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愛し子の格

 顔を引きつらせるほどの大量の買い物を終えた瑠璃。

 ジェイド達は仕事に向かうということでその場で別れ、瑠璃は城内を散歩していた。



 現在第一区には獣王と獣王国の愛し子が滞在しているからだろう、竜王国の者ではない服装をした者と幾度か擦れ違う。


 しかし、竜王国の人々が気安く挨拶をしてくるのに対して、獣王国の人々はそれは丁寧に頭を下げていくのだ。


 愛し子というものは本来それだけの権威があるのだろう。

 しかし、最初に可愛らしい猫の姿で会っている竜王国の人々は、瑠璃をどこか愛玩動物的な生暖かい眼差しを向けてくる。


 人間でいる時に感じるのだ、なんだ今日は猫じゃないのかと残念がっている視線が。


 どうやら瑠璃に癒しを求めているのはジェイドだけではないらしい。


 彼らも竜族であるので、猫といった小動物には逃げられてしまうのだろう。


 なめられていると悲しむべきか、親しみを持ってくれていると喜ぶべきか、悩むところである。



「そう言えば、セルランダの愛し子を見に行ったんでしょう。どうだった?」



 瑠璃は隣を歩くコタロウ達に問い掛けた。


 と言っても、歩いているのはコタロウだけで、リンもカイもコタロウの背に乗っている。

 コタロウを便利な乗り物と勘違いしていないだろうかと、疑問に思う時がある。



『どうと言われても、普通の愛し子って感じだな。

 面白そうな奴だったら契約してもいいかと思ったけど、全然普通だった。つまらん』



 ユークレースには不評らしい愛し子だが、カイからは面白くないという評価がついた。


 コタロウからは『我はルリ以外の愛し子に興味はない』と一言。



『私もああいう子は好きじゃないわね。

 カイみたいな面白くないって理由じゃなくて、性格がね。私とは合わないわ』


「でも精霊って魔力の波長で好き嫌いが決まるんじゃないの?」


『一概にそうとは限らないわ。

 下位精霊になるほど見た目と同じように自我も幼くて本能的に動くから、魔力の波長で好き嫌いが決まるけど、上位の精霊になるほど理性的になるから、魔力の波長以外も考慮に入れるの。

 カイが面白い者を選ぶようにね。私とコタロウもそうよ。魔力だけでルリを選んだわけじゃないわ』


「そうなんだ」


『まあ、でも愛し子の力は普通より少し上ってところかしら』


「愛し子にも力の強い弱いってあるの?」


『そりゃああるわよ。

 愛し子の力の強さは精霊をどれだけ惹き付けられるかよ。

 精霊を惹き付けられるかは、魔力の波長によるわ。

 どれだけ精霊を惹き付ける魔力の質をしているかで、愛し子の格は決まる。

 より良い質をしていれば、それだけ精霊もその愛し子を優遇するし、愛し子同士が対立した場合も、その格によって勝敗が決まるわ』


「ふーん、じゃあ今いる愛し子の中で一番格の高い人はどこの愛し子なの?」


『あら、そんなの決まってるじゃない。それは……』



 リンが答えようとしたその時、激しい口論が聞こえてきたので足を止めた。



「なんだろ?」



 声のする方に行ってみると……。


 怒った顔の女性が声を荒げており、その前にはユアンと獣王国の愛し子セレスティンがいた。

 その周囲には多くの精霊がいる。


 その三人の後ろでは獣王アルマンと、竜王国の兵士がおろおろとしている。



 瑠璃はその騒ぎに近付いていき、立ちすくむ兵士に声を掛ける。



「ねえ、何かあったの?」


「い、愛し子様!」



 兵士は瑠璃の顔を見ると慌てた表情を浮かべる。



「あの女の子誰?見ない顔だけど」



 ユアンと口論している女性。

 どちらかというと女性の方が一方的に声を荒げているように見えたが、女性は瑠璃の知らない顔だった。


 その瑠璃の問いに答えたのはリンだった。



『あら、あれがさっき話していたセルランダって国の愛し子よ。アゼルダとか言ったかしら』


「へぇ、あれが」



 初めて見たセルランダ国の愛し子。

 カイが普通と称したように、どこにでもいそうな普通の女の子だ。 


 見たところまだ十代だろうか、瑠璃より若い。



「……あれ、セルランダの愛し子とは会っちゃ駄目なんでしょう?

 確か第二区にいるはずのセルランダの愛し子が、なんで第一区に来ちゃってるの?」



 すると、兵士が困ったように眉を下げる。



「それが……セルランダの愛し子様が陛下に会わせろと押し掛けていらっしゃって。

 第一区にいる愛し子様達と会う前にお帰りいただこうとしたのですが、必要以上に騒がれまして。

 怒った愛し子様に反応して精霊達も不穏な空気を出し始めたので対応に困っていると、そこへユアンが来て、厳しく注意したところ口論に……」



 更に別の兵士が付け加える。



「ユアンは精霊が見えていないから、セルランダの愛し子様にも食ってかかっていったんです。

 それがセルランダの愛し子様の怒りを増す結果に……」


「ユアンってば……」



 命知らずとはまさにユアンのことだろう。



「更にそこに獣王と獣王国の愛し子様が通り掛かり、我が儘を仰るセルランダの愛し子様の行いに腹を立てた獣王国の愛し子様が加わり、今のような事態に……」



 兵士達も愛し子が相手ということで、へたに手出しができなかったのだろう。

 今もどう収拾をつけるべきか分からず、困惑している。



 その間もアゼルダとユアン、セレスティンの口論は止まらない。



「ですから、あなたは第一区への立ち入りを許可されてはおりません。

 すぐに第二区へお戻りを」


「だから、竜王様に会わせてって言ってるの!」


「あなたがお戻りになられたら、その後こちらから陛下にお伝え致します」


「私は今会いたいの!いいからそこをどきなさいよ。

 あんまり私を怒らせると精霊達が黙っていないわよ!」



 見えていないユアンにそう脅したところで、効かなかった。

 より一層冷めた眼差しでアゼルダを見るユアン。


 むしろその言葉に怒りを見せたのはセレスティンの方だった。



「とんだお子様ですね。

 我が儘を聞いてもらえず癇癪を起こすなんて。精霊はあなたの都合のいい玩具ではありませんのよ!」


「セレスティン、止めろ」



 アルマンが躊躇いがちにセレスティンを抑えようとするが、聞いていないかのようにその眼差しはアゼルダから離れない。


 アゼルダはセレスティンをぎっと睨み付ける。



「なによ、あなたもやられたいの!?」



 セレスティンは馬鹿にするようにふっと笑う。



「困ればすぐに精霊に頼る。本当にお子様ね。

 精霊を使って脅せば何でも言うことを聞かせられるとでも思っているの?」


「私は愛し子なんだから、精霊達が力を貸すのは当然じゃない!

 愛し子なのに私の言うことを聞かないこの人達が悪いのよ!」


「甘やかされるのが当然の権利だなんて勘違いしてるのね、かわいそうに。

 けれど、あなたのその我が儘は精霊達がいてくださるから叶えられているのよ。

 あなたの力じゃない。

 もっと精霊達へ感謝と尊敬を持つべきです」



 セレスティンはあえてアゼルダが怒りそうな言葉を選択しているように思える。


 思惑通りかは分からないが、アゼルダは顔を真っ赤にし怒りを顕わにしている。



「うるさいうるさい、私に説教をしないでよ!

 皆、この人が虐めるの。何とかして!」



 アゼルダがそう言った瞬間、アゼルダ側にいた精霊達が動いた。


 しかし相手のセレスティンも愛し子。

 セレスティンの側にいる精霊達が壁になるようにセレスティンの前に立つ。



 それを見ていた周囲は愛し子同士の喧嘩が勃発してしまったことに焦りを見せる。



「ねえ、愛し子同士が喧嘩した場合どうなるの?

 両方精霊がついてるのに。

 精霊同士が喧嘩したりしないよね?」



 瑠璃が問い掛ける。


 愛し子同士の喧嘩を見るのは瑠璃も初めてだ。

 しかしどちらも精霊達が守ろうとするだろうから、どんな事態になるのか分からない。



『精霊同士が喧嘩することはないから大丈夫よ』



 それを聞いて安心したが、これから何が起きるのか少し不安だった。


 セレスティン側、アゼルダ側の精霊達は、それぞれは互いがどちらに付くのか明確にするよう向かい合わせになると、大声で叫んだ。



『みんなあつまれー』



 精霊がそう叫ぶと、どこからともなく多くの精霊がこの場に集まってきた。



『どっちにつくか、多数決ー』


『せーの』



 その掛け声と共に、精霊達はセレスティンとアゼルダ両方の姿を見た後、うーんと考え込み、各々自分が決めた者の方に並んでいく。


 瑠璃は説明を求めてリンを見る。



「どういうこと?」


『精霊同士は喧嘩をしない。

 けれど愛し子同士が対立した場合、それぞれの精霊は気に入った愛し子の願いを叶えようとするわ。

 そのままだと精霊同士も対立してしまうから、ああして多数決を取って、どちらの愛し子の願いを叶えるか決めるのよ。

 精霊は自分より高位の精霊には逆らわないから、より高位でより多くの精霊を味方に付けた方の勝ち。

 ここに集まったのは下位の精霊ばかりだから、数が勝敗を決めるわね』


「へぇ」



 誰もがことの成り行きを見守るしかできない。

 精霊がしようとすることを止められる者などいないだろう。


 その間に精霊達はセレスティンとアゼルダそれぞれに分かれていく。


 そして軍配が上がったのは、アゼルダだった。


 僅かにセレスティンよりアゼルダの方が精霊の数が多かった。


 それに顔色を悪くしたのはアルマンや兵士だ。

 セレスティンも気丈に振る舞っているようだが、顔が強張っている。



 アゼルダの方に勝敗が上がったと見るや、その場にいた精霊が一斉にセレスティンへ敵意を見せた。


 それまでセレスティンに付いていた精霊は心配げな眼差しを向けるが、他の精霊を止める様子はない。



 とっさにアルマンが前に出てセレスティンを背に庇う。



「ちょっと、あれってかなりまずいんじゃあ……」


『下位の精霊になればなるほど、良くも悪くも純粋だから。

 セルランダの女が獣王国の女を攻撃しろって言えばその通りにするわ』



 このままではセレスティンは精霊達に攻撃されてしまうだろう。

 瑠璃は思考が追い付く前に体が動いていた。



「わーちょっと待って-!!」



 思わずセレスティンとアルマンの前に飛び出た瑠璃。



「皆ちょっと待って、今のなし。平和に行こう。

 攻撃しちゃ駄目!」


「ちょっと、邪魔するならあなたも同じ目に遭わせるわよ!?」



 アゼルダが吠えているが、瑠璃は精霊達から目を離さずひたすら懇願する。



「お願いだから、攻撃しないで」



 緊張がその場に走る。

 精霊達は互いに顔を見合わせる。そして……。



『うん、いいよー』


『ルリがそう言うなら止めるー』


『じゃあ、かいさーん』



 呆気ないほどに精霊は散り散りになっていった。



 一人何が起こっているのか分からないユアンはきょとんとしている。


 精霊達が言葉を聞いてくれたことに瑠璃はほっと安堵した。

 


 一方、アゼルダは「なっ、どうして私の言うことを聞かないの」と、精霊達に怒っている。


 しかし精霊達は意に介さず、『だって、ルリが止めろって言うんだもん』や『仕方ないよね-?』と言って、それ以上アゼルダの言葉に従う様子はない。



「何なのよあなた、突然現れて邪魔しないで!」



 アゼルダはきっと瑠璃を睨み付ける。

 一瞬たじろいだ瑠璃だが、子供の癇癪と思えば怖くはない。



「ユアン、彼女を第二区に連れて行って」


「大丈夫なのか?」



 幸い精霊達はアゼルダより瑠璃の言うことを聞いてくれているようだ。

 


「大丈夫だと思う。

 皆、ちょっと強引に彼女を連れて行くけど、ユアンのこと攻撃しないでね」



 精霊に声を掛けると、何とも元気のよい返事がきた。



『うん、分かったー』


『はーい』



 どうやら大丈夫そうだと判断して、ユアンに向かって頷く。



「では、愛し子様、こちらへ」


「ちょっと、触らないで!」



 アゼルダは抵抗するも、竜族の力に適うはずもなく、抵抗らしい抵抗もできぬままユアンに連れて行かれた。



 ようやく空気が軽くなったのを感じ、瑠璃は息を吐いた。


 そしてセレスティンとアルマンに視線を向ける。



「大丈夫ですか?」


「ああ、助かった。礼を言う」



 そう言ってアルマンは軽く頭を下げる。

 そして顔を上げると苦笑を浮かべた。



「まさかあっちの方がセレスティンより格が上とはな。

 まあ、それよりお前の方が格が上だったようだが。おかげで助かった。

 今回ばかりはどうなるかと思ったぞ」



 アルマンは後ろにいるセレスティンに「お転婆もほどほどにしろよ」と言い、軽く頭を小突いた。



「申し訳ございません、アルマン様」



 しゅんとした表情のセレスティンは、次に表情を引き締め瑠璃に視線を向ける。



「ルリさん、ありがとうございます」


「いいえ、何事もなくてよかったです」


「まさか、精霊を都合よく扱う彼女のような者に負けるだなんて……」



 その表情には屈辱といった感情が読み取れた。



「これに懲りたらもうあの女には近付くな。また同じようなことになったら困るからな」


「はい、分かりました」



 殊勝に頷いたセレスティンは、アルマンと共に部屋に帰っていった。



 一件落着し、一息吐いた瑠璃。



「愛し子同士の喧嘩ってほんと怖いんだけど」



 それまで自分の味方だった精霊が、味方でなくなる怖さは何とも言えない。

 精霊なので反攻も意味はないだろう。

 やられる一択だ。



『でもルリは心配しなくてもいいわよ』


「なんで?」


『さっきも言ったでしょう。

 どれだけ精霊を惹き付けられるかが重要だって。

 獣王国の女よりセルランダの女を優先させたように、ルリの方が魔力に魅力があるから、精霊達はルリに従ったのよ』


「そうなんだ」



 つまり、アゼルダより劣っていた場合、瑠璃自身も攻撃の対象になりえたのだ。

 今になって怖くなってきた。 



『それに多数決になった場合はより上位の精霊が付いている方が勝つ。

 最高位精霊である我とリンを従属させているルリが負けることはない』



 何故か自慢気なコタロウ。



「それって負けなしじゃない」


『そういうこと。他の愛し子と対立したってルリは何にも心配しなくていいわよ』


『うむ、ルリのことは我らが守るからな』


「ありがと」


『俺も面白そうなうちは助けてやるぞー』


「ありがと……」



 それはつまり、面白くなくなったら助けなくなるという意味にもとれる。

 いつ手の平を返されるか分からないので、素直には喜べない。


 その後、瑠璃もその場を後にしたのだが、騒ぎを聞き付けたジェイドとユークレースに鉢合わせ、事情を説明。


 ユークレースは『あの我が儘女!』と怒りを顕わにし、ジェイドは深い溜め息を吐いた。


 取りあえず瑠璃は、二人の胃に穴が開く前にセルランダの問題が片付くよう祈るのだった。





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― 新着の感想 ―
最高位精霊4人(一応リディアも)もついていて、誰よりも最上位なのは簡単に分かることじゃない??霊王国でも最上位精霊1人でしょ? ルリって鈍感というか、頭悪いなって感じちゃう場面が結構あるのが玉に瑕。
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