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閑話

 エイダは竜王国の隣にある小国の小さな村で生まれた。

 贅沢とは無縁の自給自足の生活。年頃の娘だというのにその生活は人数の多い兄弟の世話と家の手伝いで一日が終わっていく。


 エイダは変わった髪の色をしていた。

 エイダの母は別の村から嫁いできた人なので、母親は特に気にしていなかったが、この村では奇異に映り、村人からは遠巻きにされていた。

 きっと、瞳の色が父親と同じ青色でなければ、母親の不貞を疑われていたかもしれない。



 居心地の悪いこんな廃れた村など捨て、竜王国に行って女の子らしくお洒落も出来る生活を手に入れる。それがエイダの夢であった。



 そんなある日、エイダに職を見つけてきた父親に連れられ、竜王国王都へとやって来たエイダ。

 どういう職なのか、竜王国で働けるのかという疑問は、初めて見た溢れる人と活気ある街の光景に浮かれ何処かに飛んでいた。


 王都のどこにいても見える、天まで貫く岩山にある城に驚き。

 時折空高くに見える、城へ向かって飛ぶ竜の姿に、テンションはうなぎ上りだ。



 しかし初めての王都をゆっくり見る間もなく港までやって来る。

 誰かを探しきょろきょろと辺りを見回す父親。いくつもの船が港に着いては出航する、そんな人混みの中から目的の人物を見つけた父親は、満面の笑みで手を振り駆け寄る。


 へこへこと頭を下げる父親の前には、身なりの良い中年の紳士がいる。

 とても父親の知り合いとは思えないその人物に、エイダは漸く違和感を抱き始めた。


 閉鎖的な村の中で生きる父親が、どうやって竜王国で仕事を見つけられたというのか。

 そんな人脈があるならば、とっくに村を出ているはずだ。


 疑問から不安を感じ始めたエイダを、その紳士は頭から足まで舐めるように見回し、エイダに不快感が襲う。



「ふむ、確かに珍しい色だ。良いだろう」



 そう言って、紳士が後ろにいた従者らしき者に顎で指し示すと、従者が前に出て父親に巾着袋を差し出す。

 父親の手に乗せた時の音の重さと、父親が確認のために中を見たときにちらりと見え、それがお金であると分かった。それも貧乏なエイダの家から見ればかなりの金額のように思える。



 父親は巾着袋を受け取ると、微かに聞こえる程の大きさで「すまない」と呟き、エイダに視線を向ける事なくその場を去って行った。

 それがなけなしの罪悪感だったのではと、思えるようになったのはずっと後のことだった。



 謝られた理由が分からず、押し寄せる不安に耐えながら紳士について船へと向かう。職を探してきたのではなく、売られたのだと教えられたのは、船に乗って少ししてのことだった。



 船に揺られてどれだけ経っただろうか。その間エイダは己の人生を悲観し泣き続けることしか出来なかった。


 船から降ろされると、次は馬車で移動となり、暫くして彼らの拠点へと連れて来られ、そこからはずっと部屋へと押し込められた。


 売られてきたのはエイダだけではなく、監禁されている部屋には同じ年頃の少女が数人入れられていた。

 

 従っていれば手荒なまねはされない。寧ろ村で生活していたより良い食事を取っていた。

 これから高く売るためなのだろう。

 逃げ出そうかと思わなかったわけではないが、既に逃亡を図ったエイダと同じ年頃の少女が逃亡に失敗し、手酷い折檻をされている姿を目の前で見た為、恐怖でそんな気を起こそうとは思えなかった。


 わざわざエイダ達の前で折檻を行ったのは、そんな気持ちを起こさせない為でもあるようだ。



 きっとこのまま誰かに売られ、奴隷として一生を生きていかなければならない。

 そんな絶望は予想外に早く終幕を迎えた。



 バタバタと慌ただしくなる部屋の外。にわかに部屋の少女達に動揺が走った。

 とうとう売られる日が来たのかと思ったが、彼女達の部屋にやって来たのは奴隷商人ではなく、竜王国の兵士だった。



 竜王国の兵によりそこから解放された奴隷達は、帰る場所のある者とない者に分かれた。

 誘拐など意志に反して連れて来られた者は家に帰る事を望み願い通りとなったが、エイダのように親に売られたり事情を抱えた者は帰る事を拒否し、そんな者達は王都へと連れられる事になった。



 その王都へと向かう道中、泊まった宿で丁度兵達の部屋の前を通りかかったエイダは、中から兵達の話が聞こえてきて思わず足を止めた。


 兵達はお酒を飲みほろ酔い状態で、高級宿でもない宿の薄い扉では、酔って大きくなっている兵の声はしっかりと聞こえた。



「ーーーそれであのエイダって女が陛下の探しておられる方なのか?」


「陛下にも漸く好きな女性が出来たのか。

 人身売買の交渉でやけに人員を割くなと思ったが、竜妃となられる方がさらわれたんだったら当然だよな」


「失礼のないようにしないとな………」



 そこまで聞いたエイダは、足音を殺しつつ急いでその場を離れた。

 もし、この時エイダがもう少し続きを聞いていたら、この後の行動は違っていたかもしれない。



 エイダが離れた直後、同室にいたヨシュアが酔っぱらい達に拳骨をそれぞれに落としていく。



「おいお前達、余計な話すんなよ。誰かに聞かれて勘違いされたら親父に怒られんのは俺なんだからさ」


「余計とはなんだ。竜妃様だぞ」


「それ絶対ありえねえから」


「何でだ?」


「一通り経緯を聞いていったが、陛下が探してる女と会った日には、もうあの子は船の中だ。

 それに陛下が探しているのは白金色の髪で、あの女は白金じゃなくて金じゃんか。その時点で人違いだよ」

 

「なんだ、じゃあ無駄足かよ-!

 自分の仕事放置してこっちの応援に来たってのに」


 

 酒が入り、ぶうぶうと不満を漏らす同僚を宥め、中途半端な情報を流さないよう叱り付けた。



 そんなヨシュアの言葉を聞き逃したエイダは大いなる勘違いを起こしていた。



「私が竜妃……」



 竜王の妃ともなれば、エイダには想像も出来ない贅沢な暮らしが出来る。

 貧乏な村で育ったエイダが竜王国という大国の王妃。身が震えるような歓喜に暫く動くことが出来なかった。



 少し考えれば分かる事だった。エイダは竜王どころか竜族にも会った事がないというのに、一体何処で竜王がエイダを見初めたというのか。

 目の前に餌を吊された馬のように、舞い上がるエイダは、そんな当然の疑問を思考の彼方に捨ててしまった。

 


 そんな勘違いを起こしたまま、エイダは王都へ。

 直ぐにでも竜王に会えると思っていたエイダの期待は外れる。

 城で最初に会わされたのは侍従頭で、そこからはあれよあれよという間に下働きをする者達が寝起きする、数人で使う大部屋に案内され、彼女達と同じ下働きの仕事を与えられた。


 何故、何故……。と、竜妃である筈の自分が何故下働きをするのか、その理由が分からなかった。



「あ、あの、竜王陛下にお目通りするにはどうすればよろしいですか?」



 どうにか竜王に会おうと思ったエイダは、同僚に助言を求めたが、それを聞いた同僚は一瞬目を見張り、呆れたように笑った。



「私達みたいな下働きが、至高の竜王陛下にお会いできるはずないじゃない。何言っているのかね、この子は」


「そもそも陛下がおられるのは第一区で、私達下働きは精々五区まで行ければ良いとこよ。

 それも大概失礼がないよう、古株の下働きの人が行くことになっているしね」



 その答えにエイダは愕然とした。

 竜王に会えなければいつまでも自分は下働きのまま。自分は竜妃に選ばれたというのに何故陛下は迎えに来てくれないのかとエイダは悲しみに暮れる。

 自分は竜妃に選ばれたんだと訴えても、この同僚達は笑い飛ばすだけだろう。助けは求められない。



 何か方法はないのだろうか、そんな事を考えながら下働きの仕事をする生活をして暫く、同僚達の世間話の中で竜妃という言葉を聞いたエイダは、その輪の中に入り問いかけた。



「そうよ、とうとう竜妃様がお決まりになったのよー!」



 どきりとエイダの心臓が跳ねる。



「まあ、どんな方なの?」



 同僚の別の女性が問いかける。



「なんと、最近噂に上る愛し子様らしいわよ」



 自慢気に一人の女性が教えるが、ここにいる皆と同じ下働きの彼女では、戦勝祝いの場に近付くことすらできなかったので、それらは全て他の者から聞いた話だ。



「きゃー、陛下のお相手として申し分ない方じゃないの」


「確かエイダと同じ年頃らしいわよ。

 あっそれに髪と瞳の色も似ているのね。聞いた話では白金色髪に瞳は紫がかった青色をされているんですって」


「それにすっごくお綺麗な方なのですって、一目お目に掛かりたいわ」



 それを聞いてエイダは全てを理解した。



(きっと陛下は私とその子を間違えたのよ。お会いして説明すればその子じゃないと分かるわ)



 急いで陛下に会わなければ。



 そんな折、エイダは台車で食事を運びながら第六区へと来ていた。

 本来はエイダのような新人ではなく、ベテランの下働きが担当するのだが、あいにく今日は手が離せない状況で、近くにいたエイダに回ってきた。



 指定されたいくつかの部屋に行き、食事を置き退出する。

 何事もなくこなし、最後の部屋に向かう。



「お食事をお持ちしました」


「ああ、入ってくれ。……と、ちょっと待ってくれ、交代の時間だ。次の奴にも顔を見せておいてくれ」



 部屋の前で警備をしていた兵は、運ばれてきたものの中身を確認し、入る許可を与えた。

 そこへ丁度交代要員がやって来た。



「異状なし。彼女は食事を持ってきた者だ」


「了解した。入ってくれ」



 今度こそエイダは台車を押し、扉を開ける。

 そのエイダの背後から兵士達の話が耳に入ってくる。



「陛下は来られたか?」


「いいや、まだだ。多分お前の時間に来られるんじゃないか」


(ここに陛下が来られる………?)



 じわじわと湧き上がる喜び。だが、自分は食事を置いたら直ぐに退出しなければならないことを思い出し落ち込んだ。


 どうにか出来ないか、物思いにふけっていたエイダは「瑠璃ちゃん!?」という叫びで現実に引き戻された。


 エイダは驚いたように僅かに俯いていた顔を上げる。

 声を発した当人は、エイダの顔を見ると一瞬動きを止め



「瑠璃ちゃんじゃない………」



 部屋にいたのはあさひという女性だった。ここに何日も軟禁されているという彼女の経緯を簡単に聞いたエイダにある考えが浮かんだ。



「なら、私と交代しない?」



 あさひは意味が分からずきょとんとした。


 エイダとあさひは背格好も年頃もよく似ている。下働き用の制服は専用の帽子もあり髪を中に入れれば髪の色は気にならない。


 そして区間の移動は、入る時には詳しく調べられるが、出る時は通行手形さえあれば簡単に移動できる。


 エイダはあさひと服を交換し、自身の通行手形を渡す。



「これでいいわ。出る時は何も喋らないで頭だけ下げて。ちらりと見た人の詳細まで覚えていないと思うから俯いて行けばきっとバレないわ」


「ありがとう!」



 そして外へ行く道順を教えられたあさひは、軟禁されていた部屋から脱出した。



 残ったエイダは、無事にあさひが部屋から離れていったのを確認し、抑えきれない笑い声を上げた。



「ふふふふっ、これでやっと………」



 これで漸く陛下に会える。

 エイダはその時を静かに待ち続けた。





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― 新着の感想 ―
[一言] エイダの後姿で瑠璃と見間違えるってことは あさひは瑠璃の魔力の波長を感じ取ってたのではなく 瑠璃の傍にいれば心地良いってだけなのかな? 召喚前に付きまとってたのは瑠璃との距離が開いて急に不安…
[一言] 罪作りなことよ。
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