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セルランダ国の愛し子

 朝、目を覚ました瑠璃は、いつもとは違う部屋の風景にあれ?っと疑問が浮かぶ。

 しかしすぐに思い出した。



「あっそっか、チェルシーさんの家に来てたんだった」



 昨日からチェルシーの家に来ていた瑠璃。


 瑠璃の力で飛んでいけば王都からチェルシーの家まで数日掛かる距離だが、風の精霊であるコタロウに乗れば半日もあれば着くということで、瑠璃と精霊達だけで帰ってきた。



 瑠璃が上半身を起こすと、ベッド横に寝そべっていたコタロウと、コタロウのふかふかの毛をベッドに寝ていたリンがもぞもぞと起き始める。



『起きたのかルリ?』


『おはようルリ』


「おはよう」



 大きすぎる身体だったコタロウはこれまで家の前までしか入れなかったので、同じ部屋で寝ているというのは少し新鮮な気持ちだった。



「ふぅ、じゃあ朝ご飯の準備しに行こうか」



 瑠璃は着替え、鼻歌を歌いながら台所へと下りていく。


 今日は久しぶりにチェルシーと街へ行くのだ。




***




 その頃王都では、王と側近がセルランダ国からの書簡に頭を悩ませていた。



「突き返せないか?」


「陛下のお気持ちは非常によく分かりますが、セルランダ国ではなく愛し子の要望ですので拒否は不可能かと」



 そう言うユークレースの顔もジェイドと同じく突き返したいという思いで溢れている。



「面倒な」



 心の底から嫌がっている声色に側近一同、同意を示す。



 セルランダ国からの書簡の内容は、セルランダ国の愛し子を預かって欲しいというものだった。


 先日セルランダ城内に賊が侵入。

 その時賊が放った剣が愛し子の胸に突き刺さった。

 幸い愛し子はコルセットを必要以上にがちがちに締め上げていたおかげで、コルセットが盾となり心臓に達する迄には至らずことなきを得た。


 まあ、それはいい。それらはあくまでセルランダ国の問題。

 何故竜王国に愛し子が来ることになったかというと。


 無事回復した愛し子は賊が中々捕まらないことに怯えていた。

 また襲われるかもしれないと。

 そんな時に城内で働く誰からか竜王国や獣王国の話を聞いたらしい。


 セルランダよりも遙かに大きく、強い竜王や獣王が守る竜王国。

 そんな竜王国ならば今回のように賊の侵入は許さなかっただろうと。

 そんな誰かの何気ない世間話を耳にした愛し子が、安全な竜王国か獣王国へ行きたいと訴えたのだ。



 セルランダ国の上層部は必死で安全だと説いたが、一度死にかけた愛し子は怯え、叶えてくれないのならばセルランダ国がどうなっても知らないわよと脅迫。


 しかしセルランダ側としても愛し子を外に出すなど絶対にしたくはない。

 下手をすれば大事な愛し子が他国に取られてしまうかもしれないのだから。


 竜王国にも獣王国にも愛し子はいるが、獣王国の多くの土地は砂漠で、決して恵まれているとは言えない土地柄。

 愛し子が増えることは願ってもないだろう。


 それに対し竜王国は愛し子がいなかった時から人が暮らすに適した豊かな土地柄。

 それは元々竜族が魔力に優れ、他の種族の中で最も精霊と意思の疎通をはかるのに長けた種族であることも一因している。


 いたら勿論嬉しいが、敢えて得ようとしなくても豊かであり、愛し子を奪おうと動く可能性は低いだろうとセルランダ国の上層部は考えた。



 そこでセルランダ国は、賊を捕縛するまでの間愛し子を預かってくれないかと竜王国に打診してきたのだ。

 


 これ以上の愛し子を望まないという点では霊王国も同じなのだが、セルランダ国から離れているというのも一因だが、霊王国とは目立った交流があるわけではない。

 特別竜王国と交流が深いという訳でもないが、霊王国に比べれば竜王国の方が地理的にも近く、全く知らない仲というわけでもなかったので、セルランダ国としては竜王国を選んだのだ。



 普通なら竜王国に関係はなく、同盟国でもなければ竜王国より国力の小さいセルランダ国の頼みなどはね返せば良い問題なのだが、今回は愛し子が絡んでいる。


 愛し子の権力は万国共通。

 いかに大国の竜王国と言えど無下に断ることもできないのだ。



「まさかルリがチェルシーさんの所に行った直後にこんな書簡が来るなんてね。

 ルリに戻るよう手紙を書きますか、陛下?」



 タイミングの悪さにこめかみを押さえるユークレースはジェイドに問い掛ける。



「いや、むしろしばらくチェルシーの所にいるよう伝えてくれ。

 セルランダの愛し子と鉢合わせるわけにはいかないからな」


「ああ、その問題もありましたなあ」



 今思い出したようにアゲットが唸る。



 愛し子が住む国には他国の愛し子同士を会わせないようにするという暗黙の了解が存在した。



 愛し子には格が存在し、同じ愛し子といえどその力の強さはそれぞれなのだ。


 愛し子の力の強さとはどれだけ精霊に好かれているかであり、もし対立した場合に精霊がどちらに付くかということである。


 愛し子を会わせることによりその互いの力の強さが分かってしまえば、万が一弱小国でも強い力を持つ愛し子を有していれば、その愛し子の力をちらつかせ大国に無理難題を要求することも可能になってしまう。


 そんなことをすれば愛し子を有さない国から批判が出るのは必至。


 しなければいいと言うのは簡単だが、目の前に大国に要求を飲ませる材料があるのに、誰もが使わないという判断を取り続けるのは難しいだろう。

 駄目だと分かっていても誘惑に負けてしまう者はいる。


 それならば最初から愛し子同士を会わせず、なお且つその力を国家間の政治に利用しない。

 それを大国四カ国の同盟締結時に決められた。


 それは愛し子を有する国にとっても自国の愛し子の力に惑わされる心配がなくなり、愛し子を有さない国にとっても愛し子に介入される心配がなく願ってもないことだったので、特別話し合って決めたわけではなかったが周辺諸国もそれに倣ったのだ。


 ただ、竜王国をはじめとした大国四カ国の間ではきちんとした決めごととなっており、四カ国に属する愛し子の間で問題が起こった場合には、霊王国の樹の最高位精霊が仲立ちをするということで、四カ国に属する愛し子はそれには含まれない。



「ではルリにはしばらくゆっくりするように伝えた上、チェルシーさんにはある程度の状況を教えておきましょう」


「そうだな、その方がいい。

 クラウス、急ぎセルランダ国の愛し子を迎える準備を。

 フィンは未だ賊が捕まっていないようだから警備の見直しをしておいてくれ」



「畏まりました」


「はっ」




***



 そうしてセルランダ国から愛し子がやってきた。


 セルランダ国の愛し子はあくまで賊が捕まるまでの一時的な滞在。

 だというのに、ここに引っ越してくるのか?と問い掛けたくなるような大量の荷物を持って訪れてきた。

 しかも、身の回りの世話をする使用人や護衛ならまだしも、自身の取り巻き達まで連れてくる始末。


 さすがに男連れで来た愛し子に、出迎えたユークレースも笑みを引きつらせる。


 しかしそこは宰相。すぐに表情を引き締め取り繕う。


 ユークレースから見て、セルランダ国の愛し子はどこにでもいそうな普通な子という印象だ。

 人間の容姿に多い茶色い髪と赤茶色の瞳。


 しかし彼女の周囲にいる精霊達の姿が、彼女が普通の子ではないと語っている。

  

 ユークレースは霊王国、獣王国の愛し子と面識もあり、瑠璃を含め一般常識を兼ね備えた者であることを知っているが、この目の前にいる愛し子がそうとは限らない。


 しかもヨシュアからの報告ではセルランダ国で相当甘やかされているらしく、どんな反応が返ってくるかとユークレースをはじめ竜王国側の者は緊張でピリピリとしている。



「ようこそいらして下さいました愛し子様。

 残念ながら王は獣王国に赴いており不在ではありますが、愛し子様が不便なく生活できるよう頼まれておりますので、何かありましたらお申し付け下さい」



 こんな丁寧過ぎるユークレースの対応を瑠璃が目にしたならその場で抗議の声を上げていただろう。

 自分と対応が違う!と。


 しかしこれが一般的な愛し子への対応なのだ。


 ユークレースをはじめ兵達も瑠璃にあれほど気安いのは最初に猫だと思っていたことも一因だが、瑠璃が来た当初にユアンが激しく突っかかっていっても気にした様子もなくユアンを許したことが大きい。


 それを見ていた者達は瑠璃は多少のことでは怒らないと判断し、気安く接しても問題ないという認識に至った。


 ある意味ユアンという犠牲者のおかげで仰々しい扱いをされずにすんだので、瑠璃としては僥倖だったのだろう。



 セルランダ国の愛し子は、ユークレースの丁寧な対応を当然だというように笑顔で受け止め「では私の部屋に案内して下さい」と、まるで自国で振る舞う時のような態度。


 ぴくりとユークレースの眉が動くも、笑みを浮かべたままセルランダ国からやってきた者達を案内する。



 愛し子が部屋に入っていったのを見届けると、ユークレースは先行きの不安を感じ溜息を吐く。



「同じ愛し子でもルリとは大違いね」



 周りにいた官や兵が深く頷く。

 


 愛し子を出迎えた場所から部屋までさほど長い距離ではなかったのだが、その間に出るわ出るわ要求が次々と。


 ベッドの固さからシーツの素材。

 好きな食べ物嫌いな食べ物を細かく指定。

 カーテンの色から家具の配置。


 すぐに用意すると言い、とりあえず別の部屋に通したのだが、それらを用意するために掛かった代金はもてなす竜王国側が出す。

 それをあの愛し子は分かっているのだろうか……。


 

 更に問題なのは、取り巻きをはじめ誰も愛し子を諌めるどころか、早く用意しろと、直接的な言葉ではないが暗に責めてくるのだ。

 ここはセルランダ国ではなく竜王国だぞと、ユークレースは何度告げたかったかしれない。


 愛し子なのだから他国であろうとその行いが受け入れられて当然であり、それに付いて来た自分達も同様の扱いをしろとでもいう態度に、ユークレースの苛立ちは最高潮。


 愛し子以外はセルランダ国に属する者であり、ましてや取り巻きに関しては呼んですらいない。

 愛し子のように下手に出る必要はないのだが、愛し子の前でそれを口に出すのははばかられた。



 他人と比べる事で瑠璃の扱いやすさと親しみやすさを再確認した一同。


 瑠璃は暫くチェルシーの家に滞在することになったが、早々に瑠璃の姿が懐かしくなった。



「先が思いやられるわ」



 ジェイドが獣王国に行っている為全ての采配を任されているユークレースは、初日から不安に駆られた。




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― 新着の感想 ―
えー。もてなす側が出すの? 預かってって依頼を受けて預かってあげるのに?おかしくない? 既にルリがいて、我儘愛し子預かってもきっと何の恩恵も受けないのにね。
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