旅路
城を発ってから数時間、特に問題もなく順調に旅は進んでいる。
コタロウに乗った瑠璃、竜族の兵士の背に乗っているアルマンとセレスティン。
地位の高いその三人を中心に、守るように他の兵士が囲みながら飛んでいる。
スピードは、コタロウ(越えられない壁)>竜族>獣王国の亜人のようで、スピードは一番遅い獣王国の亜人達に合わせていた。
竜にはまだ余裕があるが、獣王国の翼のある亜人達には少し早い。そんな速さで飛んでいたが、コタロウにはかなり遅く感じられたようで、風の力で強制的にスピードアップさせられている。
追い風が味方をしてくれるので、速くはなったものの労力は減ったのか、獣王国の亜人達にも少し余裕ができたようだ。
アルマンなどは行きより行程が早いとご満悦。
もふもふで柔らかなコタロウの背に乗っている瑠璃だが、流石に何時間も同じ体勢でいるとお尻が痛くなってきた。
途中幾度か小休憩は挟んだが、そろそろお腹も空いてきたし休憩したいなと思っていたところで、アルマンから「少し早いが今日はこの辺りで野営するから下りろ」という声が響き、瑠璃はほっとした。
小さな湖があったので、その辺りに下りた。
どうやらアルマン達が獣王国から竜王国へ来る時にもここで休憩したようで、決められた工程をなぞるように、てきぱきと準備が進められていく。
瑠璃もコタロウから下りて「んー」と背伸びをして、同じ姿勢で凝り固まった筋肉を伸ばすと、瑠璃も野営の準備を始めているヨシュアの下に向かった。
「ヨシュア、私も手伝うよ。何したら良い?」
「おお、助かる。……と言いたいとこだけど、ルリは何もしないで休んでた方が良いかも」
「なんで?」
「ほら、あれ見て見ろ」
ヨシュアが指差すその方向には、周囲が忙しなく野営の準備に追われる中、当然のようにそこには参加せず、急きょ作られた休憩場で休憩を始めるアルマンとセレスティンの姿。
「まっ、愛し子なら王と対等な待遇をされるのは当然ってことだな。
こんな雑用なんか普通させねえよ」
「ふーん。まあ、向こうは向こうでしょう?
セレスティンさんは昔からそういう至れり尽くせりの生活してたんだろうから慣れてるのかもしれないけど、皆が働いてるのに自分だけ休んでるの私は居たたまれないんだけど」
本音をぶちまけると、あははっと笑うヨシュア。
「ルリはもうちょっと愛し子らしくした方が良いかもなぁ。
どの国の愛し子も、幼い頃から世話をされ慣れてるもんだ。普通は居たたまれなさなんか感じねぇよ」
「仕方ないじゃない。愛し子なんて言われ始めたのはこっちの世界に来てからなんだもの。
それに城でも皆にセレスティンさんみたいな丁寧な対応されたことない気がする。
いや最初は結構丁寧だった気がするけど、段々ぞんざいになっていくような。
まあ、今さら他人行儀にされても嫌なんだけど」
「最初が猫だしなぁ。それに、竜族はそもそも陛下に対してもそんな仰々しくしないから」
「それはそうかも」
竜王という至上の存在のはずだが、他の竜族は結構フレンドリーにジェイドと接している。
勿論言葉遣いなどは丁寧だが、廊下で会ったら普通にジェイドを呼び止め世間話をしていたりする。
ジェイドもそれに眉を顰めることもなく、嬉々として自分から話し掛けて輪の中に加わったりするのだから。
まあ、それはあくまで竜族同士の時のことであり、他の種族はそこまでフレンドリーではない。
というか、他の種族は竜王という存在を畏怖しており、話したくても体が強張って親しげに話せないというのもある。
因みに人間相手とはそんなことにはならないようだ。
それは人間は亜人に比べ鈍い上、魔力が少ない者やない者が多いので、竜族の大きすぎる魔力や本能を刺激するほどの畏怖に気が付かないかららしい。
なので、文官には人間が多くいる。
逆に軍に少ないのは言わずもがな、魔力体力共に竜族や他の亜人には人間が敵わないから。
それに、竜族を恐れないからか、竜族が番いに選ぶのも人間が結構多いらしい。
と、まあ、竜族はジェイドにもそんな感じなので、瑠璃にも親しげなのだろう。
瑠璃が歩き回るのはほとんど竜族しかいない城の上層部なので、他の種族と城で会えば対応はもっと丁寧なのかもしれないが。
「まっ、それは置いといて、やっぱり手伝う」
「でもなぁ、竜王国の奴らは愛し子に働かせてるよって思われるし」
「うちはうち、よそはよそ。ジェイド様なら好きにしろって絶対言うよ。
というか、自分が率先して動き回りそう」
「まあ、確かに。王なんだから命じればいいのに、陛下ってやけに行動的なんだよな」
それは一人で王都をお忍びで歩き回ることからも分かる。
ジェイドならが決め手となったのか、ヨシュアは渋々ながら瑠璃にも仕事を与える。
「じゃあ、枯れ木集めて、たき火を作ってくれ」
「分かった!」
仕事を割り当てられて意気揚々と仕事に取りかかる。
そうしていると、獣王国の人達が「我々が…代わりに…」とか「愛し子様がそのようなこと……」とか言いながら、働き始める瑠璃とそれをさせる竜族に信じられないといった顔でいるが、瑠璃は無視。
いそいそと枯れ木集めに勤しんでいると、それを見たコタロウや精霊達も手伝いを始めた。
カイだけはその辺にいた蝶を追い掛けて遊んでいる。
瑠璃のためだとどうしても張り切ってしまう精霊達のおかげで、ちょっと集めすぎた?ぐらいの量のを集め、それらを並べて火を付ける。
その頃にはヨシュア達も野営の準備を終えており、食事の時間だからと呼ばれた。
草の上に絨毯を敷いた上に胡座をかいて座るアルマンと横座りするセレスティンの前に、沢山の食事が並べられていた。
ヨシュアに促され、食事を囲むようにアルマンとセレスティンの隣に座る。
食事の用意がされているのはここだけ。
全員で食べるには少なすぎる量。ヨシュア達は立ったまま眺めているだけで座ろうとはしない。
「ヨシュア達は?」
「俺らは後で食べる」
てっきり皆で食事を始めるのかと思いきや、先にこの三人で食事を行うらしい。
他の人は給仕を行っていたり、別の作業を行ったりしている。
大人数に見守られながら食事をすることに居たたまれなさを感じたが、アルマンもセレスティンも特に何かを感じている様子はない。
「皆で一緒に食べないんですか?」
「獣王国では宴でもないかぎり王と臣下が食を共にすることはないな。
俺やセレスティンのように地位の高い者が先に食べ終えてから、それ以外の者が食事をする」
どうやら獣王国は竜王国より身分の差が明確にされているようだ。
アルマンとセレスティンに対する獣王国の人達の接し方を見てもそう感じられる。
うやうやしいというか大袈裟なほど気を配っているというか言葉遣い一つを取っても、竜王国のジェイドと竜族達のような気安さは一切ない。
「竜王国は身分というものがあっても王に気さくに接したり緩い印象だが、獣王国はその辺りのことが竜王国より顕著だ。
越えられない壁がそこにあって、接し方にも慎重だ。愛し子に対してはさらにな。
先ほどお前は兵の仕事を手伝っていたが、獣王国では考えられないことだ。
周囲がそれを許さない」
「うーん、ちょっと窮屈そうですね」
自分ならばちょっと耐えられないなと思い、セレスティンに視線を向ける。
「物心付く前からこの環境でしたので、特に窮屈さを感じたことはないですね」
「そうなんですか」
幼い頃からその環境にあれば、慣れもあるのだろう。
だが、自分では理解できないという表情の瑠璃に、アルマンははははっと快活に笑った。
「お前には合わなさそうだな。
兵に混じって一緒に働くような奴だ。そう考えると、属する国が竜王国で良かったのではないか?
竜族は仲間意識が強いせいかその辺り緩いからな。
正直他の国も獣王国と似たようなものだと思うぞ。王族、愛し子、貴族、平民、というように身分というものでしっかりと分けられている」
「そうですね。愛し子といって結構過保護にされてると思ってましたけど、獣王国の方達に比べると自由にさせてもらってると思います」
一時は外に働きに出ることも許してもらっていたぐらいだ。
きっと獣王国ではありえないことだろう。
セレスティンに接する獣王国の人と比べて初めて分かる。
『なあなあ、そろそろご飯食おうぜ』
中々食べ始めない瑠璃達に焦れたカイが瑠璃の膝に前足を置いて揺する。
「カイも食べるの?」
『おう!なんか食べたい気分だ』
「そう、じゃあ頂こうか」
すかさず獣王国の給仕を行っていた人が瑠璃に皿を差し出してくる。
それを受け取り、カイの食べたいものを取り分け始めると、アルマンとセレスティンも食べ始める。
『それと、それと、それくれ』
「はいはい。コタロウとリンも食べる?」
敷物の上にゆったりと横たわるコタロウと、その頭の上にいるリンを振り返る。
だが、二匹共いらないと首を振る。
取り分けた皿をカイの前に置くと、嬉しそうにはぐはぐと食べ始める。
気持ちの良い食べっぷりを眺め、瑠璃も自分の食事に手を付ける。
真っ昼間だというのに、酒らしきものが入った杯をぐいっとあおるアルマンが、敷物の外側で立っているヨシュアを目にとめる。
「ヨシュア、お前なら別に食事の場についていいんだぞ?」
「止めとく、一応ルリの護衛できてるし」
二人の会話が耳に入ってきた瑠璃は食事の手を止める。
「どうしてヨシュアはいいんですか?」
先ほど臣下とは一緒に食事を取らないと言った後だというのに。
「なんだ、知らないのか?」
その問い掛けはどちらかというと、瑠璃にというよりヨシュアに対して、言っていないのか?と聞いているようだった。
「そういや、話してないかも」
「なになに?」
瑠璃はヨシュアとアルマンの顔を交互に見る。
「ヨシュアの親父と俺は異母兄弟、ヨシュアとは叔父と甥の関係だ」
と言うアルマンの話に瑠璃は目を丸める。
「えっ、えっ?どういうこと?」
「今聞いたとおり、親父と獣王は兄弟。
親父は先代の獣王の息子なんだよ」
「親父ってクラウスさんのことよね?」
「そうそう」
「えっ、でもクラウスさんもヨシュアも竜族よね?」
「他種族との間の子供は強い方の種族の血を引いてくる。
獅子と竜なら竜の方が種として強かったってことだ」
人間と竜族の間に生まれたユアンが良い例だ。
母は人間だが、ユアンは人間ではなく竜族。
「俺も親父も先代獣王の血は引いているが、竜族だから獣王国の王位継承権も持ってない。
ただの竜族だ。生まれも育ちも竜王国だしな」
「はあ、そうなんだ」
クラウスを産んだのはチェルシー。
つまりはチェルシーの番いが先代の獣王と言うことだ。
まさかあんな森でひっそりと暮らすチェルシーの相手がそんな大層な人だとは驚きである。
しかし、そこでふと疑問が湧いた。
「でもさあ、獣王様には沢山の奧さんがいるものなんでしょう?反対に竜族は一途。
チェルシーさんはそれで良かったの?」
「いや、全然良くなかったみたいだぞ。
だから先代獣王とは婚姻関係にない。
ばあちゃんたら、沢山嫁のいる男となど結婚できない。けど、愛する人の子は欲しいから種だけよこせと押し切ったらしい」
「チェルシーさん、アグレッシブ……」
チェルシーらしいというかなんというか……。
「そうやって息子を三人も産んだんだぞ。
男前だよなあ、ばあちゃん」
「先代の獣王様とはそれっきり?」
それにはアルマンが苦い顔で答えた。
「先代はある日突然冒険に出るとか何とか言って、王位を下りてどっか行きやがった。
後に王位に就いた俺がどれだけ大変だったか」
ぐっと拳を握り締めるアルマンからは苦々しい思いが伝わってくる。
「それを期に妃達とは別れたようだが、チェルシー殿の所には時々顔を見せているようだ」
本当にたまにらしいけど、とヨシュアが付け加える。
ヨシュアの言うように本当にたまになのだろう。
何せ瑠璃がチェルシーの元で暮らしていた二年で会ったことはないのだから。
「今はどこにいるのやら」
肩をすくめるアルマン。
随分行動的な人らしい。
「お祖父ちゃんと気が合いそう」
自分の祖父を思い出し、瑠璃はそう思った。




