ぼや騒ぎ
アゼルダは取り巻きに連れられ帰っていった。
残された瑠璃達には何とも言えない雰囲気が漂う。
そんな瑠璃の下に、しゅんとして尻尾を下げたコタロウが近付いてくる。
『すまないルリ』
『コタロウ?』
『我がいながらルリを守れなかった……』
コタロウはかなり落ち込んでいる様子だ。
『そんなこと気にしなくて良いのよ』
『いや、我一生の不覚だ。
地のに言われ、呑気に土を掘っていた我が情けない』
『掘っていた?』
瑠璃が庭園を見回すと、地面の何カ所かが確かに掘られて、茶色い土が剥き出しになっている。
『なんで地面なんか掘ってたの?』
『おう、暇だったから遊んでた』
面白そうと言って付いて来たカイだったが、どうやらカイにはアゼルダとのやり取りは退屈だったようだ。
何故それが穴を掘ることに繋がるのかはさっぱり分からない。
アゲットが掘られた穴を覗き込むと、目を見開き驚きを露わにする。
「なんだ、これは!?」
アゲットが穴に手を入れ、何か石のようなものを取った。
きらきらと輝くそれは間違いなく宝石。
ジェイドも気になったのか、瑠璃を抱っこしたまま穴を覗き込む。
そこには色とりどりの、大小さまざまな大きさの宝石がごろごろとしていた。
『何これ!?』
瑠璃は痛む体も忘れ驚いた。
『人はこういうの好きなんだろ?』
『いやまあ、好きか嫌いかって聞かれたら好きだけど』
『じゃあ、ルリにやるよ。俺いらないし』
『あ、ありがとう』
カイのしたいことが今一分からない。
暇だからといって、何故宝石を作る。
まあ、くれるというならもらうが、自由人過ぎるカイ。
アゲットは穴の中にある宝石を見ながら何やら考えているようだ。
そして、カイに問いかける。
「地の精霊殿、もしや他の宝石なども作れたりしますか?」
『おう、できるぞ』
「実はこれぐらいの大きさの質の良い宝石を探しておるのですが、中々良い品が見つからなくて困っておったのです」
アゲットは手で大きさを表す。
握り拳より小さいが、宝石で考えればかなりの大きさだ。
『いいぜ』
快く了承すると、カイはその場で円を書くようにぐるぐると同じ場所を回り始めた。
瑠璃達は何が起こるのだろうと不思議そうに見守る。
何周か回った後、ぴたりと止まると、カイはコタロウを呼んだ。
『よし、掘っていいぞ、風』
『うむ、分かった』
コタロウは前足を上手に使い、ガリガリとカイが回っていた所を掘っていく。
何だか必死に掘っているコタロウを見ていると、本当の犬のように見えてくる。
掘っていくと、虹色に輝く大きな宝石がごろりと出てきた。
『むっ、出てきたぞ』
「おおー、これは凄い!想像以上だ」
アゲットが言っていたより大きい宝石に、両手を叩いて喜ぶアゲット。
『ユークレースさんなら分かりますけど、アゲットさんも宝石なんて欲しがるんですね』
「何を言っておる、これはルリのために使うのだ」
『へっ、私の?』
「そうだ。ルリと陛下の婚姻の儀の時の装飾品に使う宝石を探していたのだ。
これで手を付けられる」
アゲットは、宝石を手にほくほく顔だ。
あんな大きな宝石を使うなんて、アゲットはどれだけ豪華にする気なのか。
瑠璃は今からちょっと不安になった。
『おっ、結婚式か、美味いもんでるかな?』
「ええ、陛下とルリの婚姻の儀なのですから、パーティーの時はそれは盛大に行うつもりです。料理もたくさん出ますぞ」
「話をするのはそれぐらいでいいだろ。
それより医務室に行くぞ、ルリ。早く治療しなければ」
ジェイドにそう言われて、今まで忘れていた痛みがぶり返してきた。
『あんにゃろー』
さすがの瑠璃も、これだけ痛めつけられれば怒りも湧いてくる。
しかも今の瑠璃は可愛い猫の姿。
動物に手を出すなんて、何て女だ。
動物虐待で訴えてやりたい。
それからすぐに医務室へと連れていかれた。
「あー、やっぱり赤くなってる。
これは後であざになるなぁ」
治療のため人間に戻った瑠璃は、鏡で踏まれた横っ腹を確認する。
猫の姿の時は分からなかったが、人間に戻って見てみると、ばっちり赤くなっていた。
「愛し子様、治療いたしますのでこちらに座って下さい」
「はい」
医師に赤くなっている場所を見せる。
医師が腹部を触診していくと、触れられた痛みで瑠璃は顔を歪める。
「ふむ、骨までは折れてないようですが、薬を塗っておきましょう」
そう言うと、医師は複数の薬草をすり鉢ですり潰し始めた。
そうしてできあがった薬を四角く切った布に塗り、それを患部に貼り付ける。
貼った時の冷たさにビクッとする。
少し患部が熱をもってきているのかもしれない。
「これでいいでしょう。痛み止めを出しておきますので、安静になさって下さい」
「はい、ありがとうございます」
薬をもらい医務室の外へ出ると、コタロウ、リン、カイに加え、ヨシュアがいた。
「あれ、ヨシュア?」
瑠璃はキョロキョロ辺りを見回す。
部屋の前で待っているはずのジェイドがいなくなっていた。
「陛下ならフィンさんに呼ばれて行かれたぞ」
「そうなんだ」
凄く心配していたから、大丈夫であることを伝えたかったのに残念に思う。
「なんか城下でぼや騒ぎがあったらしいんだよ」
「えっ、大丈夫なの?」
「火自体はそれほど大きいものじゃなかったからすぐに消されたんだけどさ。
それが、一カ所じゃなくて複数箇所であったもんだから、放火じゃないかって」
「ええ、怖い、犯人まだ見つかってないの?」
「そうなんだよ。まだ続くかもしれないから、城下に大勢兵を向かわせてる。じきに捕まるだろ。
ただの愉快犯ならいいけど、今は王都に死神がいるって情報や、愛し子を襲ってる神光教の件もあるからさ、陛下も関係がないか懸念してるんだよ」
「死神かぁ」
暗殺集団が王都にいるというのだから不安を覚えるが、瑠璃にできることはない。
「城は警備も厳重だし、ルリには精霊達がいるから安全だろうけど、念のため気を付けとけよ」
「分かった」
「それで、ルリは体大丈夫なのか?
セルランダの愛し子に痛めつけられたんだろ?」
「うん、痛みはあるけど大丈夫」
「なんかコタロウがキレたんだって?
精霊が側にいないんじゃあ、もう愛し子とは言えないな」
『ルリを傷付けたのだから当然だ』
さも当然と胸を張るコタロウに瑠璃は苦笑を浮かべる。
「でも、ちょっとやり過ぎな気はするんだけど……」
ずっと側にいた精霊が突然いなくなるということは精神的にかなりの衝撃だろう。
側にいて、全力で好意を示してくれる精霊。
いない生活など考えすら及ばない。
瑠璃の場合は、精霊を見えるようになったのがこの世界に来てからのことだが、それでももう精霊のいない生活など想像も付かないし、今さらいなくなられたら寂しくてたまらないだろう。
アゼルダは幼い頃からその生活なのだから、きっとその喪失感は計り知れないはずだ。
罰というには少し厳しいような気がする。
「いや、自業自得だろ。
それに、このままあの女に力を持たせてたら、もっと悲惨な被害者が出かねないって。
ここではルリが止めてたけど、セルランダに帰ったら止めるやつがいないんだから、愛し子じゃない方が皆のためだと思うけどな」
「でもさ、愛し子じゃなくなるって大問題だと思うんだけど。
どうするんだろ」
きっと今までと同じ待遇は望めないだろう。
それだけでなく、セルランダが今まで精霊から受けていた恩恵も受けられなくなる。
「まあ、相当混乱するだろうな。
けどそもそも愛し子を送ってきたのは向こうだし、愛し子をのさばらせてきた罪はセルランダという国の責任でもある。
同じ愛し子でも獣王国や霊王国の愛し子はそんなことないんだから、完全にセルランダの教育不足だ。
まっ、それも含め自業自得ってことだな」
「うーん、確かにそうなんだけど」
まだ十代の少女だったことも考えると、やり直す機会は与えてあげた方が良いのではと瑠璃は思ったりした。
でも、簡単に許してしまえば、結局アゼルダは変わらないような気もする。
どうするのが一番良いのか瑠璃には判断が付かない。
なんとなくもやもやとしたものが渦巻く。
「その辺りはルリが気にすることじゃないって、気にすんな。なるようになるさ。
それよりルリさ、あのお守りどうした?」
「お守り?」
「前に王都を散歩した時に精霊達が力を加えたガラス玉。
ほら、ルリ怪我しただろ、何か起こらなかったのかと思ってさ。
ちゃんと空間の中に入れてあるだろうな?」
「ああ、あれならジェイド様に渡した」
そう言うとヨシュアは顔を引きつらせた。
「おいおい、陛下に何かあった時どうすんだよ」
「でも、竜族で最強のジェイド様に渡してた方が安全じゃない?」
「そう言われれば確かに安全……なのか?」
判断が付かないといった様子のヨシュア。
「竜王様なんだから大丈夫だって」
その後ヨシュアとは別れ、瑠璃は安静にしつつ一日を過ごした。
そして夕食を食べた後、痛み止めの薬を飲み、今日は忙しいから先に寝てくれというジェイドからの伝言を聞いて、瑠璃は先に部屋へ行く。
「じゃあね、おやすみ」
『うむ、おやすみ、ルリ』
『おやすみなさーい』
『おやすみー』
ジェイドの部屋には入ってこないコタロウ達と扉の前で別れ、瑠璃は中に入った。
打撲しているので、あまり長湯はせず軽くお風呂に入り、寝間着に着がえていると、強烈な眠気がしてきた。
瑠璃は頭を押さえ頭を振る。
「なんだろ、すっごく眠い……。
痛み止めが効いてるのかな」
瑠璃はベッドに横になると、瞬く間に意識が沈んだ。




