回ったある村で手掛かりを掴んだ。
「知ってる!?」
いくつも回って、やっぱりデマかとちょっと飽き始めていた時に現れた証言者。
セレスティンと話しているところに思わず割り込んでしまったのは致し方ない。
すぐに我に返り一歩引くと、セレスティンが村人に話の続きを促す。
「詳しく教えて下さい」
「少し前によそ者がこの村にやって来たんです。
商人でもなく、旅人でもないそいつは神光教とかっていう宗教の布教活動をしているらしく、熱心に信者になるよう薦めてきました。
そいつらの教主は死者を生き返らせる力を持っていると言っていましたが、誰も信じちゃいませんでしたよ。
相手になんてしなかったら、いつの間にかいなくなっていましたが、その直後に村の子供が一人、獣にやられて死んでしまったんですよ。
両親はそれはもう沈み込みましてね、見ていられませんでしたよ」
この辺りでは魔獣も出るらしく、子供のことを憐れんでいるものの襲われることは珍しくないようだ。
「そんな時に両親が生き返らせる力を持っていると言ったそいつのことを思い出したようで、探してくるって言って父親が村から飛び出していったんです。
皆止めたんですよ?でまかせに決まってるって。でも聞かなくてね。
まあ、痛いほど気持ちは分かるが」
「それで?」
「数日して身なりの良い年配の男をいれた数人を連れ帰ってきたんです。
その後家で何やらしていたようですが、村人は怪しんで近付きませんでした。
しかし少しして、なんと死んだはずの子供が家から出てきたんですよ」
「本当に生き返ったの?」
瑠璃が問い掛けると、村人は瑠璃を警戒していたことも忘れ鼻息荒く興奮しながら同意する。
「ええ、そうですよ!驚いたのなんのって。
村人全員おったまげて、その日は皆でお祝いしましたよ」
「それ本当に亡くなった子だったの?人違いとか、それか本当は亡くなってなかったとか」
「いやいや、あの子が死んだのは村人全員が確認してますよ。
家から出てきたのも間違いなくあの子です。産まれたときから知ってるんだから間違えるはずがない。
ちゃんと立って歩いてたんだ。
まあ、まだ体調が良くないからってすぐに家の中に入って行っちまったんですけど」
瑠璃が振り返ると、ヨシュアもユアンも難しい顔をしている。
まさか生き返るという荒唐無稽な話の証人がいるとは思わなかった。
噓を言っているようには見えないし、嘘を付く理由もない。
だが、死者は生き返らないとコタロウ達は断言しているのにどういうことなのか。
「その生き返ったっていう子供の家族はどこにいる?」
実際にあって確かめるのが一番だと判断したのだろう。ヨシュアが問い掛けると、「あー、いやぁ」と村人は何やら言いづらそうにする。
ヨシュアを警戒してというわけではなさそうだ。
「なんだ?」
「その家族はここにはいません」
「いないって、どこに行ったんだ?」
「それが、子供が生き返った後、その神光教の奴らと一緒に村から出て行っちゃったんですよ。
子供を生き返らせてくれた代わりに、これからは神光教の神に仕えるとかなんとかいって」
「どこに行ったか分からないのか?」
「さあ、そこまでは」
他の村人にも聞いて回ったが、その家族の行方を知る者はいなかった。
やっと手掛かりを掴んだと思いきや、目の前で立ち消えてしまった。
この村ではこれ以上の収穫はないだろう。
その後ウラーン山周辺の村のいくつかで似たような事象があったが、やはりそこに生き返らせられたという当人は家族共々神光教の信者となり共に行ってしまったとして、実際に会うことができなかった。
「本当に生き返らせたのかなぁ」
疑って掛かっていた瑠璃だが、実際に生き返ったところを見た人がいるとなると話は違う。
魔法のある世界なのだし、そんなこともあり得るのかなと考えていた瑠璃が聞こえたかのようにコタロウが否定する。
『死者を生き返らせることは不可能だ。
生き物は死んだ瞬間、肉体と魂が切り離される。それを繋げることはどんな手を使ってもできない。たとえ精霊でも。
きっと何かしらタネがあるはずだ』
『そうね、村人の話によるとその子供と顔を合わせたのは少しの間だけのようだし、実際に会ってみないと事実は分からないわ』
コタロウの言を肯定したリンがパタパタと飛んでコタロウの頭の上に乗る。
「会うって言ったって、その家族は神光教といるんでしょう?
その神光教がどこに行ったか分からないんだもんなぁ」
「神光教の目的は信者の獲得ってとこか?
ユアンを襲ってきた子供のとこにも、生き返りをダシに信者になることを薦めてきてたみたいだし」
ヨシュアは考え込みながらぶつぶつと口にしながら考えをまとめている。
「これからどうしよっか?」
瑠璃はヨシュア達の顔をぐるりと見回す。
何せ手掛かりがないのだ。
この周辺の村は粗方回った。手詰まり状態の中で声を上げたのはカイだ。
『俺は全滅したっていう村に行きたい』
当初から行きたいと言っていたカイの目的地だ。
後回しにしていたが、残るはそこだけ。
これだけ生き返らせたという話を聞くに、その村も神光教と無関係とは思えない。
「そうだね、この辺りの村は回ったしそろそろ行ってみる?」
他に神光教に繋がる話がない以上、できるところから調べていくほかない。
それにそこの住人は全員生き返ったというのだから、まだ住人はそこにいる可能性がある。
瑠璃達は一路、村人全員が生き返ったという村へと向かった。




