表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
69/190

竜の血


 瑠璃は崩れ落ちて見る影もなくなった第一区の廊下を歩いている。


 廊下には瓦礫が積み重なり、天井があるはずの頭上からは青い空が見えている。


 自分がしでかしてしまったことながら、やってしまったと気が落ちる。


 さすが竜王の住まう住居なだけあり、柱の一つにも綺麗な彫刻が施されていた。

 そんな柱は折れ、壁に掛かっていた高そうな絵画や、花を生けていた花瓶は無残に床に壊れて転がっている。


 今回の被害総額はいくらなのかと、瑠璃はびくびくとしていた。


 後で、空間の中にある使わない金目の物をユークレースに渡して、再建費にあててもらおうと瑠璃は考えた。


 絵画とか花瓶などなら空間の中に沢山ある。

 恐らく初代竜王や、リディアが集めていたのだろう。

 そんなにあっても使わないので、ユークレースが構わないというならそれを代わりに使ってもらおうと思った。


 

 第一区の立て直しは瑠璃が獣王国に旅立った後から始まるようだ。

 明日出発する予定なのだが、そのために準備が必要だった。



 瑠璃は自分の部屋に行き、クローゼットを開ける。


 大方の荷物は空間の中に入っているのだが、普段よく使う小物や服は空間の中に入れずに部屋に置いてある。


 それらを空間の中にぽいぽいっと次々入れていく。


 幸い瑠璃の部屋がある辺りは崩れていなかったので、部屋も綺麗なままだ。

 だが、瑠璃の部屋も警備の対策に出入りするので、できるだけ物は少ない方が良いらしい。



「こんなものかな」



 私物を入れ終えると、第一区を後にし、第二区に臨時で作られたジェイドの執務室に向かう。



 臨時執務室には、ジェイドと主だった側近が集まっていた。



「ジェイド様、部屋にあった私物は回収しました」


「そうか、なら行商を呼んでいるから、ヨシュアと必要な物を選んでくると良い。

 獣王国に行くのに旅仕度は必要だろう。

 ヨシュアもルリに同行してもらうことになった。

 ルリも親しい者が側にいた方が良いだろう?」


「ヨシュアも一緒なんだ」



 精霊達はいるものの、見知らぬ土地に親しくない人達と行くと思っていた瑠璃は、見知った者が一緒と聞いてほっとした。

 それに、獣王国は竜王国とは文化も風習もまるで違うようだから、諜報員として多くの国を渡り歩いているヨシュアがいてくれるのは心強い。


 さらにジェイドは「それと……」と続けながら、瑠璃の前に赤い液体の入った小さなガラス瓶を出してきた。



「これも持って行くといい」


「何ですかこれ?まるで血みたいに真っ赤」



 ガラス瓶を持ち上げ揺らすと、ちゃぷちゃぷと揺れる赤い液体は、血を連想させるような濃い赤。



「ルリの言う通り、それは私の血液だ」



 何てことのないように告げるジェイドだが、それを聞いた瑠璃はぎょっとし、危うくガラス瓶を落としそうになった。



「血!?なななな、何でこんなもの」



 予想以上の反応でわたわたする瑠璃に、ジェイドは苦笑を浮かべる。



「落ち着け、ルリ。正確には私の血を使って作った薬だ」


「薬、ですか?いやでもジェイド様の血なんですよね?」


「ああ、そうだ。竜族が並外れた回復力を持っているのはルリも知っているだろう」


「はい」



 お腹に穴が開いても平然としており、普通なら命に係わる傷も数日で癒えてしまう化け物並みの回復力。


 ユアンも偽死神を捕らえる時に剣で体を突き刺されていたが、その後も普通に動き回り、今はもうけろりとしている。


 ちょっとやそっとじゃ死なないことを分かっているので、兵達の訓練は手加減など一切なく、訓練場では血の惨劇が日々繰り広げられている。


 しかしそんな訓練に、竜族以外の他の種族が付いていけるはずもないので、竜族と他の種族とで訓練場は分けられている。



「竜族の血は細胞を活性化させ、強い回復力があるんだ。

 その血の力により、竜族は肉体が強く回復力が並外れている」


「じゃあ、その血を飲むか傷に付けるかすれば竜族みたいに怪我が治るんですか?」


「そのままでは無理だ。

 竜族の血は他の種族には強すぎるからな。

 他の者でも使えるように加工したのが、この液体だ。

 大怪我を負っても、この薬を使えばたちどころに治る。

 万が一のことがあった時のために持っていくと良い。私はついてはいけないから」


「へえ、そんな凄い物があるんですか。

 ありがとうございます」



 血液と聞いて少し怖かったが、どこぞのゲームに出てきそうな竜の血でできたという薬に、おお、ファンタジーぽい、と瑠璃は感動する。

 

 すると、ヨシュアが「取り扱いには気を付けろよー」と言ってきた。



「それあまり人前では出さない方が良いぞ、ルリ。

 竜の血を使った薬の加工方法は、竜族にのみ伝わる秘技で、薬は市場には出回らない。

 どんな怪我も治すそれは、色んな国や権力者が、喉から手が出るほど手に入れたい希少品だ。

 持っていると分かったら、譲ってくれって奴らがわんさか群がってくるぞ」


「えっ、マジ?」


「マジ、マジ。だから、不用意に持ってるなんて言わないようにな」



 面倒なことになりそうなので、これを使う時が来ないことを祈りつつ、空間の中に放り込んだ。



「使い方などの必要なことはヨシュアに聞くと良い」


「はい」


「じゃあ行くか」



 明日の準備をするため、これから行商の所に行かなければならない。

 ヨシュアにうんと返事をしようとした時、室内にいたユアンがジェイドの前に出た。



「あの、陛下!」


「なんだ?」


「俺もルリに同行して獣王国に行ってはいけませんか?」


「それは構わないが、いいのか?

 フィンは獣王国には行かないぞ」


「はい、分かっています」



 ユアンの発言を聞いた誰もが耳を疑った。

 フィンにべったりのブラコンのユアンが、自らフィンと離れた場所に行こうとするとは。

 明日は雪が降るかもしれない。



「ユアンがフィンさんから離れようとするなんて……。熱でもあるの?それとも獣王国に行きたい何かがあるの?」



 そう瑠璃が問い掛けると、何故かユアンは頬を赤らめてもじもじとする。



「何その反応」



 はっきり言って気持ち悪い。

 それが視線に現れていたのだろう、ユアンは何かを紛らわせるように瑠璃に怒鳴る。



「な、何でもない、とにかく行きたいんだ!

 お願いします、陛下」



 ユアンはジェイドに向き直ると、深々と頭を下げた。



「まあ、本人が行きたいと言うなら構わないが、本当に良いのか?

 城が直るまでは帰って来られないぞ。つまりその間フィンに会えないが」


「はい、構いません」



 ジェイドの再度の問い掛けに、ユアンは力強く頷いた。

 そこまで強く行きたい意志があるならと、ジェイドはユアンの同行を許した。



 話を終えると、ヨシュアと急きょ一緒に行くことになったユアンと一緒に、行商を待たせている部屋へと向かった。



「ところで準備って何買うの?」


「途中は野宿になるだろうからそれに必要なものと、獣王国は暑いから薄着の着る物も必要だな。

 まあ、向こうで用意してくれるんだろうけど……」



 何やら言葉に詰まるヨシュアに瑠璃は首を傾げる。



「何か問題あるの?」


「ルリは獣王国の愛し子に会ったことあるだろう?

 あの服装があっちでの標準だ。

 用意されるのも恐らく似たような服だろう」



 瑠璃は獣王国の愛し子であるセレスティンの服装を思い浮かべた。


 まるで踊り子のような衣装だった。

 スカートはぎりぎり透けないぐらいの薄手のひらひらとした生地。

 上部は丈が短く、お腹が見えてしまう。

 胸元も開いており、スタイルに自信がなくては絶対に着られないような露出の多い服装だ。


 セレスティンはスタイルが良くとてもよく似合っていたが、瑠璃は……。



「あれを着るのは無理かも」



 恥ずかしさから抵抗感がある。



「だろう。だから服を買って、後必要なのは食事だな」


「食事なら向こうにだってあるでしょう?」


「あるにはあるんだけど、辛いんだよなぁ」



 ユアンが激しく頷き眉をしかめる。



「決してまずいわけではないんだが、とりあえず香辛料が効いていて毎食となるとかなりきつい。

 人間は弱いし、慣れていないのだから、ルリは胃薬を用意していた方が良いだろう」


「そうだな。竜王国とは食生活がまるで違うから、非常食は多めに必要だ」



 瑠璃は辛い食べ物もそれなりに大丈夫だが、毎食となるとしつこそうだ。

 ユアンの言う通り、後で胃薬をもらいに医務室に寄ろうと決めた。



「そうなんだ。でも今から町に買いには行けないけど、どうするの?」



 旅の準備も、未だ神光教の問題が解決したとは言い切れず、また襲ってくる可能性のある状況で町に行くのは危険だと、行商を城に呼んだぐらいだ。


 食事を買いに町には行けない。



「今城の調理場で大量に作ってもらってるよ。

 俺とユアン以外にも、護衛で何人かの兵士も同行するから、そいつらの分もな。

 今調理場は大忙しだろうな」



 城を直すのだから、一週間二週間ではすまないだろう。

 それだけ量も必要なはずだ。



「ルリももし向こうで食べたい物とかあったら、要望出しに行っとけよ」


「うん、甘い物は欲しいかな」



 日々の潤いに甘味は必須だ。

 向こうの食文化が分からないので、どんなスイーツがあるのか分からないが、暑い場所のようなので、冷たいスイーツは欲しい。



 頭の中で、行商の所に行った後に、医務室と調理場に行こうと行く先を思い描きながら、行商のいる部屋へと辿り着いた。


 あらかじめ言われていたのか、行商が用意していた服は薄手のもので、竜王国らしいデザインのものがほとんどだ。


 本当は服などに関してはユークレースの意見を取り入れたかったが、ユークレースも後始末で忙しい。

 なのでリンや行商の人の意見を聞きながら、選んでいく。


 その後、諜報員として色んな国に行って、旅慣れしているヨシュアに聞きながら、迷いなく必要な物を選別していく。


 長期間になりそうな今回の旅だが、獣王国に着いた後は愛し子として丁重に迎え入れられるだろうから、獣王国の城に着いてからの生活に必要な物はきっと用意されるだろう。

 なので、どんな服が用意されるか不安のある服と、道中に必要になりそうなものだけ。


 それも、野宿に必要なテントなどの重装備品は同行する兵達が用意するので、瑠璃が選ぶ物は少なかった。

 

 全て選び終えると、それらを空間の中に入れ、ヨシュアとユアンのアドバイス通り医務室と調理場に行き、その日は次の日に備え、早めに就寝した。




***



 瑠璃達が出て行った執務室では、ジェイドが険しい表情でこの度の事件の報告書を片手に、ユークレースからとある話を聞いていた。



「城内を捜索しましたが、やはり発見できませんでした」


「未だ瓦礫の下敷きになっているということはないか?」


「精霊を使い調べましたが、瓦礫の下には何もないと」


「そうか……」



 重い沈黙が部屋を支配する。



 この度の事件の後、竜族の兵が一人行方不明になっていた。


 周囲の者から話を聞いたところによると、その兵は食事に混入された毒の影響で体調を崩し、医務室にて休んでいたという。


 その後お手洗に行った後から、その消息が不明となっていた。



 もしや第一区が破壊された時にそこに居合わせ、下敷きになったままでいるのかもしれないとジェイドは考えたが、それもユークレースによって否定された。


 勿論家に帰ったことも考えられたが、家にも帰っていないらしい。



 突如行方の分からなくなった兵。



「まさか裏切りではなかろうか……?」



 静かな室内では、ぽつりと呟いたアゲットの声がいやに響いた。


 事件の解決と共に消えた兵。

 まさか竜族がこの事件に関与しているとは思いたくないが、疑う余地がある。


 しかし、ユークレースは冷静にそれを否定する。



「まだ結論を出すのは早計よ。

 あの子供の話によると、もう一人の神光教の者が、裏で何かを画策していたようだから、それに巻き込まれたという可能性もあるわ」


「しかし、竜族が簡単にどうにかなるとは思えないが」


「あの時兵の多くが毒の混入で体調を悪くしていたのだから、可能性としてはなくはないわ」



 毒の影響は個人差があったが、酷い者はぐったりとして数時間ベッドから起き上がることができないような状態だった。


 その兵はトイレに立つほどの元気はあったようだが、体調不良の最中に不意を突かれたら分からない。



「神光教は裏で何かをしようとしていたという話だが、何をしていたのか分かったのか?」



 ジェイドの問い掛けに、ユークレースは首を横に振る。



「まだ分かっていません。

 あの子供も今は落ち着いて、こちらの問い掛けにも答えてくるようになりましたが、やはりいつでも切り捨てられる駒だったのでしょう。

 必要以上のことは聞かされていなかったようです。

 しかし、今のところ城内でも町でもおかしな点はなく、唯一変わったことがあったのが、兵が一人行方不明ということです」


「そのことをヨシュアやユアンに伝えてはいるか?」


「はい。目的が判明していない以上、道中も警戒を怠らないよう伝えています」


「ならば良い。その件に関しては引き続き調べてくれ」


 

 一拍の後、はぁと残念そうに息を吐いたジェイドが「私もついて行きたいが……」と呟くと、側近達は揃って苦笑を浮かべた。



「駄目ですよ陛下、仕事が山積みなのですから。今陛下に国を離れられては一大事です」



 やんわりとたしなめるクラウスを、ジェイドは軽く睨め付ける。



「そんなことは分かっている。だが、いったいどれだけの期間ルリと離れることになるのかと思うと気が滅入る」


「ならば獣王国などにやらずに、母の所にやればよろしかったでしょうに。

 そうすればすぐに会いに行けますのに」


「仕方がないだろう。私とてそうしたかったが、セレスティンが言うのだから」



 瑠璃には、城の改修のために城を離れなければならないから、ついでに観光に獣王国に行ってみてはどうかと提案した。


 しかし、瑠璃が必要以上に気を張ると思い伝えなかったのだが、瑠璃を獣王国にと言い出したのは、実はセレスティンだった。


 理由は勿論、



「まだルリの見極めはすんでいなかったということでしょうね」



 やれやれといった様子でクラウスがそう口にすると、ジェイドは深い溜息を吐いた。



「私の目が届かない所で、セレスティンが暴走しなければ良いが」


「ルリは愛し子ですし、あの方も強くは出られないと思いますよ。

 それにあの二人は結構気が合うように思いますが」


「そうだといいが」



 これまでジェイドに寄ってきた女性達を排除してきた例を知っているので、少し不安を感じるジェイドだった。

 







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ