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曰く付きの腕輪

 商品を全て売りさばいたお金で、瑠璃の身の回りの物を買うつもりで、店を探しがてら町を散策していると、果物を売る店に立つおじさんと目が合い、手招きされ近付いていく。



「どうだいお嬢ちゃん、美味しいよ」



 あちらの世界では見たことも無い果物が並んでいる。

 今が旬で美味しいと、毒々しい赤と青の水玉模様という、正直食べるのに勇気がいる果物を勧められ、食べられるの?と思いつつも好奇心から購入を決める。



「じゃあ、一つ下さい」


「一つと言わず沢山持って行きな」



 そう言いながら店のおじさんは袋に次々と果物を入れていくのを見て、瑠璃は慌てる。



「あっいえ!一つで良いです。今持ち合わせがないから………」



 この後には身の回りの物を色々と買うつもりでいる。

 それらの金額がどれぐらいになるか分からないので、その前にあまり無駄遣いはしたくなかった。


 だが、おじさんは人の良い笑みを浮かべながら、果物が沢山入った袋を渡そうとする。



「代金はいらないよ。おじさんからプレゼントだ」


「えっ、いや……でも」


「良いから、良いから。

 その代わり、またこの町へ来てくれないかい?

 おじさんの店で買ってくれると尚嬉しいけどね」



 困惑する瑠璃は、横からチェルシーに「貰っておきな」と声を掛けられ、躊躇いがちに受け取り、笑顔でお礼を言う。



「じゃあ、有難く頂きます。ありがとうございます」


「またおいで」



 気前の良いおじさんと別れた後も、物珍しさからうろうろするのをチェルシーに窘められながら、お店や屋台を覗いていくが、その度に熱烈大歓迎を受ける。


 両手で抱えきれないほどの品物を貰いながら、未だに一枚もお金は払っていない。



「これも、私の側に精霊がいるから?」


「精霊が集まる土地は、実りが増え、土地が安定して自然災害が減る。

 ルリがまたこの町に来れば、精霊達も一緒に来て、この土地が豊かになるって事だからね。

 また来て貰う為ならそれぐらい安いものだよ」


「へぇ」



 精霊はあちらの世界でいう神仏のようなものなのだろう。

 だが、実際に目で見られて、魔法という力を日常的に体感出来る分、畏怖と敬意の念は計り知れないかもしれない。


 瑠璃は漸く、この世界での精霊という存在の大きさを少しずつだが理解し始めた。

 そして、その精霊達に懐かれている自分の危険性にも。



(面倒事に巻き込まれなければ良いんだけど……)



 そんな不安も、久しぶりのショッピングの前には、一瞬で遙か彼方へ飛んでいってしまう。


 一番欲しかった服。

 やはりあちらの世界とでは流行は違い、こちらでは女性がズボンを履く事は珍しく、基本的にワンピースが多かった。


 とはいえ、森の中で生活している瑠璃には活発に動けるズボンは必需品。

 全く置いていないわけではなかったのだが、あまり可愛らしいのはなく、自分で作るべきかと悩んだが、オーダーメイドはお金が掛かり、かと言って裁縫が得意ではなく、瑠璃は泣く泣く諦めた。

 

 他にも、靴や身嗜みを整えるのに必要な物等に加え、当分の保存食や調味料を買い、再び竜体となったチェルシーに乗り家路に着いた。

 


 翌日、時間が有り余っている彼女なら喜んでくれるだろうと、市場で買った遊び道具を渡す為に、空間を開き中に入る。

 が、そこには予想外の光景があった。


 昨日までは何も無かったはずのその空間。

 市場で買った物を入れはしたが、瑠璃の魔力が影響した広々した空間は、まだまだ空きがあるはずだった。


 しかし、どうしたことか、瑠璃が買った覚えの無い衣類、入れた覚えの無い家具、手に取った事すら無い雑貨に装飾品や武器が、大量に存在していた。



「何よこれぇぇぇ!」



 瑠璃の絶叫を聞き付けてか、何も無かった場所からふわりと時の精霊が現れた。



「嬉しい……本当に来てくれたのね……」



 瑠璃の存在に感激し、涙ぐむ時の精霊。

 しかし、瑠璃は感動の再会に浸っていられる状態ではなかった。



「感動している所悪いけれど、これ何!?」


「ルリが欲しいかと思って、持ってきたの」



 誉めてと言わんばかりの時の精霊に、瑠璃は眩暈がした。



「持ってきたってどこから!?」


「そんなの他の人が作った空間からに決まっているじゃない。

 私はこの空間から出られないんだもの」



 それはつまり泥棒と言うものではなかろうか………。

 瑠璃は絶句した。



「返してきなさい!」


「そんなっ……ルリが喜ぶと思ったのに」



 まさか瑠璃が拒否するとは思わなかったのか、ショックを受け今にもこぼれ落ちそうなほど目が潤んでいく。

 それを見て、瑠璃は幾分口調を和らげた。



「気持ちは嬉しいけど、人の物を取ってくるのは絶対に駄目よ」


「それなら大丈夫よ、もう持ち主の居ない空間の物だもの」



 どういう事か聞こうとした次の瞬間、瑠璃は階段の上に立っていた。


 真っ暗な空間に浮かぶようにある長い長い螺旋の階段。

 階段自体が淡い光を発している為、物が見えないわけではないが、階段があまりにも長すぎて、上も下も階段の終わりが見えない。



「ここは………?」


「ここが私が管理する時の空間。

 本来人が立ち入る事は出来ない場所だけと、ルリは特別よ。

 ほら、階段の横を見て、扉があるでしょう?」



 階段の外側には階段に沿うように並んだ扉が階段と同じように光を発し浮かんでいる。

 そしてその一つの扉にはでかでかと、『ルリの部屋』と書かれていた。



「そこが、さっきまで居たルリの空間よ。

 こちらの扉は私じゃなければ開けられないようになっているの」


「もしかして他の扉は、他の人達の空間って事?」


「ええ、扉には光っているのと光っていないのがあるでしょう?

 光っているのは所有者が存命で、それ以外は既に所有者が居ないっていう事よ。

 ルリの部屋に持ち込んだ物は、所有者が居なくなった部屋から移動させた物だから、何も気にしなくて良いわ」



 そうは言われても、やはり気が引ける。



「でも、勝手に持って行くのもなんだかなぁ……」


「ルリは律儀なのね。

 以前の契約者は、所有者が居ないんだから貰える物は貰っておくって、使えそうな物を片っ端から持って行っていたわよ」


「契約者?」


「ええ、簡単に言えば、精霊が気に入った人に力を貸したり、加護を与えたりする契約よ。

 前の契約者も時の空間に来られる稀な人でね、がさつで尊大で傍迷惑………でも、とても優しい人だったわ」



 そう話す時の精霊は、嬉しそうでいてどこか寂しげに見えた。

 彼女にとって忘れがたい特別な人なのだろう事が分かる。



「まあ、今それは良いわね。

 所有者のいない物の事だけど、空間は作った本人にしか開けないし、所有者の居なくなった空間は順次消してしまうから、その中にある物は全て消滅してしまう事になるの。

 それなら、ルリが使った方が、有効活用出来ると思うけど?」


「消しちゃうの?」


「ええ、そうでないと無限に扉が出来ていってしまうもの」



 瑠璃は悩んだものの、いつまでもチェルシーに頼って生活するわけにもいかず、家族も頼る親戚も保障もないこの世界で生きるにおいて、貰える物は貰っておいた方が賢明だと、自分を納得させる。



「じゃあ、使えそうな物だけ」


「それが良いわ。

 そうだ、前の契約者の空間は残してあるんだけど、後でルリの空間に移しておくわね」


「えっ、いいよ、あなたの大事な人の物でしょう」


「良いの良いの、私に次の契約者が見つかったら、その人に全部譲るって言っていたから」



 次の契約者と言うが、瑠璃にはとんと覚えが無い。

 瑠璃の疑問を浮かべた表情に気が付いた時の精霊は、にこにこ顔で口を開いた。



「昨日ルリが帰る時に、勝手に契約しちゃった」


「いつの間に………」


「だって、ルリの事気に入っちゃたんだもん」


 

 可愛らしくごめんねと、手を合わせる時の精霊に、瑠璃はがっくりする。

 そして瞬く間に、時の精霊の前契約者の空間へと移動した。



 瑠璃の作った空間よりも何倍も大きく、見渡すだけでも価値のありそうな装飾品や武器が所狭しと山積みになっており、瑠璃は呆気に取られた。



「………本当にこれ全部貰っても良いの?」


「勿論。後でルリの空間と繋げて移しておくけれど、気になった物があったら持っていって良いわよ」



 この世界での物の価値はさっぱり分からない瑠璃でも、足下に無造作に転がっている装飾品が決して安物ではない事が分かる。


 きらきらと輝きすぎるこの空間に頭が痛くなりながら見回していると、一つの腕輪が目に入った。

 


「綺麗……」



 腕輪の他にチェルシーにもあげようと幾つか見繕い、森で使えそうなナイフと弓矢を手にして、自分の空間へと戻った。


 この時、高そうな物に目が眩んで選ぶのに必死になっていた瑠璃は、時の精霊が発していた、中には曰く付きの物もある、という忠告が聞こえていなかった。



「そう言えば、あなたの名前は何て言うの?

 あなたとか時の精霊じゃあ言い辛くて」


「リディアよ」



 精霊にとっては僅かな年月。

 それを補う沢山のものを残してくれた契約者は、遠い昔に居なくなった。


 ただ一人、その名を付け名を呼んだ契約者を失って、もう数えるのも億劫になるほどの長い年月が経った。


 しかし、契約者が残してくれた、かけがえのない宝物である名を、再び呼んでくれる人が出来た事が嬉しく、リディアはこれまでで一番の笑顔を浮かべた。



***



 リディアと別れ、元の世界に戻った瑠璃は、早速チェルシーにお土産を渡したのだが、目が飛び出そうなほど驚かれ、何故かお説教タイムに突入。


 どうやら何処からか精霊が取ってきたと勘違いしていたようで、一から経緯を説明して何とか理解してくれたが、頭痛がすると言って部屋に戻っていった。


 喜ぶ姿を想像していたのに、何が悪かったか分からず、瑠璃は肩を落とす。


 自室のベッドに寝転がり、一息ついた瑠璃は先程貰ってきた腕輪を取り出した。


 精巧な細工と宝石がちりばめられたうっとりするほど綺麗な腕輪。



「今後の生活は問題なさそうだけど、逆に怖いかも……」



 一気に大量の資産を手にしてしまった事に、急に不安になってきたが、あれだけの財産があると知られれば金欲しさに狙われる可能性大だ。

 チェルシー以外には話さない方が良いだろうと、心に決める。


 そして、手に持っていた腕輪をはめ、暖かな日向により襲ってきた睡魔に逆らうこと無く眠りに落ちた。



 次に瑠璃が目を覚ました時には、既に日が沈み始めていた。


 夕食の用意をしなければっと、勢い良く起き上がる。

 だがその時、妙な違和感を覚える。



(あれ、なんかおかしい………)



 今までと部屋の風景が違って見えた。

 だが、家具もいつも通りの位置にあり何が変わったか分からない。


 違和感を持ちながら、ベッドから降りようとした時、ふと自分の手が目に入った。


 ふわふわとした真っ白な毛が生えた小さな手。

 手を裏返せば、ぷにぷにしたなんとも可愛らしいピンク色の肉球。


 暫し硬直した後、瑠璃は絶叫した。



「にゃにゃあぁぁ!!」



 しかし、その絶叫も瑠璃の思う言葉にならず、さらにパニック状態に陥る。

 すると、騒いでいた声を聞き付けたチェルシーが瑠璃の部屋の扉を開いた。



「何を騒いでいるんだい、ルリ。

 早く夕食の用意を手伝……い……な……」



 しかしそこに瑠璃の姿は無く、いるのは真っ白な猫が一匹。



「おや、猫なんて一体何処から入ってきたんだ。

 ルリが連れて来たのかね、全くあの子は……」


(猫!?私猫になってるの!?)



 自分を見ながら猫と言うチェルシーに瑠璃は慌てる。



「にゃ、にゃおにゃお。(チェルシーさん、私が瑠璃ですよ)」



 必死に訴えかけるが、猫の言葉が通じる筈も無く、チェルシーは別の意味に取った。



「なんだい、お腹が減ったのかね?」


「にゃうぅ。(ちっがーう)」



 このまま気付かれないのではないかと、絶望的になった時、精霊達の助けが入った。



『この猫さんがルリだよ』


『ルリが猫になっちゃったねー』


『小っちゃくなったから、肩に乗れなくなったね』



 精霊達のその言葉に、チェルシーはぎょっとしながら白猫を見つめ、恐る恐る確認するように話し掛ける。



「………本当にルリなのかい?」


「にゃんにゃん」



 言葉が通じないため、精一杯首を縦に振る。

 しかしチェルシーはまだ信じ切れていないようだ。



「ルリの種族は人間だった筈だよね。

 ルリの話では亜人はあちらの世界にいないと聞いたんだけど、まさか猫族の血でも入っていたのかね?」



 うーんと悩むチェルシーに、再び精霊達から答えが返ってきた。



『ルリがしている腕輪のせい』


『猫さんになっちゃう、古代魔法の腕輪だよー』



 瑠璃の前足に視線を向けると、確かにそこには腕輪がはめられていた。

 人である時にちょうど良い大きさだった筈の腕輪は、猫になった今の姿にぴったりの大きさとなり腕にはまっていた。


 試しにチェルシーがルリの前足から腕輪を外してみると、抵抗もなくするりと外れ、腕輪は元々の大きさに。

 そして瑠璃は、チェルシーが竜体になる時のように光に包まれ、瞬く間に元の人の姿へと戻った。



 瑠璃は猫では無い自分の手を見て、顔や体を触り、元に戻った事を確認し、心の底から安堵した。



「良かったぁぁぁ!

 急に猫になっているし言葉も話せないし、もう戻らないかと思ったよ」


「はぁ、ルリといると毎日飽きないねぇ」



 呆れ顔のチェルシーから腕輪を受け取った瑠璃は、直ぐさまリディアの元へ赴き、説明を聞いたところ、腕輪はただの装飾品ではなく、遥か昔に作られた魔法具で、種族を問わず身に着けた者を猫に変化してしまうとの事。


 何でも猫に並々ならぬ憧れを抱いた者が、人生の全てを懸けて作った物なのだとか。


 周囲には理解されなかったその執念。

 もふもふ好きの瑠璃は是非とも語り合ってみたかったが、随分昔の人であった。


 きっと良い友人関係が築けたかもしれないのに、非常に悔やまれる。

 


 良い物を手に入れたと一転して喜んだ瑠璃。

 ただ、人の話はしっかり聞こうと心に刻んだ。




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