獣王国に到着
獣王国の王都の近くにはウラーン山と呼ばれる火山が存在する。
この火山の恩恵によって湧く温泉は獣王国の観光業に多大な貢献をしており、なくてはならないものとなっている。
それだけでなく、火山のような場所は強い自然の力を生み出し、そういう所は精霊達にとっても居心地の良い場所と言え、自然と精霊達が集まってくる。
精霊信仰の厚い獣王国の国民にとって、ウラーン山は神聖な場所として国が管理しており、国の許可のない立ち入りを禁止している。
しかしそんなウラーン山の山奥、一人の男が歩いていた。
燃えるような深紅の長い髪と金色の瞳。
意志の強そうなきりっとした眉をしかめ、男は足を止めた。
彼の視線の先には人であって人ならざる生き物のなれの果て。
「あぁぁ、うぅあぁぁ」
「……醜いな」
人ならざる生き物を一瞥し、振り返る。
すると彼の背に向かって人ならざる生き物が奇声を上げて飛びかかってきた。
そのまま襲われるかと思いきや、直後、それが火に包まれた。
ゴォゴォと火だるまとなり、瞬く間に炭と化し動かなくなった生き物に視線を向けることはなく、男は歩みを止めることはない。
「ここも騒がしくなった。そろそろ離れるか。
しかしこのままというわけにもいくまい……」
男はここではないどこかに視線を向ける。
それは獣王国の王都がある方向。
「城か……」
***
瑠璃達は現在、どこまでも続く荒野の中を飛んでいた。
獣王国の国内に入ってからというもの、段々土地が荒れ始め王都に近付くほど荒れていく。
緑が青々と茂り豊かな土地が続く竜王国とは雲泥の差だ。
獣王国はこんな荒野が続くため食料自給率も低く、竜王国から食糧を輸入しており、代わりに竜王国へ民芸品や鉱物を輸出している。
しばらく荒れた大地を眺めながら飛んでいくと、突如荒野の中に巨大なオアシスが姿を見せた。
「わあ、凄い」
オアシスの中心に大きな宮殿があり、それを囲むように町が作られている。
至る所で煙のように上がっている白いもやは火事が起きているわけではなく湯気のようだ。
温泉地と言う言葉が頭を過ぎり、テンションはうなぎ登り。
「おっんせん!おっんせ~ん」
弾むようにご機嫌な瑠璃と一行はそのまま宮殿の庭へと下り立った。
獣王国の王城は竜王国のヨーロッパ的な建物と違い、インドの宮殿を思わせる建物で、庭には大きな噴水がある。
庭に下り立つとヨシュア達竜族が竜体から人の姿へと変化する。
「うへぇ、やっと着いたな」
疲れを取るように腕をぐるぐると回すヨシュア。
やっととは言うが、コタロウの風の力のおかげで驚くほど早く着いたのだ。
予定ではもう一日掛かるところだったのだから。
少し離れた所で、アルマンが王の帰還を知って集まってきた臣下達と話をしている。
「準備はできているか?」
「御意。ご命令通り竜王国の愛し子様をお迎えするための準備は整えております」
「ルリ、こっちに来い」
アルマンに呼ばれ向かう。
視線が瑠璃へと集まる中歩くのはとても居心地が悪かった。
悪感情で見られているわけでなく、むしろその逆で、まるで憧れの人を見るような尊敬と崇拝の眼差し。
「この者が竜王国の愛し子、ルリだ」
「どうも、初めまして」
ぺこりと軽く頭を下げ挨拶をすると、目の前にいた人々がその場に跪き、額を地面に擦りつけんばかりに深々と頭を下げたので瑠璃はぎょっとした。
「お目通り叶い恐悦至極に存じます。
ご不自由なく過ごされるよう身命を賭して務めさせて頂きます」
「よ、よろしくお願いします……」
これまでこんな丁寧な対応されたことがない瑠璃は少し挙動不審気味だ。
助けを求めるようにヨシュアやユアンに視線を向ければ苦笑するのみ。逃げ場はない。
頭を上げた人達の中の一人が不思議そうに瑠璃の後ろにいるコタロウを見ている。
「ところで陛下、そちらの白い獣は霊王国の聖獣とお見受け致しますが、どうされたのです?」
「この方は霊王国の聖獣ではなく、その体を借り受けた風の最高位精霊殿だ。
他にも地と水の最高位精霊殿もおられる。
愛し子同様、失礼のないようにな」
カイが前足を上げて『よう』と挨拶をする。
彼らはそんなカイやコタロウ、リンに次々視線を移すと、興奮し始めた。
「なんと、肉体をお持ちの精霊……それも最高位精霊様とは。
生きている内にお目に掛かれるなど、こんな幸運に恵まれようとは。
この獣王国最高のおもてなしをさせて頂きます」
今にも落涙しそうな目に敬愛の念を込める眼差しで再び深々と頭を下げる人々に、瑠璃はこれからやっていけるかなと少し心配になった。
精霊信仰の厚い国とは聞いていたが、予想以上に精霊への愛が重すぎる気がする。
「喜ぶのは良いが、いつまで愛し子を立たせたままにしておくつもりだ。
部屋へ案内しろ」
最高位精霊に会えた喜びに打ち震えていた人々がアルマンの言葉に我に返る。
「そうでございますね。長旅でお疲れのことでしょう。すぐにご案内させて頂きます」
パンパンと手を叩くと、数人の女性が現れ彼女に案内される。
彼女達の服装も竜王国とは全く雰囲気が違っていて、セレスティンの着ている物の露出を減らした、ドレスというより民族衣装という方が近い雰囲気の服だ。
竜王国の城とは全く違う雰囲気の城を、きょろきょろと見回しながら歩いていき、一つの扉の前で立ち止まった。
「こちらが愛し子様のお部屋でございます」
城の中でも奥に位置する場所に与えられた部屋は、城内で最も警備が厳重で安全な場所だと女性に教えられる。
神光教の件が解決されたとは言えない状況だからか、どことなく雰囲気がぴりぴりとしているように思うのはただの気のせいなのか。
ゆっくりと女性が扉を開け、瑠璃に入るよう促す。
そして部屋の中に入った瑠璃は、目に飛び込んできた光景に、回れ右をして逃げたくなった。
とても瑠璃一人で使うとは思えない広々とした室内。
アジアンテイストな部屋に品よくあつらえられた家具や調度品は、この部屋が高貴な者のための貴賓室であることが伺える。
しかし問題はそれではない。
部屋の中にずらりと並び、両膝を床に付けて頭を伏せる女性達の姿。
彼女達は瑠璃が入ってきたことを音で感じると、「ようこそお越し下さいました、愛し子様!」と声を揃えた。
その一糸乱れぬ声にびくりと怯えを見せる瑠璃。
彼女達は何なのかという驚きと、何が起きているのか分からない怯えが入り混じっている。
「あ、あの、この人達は……?」
助けを求めるように、ここまで瑠璃を案内してきた女性を振り返ると、女性はにっこりと微笑んだ。
「この者達は滞在中の間愛し子様のお世話をさせて頂く者です。
このように少人数で申し訳ございません。なにぶん愛し子様の御前に出して恥ずかしくない者を選別しました結果、これだけしか集めることができず……。
しかし、能力は申し分ない者達です。愛し子様にご不便をお掛けすることはございませんので、ご安心下さいませ」
女性は人数が少ないと申し訳なさげだが、ここには二十人ほどの人達がいる。世話役にこれほどの人数、少ないと言うより多すぎる。
「お構いなく。こちらはお世話になる側ですので、一人か二人ほどで十分です」
というより、二十人もいて何をお世話するんだ!?という疑問が大きい。
「何を仰います。我が国の愛し子様には五十人ほどの世話役が付いておりますのに」
「ご、五十……」
その人数に瑠璃は驚きを隠せない。
竜王国にいる瑠璃にも侍女のような世話係が付いているが、二、三人が交替で付いているだけだ。
そもそも瑠璃は身の回りのことは自分で何でもできるので、してもらうのは部屋の掃除と配膳ぐらいのものだ。
そして、そのことに何ら不便は感じていない。
王であるジェイドの身の回りの世話をする者は少し多いようだが、それでも十人前後だ。
それが五十人。驚愕の数字である。
一体何をするのにそれだけの人数が必要になるのか。
絶対にすることがなく手持ち無沙汰な人がいるはずだ。
「ご遠慮はなさらず、お好きなようにお使い下さい。
皆、わずかな間とは言え、愛し子様にお仕えできることを誇りに思っております」
顔を上げた彼女達の瑠璃を見るきらきらと輝いた瞳。
尊敬と憧れがない交ぜになったような眼差しが、女性の言葉が噓ではないと告げていた。
あまりの竜王国との待遇の違いに、不安を覚える瑠璃だった。




