行商
朝食を終えた後、ユークレースが呼んでいると兵士から聞かされた。
一緒に朝食をとっていたジェイドも共に行くというので、兵の後について二人で呼び出された部屋へと向かう。
「こちらです」
部屋の前で立ち止まった兵士は、頭を下げると扉横に控えた。
瑠璃は言われるまま扉を開くと、飛び込んできた室内の光景に目を丸くする。
部屋一面にドレスや装飾品といった類いが所狭しと並べられていた。
見ているだけで目がちかちかとする。
これだけ多いと、並べるのにもかなり時間が掛かったと思われる。
室内にいたユークレースは、瑠璃達が入ってきたのに気付くと、唖然として扉で立ち止まっている瑠璃に、中に入ってくるよう促す。
「ルリ、そんなところで立ち止まってないで中に入ってらっしゃい」
我に返った瑠璃はキョロキョロと室内を見回しながら中に入っていく。
「どうしたんですかユークレースさん。ここで商売でも始める気ですか?」
「あながち間違ってないわね」
瑠璃は室内にユークレース以外の者が数人いるのに気が付いた。
その服装からして、城で働く者ではなさそうだ。
瑠璃が不思議そうにしていると、ユークレースが「彼らは行商人よ」と答える。
「行商人?」
「そうよ。
ルリ、ここから好きな物選んでいいわよ。支払いはこちらがするから気にしなくて良いわ」
「えっ、いや、別にいりませんよ。服は自分のがありますし、なんか高そうだし」
突然選べと言われて、それじゃあなどとすぐに選べるわけがない。
しかもここに並んでいる品はどれも高そうだ。
よけいに遠慮する。
しかしユークレースは早く選べといった様子で、困った瑠璃はジェイドに助けを求めて顔を見上げるが、「気にせず選べばいい」と、瑠璃の援護はしてくれない。
「ジェイド様まで……。必要な物があれば自分で買いますからいいですよ」
「そういうわけにはいかないのよ、ルリが選ばないなら私が選んでいくわよ?」
ユークレースの方が瑠璃が選ぶより似合う物を選んでくれそうではあるが、特に瑠璃は困っていない。
「でも、空間の中には服も装飾品も沢山ありますから」
一度瑠璃の空間の中に入ったユークレースならば知っているはずだ。
初代竜王から譲られた物やリディアが消滅させる空間から拾ってきた物など、使い切れないほどの服や装飾品が眠っている。
まあ、瑠璃の趣味に合う物かは別にしてだが。
「それはそれよ。それに譲られた物だから瑠璃に合わせた物じゃないでしょう?新品じゃないし」
「まあ、そうですけど。どうしてそこまで選ばせたいんですか?」
ユークレースは深ーい溜め息を吐く。
「今、セルランダから愛し子が来ているのは知っているわね?」
「はい」
「その愛し子ときたら、竜王国に来てからというもの、行商人を呼んでは次々にドレスや装飾品を買い漁ってるのよ。
しかも竜王国のお金でよ!
こっちが愛し子には強く出られないのをいいことにぃぃ!」
「それは困りましたね……」
「困るの一言で済まないわよ。
愛し子と一緒に来た取り巻きまで便乗して買い物をしていくのよ!
セルランダに請求したいけど、大国としての面子があってできないのよ、大国のくせにケチだなんて思わせたくないし」
ユークレースのあまり怒りように少したじろぐ。
宰相というのも色々大変なようだ。
ユークレースは再び息を吐いて気持ちを落ち着ける。
「まあ、それは今いいわ。
要は他国の愛し子がうちのお金で買い物をしまくっているのに、この国の愛し子に何も買わないってわけにはいかないでしょ」
「私は気にしませんけど」
「国が気にするのよ。
そもそも国の運営費の中には、ルリに対する予算も計上されてるのよ。なのにルリったら何も欲しがらないから予算が余りまくってるのよ。
いい機会だから消費してちょうだい」
「ええー」
予算が組まれているなど初耳だ。
いや、世界の重要人物である愛し子なのだからおかしくはないのかもしれないが。
「でも……」
躊躇っていると、「さっさとする!」とユークレースに引っ張られる。
そして次から次へと品物を手にとっては瑠璃の体にあてていく。
「うーん、これはあんまりね。こっちはどうかしら……。これはいいわね」
『あら、こっちのもいいわよ。ルリ、こっちも着てみてよ』
さすが女子力の高いユークレース。
瑠璃が何も言わずとも、瑠璃に合った品を次々に選んでいく。
そして何故かその中にリンも加わっている。
瑠璃も着飾るのは好きだし、ショッピングは見ているだけでも楽しい。
だが、今に関してはユークレースの迫力に押され、楽しめる状況ではない。
衝立の向こう側に押しやられ、次々に渡されるドレスや、普段着というには高級な服を試着しては、その服に合った装飾品を選んでいく。
言われるままに着ていく瑠璃だが、ユークレースが選んだ物が積み重なっていくのを見て顔色を悪くする。
一方、行商人はほくほく顔だ。
高い商品が次々に売れていく上、愛し子の御用達となったのだから、箔も付くのだろう。
「ユークレースさん、ちょっと買いすぎでは……?
ドレスなんて着る機会ないですし、普段着なんかもっと安物でいいですよ」
そう言うと、ユークレースとリンにキッと睨まれた。
「ルリは愛し子なんだからもう少し自覚なさい。
愛し子が貧相な服装をしてられないでしょう。竜王国は愛し子に服も揃えられないのかって、馬鹿にされるじゃない!
ドレスもこれからいくらでも需要があるから大丈夫よ。
これは無駄遣いじゃない、必要経費よ!」
『そうよそうよ!』
「はい……」
ユークレースとリンの迫力に押されて頷いてしまったが、元々無駄遣いをするタイプではないので、どうしても値段が気になってしまう。
そう言えばジェイドはどうしたのだろうかと部屋を見回すと、部屋の隅でいつの間に用意したのか、お茶を優雅に飲んでいた。
足下では興味がなさそうなコタロウが欠伸をしており、カイに至っては爆睡している。
カイはよく寝るなと思っていると、扉がゆっくりと開いて、アゲットが入ってきた。
「あれ、アゲットさんどうしたんですか?」
「ルリが衣装を合わせていると聞いたのでな。
陛下との婚姻の儀の時に着る衣装の参考になればと思ったのだが……、どうやらほとんど終わってしまっているようですな」
瑠璃の疲れ切った顔と、積み重なった試着済みの商品の山を見て、アゲットは残念そうにする。
「うーむ。どういう色や形のドレスが合うか確認したかったのだがな」
「また、今度行商人を呼んだ時でいいんじゃない?」
ユークレースの言葉に、またこんなことがあるの!?と瑠璃はぎょっとしたが、だからと言ってようやく終わったところなのに、また着せ替え人形のように着替えをしていくのはつらい。
「結婚式のドレスなら色は白じゃないんですか?」
瑠璃はふと疑問に思ったことを口にする。
瑠璃の世界ではウェディングドレスといえば白だが、こちらの世界では違うのだろうかと思った。
ユークレースがそれに答える。
「いいえ、別に色は決まっていないわ。
派手な色でも地味な色でも好きな色でもいいわよ。
ルリは白がいいの?」
「そうですね。私の世界では結婚式のドレスといったら白なので、やっぱり白いドレスは憧れます」
「そう、じゃあドレスの色は白にしましょう」
ドレスの色は早々に決定した。
瑠璃の要望聞いたアゲットが、ふむふむと頷く。
「では、好きな宝石などはあるか?」
「うーん、特に宝石はないですね。
というか、この世界の宝石のことはよく分からないので、アゲットさんにお任せします」
「そうか、分かった」
まだ結婚というのに実感は湧かないが、着々と準備は進んでいるようだ。
「宝石と言えば、こっちの世界に指輪の交換なんてのはあるんですか?」
「指輪の交換?」
「私の世界では結婚式の時に、証として指輪を交換するんですよ。
それを左手の薬指にはめるのが結婚している人の証になるんです。
他にも、プロポーズをするときに贈る、婚約指輪ってのもあって………あぁ!」
突然声を上げた瑠璃は頭を抱えた。
「そう言えば私ちゃんとプロポーズされてないぃっ!」
互いの気持ちの確認はしたが、その後はなあなあで、このまま結婚するのが当然の流れだろうとばかりに結婚が決定してしまったが、きちんとプロポーズされていないことに今気が付いた。
「何言ってるのよ、陛下から竜心を渡されたんでしょう?
それが竜族にとっての最上級のプロポーズじゃない」
「ええー」
瑠璃は不満顔だ。
やはりきちんと結婚して下さいと言って指輪を渡されたい。
まさか種族の壁がこんなところで表れるとは……。瑠璃はがっくりとした。
「じゃあ、指輪の交換なんてのもないですよね……」
「そうね。装飾品を贈り合うのは、他の種族ではあるところもあるけれど、竜族にはないわね。
それに該当するのが竜心の交換だから」
種族どころか、生まれた世界も違うのだから、その辺の食い違いは仕方がないと思うが、やっぱり残念だ。
「そんなに指輪の交換がしたいならすればいいじゃない。
そんな難しいことじゃないし」
「いいんですか?」
「別にそれぐらい問題ないわよ。
それに愛し子と竜王が行ったことなら、今後結婚式で指輪を交換するのが流行るかもしれないわよ。
そのうち指輪の交換があたりまえになるかもね」
定着するかは分からないが、瑠璃の瞳を模したガラス玉のえせお守りが売れるくらいなのだから、瑠璃が指輪の交換をしたら真似する者は現れるだろう。
「そうと決まれば指輪の準備ですな!」
アゲットの目にやる気が満ち溢れる。
「陛下と愛し子とが婚姻の儀で交換する指輪なのだから、最上級の物を用意せねば!」
「……必ず派手じゃないシンプルな物でお願いします」
アゲットに任せると、とんでもない指輪が用意されそうなので、釘を刺しておく。
活動報告に書籍化の情報を載せています。




