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カピバラ来襲

 ジェイドからしばらくチェルシーの所にいるように言われていた瑠璃は、チェルシーの家に用意された瑠璃の部屋で寝起きしていた。


 城で過ごすようになっても、チェルシーは瑠璃の部屋を残していた上、定期的に掃除してくれていたようで、急なジェイドの指示があっても慌てることなく泊まり込めた。


 そんな数日過ごしたある日の早朝、瑠璃はうなされていた。



「ううーう~、重い……うぅ」



 瑠璃は寝苦しさで目が覚めた。

 カーテンの隙間からは日が入ってきていたが、まだまだ起きるには早い時間だ。


 寝ぼけ眼で周囲に視線を向ける。

 何だかとても寝苦しい。

 そう、何かが体を押し潰しているかのような息苦しさ。


 顔を正面に向けた時、薄ぼんやりとした視界に入ってきたそのものに、瑠璃は眠気も吹っ飛び目を丸くした。



「はっ!?」


『よお』



 そう言って挨拶をしたのはコタロウでもなければリンでもなかった。



「えっ、カピバラ?……はっ?」



 眠っていた瑠璃のお腹の上には茶色い毛をしたカピバラが鎮座していた。

 何故ここにカピバラがいるのかというのも気になるが、それ以上にそのカピバラの目つきの悪さも気になった。


 三白眼でもの凄く目つきの悪いカピバラがじっと瑠璃の顔を見ている。

 まだ寝ぼけているのかと思い呆けていると。



『おーい、起きてるか-?』



 カピバラが瑠璃の顔の前でひらひらと手を振る。



「う、うわあぁ!」



 飛び起きた瑠璃。

 お腹に乗っていたカピバラはころりと転がってベッドの上に倒れた。



『おいおい、急に起き上がるなよ。びっくりするだろ』


「か、カピバラぁ-!?」



 カピバラが喋ったというのもあり驚く瑠璃。

 すると、ベッドの横で眠っていたコタロウとリンが起き始めた。



『ルリ、うるさいわよ』


『起きるにはまだ早いぞルリ』


「そんなのんびりしている場合じゃないわよ!

 リン、コタロウ、カピバラ、カピバラがいるー!」



 瑠璃はほらほらと目の前にいるカピバラを指差す。



 カピバラは、カピバラの存在に気付き視線を向けるリンとコタロウのに向かい、再び『よお』っと前足を上げて挨拶をした。



 カピバラを見たコタロウとリンは驚いたようにわずかに目を見張る。

 しかしその驚きは瑠璃とは別のもののようだった。



『地のか?』


『あら、地のじゃない』


『おう、元気かお前ら』



 その親しげなやり取りに瑠璃は驚く。



「知り合い?」


『ええ、地の最高位精霊、私達の同胞よ』



 十二いる最高位精霊の中の地の精霊らしい。

 それはそれで驚きだが、何故その地の精霊がここにいるのか。



「どうして地の精霊がここにいるの?

 しかも人の上に乗ってるし。おかげで寝苦しかったわよ」


『おお、悪い悪い。急に起こしたら悪いと思って起きるのをじっと待ってたんだ。気を使ったつもりだったんだけどな』


「だからどうして人の上に乗って待つのよ」



 はあ、と瑠璃はため息を零す。



『それで、どうして地のがここに来たの?』



 リンはパタパタと飛んで瑠璃の肩に腰を落ち着ける。



『ほら、あの人嫌いな風が人間に名を付けさせたって言うじゃないか。

 その上水も同じ人間に付けさせたって聞いて気になったんだよ。

 しかもリディアとも契約したって聞いたからさ。

 同じくヴァイトに名をもらった者同士どんな奴か見に来たんだよ』


『そう言えばあんたも時のと同じ契約者だったわね』


『そうそう。ヴァイト以降誰とも契約しなかったリディアの契約者がどんなのか気になるだろ』


 ヴァイトというと初代竜王だ。リディアからも以前に初代竜王が地の精霊と契約していたことは聞いていたのでそこは驚かない。



「じゃあもう用事は済んだの?」



 瑠璃がどんな人間か見に来ただけなら用は済んだしすぐに帰るのだろう。そう思っていたのだが。



『いや、お前が寝てる間に契約しちゃった。ってことで俺もしばらく厄介になるからよろしく!』


「はあ!?」



 突然のカピバラの申し出に耳を疑う。



「契約したってなんで!?」


『暇だったし、なんかお前といると面白そうだから』



 がくっと瑠璃は肩を落とす。

 リディアといい、リンといい、このカピバラといい、精霊はどうしてこうも突然なのか。


 リディアもいつの間にか契約されていたし、リンも突然現れては名をせがんできた。



 瑠璃からしたら契約とは簡単なものではないような気がするのだが、精霊とはそういうものなのだろうか。

 本能だけで生きているような気がする。



「契約ってそんな簡単にしていいものなの?」


『気に入った奴ならいいのいいの。

 リディアと風のが契約したぐらいなんだから、きっと良い奴なんだと思うし。

 嫌になったら契約切るから気にすんなって』


「そんな軽さでいいの?」


『我のように中々人間と契約しない者もいるが、逆に多くの者と契約する精霊もいる。

 その中でも地のはノリで契約するから契約した人数が特に多い。

 だからルリも気にしなくていい。

 契約は精霊の好意の表れだからルリに害が及ぶ事はない』


「まあ、問題ないなら良いんだけど」


『そんじゃあ、よろしく。俺はカイってんだ』



 こうして突然目つきの悪いペットが増えることとなった。


 そんな話をしている内に完全に目が覚めてしまった。

 少し早いがキッチンに行き朝食の準備を始める。


 しばらくして朝食ができあがった頃、チェルシーが起きてきた。

 そしてテーブルの椅子にちょこんと座っている見慣れない動物を目にして唖然とする。



「ルリ、何だいこの動物は?」



 話に上がったカイは、前足を上げて『よう』と瑠璃と同じようにチェルシーに挨拶をした。

 瑠璃はチェルシーと自分の分のお茶を用意しながら説明する。



「カイって言う地の最高位精霊らしいですよ」


「なんで地の精霊がここにいるんだい?」


「リディアやコタロウの契約者である私に会いに来たみたいです。その流れで契約することになりました」


「どんな流れだい、それ」


「さあ、私にもさっぱりです」



 説明を求められても何故契約に至ったかはカイのみぞ知る。


 瑠璃も深く考えることは止めた。


 お茶の用意が出来たところで揃って朝食を食べ始める。



「そうだ、ルリ。クラウスから手紙が届いたんだが、今日にでも帰ってきてくれってさ」


「もう良いんですか?

 セル何とかって国の愛し子が来ているからここにいてくれってことでしたけど、帰ったんですかね?」


「セルランダだよ。

 まだ帰ってないみたいだけど、色々と事情があるみたいだね。

 こちらの都合で悪いが帰ってきてくれと言ってるよ」


「会っちゃ駄目らしいのに良いんですか?」


「帰ってきてくれと言っているんだから大丈夫なんだろうさ。

 それにルリがいなくて、陛下がそろそろ限界らしい。

 番いを持った竜族の男が、何日も番いを側から離すことは少ないからね、無理もない」


「ジェイド様……」



 寂しいと思ってくれて嬉しいという気持ちもあるが、数日位で大袈裟なと呆れる気持ちもある。


 瑠璃がいなくなったことで、猫という癒しもいなくなったのでよけい寂しがっているのかもしれない。



「コタロウならばまたすぐここに来られるんだから、早く王都に帰っておあげ」


「そうします」



 そこで瑠璃はカイの事を思い出した。



「カイはどうするの?」


『もちろん付いてくぜ』



 瑠璃はカイの全身を観察して大きさを測る。

 リンや他の精霊は小さいので瑠璃の肩や頭に乗ればコタロウの背に乗る瑠璃と一緒に移動が出来る。

 だがカイの大きさではそれは無理だろう。

 そうなるとカイもコタロウの背に瑠璃と相乗りすることになるのだが……。



「ぎりぎり乗れるかな?」



 コタロウの大きさとカイの大きさを見比べてそう判断する。

 乗れそうになければ瑠璃が猫になって小さくなれば乗れるだろう。



 朝食を食べ終えた瑠璃は早速身支度を調えると外に出た。

 カイを抱き上げコタロウの上に乗せ、自らもコタロウの背に跨がる。



「じゃあ、チェルシーさんまた来ます」


「ああ、陛下によろしく伝えとくれ」


「はい」



 そうしてもの凄い速さで、空を駆け抜ける。

 ほんの数時間で王都まで辿り着いた。

 このまま城まで飛んでいくつもりでいたのだが、突然カイに止められた。



『なあなあ、久しぶりの王都だから見て回りたいんだけど』


「えっ、でも今日は護衛の人付けてないから、危ないかも」



 瑠璃一人ならばかつらや眼鏡で変装して歩き回れるが、コタロウやリンだけでなくカイまで連れては目立って仕方がない。

 一発で愛し子御一行様だと分かってしまう。

 変な騒ぎにならないか心配である。



『何言ってんだ、これだけ最高位精霊が付いてるのに護衛なんていらないだろ』



 確かにここには地と水と風の最高位精霊が揃っている。

 それだけでなく数多くの精霊が瑠璃に付いているのだから、その様子を見て瑠璃に手を出そうとする者はいないだろう。



「まあ、言われてみれば確かに」


『なあ良いだろ?ちょっとだけ』


「うーん、分かった。ジェイド様も待ってるらしいからちょっとだけね」


『おう!』



 カイの希望で、町に降り立った瑠璃達。

 当然だが瑠璃達の姿を見るとざわめきが起き始める。


 しかし大きな狼のような姿を持つコタロウが警戒するように瑠璃の横にいるからだろうか、周囲の者が瑠璃に近付いて来ることはなく、遠巻きにしている。



『おおー、ここはあの頃と変わんないな』


「カイがいたのは初代竜王の時でしょう?

 変わんないってことはないと思うけど」


『いや、人間も亜人も関係なくいて活気があるのは変わってない』



 カイは嬉しそうにきょろきょろと辺りを見回している。



「迷子になっちゃ駄目よ」


『分かってるって』



 そう言いつつ、後からついて行く瑠璃を無視してどんどん先へ行ってしまうカイ。

 まるで子供のように目に付くもの全てに興味を移していく。

 瑠璃のことは気にせず、人と人の間を上手くすり抜け先へ先へ行ってしまうので、段々カイとの距離が開いてきてしまった。



「ああ、もう。これじゃあ迷子になっちゃう。

 リン、カイと一緒にいて」


『分かったわ』



 リンはカイの後を追ってパタパタと飛んでいった。


 王都は人が多い上、背の低いカイの姿はあっという間に人の中に消えていってしまった。



「見失った……」



 がっくりと肩を落とす瑠璃。



『我ならすぐに探せるから大丈夫だ。

 いっそ気が済むまで歩き回らせればいい』



 コタロウに感謝を覚えつつ、お目付役にリンも付けたし大丈夫だろうと、のんびり歩いていく。

 

 途中で通りかかったお店の人から食べ物をもらったりしながら歩いていると、建物と建物の間の細い通路にふと視線を向けた。


 そこには女性の後ろ姿が見え、女性は誰かと話しているようだった。

 次の瞬間振り返った女性と目が合った。


 女性は瑠璃を見て笑みを浮かべる。



「まあまあ、愛し子様。お久しぶりです」


「えっ?えっと……」



 親しげに話し掛けてきた女性の事が思い出せず、瑠璃は困惑する。

 瑠璃の様子から覚えられていないだろうことを察せられたが、女性は気を悪くした様子もなくにっこりと微笑む。



「以前に愛し子様の瞳の色を模したお守りを売っていた店の者です」


「ああ、あの時の」


「覚えていて頂けたようで嬉しいです。

 私、アマルナと申します」



 ようやく瑠璃も思い出した。

 瑠璃と同じ瞳の色のガラス玉をお守りとして売っていた店の人だと。

 精霊達により本物のお守りと化したあのガラス玉はジェイドに渡してある。



「愛し子様のおかげで商品は品切れ状態で、大変有り難く思っております」


「そうですか……」



 ただのガラス玉なのに買っていく人がいたんだと、何とも言えない気持ちになった。



「ささやかですが、感謝の気持ちに」



 そう言ってアマルナは花柄の小さな巾着袋を瑠璃に差し出した。



「これは?」


「うちの新商品ですー。

 これを枕の下に置いて眠るとよく眠れるようになるんですよ」



 巾着袋を受け取ると、ほのかにハーブのような匂いがしてきた。

 匂い袋のようなものなのだろう。


 匂いにリラックス効果があるのかもしれない。

 偽物のお守りよりはまともな商品のようだ。



「ありがとうございます、使わせてもらいます」


「うふふ、愛し子様が使われている物なら、きっとお守りと同じく飛ぶように売れますわ」



 お礼と言いつつこれも商売に反映されるらしい。

 その商魂逞しさに呆れるばかりだ。



「じゃあ、先を急ぐんで」


「はい、また今度お店にいらして下さい」



 アマルナと別れて、カイの後を追っていく。


 しばらくしてようやくカイとリンと合流できた瑠璃とコタロウ。



「もう、迷子になるって言ったのに」


『悪い悪い』



 全然反省していなさそうなカイは存分に見て回れたのか満足げだ。


 無事合流したので、今度こそ瑠璃達は城へと向かった。









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