町へ行こう
因縁を付けられた日の夜、竜王国からの客人達を歓迎する宴が催された。
本来ならこの場で愛し子である瑠璃の存在を知らない者達にも紹介して周知させるつもりだったようだ。
まさかその前に勘違いした者が瑠璃に何かするとはアルマンにも予想外のことだったのだろう。
彼女達はアルマンの十九人いる妃の内の二人だった。
彼女達はそのまま下賜される家へと送られ、手は出していないが彼女達と一緒にいたお付きの者も罰としてしばらく無給の上、仕事の厳しい場所で働かせるということになったようだ。
アルマンは宴の場で改めて瑠璃に謝罪をした。
そんなたいしたことはされていないので瑠璃も遠慮気味にしていると、隣に座るセレスティンがアルマンを叱る。
「そもそもアルマン様が悪いのです。
妃達に周知徹底していないから」
「だってよ、まさかルリのことを新しく来た妃と勘違いしてるなんて俺も思わねえだろ。
まったく誰だよ、そんなデマ言い出したのは」
「アルマン様の部屋の近くにルリさんの部屋を用意したため、とうとうアルマン様が正妃をお迎えになられたのではという妃同士の憶測が他の妃達に真実として回ったようですよ」
アルマンにはたくさんの妃がいるが、皆側妃のような立場で、正妃はまだいなかった。
それ故、妃同士の壮絶な蹴落とし合いが日々繰り広げられているのだ。
「それで慌てて正妃かもしれない女へ牽制に向かったのでしょう」
アルマンは深い溜息を吐いた。
「普段からアルマン様が妃達の行いを嗜めていないからそのような短慮を起こす者が出てくるのです。
今回も怒られないと思って行動したのでしょう」
「よくあるんですか?」
瑠璃が問い掛けると、セレスティンは極寒の地のような冷たい眼差しをアルマンに向ける。
「ええ、アルマン様ときたら、アルマン様を巡って争う妃達を見て楽しんでいるんです。
趣味が悪いといったら」
「だって俺の妃ってなんでか皆気が強いから、やられた方もやられたまんまじゃすまさねえから、見てると面白いんだよな」
「そのせいで、ルリさんは良い迷惑でしたけどね」
「それは悪いと思ってるよ。
まあ、ちゃんと顔見せもしたし、あんな馬鹿やらかす奴は出てこないと思うから安心してくれ」
この宴の席にはアルマンの妃達も出席している。
きちんと紹介もされたので勘違いの噂も解消されたことだろう。
「良い機会ですから、今後はきちんと妃達にも節度ある行動を取るよう言い聞かせるべきです。
でないと、いざ正妃にしたい女性が現れた時に他の妃にいびられて、逃げられでもしたって知りませんよ。後悔するのはアルマン様なのですから」
「あー、分かった分かった。妃達にはちゃんと話す」
さすがの獣王もセレスティンの前では形なしである。
***
獣王国にやって来てしばらく。
瑠璃はひたすら城内の温泉巡りをして過ごしていた。
砂風呂、蒸し風呂、岩風呂、打たせ湯。
さらにエステにマッサージで、バカンス気分を味わっていたのだが、毎日毎日の温泉三昧に嫌気をさしてしまったのがカイだった。
『なあ、もう温泉は飽きたー。町行こうぜ町ぃ』
駄々っ子のように足をバタバタさせ、床を転がる。
好奇心旺盛なカイは、毎日温泉ばかりではその内飽きるだろうなと瑠璃も思っていたのだが、とうとうその時が来てしまったようだ。
困ったようにカイを見下ろすが、カイの気持ちは瑠璃も分かる。
城内の温泉はあらかた制覇し、そろそろ他のこともしたくなってきた。
例えば観光とか観光とか観光とか。
町に行きたいのはカイだけではない。
瑠璃もそうなのだ。だが、安全面から簡単に外に出ることはできない。
「気持ちは分かるけど、駄目だと思う。
まだ神光教の件が片付いてないから、へたに人通りの多いとこに行って、万が一襲われでもしたら大変なことになるでしょう?」
『俺らがいるんだから大丈夫だって。
そもそも風が結界はってるんだから、人如きが何したってかすり傷一つ付けられねぇよ。
風と水も行きたいよな?』
そうカイが聞くと、リンとコタロウは『行きたい!』と声を弾ませ同意する。
「うーん、そうは言っても、きっと獣王様が許可しないと思うけど」
『許可があればいいんだろ?
よし、じゃあ、許可もらいに行くぞ!』
『最悪ちょっと脅せばいいわ』
「ちょっと待って、あっ……」
不穏な言葉を発するリンを止める間もなく、カイとリンは部屋を立ち去っていってしまった。
慌てて後を追う瑠璃と、それについていくコタロウ。
あっと言う間に姿の見えなくなったリンとカイを、コタロウに居場所を聞きながら探し回る。
やっと見つけたと思った時には、リンはそのつぶらな赤い目で、カイはその目つきの悪い三白眼を大いに生かし、アルマンにガンを飛ばしている最中だった。
『おうおうおう』
『つべこべ言わず許可出しなさいよ』
「いや、しかしだな……」
ガンを飛ばされているアルマンは心なしか顔色が悪く、顔を引きつらせている。
周りには側近と思われる者達が沢山いたが、精霊信仰の厚いこの国の人達は口も挟めず困ったようにおろおろとしている。
瑠璃の姿を見つけると、どうにかしてくれといった縋るような眼差しを向けられた瑠璃は、段々と距離を詰めもう顔面近くまで寄りアルマンにすごんでいるリンとカイを止めるため歩み寄っていく。
「リン、カイ、獣王様に迷惑掛けちゃ駄目よ」
瑠璃が来たことに気付いたのか、意識は瑠璃に向けられるが、眼差しはアルマンに向けられたままだ。
『だって、ルリ。こいつってば素直に許可出さないのよ。危ないとかってごねて』
『俺らがいるんだから大丈夫だって言ってんだろ。許可くれ、ほれほれ』
「だがなぁ、町にはルリも一緒に行くのだろう?」
『当たり前じゃない。あんたの言うように神光教の件が片付いていない状況で、どこに危険があるか分からないのにルリから離れるわけないでしょう。
私達が行くならルリも一緒よ』
「その神光教からの危険を避けるためにもルリには安全な城内にいて欲しいのだが」
神光教に狙われているのは愛し子。精霊達が町を散歩することは特に問題ではなく、瑠璃が外に行くことが問題らしい。
『何言ってるのよ。実際この城内にも賊が侵入して愛し子を襲ったんでしょう。
だったら城内にいようが町にいようが大して変わりやしないわよ』
リンが告げた言葉にアルマンは痛いところを突かれたという顔をする。
以前この城内の、それも最も警備を厳重にしてあるセレスティンの元まで賊が来たのは紛れもない事実なのだ。
城内に入り込んだ手段も判明し対処はしてあるが、どこまで防げるのかはまだ分からない。
そんな状況で一番確実に瑠璃とセレスティンを守っているのはコタロウが張った強固な結界。
『一番安全なのは城ではなく私達と一緒にいることよ』
『そうそう。それに風が結界張ってるんだから、町に行ったって平気平気。だから行ってきていいだろう、なあ~?』
リンの言葉にカイが同意を示し後押しをする。
するとアルマンはしばらく無言で何かを考え込んだ後、頭を掻き観念したかのようにはぁぁと息を吐いた。
「分かった、だがこちらもルリを守るための兵を町に配置したいから準備のため一時間ほどくれ」
『おう、それぐらいなら待つぞ』
『やったわー』
喜びを体全体で示すカイとリンを瑠璃は困ったように見てから、アルマンに「いいんですか?」と再確認する。
「仕方がねぇだろ。
そもそも精霊ってのは自由な存在だ。人の事情など精霊には何の戒めにもならない。
何者にも縛られることはない。それが精霊ってもんだからな。
許可を取りに来てくれただけ、配慮がされている」
「確かに皆はフリーダムよね」
楽しければ良くて自己中心的。
好き嫌いがはっきりしていて、人の事情などお構いなし。
精霊が気を使うのは愛し子か契約者のみだ。
今回も瑠璃が許可がなくては出掛けられないと言ったからアルマンの元に来たに過ぎない。
アルマンへの配慮ではなく瑠璃への配慮だ。
「念のため変装して行った方が良いですかね?
リン達だけ連れて、他の精霊と分かる子達はお留守番してもらってれば、愛し子だと分からないだろうし。
そうしておけば、少しは狙われる心配も低くなるかもですし」
「そうだな。愛し子であることを隠す方向でいくなら、できれば風の精霊殿には残ってもらいたいのだが。
風の精霊殿は大きさ的にもその見た目的にも目立つからな。
竜王国の愛し子が大きな白い狼を連れているというのは獣王国はおろか、竜王国でもまだ広く知られていないようだから大丈夫だとは思うが……」
『我だけ留守番は嫌だ!』
このままでは置いて行かれると思ったコタロウが即座に反対の声を上げる。
瑠璃もアルマンもやっぱりかといった顔する。
「できるだけ安全に町を歩けるように対処はしておく。
まあ、最高位の精霊がそれだけ揃っていれば何もないとは思うが」
『当たり前だ。我がいるのにルリが危険なことになることはない』
自慢気に胸を張るコタロウ。
その点はコタロウのことを信頼してはいるが、不安要素があるとしたらカイだろう。
以前も好奇心のままに動き回り迷子となってしまった前科がある。
いくらコタロウがいるとはいえ、土地勘のない場所で探し回るのは非常に困難だろう。
よくよく気を付けておこうと瑠璃は心に止めた。
活動報告に3巻の情報を載せています。




