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半壊

 まだ日も明けきらぬ深夜、普段ならば静まり返り、夜回りの兵士の靴の音しかしないはずの城内は、度重なる騒ぎでとても深夜とは思えない慌ただしさとなっており、そんな中をジェイドは足早に突き進む。


 その後ろからは、死神に生きていることをばれないように、全身を覆える丈の長いフードの付いたローブを着た瑠璃が、フードで顔を隠しながらジェイドの後に付いていく。



 足の長さ故か、早歩きのジェイドについて行こうと思うと、どうしても小走りになってしまう。



 さらにその後から、リンとカイを乗せたコタロウが追ってくる。


 


 向かったのはユークレースの執務室。


 ジェイドの代わりに指揮を取っていたユークレースの執務室には、入れ替わり立ち替わり人が出入りしていた。


 部屋へ入るやいなや、ジェイドは「ユークレース以外退出しろ」と、部屋にいた者達を追い出した。



 ジェイドの真剣な様子から、誰一人無駄口を叩くことなく出ていくと、部屋はユークレースと瑠璃達だけとなった。



 直後、コタロウが部屋に結界を張る。



『結界を張った。これで話も姿も外には聞こえないし見えない』


「助かる」



 どこから死神が見ているか分からないので、そのための措置だ。




「何かあったのですか?ルリを探しに行かれたのでしょう。見つかったのですか?」




 何かに急いている様子のジェイドから、何かを感じ取ったユークレースが眉をしかめる。



 そんなユークレースに無事を知らせるように、瑠璃は顔を隠しているフードを取った。


 瑠璃の無事な顔を見てほっとした表情を浮かべるユークレースは、すぐに表情を真剣なものへと変える。



「何があったんです?」



 瑠璃は先ほどあったことをユークレースに話して聞かせた。



「……そう、そんなことが。

 なんにせよ、あなたが無事で良かったわ、ルリ」


「はい、本当に」



 カイが付いてきていなかったらと思うと、今でもぞっとしたものが瑠璃を襲ってくる。



「ルリも見つかったことですし、町で捜索させている兵を引き上げさせますね。

 死神が城内のどこに入り込んでいるか分からないので人手がいりますし」


「いや、待て。

 兵を引き上げては死神にルリが生きているとバレる可能性がある。

 気付かれて逃げられては大変だ。

 このまま兵には捜索を続けさせたまま、城内に残っている兵で死神を捕まえる」


「しかし、どこに現れるか分かりませんよ」


「侵入経路が分かったので、コタロウ殿の力で死神の捜索は可能だそうだ」


『うむ、腕輪をしているネズミを探せば良いのであろう?

 排水溝やらも捜索となると時間が掛かるが問題ない』


「それに恐らく死神はセレスティンかアゼルダの愛し子の所に現れるはずだ。

 執拗に愛し子を狙っていたからな。

 そこで罠を張る」


「承知しました」



 ジェイドがこれから行うべき準備を説明し終えると、ユークレースは罠を張る準備をするため執務室を出ていこうとする。

 その背に向かってジェイドは付け加える。



「既に捕まえていた賊の荷物も調べておいてくれ。

 警備を抜けて城の内部に入ってきたことを考えても。恐らくあの者も死神達と同様、ネズミか何かに変化できるはすだ」


「すぐに確認します」



 賊は牢に入れられているらしいが、死神達のようにネズミになれる腕輪を持っていた場合、小さな体を使って牢から逃げられる可能性がある。


 幸い報告が来ていないところを見ると、まだ逃げられてはいないようだが、早く確認する必要がある。


 パタンと閉まった扉からジェイドに視線を向け、瑠璃は不安に駆られる。



「大丈夫なんですか?

 罠を張るのはいいですけど、その話をしている所を聞かれでもしたら……」



 排水溝やら通気孔に天井裏、ネズミとなった死神がどこで聞いているか分からない。



「問題ない。話を聞かれる可能性のある時に、大事な話を伝えなければならない時のための暗号がちゃんとある」


「へえ、そんなのがあるんですか。

 なら後は本当に張った網に掛かって、捕まえられるかですね」


「それはこちらで何とかする。

 ルリは安全な場所に避難していてくれ」



 そうあるべきだというように告げるジェイドに、瑠璃は反感を抱く。



「えっ!

 何言ってるんですか、私も死神捕まえるのに協力します」


「一度殺されかけたのに何を言っている。

 また危ない目に合いたいのか?」


「コタロウもリンもいますから大丈夫ですよ!

 やられた借りはきっちり返さないと」



 無言の睨み合いになる。

 瑠璃は引く気は一切なく、じっとジェイドを見つめる。

 わずかな睨み合いの後、折れたのはジェイドの方だった。



 仕方なさげに溜め息を吐くジェイド。



「絶対にコタロウ殿とリン殿から離れるな」


「はい!」


『ルリの周囲には我が厳重に結界を張っておく』



 瑠璃の周囲には既にコタロウが結界を張っていたが、さらに重ねづけするように瑠璃の周りにふわりと風が起こり、瑠璃を守るように見えない壁が厚くなったのが分かった。



『これで矢でも魔法でもルリには指一本触れられない』


「ありがとう、コタロウ。

 あっ、そうだ。

 ジェイド様、前にあげたガラス玉のお守りって持ってますか?」


「ああ、これか?」



 ジェイドは懐からガラス玉を取り出した。

 瑠璃の瞳と同じ色のガラス玉。



「すみません、ジェイド様にあげるって言いましたけど、やっぱり返してもらっても良いですか?」


「ああ、それは構わないが、何かあるのか?」


「死神に反撃するのに大いに役立つんです」



 それはここに来る前に精霊達から聞いたことだ。


 ジェイドからガラス玉を受け取る。

 精霊によって危険物へと変貌を遂げたこのお守り。

 それを知らず持っていたジェイドは不思議そうにしている。


 ジェイドに渡してしまったが、もし持っていたら死神に殺されかけるようなことにはなっていなかったかもしれないと、後悔が襲う。



 しかし、だからこそ、この危険物を罪悪感を抱かず使えるというものだ。


 殺人未遂犯にかける情けはいらない。


 精霊達の言葉を借りるならば、徹底排除である。

 




***




 侵入した賊と遭遇したもののすぐにジェイドに助けられたアゼルダは、そのまま第二区には戻らず、念のため第一区に一室を用意され、そこで休んでいた。



 この部屋のある一角は第一区の中でも端に位置しており、慌ただしく城内を走り回っている兵士もこの周囲にはいない。



 いるのは部屋の外で警備をしている幾人かの兵士のみ。



 室内はしんと静まり返っている。



「では、アゼルダ様、我々は部屋の外におりますので、何かありましたらお呼び下さい」



 茶色の髪を垂らし、寝間着を着たこの部屋の今の主は兵士の言葉に頷き、兵士が出ていくと灯りを消し、ベッドの中に入った。



 しばらくして、真っ暗な中、静かな寝息が聞こえてくる。


 

 それまでの騒ぎが噓のように静かな部屋の中に、かたんと音がした。


 風呂に繋がる扉が静かに開いた。

 ゆっくりと開く扉から、死神の二人の男女が姿を見せ、ベッドに近付いていく。


 毛足の長い絨毯がその足音を消し、ぐっすりと眠っている様子のアゼルダは気が付かない。



 そして、男が仰向けに眠るアゼルダに襲い掛かり、声を上げさせないよう口を手で塞ぐ。


 そこでようやくベッドに眠っていた彼女の目が開いた。



「へへへっ、騒ぐなよ」



 男は脅すように手に持っている凶器を顔面にかざす。

 暗闇の中だが、闇に慣れた目にはそれが剣であることが分かる。



「っても、すぐに騒げなくなるけどな」

 


 男は口を手で塞いだまま、アゼルダの胸に向かって剣を突き刺した。



 深々と胸に突き刺さった剣。

 押さえた口元からくぐもったうめき声が聞こえたが、外にいる兵士に聞こえるほどの大きさではない。



 男が剣を引き抜くと、胸元が血で染まっていく。


 力なく瞼を閉じていったアゼルダに、男は口角を上げた。



「任務完了だ。とっととずらかるぞ」


「ええ」



 二人が踵を返したその時。



「捕まえろ!!」



 静寂を切り裂くような声が響く。

 それと同時に、天上から魚を引き揚げる時に使うような大きな網が二人の上に降ってきて、二人の行動を抑える。



「きゃ、何!?」


「な、何だこれは!?」



 真っ暗な室内に灯りが灯され、明るくなった室内にヨシュアを先頭にしてたくさんの兵士が雪崩れ込んできた。


 室内にも幾人かの兵士が家具の中やベッドの下に隠れ、さらには忍者の如く天井裏から降ってきて、あっと言う間に兵士に囲まれた二人は、唖然としたまま固まる。

 しかし、彼らの驚きはそれで終わらない。



「いってぇー!!」



 先ほど剣を刺されたはずのアゼルダが胸を押さえながら元気よく起き上がったのだ。



「はっ、何で!?確かに胸を刺したのに」



 胸を刺されたとは思えないほど軽やかにベッドから起き上がった少女に愕然とする男は、女性から出たとは思えない低い声に気付いている様子はない。



 胸を真っ赤に染めた少女は刺された胸を押さえながら、ギッとヨシュアを睨み付ける。



「おい、号令が遅いぞ、ヨシュア!

 刺されたじゃないか!」


「悪ぃ悪ぃ、ちょっとタイミング見失ってさ」



 とても悪いとは思っていなさそうにへらへらと笑うヨシュア。



「お前の悪いは悪そうにしているように聞こえないんだ!」


「そう怒るなって、ちょっと刺されただけじゃんか。

 それぐらい二、三日で治るだろ。

 竜族で良かったな、ユアンちゃん。

 人間ならとっくに死んでたな」


「ユアンちゃんなんて言うな!」



 アゼルダだと思っていた少女は、頭に手をやり髪を引っ張った。


 そのままずるりと滑り落ちた茶色い髪の下から、アゼルダよりも黄色味の強い茶色い短い髪が現れた。



「だいたい、何で俺が女装なんてしなくちゃならないんだ!」



 そう言って、女物の寝間着を着たユアンは、それまで被っていたアゼルダと同じ髪色と長さのかつらを床に叩きつけた。



「仕方ないだろ、女顔で女物の服が着られる奴が他にいなかったんだから。

 ごつい男の女装なんてすぐばれるし」


「お前ならできなくないだろ」


「えー、やだよ女装なんて」


「俺だってそうだ!」

 

「まあまあ、落ち着いて」



 その言い方に、青筋を浮かべたユアンだったが、今はこんな言い合いをしている場合ではないと思いだしたのか、網に掛かった二人の男女へ視線を向ける。



 ようやく状況を理解したらしい男女は、周囲を睨み付けながら視線を彷徨わせる。



「くそっ、何で分かった」



 悔しげに眉をしかめる男女に対し、ユアンはふんっと鼻を鳴らす。



「お前達がネズミとなって排水溝から城に侵入したのを見た奴がいるんだ。

 場所さえ分かれば精霊達に探してもらえばいい。こちらはお前達が今どこを歩いているかも手に取るように分かっていた。

 聞き耳を立てていたお前達に聞かせるようにセルランダの愛し子の部屋の場所を話し、罠を張っていたんだ」


「ちっ」



 男は網の中で藻掻きながら、舌打ちをする。



「まっ、呆気なかったけど、これで解決だな。

 捕まえろ」



 ヨシュアは近くにいた兵士に指示を出す。


 じわじわと間を詰める兵士達を前に、男女は互いに視線を合わせ頷く。


 網に動きを制限されながら懐から取り出したのは、腕輪。


 ヨシュア達に向かってにやりと笑うと、二人は腕輪をはめ、ネズミの姿へと変化した。


 網目よりも小さくなった二人は、難なく網から脱出。

 そのまま、扉へ向け駆けだした。


 兵士達が捕まえようとするが、小さく、ちょこまかと動く小動物に苦戦している。



 ネズミ二匹は部屋を飛び出し廊下へと出ていく。

 その後を追う兵士達。


 ネズミは逃げ道を探して駆け回り、逃げ込めそうな通気孔を見つけ、そこに飛び込もうとしたが、見えない何かにぶつかったように弾かれた。


 その後も逃げ込めそうな道を見つけるも、何故か入れない。


 そのまま逃げ場を探して逃げる死神は、少しずつ追い立てられていることに気付かない。


 そうして追い立てられ中庭にやって来たそこには、中庭をぐるりと囲むように兵士が配備されていた。

 最初からここに来ることが分かっていたかのように。


 二階からは、死神であるネズミを狙って弓矢が構えられている。

 

 その二階にはジェイドがおり、いつでも弓を発する指示を出せるようにしている。



 逃げ道を完全に断たれた死神二人。

 焦っているだろうことは聞かなくても分かった。



 そんな二匹のネズミの前に、ローブのフードを取った瑠璃が歩み出た。


 目を見開く二匹のネズミ。


 何故お前が生きているんだとその目が語っていた。



「残念だったわね。こうして無事に生きてるわよ!

 諦めて牢屋に入りなさい!」



 死神は自ら腕輪を取り、ネズミから人の姿へと戻った。



「くそっ、こうなったらお前を人質にしてやる!!」



 武器を取り出し瑠璃に向かって走り込んでくる男。

 焦りを見せ、二階から身を乗り出したジェイドだが、側にコタロウ達がいることを思い出し身を引いた。



「きゃー、助けてーい」



 助けてと言いつつ、闘争心剥き出しの瑠璃は、襲ってきた男に向かって、自分の瞳と同じ色のガラス玉を投げつけた。


 正直、瑠璃は何が起こるか分かっていなかった。


 ただ、精霊達にガラス玉を投げ付けろと教えられたのだ。

 お仕置きになるからと。

 ガラス玉が彼らに届く瞬間、ガラス玉に溜められた力を解放するらしい。


 その意味をあんまり考えないまま、瑠璃は渾身の力を込めた。



 直後、閃光と共に、どおおぉぉん!と激しい音と地響きが木霊した。



 白い土煙が当たりを満たし、ぎゃーとか、わぁーとか、悲鳴が至る所から聞こえてくる。



「うっ、ごほっごほっ」



 無駄と分かりつつ、瑠璃は目の前で埃を払うように手をぱたぱた振る。


 しばらくして土煙が落ち着いてきて、辺りが見えるようになってきた。


 そこに見えてきた周囲の光景に瑠璃は、目を大きく見開いた後、頬を引きつらせた。



 綺麗に手入れのされた中庭をはぐちゃぐちゃとなり、瑠璃がガラス玉を投げた方向の建物が崩れ落ちていた。


 そこにいた兵士の姿も見えない。

 恐らく瓦礫の下敷きになっているのだろう。



 唖然とその光景を見ていた兵士達の視線が一斉に瑠璃へと向かう。

 何やってんのあんた、とでも言うように、非難する眼差し。



「え、えへへ、ちょっとやり過ぎた?」


「ちょっとじゃねえだろ!!」



 照れ隠しに笑うと、ヨシュアから激しい突っ込みがきた。



 じとーっとした眼差しが瑠璃に突き刺さり居心地を悪くする。


 まさかこれほどの威力があるとは瑠璃も知らなかったのだ。


 ちょっと懲らしめる位のつもりだったのに、第一区は死神と共に見るも無惨な姿になっていた。

 恐るべし、精霊のお守り。



 城が崩壊した光景に呆然としていたジェイドが我に返る。



「死神を探せ!」



 死神がいた場所には瓦礫が山のように積み上がっていた。



「おいおい死んでるんじゃねえのか!?

 兵士は後で良いぞ-。瓦礫の下敷きになったぐらいじゃ死なねえし。

 死神の方を探せ」



 ヨシュアを先頭に、無事だった兵士達が瓦礫を除けていく。

 人間なら重機が必要な作業だが、腕力のある竜族の兵士は素手でどんどん瓦礫を撤去していく。



 そして、瓦礫のそこからお守りの効果をもろに受けた死神の二人が発掘された。



 生きているか心配だったが、気絶し、怪我はしているものの命に別状はなく、周囲の惨状からは考えられない軽傷に首を傾げた。



『我が寸前で結界を張った。

 まあ、ルリにしているような強いものではないが、命は守られる』


「コタロウ、偉い!」



 彼らには今後事情聴取もしなければならない。

 死なれては困るのだ。

 コタロウの判断に賞賛を贈る。


 褒められて満更でもないコタロウは尻尾を元気よく振る。



「またネズミになれないように、腕輪を回収しろ」


「はっ」



 ジェイドの指示により、二人が持っていた腕輪が取り上げられた。

 これで彼らがネズミになることはできなくなり、牢に入れても逃げられる心配がなくなる。



「これで、一件落着……かな?」



 疑問系なのは、目の前に広がる惨状があるからだ。

 死神は捕まえたが、第一区は半壊になってしまった。



 後片づけを考えると、果たして一件落着と言って良いものか迷うが、なんにせよ犯人は捕まった。


 死神を捕らえたので、今度は瓦礫の下敷きになっている兵士達の発掘が始まっている。

 お腹に穴が開いても平然としている頑丈な竜族。

 瓦礫の下敷きになったにもかかわらず、かすり傷程度だったのが幸いだ。



 長かった夜が終わり、瑠璃はほっと一息吐く。



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― 新着の感想 ―
お腹に穴が開いても、胸を刺されても死なないなら戦闘で死ぬことはないの?頑丈のレベル超えてて草 お守りの効力もジェイド様の時で役目果たしたって書いてなかった? 込め直したってことなのかな。それにしても…
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