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森の魔女

 テーブルの上に乗せられたスープ。

 それを感激しながら一口。

 久しぶりの湯気が上る温かい食事を口にし、思わず涙が滲む。



「幸せ~」


「泣くか食べるかどっちかにおし。

 肉も食べるかい?」


「喜んで!!」



 口に入れた瞬間溢れるジューシーな肉汁に酔いしれる瑠璃。

 食事を堪能しながら、良い人で良かったと心から喜ぶ。


 最初はショッキングな邂逅だったが、どうやらあの血塗れの姿は、どこかで罪を犯してきたというわけではなく、納屋で、仕留めた獲物を調理していた途中で人の気配がしたので様子を見に来ると瑠璃を発見し、声を掛けたらそのまま気絶してしまったらしい。


 なんて紛らわしいのだ………。



 しかし、目覚めるまで介抱してもらい、温かい料理を食べさせてくれているのだから感謝してもしきれない。



 最初に会った時は衝撃が大きすぎた上、瑠璃はすぐに気絶してしまったので顔をよく見ていなかったが、至って普通の老人だ。


 ただ、ちょっと意地悪そうな印象を受けないでもないが、こうして見ず知らずの他人に食事を提供してくれるのだから悪い人ではないはずだ。


 人の良さそうな振りをして食べてしまう童話の魔女が頭を過ぎったが、今はそれより目の前の料理の方が大事だ!

 そう思いつつも、しっかり暖炉の場所は横目で確認する………。



「それにしても、大変な目にあったようだね。

 元々ナダーシャには良い感情は無かったが、さらに好感度が下がったよ。

 予言書だか何だか知らないけど、異世界から誘拐してくるなんて」



 瑠璃は食事の手を止め、驚きながら老婆に視線を向けた。



「どうして知っているんですか?

 私まだ何も話していませんよね」



 どこから来たかすら話していないのに、何もかも知っているかのような口ぶりだ。


 老婆は何か含むように笑みを浮かべながら、何も無い天井へ視線を向ける。


 瑠璃が同じように天井や周囲を見回すが、そこには何も無く、瑠璃は首を傾げる。



「この子達が教えてくれたんだよ」



 この子達と言うが、視線の先どころか、部屋には瑠璃と老婆の二人しかいないはずだ。

 ますます疑問符が浮かぶ。



「その様子だと、全然見えていないみたいだね。

 そうだね、ここに来る途中で何か音がしなかったかい?」


「音………あっ、確か鈴の音がしました。

 その音を辿ると、食べ物や水があったんです」



 すると、自分達がいる事を主張するように森で聞こえた鈴の音が聞こえてきた。



「それは精霊の声だよ。今この部屋に沢山来ている」



 もう一度部屋を見回してみるが、やはり影すら見えない。



「私が見たところ、かなりの魔力を持っているようだね。

 魔力が十分あるのに見えないのは、魔力を上手く使いこなしていないからかね?

 どんなに機能の良い道具を持っていたって、使い方を知らなければ使えないから」



 ものはあるのに見えていない。電源の入っていないテレビのようなものだろうか。

 つまり、電源のスイッチを押せば見えるようになるという事か………。


 そんな事を思いなから、瑠璃は火を点けた時のようにイメージして目に力を込めてみると、まるで朧気だった視界が開けたような感覚を受けた。

 次の瞬間、部屋中に背に羽根を生やした手乗りサイズの小人が浮かんでいるのがはっきりと見えた。



「うわっ!」



 驚きのあまり、瑠璃は身をのけぞらせ椅子から転げ落ちる。

 すると、瑠璃を心配するように精霊達が集まってくる。



『大丈夫?』


『痛い?』


「大丈夫………ってあれ?言葉が分かる」


「おや、もう見えるようになったのかい?

 よほど頭が柔軟か、精霊に好かれる魔力の波長をしているんだね。

 声が聞こえるようになったのは、精霊達を認識出来るようになったからだよ」


「波長?」


「それを教える前にあさひって子について教えてくれ。

 この子達じゃあ、抽象的すぎて詳しい所まで分からなくてね」



 教えてくれっと言われても、まだ会ったばかりの人に根掘り葉掘り話すのは気が引けた。

 まだ味方だと言い切れないのだ。

 話した後面倒だと追い出されるのはまだ良いが、ナダーシャに送り返されたら今度こそ命が無い。


「えーと、やっぱり初対面の怪しい人にプライベートな事を話すのはどうかなって………」



 そう言うと、まだ一口しか食べていないお肉が取り上げられた。



「ほう、じゃあ、怪しい初対面の人が作った料理なんて要らないね」


「うわぁ、いるいります!何でも喋ります!!」



 兵糧攻めとは何と卑怯な。

 目の前に美味しい匂いをさせた食事が食べられないなど、今の瑠璃には耐えられない。


 取り返したお肉を食べながら召喚されてからの事を話し始めると、だんだんヒートアップしてきて、話すのを渋っていたのが噓のように事細かに話し続けた。


 特にあさひの事に関しては、子供の頃からの鬱憤と共に涙ながらに思いっきり愚痴った。


 その様子は、酒に酔って泣きながら会社や家庭の愚痴を喚き散らす酔っぱらい親父のようだった。



 一通り話が終わった後、瑠璃の顔は悲惨な事になっていた。

 だが、心の中はすっきりとしていた。


 今まで周りはあさひの信者ばかり、両親はそこに含まれなかったが一年のほとんどを海外で過ごし、中々愚痴を発散出来る場がなかったのだ。


 だが、聞かされる方はたまったものじゃない。



「随分苦労したんだね、あんた」


「分かってくれますか!?

 周りはあさひの味方ばっかりで私を勝手に敵視するし、離れようにもとりもちのように張り付いて離れないんです!

 このままじゃ結婚しても付いて来そうで、どれだけ恐怖したか!!」



 まだまだ言い足りない瑠璃だが、もうお腹いっぱいな老婆は止めにかかる。



「はいはい、分かったから。もう十分だよ。

 でも、そのあさひって子の気持ちも分からないでもないね」


「何がです?」


「あんたはとても心地良い波長をしているからね」


「さっきも言っていましたね、波長って」


「ああ、波長は魔力を帯びている者なら誰でも持っている、簡単に言えば魔力の相性だね。

 この世界ではその波長は魔力の量より重要な事なんだよ。

 魔法というのは、魔力を対価に精霊に力を借りて使うものが一般的によく使われる魔法なんだけど、どの属性の精霊の力を借りられるかは、その波長が合うかによってね。

 精霊は波長が合う者にはよく力を貸すし、合わない者には近付きすらしない。

 けど、あんたの周りには色んな属性の精霊が沢山来ている。

 それだけあんたの波長は色んな精霊に好かれる質の良い波長って事だ」


「つまり、あさひも私の波長が合ったから、離れていかないって事?」


「これだけの属性の精霊が、我先にと手を貸す事はそうないんだよ。

 あんたの側はよほど居心地が良く感じているんだろうね、そのあさひって子も」



 ストーカー並みのしつこさの理由は分かったが、かなり迷惑だ。

 そんな心の声が表れるように、瑠璃はあからさまに嫌そうな顔をした。



「あっでも、魔力の波長って事は、あさひにも魔力が無いと波長は感じられないですよね?」



 ふと浮かんだ疑問を口にした瞬間、老婆は真剣な表情へと変わった。



「これは私の予想でしかないんだが、その子魔法を使っているんじゃないのかい?」


「魔法!?

 ………いや、それはないですよ。だってあっちの世界じゃあ魔法なんて空想の中の存在ですもん」



 あさひもこちらに来て魔法を見せられた時、誰よりも驚いていたのだ。

 不本意ながら、あさひをよく知る瑠璃から見て演技だったとは思えない。



「だけどね、よく似ているんだよ。あさひの周りの人の反応が、魅了という魔法にね」


「魅了………?」


「好意を持っていない者にも好意を持たせて操るっていう魔法さ」


「私は何ともないですけど?」


「あんたは質も良いが、魔力量も相当ある。

 自分より魔力が多い者には効かないんだよ」



 魅了の魔法………。

 そう考えれば、あの盲目的で奴隷のような彼らの行動も納得は出来る。


 だが、それをあさひが故意にやったとは、瑠璃には思えなかった。


 何せ、これまで散々あさひから逃れる為、色々な事をしてきたからだ。


 周りから敵意を向けられていても、関わるのを止めないあさひに、きっと裏では瑠璃が敵視されているのを見て喜んでいるのではないかと思わなかった訳では無い。


 化けの皮を剥がそうと、尾行をしたり、探偵を雇って身辺調査をしてみたが、分かった事はバ……いや、頭の中がお花畑だという事だった。



 幼い頃から周りに肯定され続けたせいで、誰もが人付き合いの中で身に付ける相手への配慮とか、こう言えば相手がどう感じるか、とかいった所がすっぽり抜けてしまったようにも感じる。


 だが、そうであったとしても、悪意を持って誰かを傷つけた事は無かったように思う。



 子供なのだ、本能のままに行動する。



「あさひが故意に操っているとは思えないです」


「………そうかい、ずっと側にいたあんたがそう言うのならそうかもしれないね。

 でも、無意識の内に魔法を使っているとも考えられる」


「そんな事があるんですか?

 そんな力があるなら、あさひが間違いなく巫女姫だったって事ですか?」


「さあね、それは分からないよ。

 力で言えば、魅了を使うあさひより、これだけ精霊に好かれているあんたの方が余程凄い。

 それに、稀なる色彩を持つっていうのも当てはまるし」


「もしかして、あさひの髪と瞳の色が偽物って分かったら、追い掛けて来ちゃったりなんかして………」


「いや、あんたのような白金色の髪と瑠璃色の瞳も珍しいが、髪と瞳の両方が同じ黒色っていうのも、この世界では珍しいからね。

 直ぐにその子が偽物とは言えないね」


「なるほど、なら同級生の子って事もあるんですね」


「そうなるね。

 ただ、彼らの望む繁栄をその子達が与えられなかったら分からないよ」



 追い掛けてきたらどうしよう……っと瑠璃は頭を抱えた。



 老婆は棚の引き出しからペンと紙を一枚出すとさらさらと何かを書いていく。

 書き終わると、紙を水の張った四角い箱の中に沈める。

 すると見る見るうちに跡形も無く紙が無くなった。



「何ですかそれ?」


「これで手紙を送るんだよ。

 手紙を書いてこの箱の水に溶かすと、相手の箱の中に手紙が届くんだ」


「へぇー」



 どういう構造になっているか分からないが、やはりここは地球ではないのだと、改めて実感した。



「誰に送ったんですか?」


「竜王国の城に勤める孫にだよ。

 そのあさひって子の事と予言書の内容を調べてもらうんだ。

 故意であるならナダーシャが操られて竜王国にまで被害が及ぶかもしれないから対処しなければいけないし、無意識なら魔力の制御の仕方を教えてあげないと大変な事になるからね」



 竜王国という名に、あさひの事は空の彼方へ吹っ飛んだ。



「お婆さんは他の国の人なんですか!?」


「誰がお婆さんじゃ!」


「じゃあ、名前は何て言うんですか?ちなみに私はルリです」



 老婆は、少し躊躇った後、消え入りそうな小さな声で呟いた。



「………………チェルシーだ」


「…………………ぷっ」



 必死で堪えたが堪えきれず、吹き出す。

 童話に出てくる意地悪魔女のような老婆がチェルシー。

 全く顔と合っていない。



「かわゆい!あははははっ」


「だから言いたくなかったのだ。

 ええい、笑うんじゃない、食事を抜くよ!」


「わあ、ごめんなさい、ごめんなさい!

 とてもお似合いの可愛らしい名前ですね………ぷぷっ」


「言うなら笑いを抑えてからにおし!肩も声も震えているじゃないかい!」



 こうした冗談めいた掛け合いが出来るのが新鮮で、瑠璃は嬉しかった。

 暫くして笑いが収まると、チェルシーの話に出た竜王国の話を聞いた。



「竜王国はナダーシャの隣にある国で私の故郷。

 この森はその中間にある。

 その名の通り、竜王様が治める国だよ。

 この大陸では一番大きな国だね」


「竜王?」


「竜族の王様だ。竜族は知っているかい?」



 瑠璃は首を横にふる。



「竜と人間、二つの姿を持っている一族だ。

 他に猫族や犬族と沢山いるが、中には人間と同じように一つの姿しか持たない者もいる。

 だが、彼らは人間と違い獣が混じった容姿をしていて、そういう彼らは獣人と呼ばれ、それらの種族を総称して亜人と呼ばれている。

 人間の中には亜人に差別意識を持つ者も多くてね、ナダーシャがその最たる例だ。

 それとは逆に竜王国は竜王の元、人や亜人が差別なく暮らしている」


「へぇー」



 取りあえず、ナダーシャよりはまともそうな国である事は分かった。


 しかし、瑠璃が聞きたいのは竜族や亜人のことでは無く帰る方法である。



「それで、その竜王国なら帰る方法を知っていると思いますか!?」



 息を呑みチェルシーの返事を待つ。

 それだけ多くの種族がいるのなら、誰か知っているかもしれない。


 そんな瑠璃の希望を打ち砕くようにチェルシーは悲しげな表情で口を開いた。



「残念だが、帰る方法はないよ」


「チェルシーさんが知らないだけで、竜王国に行けば誰か知っているかも…………」



 瑠璃は必死な顔で縋るような気持ちで問いかけるが、チェルシーは顔を横に振る。



「無理矢理連れて来られたあんたとは違うが、あちらの世界から落ちてくる者は時々いるんだよ。

 でも、誰一人帰った者はいない」


「………そんな」


「昔ね、こちらの世界の記憶を持った落ち人が居たんだよ。

 その彼女が言ったんだ、落ちるのは簡単だが、登る為にはその姿を捨てなければならないと」


「それってどういう………」


「残酷な事を言うようだが、こちらの世界で死なない限り、あちらの世界へ戻ることはない」



 瑠璃は呆然とする。

 頭が考える事を止めたように思考が動かない。


 ずっと、帰れるかもしれないという僅かな希望で森の中を生き延びてきた。

 その望みが音を立てて砕け散り、目の前が真っ暗になる。


 これから先どうすればいいのか。

 常識すら分からない異世界で、頼る知人も無く、どうやって生きていけばいいのか………。


 絶望的な気持ちに陥る中、じわじわと込み上げて来たのは涙ではなく、怒りだった。



(異世界に誘拐され、冤罪で捕まり、森の中で巨大な獣に追われて決死のサバイバル。

 どうして私ばっかりこんな目に遭うのよ!)



 原因は言わずもがな、自分中心に世界が回っていると思って散々瑠璃に迷惑を掛けているにも関わらず気付かないあさひと、見知らぬ異世界に身一つで放りだした王子と同級生。……ついでに誘拐した王と神官達もだ。



(このまま泣き寝入りするのは非常に我慢がならない!

 帰れないのなら、せめてこれまでの迷惑料含めて憂さを晴らしたい!)



 そうと決まれば、瑠璃の行動は早かった。


 瑠璃はチェルシーの前に正座し頭を下げた。



「迷惑は重々承知していますけど、掃除洗濯料理、何でもします!

 だから私をここに置いて、この世界の常識とか魔法を教えて貰えないでしょうか」



 仕返しをするにも、この世界の常識は必須だ。

 そして精霊に好かれる体質なら使わない手はない。



「構わないよ」



 泣き出すかと思いきや、すぐに衣食住確保に動く瑠璃の切り替えの早さに、目を見張ったチェルシーだが、ほとんど考える間もなく了承した。

 その事に、逆に瑠璃の方が驚く。



「えっ、本当に良いんですか?

 私が言うのも何ですけど、もう少し警戒した方が良いと思いますけど………」


「大きい家に私一人だったからね。

 同居人が増えて賑やかになって良いじゃないか。

 それに、これだけ精霊に好かれているあんたを警戒する気にはならないし、追い出したら、この子達が力を貸してくれなくなるかもしれないしね」



 精霊様々だ。

 そして出会ったのがチェルシーであって良かったと瑠璃は心から感動する。



「チェルシーさん本当にいい人。

 顔は意地悪婆なのに………」


「やっぱり放り出そうかね」



 こうして、瑠璃は森で出会った魔女+精霊と暮らし始めた。




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― 新着の感想 ―
[一言] 無知は罪、あさひの罪は大切と親友と豪語してる癖に瑠璃の気持ちを知る気がないということ いくら人の気持ちを慮る機会が無いとはいえ好きな人が元気無かったら普通はどうしたのかと気がつくはず、だから…
[一言] とりあえず、あさひちゃんはここまでだとそんなに悪いわけではないのかな 自分の力に振り回されてるとも取れるし
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