憂鬱
城へと帰ってきた瑠璃は、コタロウ達を引き連れ、ジェイドの執務室へ向かった。
とりあえずジェイドにカイの紹介をしておく必要がある。
執務室の扉をコンコンとノックするが、いつまで経っても応答がない。
仕方なく扉を開けて中に入ってみるが、そこには誰もいない。
「あれ?いない」
ジェイドがいなくてもクラウス辺りはいるはずなのだが、クラウスもいない。
「どうしよう。
コタロウ、ジェイド様がどこにいるか分かる?」
『うむ、少し待ってくれ。
…………この辺りにはいないな、第二区の辺りだ』
「第二区か。それなら帰ってくるまで待ってようか」
第二区は貴賓室が集まる区域だ。
普段ならばそんな所に用事はない。
きっとセルランダからきた愛し子関連だと予想し、セルランダの愛し子とは会ってはいけないというのを思い出して行くのを止めた。
それならジェイドは後回しにしてユークレースにでも先にカイを紹介しようと、ユークレースの部屋へ向かう。
部屋ではユークレースが机に座り仕事をしていた。
「ただいま-、ユークレースさん」
「やっと帰ってきたわね」
どこか疲れた様子のユークレースに出迎えられた。
「えーっと、お疲れですか?ユークレースさん」
「ええ、あの女のせいでね」
「あの女?」
怒りすら滲ませるユークレースに、瑠璃は首を傾げる。
「それよりも、あんたまたペットが増えたわね」
ユークレースは瑠璃と共に部屋に入ってきたカイに目を止めた。
「まさかまた最高位精霊様とかじゃないでしょうね」
「あはは、正解です」
瑠璃はカイをユークレースの前に押し出す。
「地の最高位精霊で、カイって言います」
『よお!』
ユークレースはそれを聞いて目を見開いた。
なんとなく予想してはいたもののやはり驚きは隠しきれなかったようだ。
「地の最高位精霊って、初代竜王様と契約していた精霊じゃない!」
「そうですよ。今度は私と契約することになりました」
ユークレースは小さく息を吐く。
驚きを通り越して呆れたといった様子だ。
「どうやったらそんなに高位の精霊と契約できるのよ。
他の国の愛し子であんたほど高位の精霊と契約してる者なんていないわよ」
「最初の出会いが良かったんじゃないですか?
リンはコタロウ経由だし、カイも私がリディアと契約してたから会いに来たみたいですし」
そう考えれば半分運のようなものだ。
そして、今後会いに来る者もいるのではないのかと、瑠璃は少し不安に思っていたりする。
その時、ユークレースが何かに気付いたかのように顔を上げた。
「失礼ですが、地の精霊様。一つ確認したいことがあるのですがよろしいかしら?」
『おう、何だ?』
「初代竜王がご存命の時、貨幣として使われていた鉱物が、陛下が御隠れになって以降採れなくなったのです。
それはあなたが竜王国からいなくなったからだと時の精霊様にお聞きしたのですが合っていますか?」
『多分な』
「ルリと契約したと仰るのなら、また採れるようになりますか?」
ユークレースは息を呑んでカイを見つめる。
『なんだ、あんなのが欲しいのか?』
「ぜひ!!」
ユークレースの目がらんらんと輝く。
『じゃあ、採れるようにしてやるよ』
「ありがとうございます!」
ユークレースは机の下でぐっと力強く拳を握り締めた。
「良くやったわ、ルリ!」
よくぞ地の精霊を連れ帰ったと称賛する。
「ユークレースさん、目の色変わってますよ」
その眼差しは金の色に変わっている。
もう失われてしまった貴重な鉱物が再び竜王国内で採れるようになると言うのだから致し方ないだろう。
そこから生まれる利益は計り知れないのだ、竜王国の宰相として喜ばないわけがない。
他人事のように考えていた瑠璃だったが、そこではたっと気が付いた。
「鉱物が普通に採れるようになるってことは、空間の中にある昔のお金の価値がなくなっちゃうってことじゃないですか!?
やばい、早く売っといた方が良いのかも……」
その希少さ故に高価格で買い取ってもらった昔のお金だが、鉱物が再び採れるようになればその希少性もなくなり、当然価値も下がる。
「大丈夫よ。
また鉱物が採れなくなった時に困るから、もう貨幣の素材として使ったりはしないわ。
素材としての価値は確かに下がるけど、文化的な価値は変わらないから。
まあ、少しは価値が下がるだろうけど、さほど売値は変わらないわよ」
それを聞いてほっとした。
がめついかもしれないが、大事なことだ。
特に大金が必要になるようなことは今のところないが、やはり何かあった時のために資産を確保しておいて損はないのだから。
話が一段落したところで、次の話にいく。
「そうそう、ユークレースさん。
セルランダってとこの愛し子はまだいるんですよね?
私帰ってきても良かったんですか?
会ったら駄目だって聞いたんですけど」
「ああ、その話ね」
瑠璃はユークレースから神光教会のことや、神光教会と思われる者がセルランダ国と獣王国の愛し子を襲ったという話を聞いた。
「愛し子が狙われているんですか?だったら私も……」
「だから、ルリに帰ってきてもらったのよ。チェルシーさんの所では警備が手薄だから、安全を考えてね。
まあ、最高位精霊がそれだけ揃っていて何かあるとは誰も思わなかったけれど念のためよ。
それに獣王国の愛し子も来ているから、最高位精霊の付いているルリにいて欲しかったっというのもあるわね」
「獣王国の愛し子も来てるんですか?」
自分以外の愛し子と聞いて興味が湧く。
セルランダ国の愛し子と違って会って良かったはずだ。
「ええ。賊に襲われた件で、少しの間安全のために最高位精霊のいる霊王国か竜王国のどちらかにいることになって、結果竜王国になったのよ」
「獣王国の愛し子とは会っても良かったんですよね?」
「そうよ。同盟国の獣王国の愛し子とは会っても良いわ。でもセルランダ国の愛し子とは会わないでね。
……って言っても、既に獣王国とセルランダ国の愛し子が会っちゃったんだけどね」
はあっとユークレースは深い溜め息を吐いた。
「それって良いんですか?」
「全く良くないわよ。だけど、今回は不可抗力だったから仕方がないわ。
別に会ったからといって罰則があるわけでもないし」
「そうなんですか?」
瑠璃に帰ってこないよう言ったりと、執拗に会わないようにしていたので、会えば何かしら罰でもあるのかと思っていたのだが違うらしい。
「愛し子が会うことで起きる混乱を避けるために決めた、あくまで国同士の約束よ。
愛し子がそれを破ったところで愛し子に罰を与えられる者などいないもの。
だから国同士の取り決めだけど拘束力はないのよ。愛し子が会いたいと言ったら、取り決めがあっても逆らうなんてできないんだから」
「前々から思ってましたけど、愛し子ってこの世界じゃやりたい放題できますよね。
国より偉いって」
しかもその愛し子が自分だというのだからなおさら瑠璃には不思議な感じがする。
「愛し子がというよりは精霊ね。
精霊の怒りを恐れているから愛し子にへつらうのよ。
精霊は気まぐれだからなおさら扱いには慎重になるし」
「その割に私の扱いは軽いような気がするんですけど気のせいですかね……」
首根っこを捕まえられたり、怒鳴られたり、頭を撫でられたり。
今更恭しく扱われても瑠璃としても困るが、恐らく愛し子としての扱いではないように思う。
「ルリが常識をわきまえた者だから接し方も気安くなるのよ。
皆ルリを親しく思っている証拠よ。
セルランダ国の愛し子ならそんなことしないわ。あの我が儘女っ……」
ユークレースは目をつり上げて吐き捨てる。
アゼルダとのやり取りを知らない瑠璃は、ユークレースの様子にただただ困惑するだけだが、何かあったのだろう事は理解した。
「ルリ、何とかならないの!?」
「いや、突然言われましても私その愛し子に会ったこともありませんからどうとも言えないんですけど……」
何があってユークレースがそれほど怒っているのかも分からないのにどうすることもできない。
ユークレースはチッっと舌打ちをした後「どうしてよりによって竜王国に来たのよ~」と嘆きながら頭を抱えて顔を伏せた。
もうストレスやら何やら色々溜まっているらしい。
「そうそう、獣王国の愛し子には気を付けなさいよ、ルリ」
顔を上げたと思ったら突然獣王国の愛し子の話となり、瑠璃はきょとんとする。
「どうしてです?」
「獣王国の愛し子はずっと陛下に求婚し続けていたのよ。
今回霊王国ではなく竜王国を選んだのも、陛下の番いであるルリを見るためよ。
急に現れて横からかっ攫うように番いとなったルリにどんな対応するか私でも分からないから気を付けて」
「何ですか、その不安になる話は。
もしかして、この泥棒猫とかって喧嘩売られたりします!?」
ジェイドのスペックからいってジェイドを好ましく思っている者が皆無とは瑠璃も思っていなかったが、それがよりによって愛し子。
愛し子同士の喧嘩とはさぞかし周囲を戦々恐々とさせることだろう。
「城は壊さないようにしてくれれば何でも良いわ。
まっ、頑張ってちょうだい」
「頑張れって言われましても……」
何だか突き放されたような言い方にちょっと悲しさが襲う。
瑠璃は憂鬱な気持ちでユークレースの部屋を後にした。




