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肖像画を描く

『死神?』



 いつも通り猫の姿でジェイドの膝の上で丸くなっていた瑠璃は、ヨシュアがジェイドにしていた報告の中のある言葉に反応して顔を上げた。



『なにそれ?』



 それに答えたのはヨシュアだ。



「死神ってのは暗殺者集団だ。

 性別、年齢、出身地と不明で、金さえ払えばどんな依頼も受ける。そして依頼された案件は失敗なし。標的にされたら確実に命を落とすってんで、死神ってあだ名が付けられたんだよ。

 それで、その死神が今竜王国内にいるって噂が出てるんだよ」



 瑠璃はふと疑問に思う。



『性別も年齢も分からないのに、死神って分かるの?』



 それは矛盾してないか?と瑠璃が問うと、ヨシュアはうっと言葉を詰まらせた。



「いや、まあ、そう言われればそうなんだけどさ……」



 疑うような眼差しでヨシュアを見ていると、頭の上からジェイドの手が下りてきて、ポンポンと軽く頭を叩かれる。



「まあ、あくまで噂だからな。だが、警戒するに超したことはない。

 セルランダで愛し子を襲った者はまだ見つかっていないし、その死神と関わりがないとも言えないからな。

 ルリ、しばらくは町に下りないようにしてくれ」


『えぇ、今日は町に行く予定なんですけど』


「しかしな……」


『コタロウとリンも行く気満々なんで、今さら行かないって言うと面倒くさいことになると思いますよ』



 抗議する二精霊の姿が思い浮かんだのか、ジェイドは少し悩んだ末「今日だけだぞ」と許した。



「ヨシュアは引き続き噂を集めてくれ。取り越し苦労なら良いのだがな……」


「分かりました」



 ヨシュアが執務室を出ていった後、入れ違うようにして兵士が入ってきた。



「陛下、準備が整いました」


「分かった」



 ジェイドは膝の上にいる瑠璃を抱き上げると、そのまま立ちあがり執務室を出る。



『ジェイド様、どこ行くんですか? 準備が整ったとかって。私町に行くんですけど』


「絵師の準備が整ったんだ。これから私とルリの絵を描いてもらう。

 町に行くのはその後だ」


『えっ、ジェイド様は分かりますけど、私もですか!?』



 瑠璃は目を丸くする。



「何せ久方ぶりの竜王国の愛し子だからな。

 ルリの姿を一目見たいという声がたくさん出ているんだが、他の町では王都のようにルリを目にする機会もない。

 王都にいても姿を見られるとは限らないしな。

 そこで、肖像画を描いて販売しようということになったんだ。

 せっかくだから、私と一緒の絵をな」


『お金取るんですか……』


「量産するにも人手がいるし、紙や絵具などの材料費もかかるからな。勿論、誰でも求めやすいように価格は低く設定するつもりだ」



 自分の肖像画など、お金を出してまで買う人なんているのか?と瑠璃は疑問に思うが、以前に町で買い物をした時に、瑠璃が買った物を手に入れようと殺到する人々の姿が思い浮かぶ。


 いまいち自分がその対象になることに実感は湧かないのだが、この世界にとって愛し子とはそれだけ尊敬の対象なのだろうと、瑠璃は納得する。



『その肖像画って猫と人間どちらで描くんですか?』


「勿論人間の姿だ」



 ジェイドに腕輪を取ってもらってから絵を描くために用意された部屋へと向かう。



「おーお、まさかこの私が愛し子様の肖像画を描く大役を仰せつかるとは!

 寸分違わぬ愛し子様の魅力を描いて見せますです、はい!」



 テンション高めな絵師と挨拶をした後、用意された椅子に座り、その横にジェイドが立つ。

 

 そのままじっとして十分……二十分……。

 だんだん瑠璃の顔が引きつってきた。



「ジェイド様、まさかずっとこのままの体勢ですか?」


「ああ、絵を描き終わるまではな」



 絵師は必死に手を動かしているようだが、書き終わるのにまだまだ時間は掛かるだろう。

 描き終わるまでいったいどれだけ時間が掛かるのか……。正直耐えられない。


 町に行くのも遅くなってしまう。


 瑠璃は椅子から立ち上がる。



「愛し子様、動かないで下さーい」



 絵師から注意を受けるが、瑠璃は構わず空間の中に手を入れ、スマホを取り出した。


 そして、スマホの扱いを知っている精霊に手渡す。

 スマホの充電は雷の精霊の力でしてもらっているので、スマホには魔力がこもっており、精霊にも触れられる。


 向こうの世界から付いて来た精霊は、さすが機械の扱いも心得ているらしく、瑠璃が「これで写真撮って」と言うと、躊躇いなく「はーい」といってスマホをこちらへと向けた。



 瑠璃は再び椅子に座ると、困惑した表情のジェイドに「ジェイド様、前向いて前」と言って正面を向く。



『じゃあ撮るよ-。はいチーズ』



 カシャリという音を聞くと、再び立ちあがり写真を確認する。



「うん、ちゃんと撮れてる。ありがとうね」



 精霊にお礼を言い、スマホを確認していると、ジェイドが横から画面を覗き込んできた。



「ほう、凄いな。ルリの世界の魔法か?」


「まあ、似たようなものです」



 科学を説明したところで、瑠璃自身も詳しくは説明できないし、ジェイドも理解しきれないだろう。

 そういうことにしておく。


 瑠璃は撮った写真が写ったままの画面を絵師に見せる。



「おお、まるで実物を切り取ったかのような絵ですね。素晴らしい。どうやったのですか?」


「まあ、それはいいから、これを見て絵を描ける?」


「ええ、できますよ。むしろじっとしているので描きやすいです」


「じゃあ、お願いします」



 スマホを絵師に渡し、瑠璃はジェイドを振り返る。



「これで、じっとしていなくても良くなりましたね」



 そう言うと、ジェイドは苦笑を浮かべた。



「そのようだな。時間ができたようだし、絵が完成するまで私は仕事に戻るとしよう。ルリは町へ行くのだろう?」


「はい」


「くれぐれも気を付けるように」


「はい。コタロウ達がいるので大丈夫ですよ」



 そうして瑠璃は町へ向かった。


 コタロウとリンとカイを連れ立って町を歩く。

 以前同様に周囲から瑠璃を何としても呼び込もうとする店の声で、賑わいを見せる。


 行ったことのない所を中心に回っていると、以前にも会ったアマルナのお店を見つけ、寄ってみる。



「いらっしゃいませ-、愛し子様」


「こんにちは」



 お店は、ガラス玉のお守りから以前にもらった匂い袋へと、並べられている商品が変わっていた。


 しかし商品が変わっていても、愛し子様御用という売り方は変わっていないようだ。



「うふふっ、愛し子様のおかげで良く売れてますよー」


「ははは、そうですか……」



 商魂たくましい。


 アマルナの表情を見る限り、商品はよく売れているようだ。

 ただの匂い袋なのに、愛し子効果は改めて凄い。


 売れると思っているのか、匂い袋にしては高い値段に引いていると、もふもふとした耳と尻尾を持った少年が匂い袋を買いに来た。



「あれ、確か串焼きのお店の……」


「あっ、愛し子様だ。

 僕のこと覚えててくれたんだ」


「まさかこれ買いに来たの?」


「うん!愛し子様も使ってるんでしょう?」


「いや、えーと……」



 もらいはしたが、実際には使っていなかったので、はっきりとしない物言いになる。



「持ってるけど、まだ使ってないや」



 正直に白状すると、アマルナが「えー、使って下さいよー」と悲しそうにする。



「そうなの?

 じゃあ今日から使おうよ、眠る時に凄く良い匂いがするんだって」


「そう、じゃあ今日から使ってみようかな。

 確か枕の下に置いておくんだっけ」


「うん、そうだよ」



 互いににこにことと微笑む。

 無邪気に笑う少年はとても可愛いく、癒される。

 こんな弟がいたらいいのになと瑠璃は思った。 


 

「そう言えば名前何て言うの?」


「僕はノアだよ」


「そう、ノア君ね」



 軽い世間話をした後、ノアは瑠璃の近くに浮いている精霊を見る。



「ねぇ、愛し子様。精霊達はずっと愛し子様の側にいるの?」


「まあ、大体いるかな」


「えー、それって一人になりたい時とかはどうするの?

 精霊は可愛いけど、ずっと側にいると鬱陶しいって思ったりする時ない?」



 子供って無邪気な分、残酷だ。

 瑠璃の近くにいた精霊にその言葉は突き刺さったようで、『えっ、僕達鬱陶しいの?』と、涙目になっている。


 コタロウも『我、ルリに鬱陶しがられてる?』とショックを受けている。



 瑠璃は精霊達をフォローするためにも、慌てて否定する。



「鬱陶しいなんて思ったことないよ。

 皆はちゃんと空気を読んでくれて、私が一人になりたい時とかは一人にしてくれるし、ジェイド様が一緒にいる、執務室とか夜寝る時とかは離れているから、一日中私に張り付いてるわけじゃないしね」


「愛し子様は竜王様と一緒に寝てるの?」


「ま、まあ……」


「そっか、だって結婚するんだもんね。

 精霊達も二人の時間を邪魔しないようにしてるんだね」



 改めて言われると恥ずかしくなってくる。



 そんな話をしていると、男性に声を掛けられた。



「これは愛し子様、ご機嫌麗しく存じます」


「どうも」



 何故ここにいるんだと、瑠璃は一瞬表情を歪めそうになった。

 そこはなんとか堪えたが、何故という思いは変わらない。



「どうしてこんな所に?」


「我が主の使いでして」


「そうですか」



 彼の主とはアゼルダのことだ。

 セルランダからアゼルダと共に来た、侯爵家の子息らしい。

 この間アゼルダといさかいが起きた後、申し訳なかったと謝りに来ていた。


 それから幾度か顔を合わせているのだが、瑠璃はこの侯爵家の子息が苦手だった。



「いかがですか、竜王国での暮らしに不便はございませんか?」


「ええ、皆よくしてくれていますので」


「それはようございました。

 しかし所詮は竜族、人間である愛し子様を理解しきるのは難しいでしょう。

 何かありましたら、同じ人間である私がご相談に乗りますので、気軽に仰って下さい」


「ありがとうございます……」


「それではまた」



 瑠璃に一礼して去っていく侯爵家の子息を、表情を出さないようにしながら見送る。

 そして姿が見えなくなったところで、ふうと息を吐く。


 ああして会う度に、竜族より同じ人間の方が理解できる的なことを言ってくるのだ。

 ただの好意から気を使っているのか、何か含む物があるのか瑠璃には分からない。


 分からないが、どうにも竜族を良く思っていないように聞こえるので、どう返して良いか分からないので苦手なのだ。



「愛し子様?」


「ううん、なんでもない」


「僕そろそろ行くね」


「うん、またね、ノア君」


「またねー、愛し子様」



 手を大きく振って去って行くノアを見送った後、町を色々と見て回り、そろそろできているだろうと絵師のいる部屋に戻った。


 さすが城に呼ばれるだけの絵師。

 本人よりも幾分美人に描かれているような気がしないでもないが、とても綺麗にできあがっていた。


 それを見たジェイドも満足そうにしている。



 その後、その絵を元に量産され、町で販売されるようになると、あっという間に売り切れてしまい、更に絵師を増やして量産することとなった。





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