襲撃
「陛下、落ち着いて下さい」
「分かっている」
そうは言うが、先ほどからジェイドはひたすら室内をうろうろと歩き回っている。
瑠璃がいなくなって、じっとしていられないのだ。
「今、捜索範囲を城内から王都に広げています。
コタロウ殿とリン殿も探しに行かれたようですから、すぐに見つかりますよ」
クラウスは安心させるように優しく声を掛けるが、心配しているのはクラウスも同じだ。
それでも、ジェイドよりは冷静であった。
「ぼや騒ぎに、毒の混入、そして瑠璃の失踪。
一日にこれだけのことが起こるなど、偶然とは思えません」
「ああ」
「それに精霊がルリを見失うなど普通では考えられません。
いったいどんな方法を取ったのか……」
ジェイドは残されていた竜心のネックレスを手のひらで転がしながら、後悔の念にかられていた。
精霊がいるから大丈夫。
そう安易に考えて警備の兵を減らしてしまったことに。
多くの精霊がいながら瑠璃の失踪を許してしまったのだから、竜族があと何人増えても変わらなかったかもしれない。
それでもやはり、何か変わっていたかもと悔やんだ。
「……私も探しに行く」
ただ報告を待つだけは耐えられなかったジェイドが呟く。
クラウスは困ったように眉を下げる。
「お気持ちは分かりますが、今後何が起こるか分からない今の現状で、それは受け入れられません」
「それでも……」
扉に向かって歩くジェイド。
慌てて止めに入ろうとするクラウス。
その時、どおぉぉんと、地響きがした。
「なんだ!?」
慌てて部屋から飛び出すと、同じく動揺している兵士がそこかしこにいた。
ジェイドは近くにいた兵士に「何があった!?」と問う。
しかし、兵士も何があったのか分からない様子だ。
「分かりません。突然爆発がありまして。
おそらく二区か三区の近い区域だとは思いますが……」
「すぐに原因を調べろ」
「はっ!」
命令を受けた兵士が走り去っていく。
「次から次へと」
舌打ちをし、吐き捨てるように呟く。
「陛下、第二区におられるセルランダの方を避難させた方がよろしいのでは?」
「そうだな」
ジェイドは近くにいた兵士を呼び止め、アゼルダを連れてくるように命じる。
他国の愛し子と会わせるのは規約に反するが、もう何度も顔を合わせているし、アゼルダは愛し子の力を失っている状態なので、問題ないと判断する。
「クラウスはアルマンの所に行って、セレスティンの警備を強化するよう言ってくれ」
「承知しました」
それから指示を出しながら城内を歩き回っていると、一人の兵が走ってきた。
「陛下、どうやら爆発は三区です。
爆発した場所からぼや騒ぎで使われたのと同じ時限式の魔術具が使われていたようです。
おそらくぼや騒ぎと同一犯かと」
「警備はどうなっている!?
こんな簡単に侵入を許すとは」
しかし、区間の移動には通行手形が必要だ。
あさひが他人の通行手形で脱走して以後、その辺りの確認は厳しくなっている。
山を登って外からの侵入も考えられるが、側面は切り立った岩山で、第三区まで登ってくるのは不可能に近い。
監視の目もある。
空からは更に不可能だ。
空を飛ぶ魔獣の侵入を防ぐ為に、結界が張ってある。
壊れれば当然分かる。
侵入経路が分からない。
あるいは内部の犯行かと身内を疑い始めた時、再び爆発が起きた、それも今度は近くだ。
一瞬意識がそちらを向いた、その直後反対の廊下から「きゃあぁ」とアゼルダの悲鳴が聞こえてきた。
ジェイドが急いで駆けつけると、背後から全身黒の服を着た者に短剣を突きつけられているアゼルダの姿があった。
ジェイドは目を見開く。
周りにいた兵士は何が起こったか分からない表情だ。
「お前達は何をしている!?」
ジェイドの激しい叱咤が飛ぶ。
アゼルダの近くには何人もの護衛の兵士が付いてた。
にもかかわらずアゼルダを奪われている。
「そいつ、と、突然現れたんです。
俺達が爆発に気を取られたほんの一瞬に、どこからともなく現れて」
「どういうことだ?」
ジェイド達がいるのは、特に障害物もない見晴らしの良い廊下。
人が来ていればすぐに分かるだろう。
「あ、あなた、あの時の賊と同じ服……」
アゼルダが絞り出すようにして発した言葉に、ジェイドの目が険しくなる。
アゼルダを襲ったのは神光教と目星が付いている。
ならば、この目の前にいる人物が、神光教の者ということなのか……。
「神光教か?」
しかしジェイドの問いに黒服の者は答えない。
「愛し子は殺す」
口元は布で覆われているのでくぐもった声だ。少し高めの声のように思う。
短剣がアゼルダに振り下ろされた。
しかし、それよりも早く、ジェイドの手刀が相手の剣を持つ手を狙う。
間一髪かわしたようだが、完全にはかわしきれず、手が赤くなっている。
ジェイドの目が怒りに燃える。
「まさかルリもお前が関わっているのか!?ルリの居場所を知っているのか!ルリはどこだ!?」
「……死んだ」
ジェイドは一瞬、世界がくらりと揺れたのを感じた。
手がわなわなと震える。
「愛し子は全て殺す」
黒服の者はアゼルダに向かって地を蹴る、アゼルダは恐怖で、逃げるという選択肢も取れず怯えている。
ジェイドは素早く近くにいた兵から剣を受け取り、アゼルダとの間に入った。
相手の剣を弾き飛ばし、相手がジェイドと距離をとった瞬間、ジェイドはアゼルダを兵がいる方へ投げ飛ばした。
アゼルダの悲鳴が聞こえたが、そんなことは構っていられない。
幾度となく剣が合わさり、金属の高い音がする。
相手はジェイドより背が小さく、ジェイドがぐっと剣に力を込めると、相手はじわじわと後退していく。
そして一瞬力を抜き、相手が体勢を崩した瞬間、横から強烈な蹴りを与えた。
竜族の強靱な肉体によって繰り出された蹴りをもろに受けた相手は、吹っ飛び壁に激突した。
どうやらあまり戦い慣れていないことを感じ取ったが、今のジェイドにそれは些末なことだった。
「ぐっ……」
うめき声を上げながら立ち上がり懐から何かを取り出すと、力を振り絞るようにジェイドに向けて投げ付けた。
それを躊躇わず手で振り払ったジェイド。
しかし、手に触れようとしたその時、大きな爆発を起こした。
「陛下!!」
離れて見ていた兵が焦ったように声を上げる。
爆発をもろに受けたジェイドの身が案じられた。
投げた相手は、ジェイドが戦闘不能に陥っただろうと判断し、その視線をアゼルダへと向け、アゼルダの周りにいた兵が戦闘態勢になる。
しかし、ジェイドを包む白煙の中から、光が発せられ、一直線に黒服の者を吹き飛ばした。
先ほどよりも強く壁に激突し立ち上がれないほどのダメージを受けたようだ。
白煙が晴れると、無傷のジェイドが立っており、その周囲を光が包んでいた。
ジェイドは自分の身に起こったことが分からず困惑した顔だ。
自身の胸の辺りが青く光っているのに気付き、内ポケットを探ると、そこから以前瑠璃からもらった瑠璃色のガラス玉が出てきた。
ガラス玉は役目は終えたとばかりに、光が消えていった。
「これが守ってくれたか」
そればかりか、カウンターとばかりに相手を攻撃し、戦闘不能に陥らせた。
ジェイドは気を取り直し、壁にもたれたまま動けない黒服の者の胸ぐらを掴み強制的に立たせると、黒服の顔を覆っている布を取り払った。
そうして現れたその者の顔。
「お前は……」
ジェイドの表情に驚愕が浮かぶ。
しかし次の瞬間には、射殺しそうなほどの鋭い眼差しで、黒服の者を睨み付ける。
「もう一度聞く、ルリはどこだ?」
地を這うような低い声。
ジェイドからは強い威圧感が発せられており、それを間近で向けられた黒服の者は顔に怯えを浮かべた。
ぎりぎりと締め上げる力が強くなっていき、相手の顔が苦しそうに歪む。
「あの愛し子は死んだ。今頃海の底だ」
ジェイドの瞳の鋭さが増す。
胸ぐらを掴んだまま、壁に勢い良く押し付ける。
兵士が、慌てたように駆けてくる。
「陛下、それ以上力を入れては危険です。
まだその者には話を聞かねばなりません」
ジェイドは荒れ狂う心を落ち着けるように、深呼吸した。
そしてゆっくりと手を離し、兵に引き渡す。
「まだ仲間がいるかもしれない。
今度こそ警戒を怠るな。身元も調べろ」
「はっ」
ジェイドはその足で、ユークレースの下に向かった。
「これからルリを探しに行く。後は任せた」
今この時に王が城を離れるのは褒められたことではないだろう。
しかし、どっちにしろ今のジェイドでは冷静に対処できる自信がなかった。
「お任せ下さい」
ユークレースは特に何も言わず了承した。
瑠璃が死ぬはずはない。
自分に言い聞かせるように、ジェイドは町へ向かった。
活動報告のせています。




